第12話 案外オレはやれるかもしれません
南のBチームと来て、東のCチームと繋がる報告は方角の順番ではない。
多分だけど、帰って来た順番に報告されている。
最後はなんか、嫌だ。
最初も嫌だ。真ん中も嫌だ。
頼む。この辺で飽きてくれ。
だが、イネスの鋭い視線が、ついにこちらへ向いた。
「最後はAだ」
黒衣のビームサーベル士が、ゆっくりと前に出る。
栞の的確過ぎる、一目瞭然な報告を横目で見ていた玲の顔も引き攣っていた。
オレのリーダーはなんと言うのか。
オレのことをなんと報告するのか。
(そもそも、何もやってないっ! 奏のあれ、何?! あんなん見せられたらオレはもう)
祈るような気持ち。それと──
(逆に言ってくれ。ほら、オレは本当の意味での後衛がいいんじゃないかって。炊き出しとか、アレとか、ソレとか!)
傷は浅い方がいいの精神のオレがいた。
だって、オレだけどう考えても、一般人なのだ。
「順調だった。グリスク二十匹、余裕で片づけた」
だが、玲は言った。先ずはそう言った。
「十三キル、一アシスト、ゼロデス」
は……?
「俺は六キル。十四アシスト。同じくゼロデスだ」
いや、デスってなんだよっ!
死んでもリスポーンする世界には見えんだろっ!
「わたくしも倒しましてよ。 グリスクでしたわね。 踏んづけてやりましたの。わたくしは1ですわっ!」
ほらっ! やっぱ、伝わってないじゃん!
寧ろ、いちですわっの方が伝わるわ!
「とにかく、全員無事だ」
だが、オレは何となく気が付いた。
二人のソレは、同じゲーマーとしての対抗心だ。
若しくは栞に対しての言葉だ。
プロゲーマーということは、負けず嫌いということだ。
勿論、二人が言っていることに嘘はないのだし。
そこを同じくゲーマー、更には振り返り配信までやってのけた栞が突く。
「それで、スキルの発動は」
「俺の切り裂くが吉は実に有能だ。 やはり、ビームのように伸ばせた」
「あれには驚きましたわね」
それは、確かに。
まんまSFで、ひょっとするとFPSシューターのようだった。
栞もそれには納得顔で、玲の顔色も良くなった。
「俺の突き返すが吉も負けてない。役割が違う、タンクと思ったがそうじゃない。 シールドバッシュで、敵を焼き、切り裂ける。 無論、突き返すことも可能だ」
「おいおい。お前たち、強すぎるんじゃないか?」
「ウチたちとはなんか違うねー」
「舞殿。それは違うでござる。拙者はまだ」
雄大。お前、いつからそんな喋り方になった。
それはテレビの影響で、高校時代にやってたやつだろ。
それはさておき、やはり剛の能力もかなり高い。
青く長い髪が、満足げに揺れる。
その冷たい視線は、お嬢様へも向けられた。
「わたくしの跳ねるが吉。ちょっと怖かったのですが、大丈夫でした」
「ん? 蹴鞠は怖かったのかい?」
「軽く飛んだだけで、ジャパニーズ忍者と同じくらい飛びましたのよ」
「ジャパニーズ忍者ってなんだよ。お前も日本人だろ」
「わたくし、海外の方が長かったのですわ。 わたくし思っておりましたの。 あんな跳躍をしていたら、足の骨が何本あっても足りないのでは、と」
「そこかよ!」
「分かる! ウチも踊る時、怖かったし」
蹴鞠の言葉に、奏や誠司、舞まで参加して盛り上がる。
オレの予想に反して、話が弾む。
いや、オレも聞いていて、我が軍は無敵でないか、と思ったほどだ。
BにもCにも負けていない。
栞が抜けた理由は、これだったのだ。
そして彼女も
「全員のスキルが確認できたのね」
「あー、そうだな。全て完璧な有効性を確認した。一切の隙もない完璧なポジショニングだ」
「うむ。受けタンク、避けタンク。しかも、それぞれがカウンターを出せる」
剛が頷く。
「寧ろ、大変そうだったな、Cパーティは」
玲が、栞の方を、そして奏の方を、ちらりと見た。
前半部分のことを言っているのか。
「俺たちは何も問題なかったがな」
それとも、タンクがいないということを言っているのか。
オレは、後ろでただ黙って立っていた。
腰の安っぽい短剣の柄に手をかけたまま、森の奥と同じ。
何もせずに突っ立っていた。
それでも玲は、ギルドの中心で堂々と「全員無事」と報告したのだ。
そして、奏はやはり不安要素だと、言葉にしなくても言ってのけた。
「……ん? その一人。 速水が」
するとイネスが、値踏みするようにオレを見た。
何か言いたげにしている。
だが、オレの脳内シナプスは教えてくれていた。
思考の神殿に住まう「もう一人のオレ」は違っていた。
「リーダーの言う通り。 異常なし、です」
嘘ではない。
かすり傷一つ負っていないのだから、異常などあるはずがない。
イネスは一秒だけオレの瞳の奥を覗き込み、興味を失ったように視線を戻した。
「まぁ、初回戦闘だ。十分すぎるな。 受付に行って報酬を受け取ってこい」
全員の顔が明るくなる。
因みに初仕事の報酬は、十二人全員が同額だった。
小さな銀貨が数枚。
ギルドの受付嬢が「初依頼、お疲れ様でした」と愛想のいい笑顔で手渡してくれた。
バケモノのような力で魔物を粉砕した連中と、オレの貰った銀貨の枚数は完全に同じだ。
掌の上の銀貨は、五百円玉くらいの重さだが、絶対にもっと高い。
