第18話 最近、雰囲気悪いよね
あれから一週間が、あっという間に過ぎ去った。
「武器を変えろ……だっけ。でも、重いんだよな……」
そういうのは全員がレベル1の時に言って欲しかった。
だけど、今の玲には文句が言えない。
オレが思っている以上に、玲と剛は栞という女を意識していた。
ただ格好を良く見せたいだけではない。
優れた自分が、栞よりも優れていないとダメなのだろう。
泣き言を言わないだけじゃない。
オレという欠点を、敢えて隠したままで、栞を上回る。
意味のある意地とは思えない。
だけど、そのズレた見栄のお陰で、無能なオレが隠されている。
「勇者の行動を見張ってる連中だ。 国外逃亡を許す国じゃないってことだ」
粗末な装備を確認して、一階で落ち合う。
そして、北の森へ向かう。
「上をとる。その為には気配を消すことだ」
焦点はスヴァントウルフ。
前に対峙した時は、森がおかしかった。
先に見つけられ、グリスクとラッタンを配備し、狙い通りの位置で待ち構えられた。
獣の魔物化で、そこまで知能が発達するのかと、舌を巻く。
「駆も戦え。 お前はお前自身を守るんだ」
「分かってます……って」
死角から飛び出してくるグリスクを避け、ラッタンの奇襲を短剣の腹で弾き、ただひたすらに前衛三人の背中を見つめ続ける。
で、どうしてオレが死に物狂いに戦っているか。
平静さを失ったとしか思えない作戦のせいだ。
「魔物を討伐し過ぎた。 それで俺たちの痕跡を逆にたどられた」
「マジ……すか」
「玲と俺はこういうのに慣れている。 支給品の残骸から、敵の痕跡を辿るのは常識だ」
あの巨大狼に、対戦型FPSの常識があるのか、オレには疑問だった。
だから、クリアリングをしないとか、安全であるはずの後ろ側も危険になるに決まっている。
それも、二人にしてみれば計算なのだろう。
だけど、オレの羊皮紙は相変わらず、レベルのレの字も出ていない。
ただ、逃げるが吉、ただ、後退士。
「今日も空振りか。帰還するぞ」
そして帰還し、ギルドで受付嬢に報告を済ませて、夕飯を食う。
夜はベッドの上で自分の石板を眺め、惨めな気持ちのまま目を閉じる。
毎日、ただその繰り返しだった。
その生活の中で更なる変化。それは大した変化じゃない。
予想されていたこと。食堂で出されるパンとチーズとバターの質だ。
第三隊「銀弦の星」のテーブルに並ぶパンは、日を追うごとに良くなっていた。
すっかりふかふかになり、食堂に漂う小麦の香りすら以前とは違っている。
で、一週間後の今日。もう一つ頭を悩ませることが起きた。
「へへーん。ウチたちも白パンだよー。やったね。雄たん」
「某の土魔法があんな形で活かせるとは。全て舞殿のお陰でござる」
一人称! 僕か拙者か某か! ややこしいから止めろっ!
メタ的に!
でも実際。
第二隊「暁光の槍」のパーティ編成はバランスが良い。
雄大が背後で魔法を練るファイナルアタッカー
囲むように攻撃と防御の両方が出来る聖騎士と、同じく両立できるクレリックが並ぶ。
踊り子は翻弄する役目と、バフ付与を兼ねている。
クレリックは回復役も出来るから、幅がかなり広がる。
「ウチがレベル3になったのって、ぜったいでかいよね!」
「舞殿の活躍を考えれば、当然にござる」
「魔物をも魅了できるからな。 俺たちも……痛い。冗談だって」
「冗談でも言っちゃ駄目」
あと、これがデカい。
四人組だが、明確に2×2になっている。
その2×2も、役職や役割とマッチしている。
「パンがふかふかだね!」
「舞殿のその輝く笑顔のためならば、拙者、明日からさらに精進するでござる!」
「美味しいね、誠ちゃん」
「お肌の敵じゃなかったのか?」
「ビタミン欠乏症を気をつければいいの。ちゃんとお野菜もね」
「なる……ほど。流石は美咲。俺も、もっと護衛の腕を磨いて頑張るよ」
隣のテーブルからは、そんな前向きで希望に満ちた会話が聞こえてくる。
オレたち第一隊「黒焔の剣」のパンは、何一つ変わっていなかった。
相変わらずモソモソとした薄茶色のパンだ。
玲は、パンの質について何も言わなかった。
剛も、黙々と咀嚼するだけだった。
