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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第一章 十二人の勇者

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第21話 トライアングル作戦

 全員が食堂に揃ったところで、オレは静かに手を挙げた。

 スッと。なるべく自然に。

 昨夜考えた完璧な策を、今から堂々と発表する男の顔だ。


「スヴァントウルフは複数いる。 なら、全員で突破すればいい」


 食堂に、短い間が落ちた。

 剛が、無表情のまま一言だけ言った。


「あぁ。効率的だ」


 玲が小さく頷いた。

 オレはガッツポーズを懸命に我慢した。

 これぞ後衛、これぞ後衛士。後退士では断じてないし、逃げるが吉でもない。


 ウィットな考えで状況を打破する。

 異世界はこうでなくては。


 だが、現実は。


 第二隊「暁光の槍」の誰かが、苦笑いしながら言った。


「それ、普通に俺たちも全員考えてたぞ」

「え……?」

「そうでござる。どこに狼煙を上げろとは言われておらぬ故に」


 オレの中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。


 大発見じゃないし、ウィットでもない。

 夜に書いた手紙は、次の日の朝に読み直せ。


 そのまんまだった。


 でも、まあとオレは切り替える。

 方向性は合っている。

 合っているならそれでいい。


 このままオレの案として押し切れば──


 だが、ここでも現実が待っている。


「アタシは反対ね」


 オレへの目付きが変わった栞だった。

 そして食堂の空気が、一瞬で引き締まった。


「えー。いいじゃん。ねー、雄くん」

「そうでござる。多くのタンクがいれば、拙者の大魔法が炸裂するでござる」


 全員の視線が、第三隊「銀弦の星」のリーダーへと集まる。


「いい?」


 栞は特に表情を変えなかった。

 パンを手に持ったまま、静かに、論理的に続けた。


「アタシも一か所を狙うのは賛成よ」

「だったら」

「ただし、全員がかりは悪手よ」


 チーズを乗せて、栞は首を傾げた。

 

