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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第一章 十二人の勇者

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第16話 ここはもしかしてゲーム世界では

 異邦人館の中庭は、不思議な熱気に包まれていた。


 あの煩いで有名な雄大だ。

 アイツが中庭の真ん中で、ひたすら詠唱の練習をしている。

 初日よりも、さらに無駄に長い。

 でもその顔は真剣そのもので、心底楽しそうだった。


 あれがレベル2に至った男の顔かもしれない。


 少し離れた場所にいる舞の姿をちらちらと盗み見ながら、決して詠唱を止めようとしない。


「大地に刻まれた最古の契約……これが、マグナ。――余談だが、この術式を完全詠唱できる人間は現在、僕しかいない。地脈の総量を収束させる術式……これが、テラ。――知っているか? 土属性の最大弱点は、術者自身の重力だ。だから僕はパンを食べまくる。対象の自由を永続的に封じる拘束系最上位魔法……これが、ウィンクルム。――痛いか? まだだ。これは僕の詠唱における、ただの前置きに過ぎない。

三要素の複合展開による広域制圧術式の完成形――」


 すぅ、と雄大は息を吸った。


「――マグナ・テラ・ウィンクルム!」


 何もない中庭に、土のオブジェが生まれる。

 パチパチと拍手が鳴って、大魔法使いは満足げに笑った。


「……なんだ、あれ」

「さぁね。彼の特性でしょう? 唱えるが吉、レベル2」


 他チームが何を言おうが、雄大には関係ない。


「すごいじゃん!」

「いや、それほどでも」

「あの……詠唱の時間をもう少し」

「守る俺たちのことも考えてくれるか?」

「大丈夫だよ。ウチが飛び回ればいいんだしっ」


 明るいファンタジーの世界が、彼を迎えてくれる。

 水瀬舞はただスタイル抜群の美女ではない。

 細かいことまで拘る、村田雄大を頼りにしている。


 ——らしい


 あれはなんて、恋愛シミュレーションゲーム?


 村田雄大のソレは、意中のヒロインを攻略せんと意気込む、ゲームプレイヤーの動きだ。

 舞はその隣で、軽快なステップを踏んで踊りの練習をしている。

 コスチュームが同化したコスプレ組は、もはや異世界人よりも異世界している。

 

「レベルという概念があった。アタシたちも負けていられないわね」


 ベンと音が鳴る。

 少し離れた木陰では、奏がリュートを弾いていた。

 二階の窓からは、日向と凛がその姿を遠目に熱く見つめている。


「まだ、やっているのか……」

「まだ? アレはレベル2の囀るが吉の力よ」


 レベル2突入組たちが次の作戦を練っている。

 窓から顔を覗く二人も、戦場では馬鹿みたいに活躍するのだ。


 そしてオレは、あの目を知っている。


 乙女ゲームの完璧なヒーローの立ち絵を見る目。

 あるいは、推しのライブを最前列で見る限界オタクの目だ。


 彼女たちのその視線は、現実世界にいた頃より少しだけ熱が高い。

 理想の推しが、触れられる本物として、そこに存在しているからだ。

 当の奏本人は、そんな熱視線に気づいた様子はない。

 リュートを爪弾きながら、完全に自分の美しい世界に没入している。


「レベルが上がった? あいつは奏でてるだけだろ?」

「でも、魔物の動きを封じられる」


(オレだって見てるだけはやってるんだぞっ)