「今日は日が暮れる前に寝ること」と、門限じみたことをイネスは言って、立ち去った。
そして、一階食堂で過ごしても良し、外で買い物しても良しの時間が訪れた。
オレは、考え事をする為に、少しだけ外を歩くことにした。
異邦人館から出た小さな路地を歩く。
「これ……。もしかして行ける?」
銀貨をリュックの内ポケットに放り込み、視線を気にしながら独り言ちた。
玲と剛が、露骨に見栄を張っていた。
あの二人はもしかすると、いやもしかしなくとも、栞に気がある。
自分たちの優秀さを見せつけようとして、「完璧なポジショニング」なんていう大げさな言葉を使った。
サイボーグみたいな姿になった二人でも、可愛い女子の前ではそういう男らしいことをするんだ。
プロゲーマーで、効率厨で、中二病で、計算高い二人。
そんな連中が、栞の前では必死に見栄を張って自分を大きく見せようとしている。
「あ……。奏か……」
なんだ。
中身は普通の、ちょっと痛い男のままじゃないか。
あれ、もしかして
オレ、この世界でもギリギリやってイケるかもしれない。
そんな根拠のない楽観論が浮かび上がり、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた気がした。
「日本円でいくらになるんだ、これ」
一枚だけポケットに入れて、大きい銀貨を透かして見た。
薄くはないから、ただ夕日を遮るソレだが、確かな重みがある。
飼い犬探しでは、せいぜいが今晩の料理で終わったかもしれない。
「確かに栞は可愛いしな。 オレがチートスキルだったら、雄大みたいになってたかもしれない」
もしかしたら、スキルの効果かもしれない。
コスプレイヤーがそうだったように、肉体に変化が起きているのかも。
でも、なんとなく違う気がしていた。
栞の服装は、多分。あのまま。
彼女の場合はガジェットが変化しただけ。
「美人プロゲーマーか。 オタサーの姫……ともまた違いそうだ」
明日もまた、あの薄気味悪い北の森へ行くことになる。
また一番後ろで、短剣を握りしめたまま震えて立っているだけかもしれない。
でもまあ、それでいい。
SF戦士が、愛する姫にアピールしたい。
奏というイケメンより、どこにでもいそうなオレの方が優秀だぞ、と。
オレはポケットの中で冷たい銀貨を強く握り直し、夕暮れの空の下、異邦人館近くの路地裏を一周した。
◇
その夜。
イネスが王城の執務室での報告を終えたのは、銀の燭台に立てられた蝋燭が半分ほど溶け落ちた頃だった。
「全員無事、初依頼完了ですか」
重厚な執務机の奥で、女王ルシアが小さく、しかし確かな安堵の息を吐き出した。
「よかった。本当に、よかった」
国庫を空にし、古の禁忌を破ってまで異邦人を召喚した。
それはエレイン教にとって、禁忌すぎる呪術だ。
国のためとはいえ、民から搾り取り、信じる神をも裏切ったという重い罪悪感が、僅かに軽くなる。
でも、完全に消えることはない。
「十二人中、戦闘参加の実績が確認できたのは十一人」
老宰相バルドが、乾いた音を立てて羊皮紙に羽根ペンを走らせながら報告する。
そのひどく老いた目が、冷徹に戦果の数字だけを追っていた。
「残る一人は?」
女王が翠色の瞳を向ける。
「自らを後衛士と名乗った少年です。常に後衛に徹していたようですが、リーダーである玲は『異常なし』と報告しております」
女王は静かに頷いた。
バルドも、それ以上の無駄な思案を巡らせることはしなかった。
「この初戦の結果は、不安に喘ぐ民への報告に十分使えます」
バルドが、羊皮紙から顔を上げて言葉を続けた。
「伝説の勇者たちがついに動き始め、魔物を討った。その事実だけで、沈みきった民の心は劇的に変わるはずです。早くて損はありません。大々的な布告の準備を」
女王はバルドと真っ直ぐに目を合わせ、力強く頷いた。
長年の重税と帝国の影に耐え忍んできた民に、一筋の希望を届ける頃合いだ。
「イネス」
女王が、凜とした声で名を呼んだ。
「明日の布告の準備を頼みます」
「ハッ」
イネスは短く恭しく答えながら、執務室の巨大な窓の外へと視線を向けた。
夜の帳が下りた王都。そのさらに北に、深い闇を湛えた黒い森が広がっている。
「本来なら、口に出しても行けない禁忌……か」
最初は、ただの外国の子供たちの集まりだと思っていた。
戦いの素養も、命を懸ける覚悟も、大して持ち合わせていない素人の群れだと侮っていた。
実際、最初の方はぎこちなかった。
会話も連携はぎこちなく、魔物に怯える者もいた。
そして何より、得体の知れない見栄を張っていた。
それなのに、あの十二人は誰一人欠けることなく、全員が見事に帰還したのだ。
十次元の魔宝石と呼ばれる神の遺物を使った……らしい。
それが、世界を歪ませるというのは本当だった。
「我が父でさえ帰らなかった森で……」
イネスは、窓ガラスに映る暗い森から目を離すことができなかった。
あの底知れない闇の中に、偉大だった父が呑み込まれている。
「……思ったより、やる。異邦人たちの神話は、本当のことだった」
誰の耳にも届かないほどの微かな声で、騎士団長は夜の闇に向かって独り言ちた。




