第13話 勇者宣言の広場
朝から、異邦人館はざわついていた。
今日も依頼をこなす一日と思っていた。
だが、壁一面の掲示板からは、依頼書が剥がされていた。
その代わりに、たった一枚が貼られていた。
「勇者……宣言? でも、ウチは勇者じゃないって」
「騎士団長が言っていただろう。フィニス王国では勇者扱いと」
「でも、そういうのって」
「召喚された日に……。いいや、昨日の件を考えれば想像はつく」
全員が一階に集まっていた。
理由は昨日の晩に、イネスが朝集合と言ったからだ。
相沢誠司が腕を組む。
「そうか。 元からそういう予定だったのか」
「いいや、違うな」
だが、直ぐに否定される。
赤と黒のツートンの、ビームサーベルを操る剣士。
隣にはオレたちのSFタンク。
「騎士団長は試していたのか」
「それしかない。彼女の本来の役目は騎士を束ねること」
「だが、時間の無駄だったな。昨晩の聞き込み、たった一度の討伐で分かりすぎるほど」
「僕たちが凄かったってことですよ、舞さん!」
雄大が四角い眼鏡を跳ね上げて、オレたちのタンクを仰け反らせるほど叫ぶ。
踊り子も飛び上がり、文字通り胸を躍らせた。
そして仰け反るかと思いきや、ベージュのリップから白い歯を見せた。
「あ! ウチ、知ってるかも!」
朝からテンションが高い。
いや、実は一人以外はテンションが高い。
たった一人、昨日と比べて目つきが悪い女。
今日も青く長い髪、黒いメッシュもそのまま。
「朝から煩い……」
「栞。夜更かしはするなと、あれほど」
「だって癖だし」
空中スマホがくるりと回る。
だが、踊り子は一拍おいて、叫んだ。
「ウチたち、なんかやっちゃいましたぁ? ってやつ!」
空中ビジョンはそのまま回り続けた。
数秒置いて、
「そ、その通りです! 流石は舞さん。何かやっちゃったみたいです」
「だよねー」
雄大が、ソレに乗っかった。
余りにも定番なセリフゆえに、誰も言おうとしなかった言葉。
条件が揃っていたら、オレが言いたかった言葉。
だが、堰を切るというか。
「美咲。 俺達、なんかやっちゃったみたいだぞ」
「誠ちゃんもね」
「凜ちゃん。 わたしも?」
「日向も、私もね。それに」
「ボクはなにもやってないよ? リュートを弾いただけさ」
「リュートを弾いて、魔物を止めたんだし。十分だよ」
嫌な流れがやってくる。
そして嫌な予感が募る。
即ち、フィニス王国の民に向けた大々的な「勇者宣言」だ。
だから、オレは話題を変える。
「ってか。正装って言われても、これしかないんだけど」
オレの場合はグレーのパーカーにベージュのチノパン。
家着でも通用するし、ズボンを脱げば、寝間着とも言える。
すると、漆黒のゴスロリドレスを揺らし、凛が不満げに腕を組む。
「これしかないのは、みんな一緒だよ」
日向が、ふんわりと宥めるように答えた。
「それにぃ。魔法って凄いね。一晩で綺麗になっちゃった」
「え……? どゆこと?」
オレは軽く目を剥いた。
確かに。全員の服が朝日を浴びて輝いているように見える。
「もしかして、お前。 気付いてなかったのか?」
「……気付くって何を」
「う……、寄るな寄るな」
「誠ちゃん、酷い。もしかして、疲れてそのまま寝ちゃってた? えっとね。シャワー浴びるとこに、クローゼットと寝間着があって」
そして、フツオタカップルが詳しく教えてくれた。
考えてみれば分かることだ。
オレたちは全員、異世界に召喚されたときのオタク服のまま。
そして、だ。
「わたくしも嫌ですわ。でも、これが装備なのですから、仕方ありませんわ」
「つまり、これが正装だね。ボクはこのままで構わないけど」
「ウチは嫌だよぉ。踊り子は今回だけって決めてたんだからっ」
諸事情に気付けるのは、スキルが分かっている人間だから。
オレは、ゲーマー二人の後ろに隠れて過ごすと決めた。
だから、頷くしかなかった。
「きょ、今日からはちゃんとシャワー浴びよう……かな」
◇
場所は王城から真っ直ぐの中央広場。
ただ、オレたちの異邦人の館とは反対方向だった。
そして中央広場は、オレが想像していたよりも、ずっと人が少なかった。
「……?」
いや、実は決して少なくはない。
広大な石畳の広場を、熱気を持った人の波が埋め尽くしている。
地中海を思わせる褐色肌が大半を占め、その間にヨーロッパの例えば、ケルト系の赤毛やフランク系の金髪が混じっていた。
子供を肩車した筋骨隆々の父親。
市場帰りらしい籠を抱えた女性。
腰の曲がった老人たち。
王都に住むあらゆる民が、この瞬間のために集結している。
それでも
「思ったより、少ないね」
舞がぼそっと呟く。
そう思ってしまう。
「コミケの待機列、いえ東京と比べたら」
ドレスの裾を揺らし、蹴鞠も応じる。
「いやいや。比べる対象が間違ってるだろ」
若手騎士のような誠司が苦笑した。
「表示限界的には、こんなものだろ」
すると玲が、腕を組んで分析した。
何の表示限界だよ!