 誰も、レベルアップの基準を口にしなかった。

 敵を倒した数か、戦いに関与した割合か。


 一つ言えるのは、オレの羊皮紙が全く変わらないことだ。


「そういえば、蹴鞠も聞かないな……」 


 その蹴鞠は、中庭の端で一人黙々と素振りのような動作を繰り返していた。

 オレのアドバイスを試すように高く跳躍し、鋭い蹴りを一閃する。

 本人は汗一つかかず、至って淡々とその動作を確認していた。


「やはり討伐数か? でも、それなら天野奏の説明がつかない」


 一階の内側に目を向けると、栞が喋りながらも資料の整理をしていた。

 向かいの席には玲と剛が座り、王都周辺のマップに何かを熱心に書き込んでいる。

 二週間分のデータが溜まってきたことで、三人の会話はさらに高度になっていた。


「そんなことより、東エリアの進捗データと比較すると、やはり北の森の狩り効率が低すぎるわね」

「いや。それは必要なことだった。今からルートの最適化をするところだ」

「チーム・ドラグノフの二人がそういうなら、そうなんでしょうけど」


 髪を掻き上げて、僅かに息を吐く。

 神宮寺玲と大石剛の正体が判明する。


 オレは知らないけれど。


 栞も一目置く、プロゲーマーらしい。


「あぁ。心配ない。調整が必要だっただけだ」

「次のレイヤーに進む前に、このエリアを完全踏破しておく」


 まるで、MMORPGの攻略会議だ。

 あの三人にとって、ここは本当にそういう場所なのかもしれない。

 フルダイブ型のVR空間に入り込んだトッププレイヤーが、リアルタイムで最適解の攻略ルートを組み立てている。


 そんな狂気じみた熱量を感じる。


 その食堂の隅では、誠司と美咲が静かに並んで本を読んでいた。

 この二人だけが、なんというか、唯一まともに地に足がついているように見える。


「世界の果てには何があるのかな」

「確かに。俺たちの知る世界じゃない。いつか旅をしたいな」

「……うんっ」


 でも、カップルで手を取り合って異世界の理不尽な状況に完璧に適応している。

 その時点で、彼らも十分にどうかしているのだ。


 オレは、冷たい石段に腰を下ろしたまま、活気づく中庭の景色をただぼんやりと眺めていた。


 オレはなんで……と考えた時、ふとオレの本音がまろびでた。


「だって……普通さ。怖いだろ……」


 その瞬間、背筋が凍り付いた。


 あれ。

 ここって、ただのゲーム世界だったっけ。


 遠くで声が聞こえる。


「レベルを上げて、確実にエリアボスを倒すわよ」

「ヴァルシア王国の魔物を倒せば、最終レイヤーの帝国だな」


 別方向からも


「慣れてきたな、この世界」

「うん。 でも、楽しいかも」


 カップルは最初、何て言ってたっけ。

 ゲーマーもそう。困惑していた。

 でも、今は楽しんでいる。


「もしかして……本当にゲーム?」


 違う。……違うはずだ。

 悲壮な決意を抱えた女王がいて、命を奪いにくる魔物がいて、希望に縋る民たちがいる。

 ここは血が流れ、腹が減る、紛れもない本物の世界だ。


「オレが知らないだけで、もしかして人類は既に脳だけになってて?」


 在り得ないとは言えない。

 そこで、ふと気づく。

 オレの目の前にいる十一人は全員、『自分のゲーム』を楽しんでいるように見える。

 恋愛ゲーム、攻略ゲーム、そして理想の自分を演じるパフォーマンスゲーム。


「だったら、オレは何のゲーム?」


 オレ一人だけが、自分のプレイするべきゲームを見つけられていない。



 次の日の朝、ギルドの掲示板に新しい羊皮紙が貼り出されていた。


 突然、貼られたのだ。

 何を意味しているのか、命令文なしに伝わった。


 東エリア担当・第三隊「銀弦の星」。

 依頼達成数、累計五十七件。


「五十七か」


 玲が、低く押し殺した声で言った。


「こちらは、二十八だ」


 剛が平坦な声で返す。

 二人とも、ピン留めされたその羊皮紙から目を離そうとしなかった。

 オレは少し後ろから、二人の横顔を見つめていた。

 表情は一切変わっていない。

 でも、確実に空気が変わったのがわかった。