蹴鞠は、どんな食事であろうと淡々と優雅に食べた。
「あの……」
「明日こそ見つけるぞ。 スヴァントウルフ」
栞を見返すにはそれしかない、という戦い方の変化は、討伐数に大きく影を落としていた。
◇
王都の民や冒険者たちの間で、妙な噂が立ち始めたのは、それから数日くらいだった。
ギルドへ入る前、酒を飲みながら話しているのが聞こえてきた。
そういえば、砦に近いこの一帯の原型は、外から来た旅人向けの宿屋兼酒場が並ぶ一画だった。
「おい、『銀弦の星』って知ってるか」
「ああ、あの異邦人の四人組だろ。東エリアの街道を担当してるっていう」
「いやあのチーム、すげえんだよ。ヒーラーの娘が聖母みたいにふんわりしてて、前衛のアタッカーがキリッとした凄みがあって……そして後ろでリュートを弾いてるバードが、あれはもう反則だろ」
「巷じゃ、『麗しき美人三英傑』って呼ばれてるらしいぞ」
オレは、扉の前で盛大に顔を引き攣らせた。
その噂の出処、絶対に奏のやつが自分で流しただろ、と心の中で的確に突っ込む。
そもそも、奏は男だ。
まあ、確かにその辺の女よりも圧倒的に綺麗な顔立ちをしているのは認めるが。
ってか待て。なんで女三人、男一人のパーティで『美人三英傑(三人)』なんだ。
残りの一人はどうした。栞様も美人枠に入ってるに決まってるだろ!
奏のヤツ、ふざけてんのか。小一時間以上、説教すべきだ。
「……ん? じゃあ、あの仕切ってるリーダーの栞さんは三英傑に入らないのか? 美人だし。 髪も綺麗だし。 服はまぁ地味っちゃ地味だが」
すると一人の酔っぱらいがが、オレの心の疑問をそのまま口にした。
「バカ、声がでけえよ。目の前だろうが。 あ、あの人は……美人っていうか、なんか怖いだろ」
よっぱらいのおっさん。
それ、本人に聞かれたら、確実に東の森の奥深くに生き埋めにされるぞ。
って、それじゃあまるでオレも栞を怖いって思ってるみたいじゃないか。
怖いけどっ!
オレはまったく聞こえないふりをしながら、その失礼極まりない会話をすべて耳に収めて、扉を開けた。
「うわ……と」
ぶつかりそうになった。
白いニットのロングセーター。
手が見えないほど長い袖。膝がギリギリ見えるくらい長い丈。
膝を僅かに見せる程度でその下は黒い薄手の靴下。
そして、黒メッシュ入りの長く青い髪、即ち——栞。
「……ど、ども」
「ど、ども……」
栞にしては珍しい対応。
彼女はそのままギルドの外に出て行った。
遠くの方で、「ほら。美人ほど怖……」「お前、やめろ!」という声が聞こえた。
オレは、ご愁傷様と心でいいながら掲示板に向かう。
そこには
「うむ」
玲が、地を這うような低い声で言った。
剛が、無表情のまま立っていた。
「とうとう俺たちは暁光にも抜かれた」
「……ああ。 討伐数だからな。 俺たちの狙いは」
「そうだ。栞を抜くにはスヴァントウルフしかない」
二人の冷徹な視線が、掲示板の依頼書から、ゆっくりとオレの方へと移った。
ほんの一秒だった。
だが、オレにとっては永遠にも似た、ひどく長く重い一秒だった。
チーム・ドラグノフとしてのプライドか、男としてもプライドか。
言葉にしてオレを責め立てたわけではない。
お前が足を引っ張っているからだ、と口に出されたわけでもない。
オレは視線を逃がすように、自分の懐に手を入れた。
朝の食堂からこっそりとくすねてきた、いつもの薄茶色の硬いパンがいくつか入っている。
最近は、コレしか楽しみ、いややることがない。
外では銀弦の話題ばかり。最近は暁光の話題も出てきた。
外出は気を使う。なら、異邦人館で食べるくらいしかないだろう。
「……何もしなくても、腹は減るし」
◇
その日の夕暮れの帰り道。
オレはまだ、残りのパンをもぐもぐと咀嚼しながら歩いていた。
くすねたんじゃない。最初の説明にあった通り、朝と晩しか用意されない。
朝のパンを多めにとって、昼に回しているだけだ。昼の分が残っていただけだ。
「ねぇ」
珍しく、蹴鞠がオレのすぐ隣に並んで歩いていた。
いつもなら、誰ともつるまずに少し離れた場所を優雅に歩いている。
石畳の上を擦れる、重いドレスの裾の音がすぐ真横から聞こえる。
「速水さん」
