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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第一章 十二人の勇者

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第19話 穴は自分で掘って、入るもの

 あれから数日。

 栞の目にも、食堂の空気は少しだけ緩んで見えた。

 遂に黒焔にも白いパンが出た。

 実は昨日も出た。ここのところずっと白くてフワフワなパン。

 それからチーズと、お肉も出た。


「奏くん。こうするともっと美味しいよ」

「奏、その。服にソースがつきそうよ」

「あ。ゴメンね。そしてありがとう」


 第三隊「銀弦の星」が実績を積むたびに、食卓の質が上がっていく。

 それは単純な数値の反映であり、感情とは一切無関係のシステム上の話だ。

 栞はそう認識していた。


 袖を少しまくり、素手でパンをちぎる。

 ステーキの柔らかい部分だけを咀嚼する。

 体に栄養が行きわたる、脳に知恵と言う名のエネルギーが行く。

 そして、次の行動を組み立てる。

 エナジードリンクがない以外は、何もかもがいつも通りだった。


 でも、読み解くが吉は、エナジードリンクのカフェインよりも頭を刺激する。


 そういう意味では、


 栞にとっては、すべてがいつも通りだったのだ。


 だから最初、聞こえてきたその声の意味が、うまく処理できなかった。


「……如月さんって、ちょっと怖くない?」


 声の主は見なかった。

 どこかの酒場、誰かの声。


 怖い……?


 栞は咀嚼のペースを崩さないまま、その単語を頭の中で転がした。


 怖い……? アタシが?


 論理的に、一体どこがおかしいのか、洗い出してみる。


 如月栞は第三隊のリーダーとして、日向の回復魔法のタイミングを管理している。

 凛の突撃ルートを最適化している。

 奏のバフの効果範囲を計算して、陣形を組んでいる。


 ただ、それだけだ。


 感情を持ち込まず、エラーを排除し、最適解を出し続けているだけだ。


 どこが怖いというのだろう。


 アタシは普通にプレイしているだけ……


 チーズを口に運ぶ。

 視線を上げた瞬間、視界の端に玲が映った。

 テーブルの斜め向こう。第一隊「黒焔の剣」の席。

 玲が、こちらを見ていた。

 正確には、見ていた、というより──観測していた。

 獲物を前にした猛禽のような、じっとりとした粘着質な視線。


 アタシは気にしなかった。


 ふと反対側に目をやると、剛もいた。

 別の角度から、同じようにアタシを見ていた。

 データを収集するような、感情の抜け落ちた目で。


 アタシは気にしなかった。


 ミルクを飲み込んで、次の思考へと移った。

 栞には自分のどこが怖いのか、本当にわからなかった。


 普通にやっているだけなのに。


 食堂の空気は緩んでいた。

 ただ一点のテーブルを除いて。


 ◇


 白いパンが出た。

 オレはそれを見た瞬間、素直に「やった」と思った。

 数日前の、噛んだら奥歯が鳴りそうなくらい硬かったやつとは全然違う。

 ふっくらしているし、いい匂いがする。


(オレの唯一の楽しみが広がった。 うんうん。やっていけてる)


 第三隊が東の森で実績を上げたらしい。

 その恩恵がオレたちの食卓にも直撃している。


(ただ、監視されてるだけじゃなかったんだな。 そもそもアッチが十二人呼び出したんだ。いままでが間違ってるんだよ)


 食堂には三つの隊の全員が揃っていた。

 それ自体は、珍しくもない。

 ただ最近、席の取り方に微妙な『間合い』が生まれている。

 第一隊は北側、第二隊は南側、第三隊は東側。

 誰も決めていないのに、自然とそうなった。陣取りゲームの縄張りみたいなもんだ。人間、放っておくと勝手にこうなる。


(ま。 表立って対立してるわけでもないし……。 ない……よな)


 心の余裕が出て、先のことを考えたりもする。


 今、異邦人が抱えている問題は、フィニス王国を取り囲むカルディナ山脈越えが出来ていないことだ。

 西側斜面はかなり自由に動けるようになったが、峠越えは出来ていない。


(スヴァントウルフが数匹確認されてる。 完全撃破には至ってない。 で、あれだっけ)