「バランスが大事。……期限は三日。短い期間で、一度も連携したことのない十二人。新しい大掛かりな戦法を試すのは悪手」


 オレは慌てて口を開いた。


「でも──」

「動きが悪い黒焔が、暁光と銀弦のサポートに回ればいいだけよ。シンプルが一番確実。 それに黒焔には……ね」


 言葉が、喉の奥で詰まった。

 栞の言っていることは、全部合っている。

 でも、それでは。


「気持ちはわかるが、正論だ」


 そこで玲だった。


「直前で作戦をいじって自滅したチームを、俺はいくつも知っている」


 剛が続けた。

 感情のない、過去の敗北データを読み上げるような声だった。


「でもそれは。……ゲームの話だろ」


 オレは言った。思わず、言ってしまった。

 蹴鞠が、カチャリと紅茶のカップをソーサーに置いた。


「直前で変更して失敗。 現実でも同じでしょ?」


 落ち着いた、上品な声だった。

 でも中身は、オレの逃げ道を塞ぐ一刀両断のド正論だった。


 舞が、場の空気を軽くするように明るく続けた。


「大丈夫だって。ウチたちならやれるし! なんたって、速水駆くんって、後衛士でしょ?」

「……そう……だけど」


 全員が自信満々だった。

 そして、オレを貶めようとする悪意はなかった。

 昨日みたいに、「何を熱くなっている?」という言葉もない。

 だからこそ、反論できなかった。


 その時、玲がオレを見て言った。


「後ろの守りは任せろ」


 剛が横から続けた。


「俺たちには、優秀な後方担当もいるしな」


 疎外感を感じているだろうオレを気遣っている顔だった。

 お前にもちゃんと大事な出番があるぞ、という意味の、純度百パーセントの善意だった。


 後方担当は、後衛士だから。


 その言葉が、頭の中でぐわんぐわんと響いて回った。

 逃げるだけの、ただの後退士。

 それが第一隊「黒焔の剣」における後衛士と、完全に誤認されている。

 彼らの言うことが戦術的に正しいから。そして、善意だから。


「う……す」


 そして、作戦会議が次の段階へ進もうとした時。

 雄大が、にっと頼もしく笑った。


「さて。いよいよ拙者たちの完璧なコンビネーションを見せる時でござるな。駆氏は後ろから見ていればいいでござる」


 確かに頼もしい声だった。

 コミケ会場から一緒にバカをやっていた、昔からの仲間の声だった。


 オレは、一応安心した。

 こんなに頼もしい連中がいるなら、悪いことにはならないだろうと、無理やり自分に言い聞かせた。


 ◇


 出発前、作戦の最終確認が行われた。


 栞が、空中に浮かぶディスプレイにスタイラスペンで図を描いた。

 巨大なトライアングル。

 頂点に「A」、左右の底辺に「B」「C」という文字が書き込まれる。

 アルファベットはそれぞれ、黒焔、暁光、銀弦だ。


「東の出口から出る。第二隊と第三隊が左右に展開して、面を作る。第一隊が後衛。この形を絶対に崩さないまま、東の山へ向かって前進するわ」

「スヴァントウルフの群れは?」


 誠司が真剣な顔で尋ねた。


「この陣形で動けば、側面は暁光の槍と銀弦の光で対処できる。一番の問題は、手薄になる後衛の黒焔の剣。 狙われる可能性は高い」

「当然の動きだな」


 剛が、無感情な声で同意した。


「敵の数が少ない場所から、陣形を崩しにくる」

「そう。だから」


 栞が、板に描かれた「A」の頂点をトントンと炭でつついた。


「ここが要よ。後方が崩されなければ、この作戦は成立する」


 全員の視線が、第一隊へと集まった。

 玲、剛、蹴鞠。そして──オレ。


「後方担当がいるしな」


 オレは、頭の中に残像として残る「A」の文字を見つめたまま、ただ黙って頷くフリをした。


 ◇


 イネスが、東の門までオレたちを見送りに来た。

 いつも傍にいるはずの騎士を、今日は一人も連れていなかった。


「あと二日だ。狼煙を上げろ。それだけで民は希望を抱ける」


 冷たい声でそれだけを言い残し、門の前でピタリと立ち止まった。

 それ以上は、一歩もついてこなかった。


 オレたちが外へ出た瞬間、背後で巨大な門が閉まる音がした。

 ズゥン、という腹に響く重い音だった。


(一日減ってる。昨日のもカウントされてたのか。……でも、イネスさんを責められない。イネスさんは民との距離が近いんだ。 色々言われてるんだろうな……)


 黒い森は、すぐそこまで迫っていた。

 朝靄が木々の間に濃く溜まっていて、五十メートル先すらまともに見通せない。


「展開」


 栞の声は、いつもと変わらず、冷徹だった。


 第二隊「暁光の槍」と第三隊「銀弦の星」が、左右へ扇状に広がる。

 誠司が盾を構え、凛が殺気を纏って短剣を抜く。

 日向が後方の安全圏に入り、奏が声を低く保ったまま、静かにリュートの音を紡ぎ始めた。


 第一隊「黒焔の剣」は、トライアングルの頂点。

 後ろ側の頂点。玲が前、剛が左、蹴鞠が右。

 オレは一番、後ろ。


「速水、後方注意」


 剛が短く指示を出した。


「わかった」


 オレは答えた。

 自分の口で『わかった』と言ってしまった。


「何を分かったんだろ。 でも、大丈夫そうな……気もするし」


 木々で何も見えないと思っていた。

 でも、オレにとってはチートにしか見えないディスプレイが近くに浮かんでいた。


 GPSと呼ぶべきか、画面端にあるミニマップと呼ぶべきか。


「順調に進んでる。 撃破マークもどんどん増えてる」


 本当にゲームみたい。

 この作戦で大丈夫、そう思ったその時


 森の奥で何かが蠢く音がした。

 軽い枯れ枝を踏む音ではない。

 地面そのものが低く軋むような不気味な音。


 この感覚は知ってる。逃げろと本能が訴えている。


 スヴァントウルフだ。


 最初の一頭が靄の中からその姿を現した時、オレは息を呑んだ。

 分厚い灰色の毛並みに、知性と狂暴性が混じった黄色い目。


「前方、来るぞ」


 玲がブロードソードを抜いた。

 巨大な狼が、低い唸り声とともに正面から突っ込んできた。

 速い。だが、玲たちは一切怯まなかった。


「ブラック・ブロード!」


 技名いる?!