と、オレは内心で的確にツッコむ。
「ラグも出てないし、処理落ちしない快適な人数だな」
エネルギーシールドを明滅させ、剛が頷く。
だからゲームじゃないって言ってんだろ!
と、オレは再度内心でツッコむ。
声に出したい。
でも、スキルが……ではなく、
SFの二人に言われると、どっちをツッコめば良いか分からないからだ。
そのとき、隣にいた日向がオレのパーカーの袖をちょんちょんと引いた。
「か、駆くん……人、多いね」
「多いのか少ないのか、どっちかにしてくれ」
「わたしには、多い……」
日向の真白な顔が、さらに青白くなっている。
隣の凛も、殺気を抑え込むように口をきつく結んでいた。
二人とも、人前が極度に苦手なガチオタ女子だった。
コミケ会場では推しや目当てのサークルを追いかけるのに必死で気にならなかったのだろう。
だが、こうして自分たちが無数の視線を向けられる側になると、途端に陰キャの防衛本能が働くらしい。
わかる。
オレも極度の人前が苦手な陰キャだからだ。
「コホン……」
そして演台に、女王ルシアが立った。
質素な白い衣装。
美しい金髪が、朝の光を受けて神々しく輝いている。
王族としての装飾品は最小限しか身につけていない。
それでも、彼女がそこに立つだけで、広場の空気が一瞬にして引き締まった。
熱狂していた民たちのざわめきが、嘘のようにピタリと収まる。
「民よ」
ルシアの声は、驚くほどよく通った。
マイクも拡声器もないはずの石畳の広場に、凜と澄んだ高い声が響き渡る。
「長き苦難の中、皆が耐え忍んでくれたことに、女王として深く感謝する」
誰も声を上げなかった。
だが、広場全体が静かに、そして深く頷いているような確かな空気があった。
「主は、我らを見てくださった」
ルシアが言葉を継ぐ。
「切なる祈りは届いた。今日、この地に立つ十二人の異邦人が、十二人の勇者が!……その確たる証だ」
オレは小さく息を呑んだ。
この世界における神への信仰の言葉だ。
そんな宗教的な言葉が、この広場を埋め尽くす民たちの心に、すとんと落ちていくのが分かった。
南欧っぽい人、そして中欧、北欧っぽい人。
それぞれまったく違う顔をした人たちが、同じ熱を帯びた表情で女王を見上げている。
比率で言うと、女王は少数派だ。
それでも、圧倒的な信頼だった。
魔物の恐怖に怯えながらも、それでもこの若き女王を心の底から信じている顔だった。
オレはただの偽装した『後衛士』に過ぎないのに、そんな純粋な信頼の視線のど真ん中に立っている。
(しまった。フードを被れば良かった。そういう装備ってことにしとけば……)
いくつか話をした女王が、傍らのイネスに小さく目配せをした。
ガシャリと金属音を鳴らし、イネスが一歩前に出る。
フルプレートアーマーに、深紫のマント。
王国が誇る騎士団長の正装だ。
広場の民が、期待に胸を膨らませてざわりと波打った。
騎士団長にしては若い、と思っていたが、イネスの放つ圧倒的な存在感は、やはり別格だった。
「異邦人勇者、十二名を、三つの隊に編成した」
イネスの声もまた、よく通る。
「第一隊」
彼女は、一拍だけ重い間を置いた。
「『黒焔の剣』」
オレたちAパーティに、数千の視線が一斉に突き刺さった。
玲の顔の筋肉が、一瞬だけピクリと動いた。
口の端が微かに上がりかけている。
中二病の魂が、そのカッコいいネーミングに歓喜の声を上げているのが丸わかりだった。
剛は無表情のままだが、衣服を発光させているのに気付いていない。
蹴鞠は優雅なドレス姿で、涼しい顔をして前を向いていた。
オレはただ一人、顔を引き攣らせた愛想笑いを浮かべたまま、その場に突っ立っていた。
「第二隊——『暁光の槍』」
今度はBパーティへと視線が移る。
誠司が若き騎士のようにスッと背筋を伸ばした。
美咲が小さく息を吐く。安堵と緊張が入り混じったような、等身大の顔だ。