 ゲーム脳だからそう思うのか、一般的にもそうなのか。

 峠にはスヴァントウルフを束ねる親玉スヴァントウルフがいる、と栞が言った。


 それがファーストシーズンのボスと、彼女は言った。


 オレは玲と剛の間に挟まれながら、白いパンをちぎっていた。

 平和だった。パンが美味かった。それだけで十分だった。


(オレたちに必要なのは、三人のレベルを上げて、スヴァントウルフを余裕で倒すこと。 結果としては峠越えにも役に立つし。 その先のことも考えて、安全圏でレベル上げ……かな)


 死ねば死ぬ。当たり前だけど重要な肌感覚だ。

 資料によると、峠の先にはもっと強い魔獣が生息している。

 ゴブリンとか、トロールだっているらしい。

 因みにだが、この世界にもゴブリンやトロールの概念がある、というのとは違う。

 これらは全て自動翻訳の賜物で、現地には違う呼び名が多分ある。


(峠を越えたら、オレの未来の峠も越えられそうだな)


 そして、こっちにはレベルアップできる勇者がいる。

 しかも、ただのレベルじゃない。スキルのレベルアップだ。

 チートスキルに相応しくなれば、魔物なんて楽勝。

 こういうのは強くなるほど、格差が広がるものだから、オレはもっと紛れられる。


 そこでやっと、「十二人もいれば」が成立するのだ。


 だというのに。


「第一隊って、黒焔の剣って。最近ちょっと意地になってない?」


 栞がなんか言った。

 怒っているわけじゃない。

 責めているわけでも、揶揄っているわけでもない。

 天気の話でもするような、ひどくフラットな温度の声だった。


 それがむしろ、ぞわっとした。


 オレは反射的に声の方を見た。

 銀弦の光のリーダー、如月栞。

 彼女の傍には、いつものデータウィンドウが浮かんでいる。

 彼女はパンを手に持ったまま、こちらを、というより明確に玲たちを見ていた。


(やめて? 順調って話をしたばっかだから、やめて?)


 表立って対立したら、確実に終わる。

 なんとかしたいが、絶対にオレのせいだから、何も言えない。

 そっと息を潜めて、存在感を完全に消して、ただのパンとして生きるべき場面だ。

 ここにいるのはオレじゃない。ただのパンだ。パンに意思はない。パンに責任はない。


 しかし、栞は容赦なく言葉を続けた。


「アタシたちが実績を積むたびに、そっちの判断が荒くなってる。データで見れば明らか。チーム・ドラグノフの悪い癖が出てる」


 玲が、反論しようと口を開きかけた。


「俺たちは現状のルールの理解に回っているだけ──」

「ただ、意地になってるだけ」


 一刀両断だった。

 玲の言葉が、口の中で霧散した。

 眉がわずかに動いて、それきりピタリと止まった。

 剛は最初から黙っていた。

 ただ目が、ほんの少しだけ伏せられた。それだけだった。

 でも、それだけで十分だった。


 蹴鞠は紅茶のカップを両手で包んだまま、静かに状況を観察している。

 わたくしはこの場の空気を完全に把握しておりますわ、という顔だった。


(なんで、バチバチ? 栞はなんで煽ってるんだよ!)


 栞はパンをちぎりながら、さらに畳み掛ける。

 感情が一切乗っていない。

 感情が出ていれば、誰かが多分止めている。

 オレではない、誰かが。


「まるでチーターと戦ってる時のアナタたちみたい。相手の動きに苛立って、理不尽に負けてる気がして、焦って、判断がどんどん雑になっていく。あの感じ」


 食堂が、水を打ったように静まり返った。

 玲も、剛も、完全に沈黙していた。

 何も、言えなかったんだと思う。


(チーター?)