 なんて心でツッコむが、玲が踏み込み、物理の刃が一閃する。

 分厚い毛皮を切り裂き、巨狼の急所を的確に捉えた。


 巨大獣の鮮血が舞う。


「ラージシールドバッシュ!」


 剛が技名付きのシールドで弾く。

 横合いから飛び込んできた別の一頭を飛ばし、その無防備な腹部に強烈な一撃を叩き込む。


「ハプス・ショットッ!」


 蹴鞠まで、技名をつかう……だと?!


 上空から蹴鞠が急降下し、完全に息の根を止めた。

 マップを確認する。

 左右の前面も、第二隊と第三隊が完璧な面を構築して押し上げていた。

 奏のバフが効いている。全員の動きに迷いがない。


「いける……」


 オレは、一番後ろからその完璧な勝利を見て確信した。

 作戦は機能している。全員の力が噛み合っている。

 このまま進めば、間違いなく山頂に辿り着ける。


 ◇


 森のさらに奥深くへと進軍した。

 マップ的には三分の一を越えた辺りだ。

 そこは森の空気がまったく違っていた。

 ひどく静かだった。


 スヴァントウルフたちは、確実にオレたちの周囲に潜んでいた。

 木々の隙間から、あの黄色い濁った瞳がいくつも光っているのが見える。

 だが、彼らは決して突っ込んでこなかった。


 一定の距離を保ち、音もなく並走している。


 警戒しているのだ。

 最初の衝突で仲間を失った彼らは、オレたちの強固なトライアングル陣形をじっと観察していた。


 前衛の火力の高さ。側面の防御の硬さ。


 どこに隙があるのか、どこから崩せばこの獲物たちを食い殺せるのか。

 ただ闇雲に襲ってくる獣ではなく、高度な知性を持った軍隊のように、冷徹にこちらの情報を収集している。


「……気持ち悪いわね」


 凛が、周囲の気配に苛立ちながらレイピアを握り直す。


「陣形を崩すさない。相手のペースに巻き込まれない」


 栞が、感情を排した声で全体をコントロールする。

 玲も剛も、一切の油断なく前方と側面を警戒し続けていた。


 オレは、最後尾で冷や汗を流しながら周囲を見回していた。

 何も起きない。誰も襲ってこない。

 ただ、ひたすらに値踏みされている。

 その不気味な静けさが、逆にオレの神経をゴリゴリと削っていった。


「時間はあるし、半分くらい進んでるし……大丈夫だろ」


 山頂へ抜けて狼煙を上げる。

 栞の指示で構築したトライアングルは、その後も順調に前進していた。

 それから一時間経過した暗いだろうか。

 ミニマップに、気になる点が生まれた。

 正三角形が少しずつ。

 縦長の二等辺三角形になっている。


 でも、それは前面部隊が確実に進んでいる、ということだし……


 そう思った時だった。


「後方確認しろ!」


 玲がオレに指示を出した。

 言われなくとも、とオレは思った。

 逃げるが吉の力のせいか、危険を感じると体が反応する。

 勿論、単なる勘かもしれない。

 森に入ってからずっと逃げたいし、怖いし。


「北、二頭確認!」

「南も来てる!」


 剛と蹴鞠の声が続く。

 栞の読み通り、弱い部分は狙われる。

 でも、トライアングルは崩れていない。

 だけど、現実は甘くない。

 ミニマップには二等辺三角形に見えても、木々のせいで二部隊が見えない。

 ここにあるのは、孤立した一部隊の戦いだった。


(それでも大丈夫だ。今までと同じだ。これならいける──)


 黒焰の剣の三人だって、前を行く勇者に負けない。


「ここを崩させはしないぞ」

「俺たちの大事な役目だ」

「帰路を守るのは重要ですわね」


 玲が切る。剛が弾く。そして蹴鞠が蹴る。

 希望はまだ見える。


 これだって想定内。流石は栞。

 あの時、反論して悪かった。

 チートなんて言って、本当に恥ずかしい。


 「あとで謝らなきゃな……」


 と呟いた、その瞬間だった。


 オレのすぐ真後ろで、枯れ葉が爆ぜる音がした。


 濃い靄の中から、二頭。

 スヴァントウルフが、オレの背後へと回り込んでいたのだ。


「嘘……だろ。マップ、どうなってる?!」


 ノワルシュバルト、実はそれ自体が魔物ではなのか。

 オレの心の中で、特大の悲鳴が上がる。


(二等辺三角形こそが、狙いっ?)