舞が「おっ、いい名前じゃん」と小声ではしゃいでいる。
雄大に至っては「暁光……正しく僥倖!」と、自動翻訳で伝わってるかどうかも分からないダジャレを吐き、自分に酔いしれるように噛み締めていた。
「第三隊——『銀弦の星』」
最後に、Cパーティだ。
栞はすでに空中のホログラムウィンドウを展開し、何かのメモを取り始めている。
日向が「きれいな名前……」とふんわりと微笑んだ。
凛が「悪くないわね」とキリッと殺気を込めて返す。
奏が、背中のリュートの弦を指先でそっと、しかし見事に響くように弾いた。
「この十二人が、我らの国を導く!」
広場から、ワァッと拍手が沸き起こった。
決して大きすぎる音ではない。でも、それは手のひらが擦れる本物の拍手だった。
オレたち異邦人に、すべてを託して期待している人たちの純粋な音だ。
オレはただ黙って、痛いほどの拍手を全身に浴びていた。
◇
広場での式典を終え、裏路地へと離れたあと、各パーティのメンバーがばらばらに感想を口にし始めた。
「もうちょっとウケると思ったんだけどなー」
舞が少し残念そうに伸びをする。
「コミケのコスプレ広場じゃないんだから」
誠司が的確なツッコミを入れた。
「黒焔の剣か……」
玲が、ビームサーベルを出したり仕舞ったりしながら、感慨深く噛み締めた。
「うむ、悪くない」
黒くはないだろっとツッコミたくはある。
「次の依頼の優先順位を整理するわよ」
そして、冷たい息が漏れた。
栞はすでに興味を失くしていた。
視界にマップを展開し、効率的なルート計算を始める。
「銀弦の星、奏くんにぴったりだよね!」
日向が凛の袖を引きながら小声で言う。
「そうね」
凛が必死に平静を装って短く答えた。
「舞殿! 暁光の槍、我々に相応しい名と思いませぬか!」
禍々しい魔力痕を光らせ、雄大が舞の横顔に熱視線を送る。
「いい名前だよね!」
舞が屈託なく笑う。
蹴鞠は相変わらず何も言わずに、ドレスの裾を整えていた。
見られて当然、それが蹴鞠らしかった。
オレは少し離れた場所から、広場の方をもう一度振り返った。
式典が終わったあとも、民たちがまだ興奮冷めやらぬ様子で残っている。
子供が数人、路地裏にいるオレたちを指差して何か楽しそうに言い合っていた。
その中の一人が、タタタッとこちらへ駆け寄ってきた。
褐色肌の男の子だ。年の頃は八歳か九歳くらいだろうか。
「ねえ、お兄ちゃん、黒焔の剣の人だよね! どれが後衛士なの?」
オレは少し驚いた。
ギルド登録の偽装が、しっかりと民衆にも伝わっているらしい。
「……オレだけど」
「かっこいい! 後衛士って、どんな戦い方するの?」
かっこいい。
後衛士。
自分で必死に名乗っただけの偽物のジョブだ。
でも、イネスさんが「黒焔の剣」と力強く紹介したとき、オレも間違いなくその中に立っていた。
この純粋な子供の目には、オレも世界を救う勇者の一人として映っているのだ。
「一番後ろから、こう」
オレは腰の安っぽい短剣を少し持ち上げて、適当な構えを見せた。
「すごい!」
男の子が、宝石のように目を輝かせた。
何もすごくないし、オレはただ逃げるだけの後退士だ。
でも、今は、これでいい、とオレは密かに思った。
男の子が満面の笑みで走って戻っていく。
オレは広場をもう一度見渡し、それからメンバーの方へ向き直った。
少し離れたところで、舞と蹴鞠が並んで立っていた。
「いつもは、囲み撮影で撮られすぎるくらいなんだけどね」
「誰からも撮られないというのも、少し寂しいものですわね」
そこへ、パーカーの男がシュバッと割り込んだ。
「ご安心めされよ、舞殿! 拙者の脳内フォルダにはバッチリと保存されておるでござる!」
「…………」
ひどく冷たい間が落ちた。
遠くから、凛の氷点下の声が聞こえた。
「キモ……」
オレは心の中で、その言葉に一万パーセントの同意をした。