「速度を重視。攻略範囲を拡大する」


 玲が言った。


「ああ。それしかないな」


 剛が深く頷いた。

 交わされた言葉は、それだけだった。

 でも、その『それだけ』に込められた熱の重さが、オレには嫌というほど分かった。


「このまま前進する……」


 この日の北の森は、いつもより静かだった。

 いつものようにグリスクもラッタンも飛び出してこない。

 枯れ葉が積もった地面に、ただ自分たちの足音だけが不気味に響いている。


 先頭の玲が、スッと手を上げた。

 全員の足がピタリと止まる。


 前方の薄暗い茂みの向こうに、何かがいる。


 余りにも大きい。


 いつものグリスクなんかじゃない。ラッタンでもボレットでもない。

 茂みの奥から、地の底から這い上がってくるような低い唸り声が響いた。

 直接、腹の底を震わせるような恐ろしい声だ。


 それがゆっくりと姿を現したとき、オレは思わず息を呑んだ。


 巨大な狼だった。

 体高は、立派な馬に近い。

 黒と灰が入り交じった分厚い毛並みが、木漏れ日の中で鈍く光っている。

 黄色く濁った瞳が、こちらをギョロリと睨みつけていた。


「剛……」

「あぁ」


 単なる獲物を見る目じゃない。

 自分より弱いか強いか、明確にこちらを『値踏み』している目だ。


 いつか、オレが依頼書でみた名前。


 ——スヴァントウルフ。


 事前情報にあったエリアボスの名前を思い出した瞬間、周囲の茂みが一斉に揺れた。


 グリスクが二十匹、ラッタンが十匹。


 今まではグリスクの群れ。ラッタンの群れだった。

 それが同居している。分かれているのではない。入り混じっている。


「ひ……」


 あの巨大な狼が、配下として使役している。

 見るだけで分かる。


 今までのように、「クリア」「クリア」と安全確保が出来ていない。


 だから、本能が言った。


 逃げろ——


 右足が一歩、後ろに下がろうとした。


「散るな」


 だが、プロゲーマーからの命令は、真逆だった。

 玲が低く指示を飛ばした。


「隊列を乱すな、と言っている」

「弱気を見せるな。 付け入る隙を与えるぞ」


 剛が素早く盾を構えた。

 蹴鞠が、いつでも上空へ跳べるように深く膝を落とした。


「わたくしが——」

「待て」


 スヴァントウルフが動いた。

 驚くほどに速い。

 馬ほどの巨大な体格で、あの突進速度は明らかにおかしい。


「俺たちは勇者だぞ」


 玲が、一切の躊躇なく《切り裂くが吉》で迎え撃った。

 神速の剣が、巨狼の毛並みを掠める。確かな手応えがあったはずだ。

 でも、狼の突進は止まらなかった。


「突き返すが吉。レベル2ぃぃぃいいい!」


 剛が完璧なタイミングでカウンターを合わせた。

 不可視の盾が、スヴァントウルフの前足を強烈に弾き飛ばす。

 巨狼が大きくよろめいた。

 しかし、わずか三秒後には体勢を完全に立て直していた。


「蹴鞠っ!」

「分かっておりますっ!」


 蹴鞠はあの時から成長をしていた。

 Z軸を使う戦い方は、玲と剛への受けが良かったのだ。

 だから、今日も同じように蹴鞠が跳躍した。


「跳ねるが吉、レベル2ですわっ!」


 オレのアドバイスを通り越し、はるか上空から立体的に踏み込む。

 超質量を持ったドレスの裾が鞭のように打ち、直撃した地面をクレーターのように抉り取る。


「やったかっ!」


 そして、オレの口が余計な事を言った。


「まだですわっ」


 レベルの上がった蹴鞠の一撃は、凄まじい衝撃波を産んだ。

 だが、スヴァントウルフは立っていた。

 たったの一歩、後退しただけだった。


 即ち、オレたちの立ち位置はこうだ。

 向こう側に玲と剛がいる。

 オレの目の前には蹴鞠がいる。

 その間にスヴァントウルフがいて、蹴鞠は攻撃後で体制が乱れている。


 今までにない状況。

 踏み込まれたことはない立ち位置。


 なかったことだから、聞いたことのない命令が下った。


「駆! 蹴鞠をカバーしろっ!」

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