「……んむ?」
オレはパンを飲み込みきれないまま、間抜けな声で返事をした。
「以前、貴方からアドバイスをいただきましたわね」
「……モグ、まあ、そうですね」
「貴方の言葉のおかげで、あれからわたくしは変わりました。 わたくしはより立体的な動きができるようになりましたわ」
蹴鞠は、前を向いたまま淡々と言った。
純粋に感謝しているのか、それともただ結果を事務的に報告しているだけなのか、判断のつかない抑揚のない言い方だった。
でも、孤高のパフォーマーである彼女にとっては、それが他人に向けられる最大限の謝意の表現なのかもしれない。
「それで、ですわ」
蹴鞠が立ち止まった。
オレもつられて足を止める。
夕陽に照らされた赤い瞳が、オレの顔を真っ直ぐに射抜いた。
「アナタは、何をしてますの?」
それは。
何週間も前の、ギルドの掲示板の前で投げかけられたのと同じ質問だった。
でも、今回は込められた意味がまったく違う。
あのときは、自分の役割を必死に探していたオレに対する純粋な問いだった。
しかし、今回は──
「貴方はわたくしに、上を使えと進言した。ゲーマー二人の想定の外を動けと明確に指示をした」
蹴鞠が、逃げ道を塞ぐように言葉を続ける。
「それは見事で、正しいアドバイスでしたわ。では……貴方自身は、今の戦場で何をしてますの。これは、貴方自身の問題としての話です」
オレは、口の中のパンの動きを止めた。
「う、うしろから」
「その段階は既に終わっているのではなくて?」
後衛をしている。一番後ろに立っている。
死角から来る小型の魔物を、短剣で弾き飛ばしている。
ただ、それだけだ。
玲と剛が想定した「最後尾の安全地帯」という枠組みの中で、彼らの邪魔にならないように、想定通りに後退し続けているだけ。
しかも、いざという時は役立たず。
「……がんばってます」
ごまかす余裕もなく、オレは正直な思いを口にするしかなかった。
蹴鞠は、三秒ほど無言のままオレの瞳の奥を見つめた。
「そうですか」
それだけ言って、彼女は再び歩き始めた。
決してオレを責めているわけじゃない。
すぐに答えを出せと急かしているわけでもない。
彼女はそのまま立ち去った。
「それはそうだよな。 オレも本職に……。でも——」
◇
夜の異邦人館。
自室の窓際に腰掛け、奏は一人静かにリュートを抱えていた。
長い指先で、弦を一本だけ優しく弾く。
低い、心地よい音が夜の部屋の空気に溶けていく。
彼の頭の中に浮かんでいるのは、王都の広場の景色だった。
朝の光を受けて、神々しく輝いていた美しい金髪。
飾り気のない質素な白い衣装。
王族としての装飾品は、最低限しか身につけていなかった。
それなのに、あの人が演台に立った瞬間、数千の民を包む広場の空気が一変したのだ。
奏は、もう一本、別の弦を弾いた。
美しいものに出会った。それを自分なりの『言葉』にして表現したくなる。
歌ってみた動画は出さないが、詩を作るというのは奏という人間が美を表現したいから。
コスプレという趣味を極め始めたのも、突き詰めればまったく同じ理由だ。
その果てしない欲求の延長線上に、今の彼がある。
でも、この異世界で出会った圧倒的な美しさは、まだ彼の技術では再現できなかった。
質素な装いの奥に宿る、あの強烈な気品とカリスマ。
あれは、表面を取り繕って計算で作れるような安っぽいものじゃない。
過酷な運命を背負った彼女の『生き方』そのものが、強烈な光となって外に溢れ出ているのだ。
ああいう魂の底から発光するような本物の美しさは、どれだけメイクや衣装を極めても、決して模倣することはできない。
だからこそ、せめて音に変換して残そうと思った。
奏は、和音を確かめるように弦を三本、続けて弾いた。
ふと、廊下の向こうから日向の声が聞こえてきた。
「奏くん、まだ起きてるの……?」
気遣うような、少し熱を帯びた声だった。
すぐ傍で、凛が「日向ちゃん、声が大きいわよ」と小声でたしなめている気配もする。
奏は、その声に返事をしなかった。
ただ夜空に浮かぶ異世界の月を見上げながら、そっと呟いた。
「また奏でに行きます。……女王ルシア・カラヴァン」