 ゲーマーなら痛いほどわかる、あの最悪の感覚。

 チーターと当たった時の、あのじわじわとした気持ち悪さ。

 自分の実力じゃない『何か』に負けている気がする、あの理不尽な感触。


「ちょっと待てよ」


 オレの魂が言った。 なんか降りてきた、と。


 でも、何が降りてきたかは、直ぐに分かる。


 オレの言葉に、十一人が手を止めた。

 まさか喋り出すなんて、誰も思っていなかったんだろう。

 誠司と美咲の心配そうな顔が視野の端に映る。


 あの徹底した分析で有名な栞さえも、軽く目を剥いていた。


 でも、オレは続ける。

 こっちの世界で聞いた名前、チーム・ドラグノフの為。

 何より、オレの為に。そもそも、オレには言う資格がある。


「チーター? そりゃそうだ。 お前の周りのソレはなんだよ。状況を把握できる。チーター以外の何なんだよ。 MODだろ、それ」


 バシッと浮遊するディスプレイに指をさす。

 脳汁がバシャーと出る、カタルシスだった。

 そして、ここにいる全員の代弁者の気分だった。


 だが……


「速水……? 何を言ってるの?」

「何って。チートだよ。そのスマホみたいなの使って振り返ってさ。便利過ぎるじゃねぇか」


 栞は首を傾げた。

 そして、冷たく言った。


「アタシは、チートなんてしてない」

「いや、だから!」

「アナタだってあるでしょう?」

「え? そそそ、そうだよ」


 オレの頭に降りてきたのは、余計すぎるドツボだった。


「後衛士というスキル。背後で分析をしていると玲と剛が言っていた。 蹴鞠さんもアドバイスをもらったとか」

「え、まぁ……それは」

「そして、アタシも後衛職。アナタはアタシ側だと思っていたのに、——残念ね」


 食堂を包んだのは、完全なる静寂だった。

 玲が、ゆっくりと目を伏せた。

 剛は最初から伏せたままだった。


 それはそう。ここにいる全員が行ってみれば、チートスキルを渡されている。

 チートスキルありきの、チーターとは——


 完全に余計な事を閃いただけ。


 玲と剛は、オレのことをそんな風に言って、誤魔化してくれていたらしい。

 だから折れた。

 プロゲーマーの二人とも、静かに、

 そして確かに、折れたのだ。


「いや、でも」


 オレはもう止まれなかった。

 完全に間違った判断だったけど、焦り切ったその時のオレにはわからなかった。


「オレたち、ちゃんと役割分担できてるし」


 蹴鞠が、静かにティーカップをソーサーに置いた。


「そうですわね」


 来た。援軍だ。

 蹴鞠がわかってくれた。オレの言っていることは正しい。


「だよな! 玲と剛が前を張って、蹴鞠が縦の軸! つまりアタッカーで──」


 蹴鞠の顔が、微妙に曇った。


「駆……?」


 なんか、おかしい。

 蹴鞠の目が、「貴方いま、自分で自分の首を絞めてますわよ」と言っていた。

 上品に、穏やかに、でも確実に、そう警告。


 いや、宣告していた。


 栞が、パンを一口食べた。

 咀嚼し、飲み込んだ。

 それから、冷ややかな目でオレを見た。


「やるべきことは、これでしょ。 チームバランスを見直すだけ」


 声はあくまで平坦だった。


「速水駆。 何を熱くなってるの?」


 オレは、完全に固まった。

 玲が、ぼそりと言った。


「……座れ、速水」


 中二病成分ゼロの、素の彼の声だった。

 オレは、自分がいつの間にか椅子から立ちかけていたことに気がついた。

 力なく座り込み、落としたパンを拾う。


「俺たちは……。アレだ。栞のチートなんて疑っていない」


 栞はもうオレを見ていなかった。

 だが、彼女の空中スマホは、気のせいかオレを見ているような気がした。


 だから、これで終わりじゃなかった。

 食事が終わりかけた頃、玲が重い口を開いた。

 演技を完全に捨て去った声で。


「俺がチーム分けしたから、言えなかった。それだけだ」


 プライドの塊である玲が自分の判断ミスを認める。

 プロのプライドを捨てる。彼の場合はきっと、相当に珍しいのだろう。

 隣の剛が、静かに続けた。

 感情のない、ただのデータを読み上げるような声で。


「チームバランスじゃなく、単純に人数がおかしい」


 すると食堂の空気が、また変わった。

 さっきの緊張感とは違う変わり方だった。

 するすると、何かの結び目が決定的に解けていくような変わり方だった。


 人数。

 第一隊「黒焔の剣」のメンバーは、四人だ。

 玲、剛、蹴鞠、そして──


 オレの手から、白いパンが滑り落ちた。

 皿の上に、ころん、と乾いた音を立てて転がった。


 羊皮紙に一つ物申したい。


 ひとこと追加して欲しい、「墓穴を掘るは、凶」と

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