 観察で、魔物たちは理解したのだ。

 前衛は硬い。側面も隙がない。

 だから、部隊を引き延ばす。

 今頃、暁光も銀弦は戦っている筈だ。

 やけに柔らかい魔物の群れとの、遭遇戦をしているかもしれない。

 このまま突破出来るという空気が流れているかもしれない。


 そう思わせておいて、一点を断つ。


 魔物でなくとも野生の捕食動物なら、やってのけるに違いない。


「後方、二頭!」


 オレは、声の裏返るのも構わずに叫んだ。


 玲が振り返った。剛が体を半回転させた。蹴鞠が跳躍の姿勢に入った。

 だが、遅い。

 前衛の三人は、すでに目の前に迫る別の一頭への対処に完全にリソースを割かれていた。


 背後に回った二頭の巨狼が、明確な殺意を持ってオレに向かって走り出した。


(逃げろ)


 足が、ピクリとも動かなかった。


(逃げろ、逃げろ、逃げろ)


 絶対の生存本能であるはずのオレのスキルが、何一つの反応も示さなかった。

 逃げたいのに逃げられない。


「囲まれてるんだぞ……どこへ」


 二頭が、一瞬で間合いを詰める。

 黄色い目。剥き出しの牙。生臭い息の匂い。


「伏せろ!」


 剛が、強引に前線の防衛を捨てて、オレの前に割り込んできた。

 シールドで一頭の突進を弾き飛ばし、もう一頭の顎を重い足蹴りで蹴り飛ばす。


「速水!」


 怒鳴られた。

 剛の顔は、怒ってはいなかった。

 ただ、必死に焦っていた。


「自分を守ることだけ、頼む!」

「う、分かった」


 デジャヴのような瞬間だった。

 オレは何も成長していない。だってレベル上がってないし!


 そして、その場でとにかく戦うのも、あの時と同じ。

 三人がオレを守るように、足を止めて戦い始める。


 その時だった。


 ミニマップが慌ただしく動き出した。

 そのマップは玲も、剛も、蹴鞠も見えているわけで


「前線が下がる……」

「俺たちを助け……く……」

「あの栞さんに叱られてしまいますわ」


 その後もオレを守るという硬直状態が続く。

 暫くして聞こえてきたのは、悲鳴に近い声だった


 舞の


「後ろ、ヤバいじゃん! 助ける!」


 その後も続々と現れる仲間たち。

 スヴァントウルフの群れが、ソレを見て木々の奥まで後退した。


 だが、そこでまだ見ている。


 門への帰路側が、完全に塞がれていた。

 完璧だったはずの陣形が、トライアングルが一点に収束していく。


「落ち着け!」


 誠司が叫んだ。

 でも、彼をまとめるその声すら、どこか上ずって震えていた。


「アナタたちも落ち着きなさい」


 銀弦も到着。

 リュートの音色が恐怖を和らげる。


「状況は理解出来た。 今日は退くわよ」


 まさかの撤退命令だった。

 退路を断たれ、帰れないと理解した途端、恐怖が勝つ。

 正しい判断だったと思う。


 だからトライアングルは、完全に崩壊した。


 栞が、血相を変えて何かを叫んでいた。

 でも、オレの耳には、もう何も聞こえていなかった。


◇


 混戦は、長くは続かなかった。

 全員で前、いや後ろだけを見る戦い。

 スヴァントウルフにとっては、フィニス王国東砦と勇者部隊の挟み撃ちに見えたのかもしれない。

 早い段階から、魔物たちは左右へと剥がれていった。

 そして、全員が城壁の内側へと戻った。


 怪我人は三人。奇跡的に、命に関わるような致命傷はなかった。


 閉ざされた門の前でへたり込んでいるオレの横に、栞が立っていた。


 珍しく、彼女の息が少し、乱れていた。

 でも、オレに言い放つ前には、乱れは泊まっていた。


「後方が狙われるのは最初から分かっていた」


 感情のない、ただの事実の断言だった。

 オレは、何も言い返すことができなかった。


「スヴァントウルフは、そこを狙ってきた。だから、後衛士がいる黒焔の剣を置いた」


 一拍、冷たい間が落ちた。


「でも、そんな人間はいなかった」


 栞は氷のようにそれだけを言い捨てて、踵を返した。

 彼女の後を追うように、オレの目の前に浮く、ディスプレイが離れていった。

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