第11話 他パーティの戦闘
栞の提案を受けて、先ずは最初に戻ったBチームの振り返りとなる。
イネスがギルドに戻って来たところで、報告会が始まる。
舞は自信満々に、隣の男もにやけて朗々と話し始めた。
Bチームはこんな感じだったらしい。
◇
南側の森は、舞たちが想像していたよりもずっと明るかった。
木々の隙間から心地よい朝日が差し込み、柔らかな葉が黄緑色に透けている。
どこからか、聞き慣れない鳥のさえずりも聞こえてきた。
事前に脅されていた黒い森とは、まったく別の場所のようだ、と誠司は内心で安堵した。
「ウチ、やっぱ最初のルート南にして大正解だったじゃん!」
先頭を歩く舞が、気持ちよさそうに大きく伸びをした。
露出度の高いインターフェース装備の上からでも分かる、
躍動感のあるしなやかな肉体だ。
踊り子のスキルは、全身をバネのように使うらしい。
「舞さん、あまり先に行きすぎないでください」
神聖に輝きながら、美咲が小声で注意した。
隣の誠司も真面目な顔で頷いている。
二人ともギルドで借りた革鎧の紐を二重に固く締め、手袋もしっかりとはめ、念のために安いポーションを三本ずつ腰に下げる、という念の入れようだった。
「大丈夫だって。まだ森の外縁部じゃん」
「外縁部でも油断は禁物です」
「そうだぞ。初戦なんだから慎重にいこう」
誠司と美咲が、見事なユニゾンで声を揃えた。
付き合いが長いと、注意のタイミングまで完璧に合ってくるらしい。
「お二人は、本当に仲がいいんですね」
雄大が、感心したように言った。
もちろん彼の立ち位置は、舞の真横からぴったり半歩後ろをキープしたままだ。
「はい。付き合って三年になります」
美咲が少し照れくさそうに微笑む。
「それはとても素敵ですね。ね、舞さん」
雄大も笑顔で返すが、その視線は美咲ではなく、明らかに舞の横顔だけに向いていた。
舞がくるりと振り返り、興味深そうに尋ねる。
「ねー! あ、そういえば雄大くんってさ、魔法ってどんなのが使えるの?」
くわぁっ!
雄大の目の奥でオタク特有のヤバい光が輝いた。
「舞殿……聞いてくださいますか」
「うん! 詠唱とかカッコいいじゃん!」
「そうですよね。では──」
雄大がバシッと足を止め、胸の前で左腕を突き出した。
その暴れるかもしれない左腕を、右手でしっかりと支える。
そして、恭しく目を閉じた。
「──イグニス、汝は炎の源にして、あらゆる冷たきものを焼き払う力の根源」
左手の甲に刻まれし、魔法の刻印が禍々しく光り輝く。
「おおおおお!」
歓声が上がる。
雄大は敢えて、反応をしない。
そして──
「我はここに汝の名を呼ぶ。炎よ集え、意志を持て、敵を──」
「って、続くのかよ。あのさ」
更に続けられた。
長すぎる詠唱に、誠司がたまらず口を挟む。
「──焼き尽くせ! イグニス・エクスプロドゥス!」
雄大のワンドの先から、火球が飛び出した。
火球は近くの岩に当たり、ぼふっと鈍い音を立てて燃え上がった。
「おおー!」
舞が素直な歓声を上げる。
「詠唱、ちょっと長くないですか」
美咲が冷静なツッコミを入れる。
「誠司どの。今のは危なかったでござるよ」
「え……何が」
「詠唱は、長い方が威力が上がる。 あの瞬間、闇が僕を見てるんですから」
雄大は怪しく睨み、誠司は顔を引き攣らせた。
その何かに怯えたような顔に、大魔法使いは誇らしげに胸を張った。
「せ、誠ちゃん。危なかったね。ち、ちなみに、今の詠唱でどのくらいの威力なの?」
美咲が尋ねる。
「今の詠唱は……間に雑念が入りかけたから、途中で切り上げました。 僕の中では、中の中の下くらいの威力です」
「じゃあ、途中で止めなかったら?」
「もっと派手に燃えます。いーや、燃やす尽くします」
誠司と美咲が、無言で顔を見合わせた。
そのとき、すぐ横の茂みがざわりと不自然に揺れた。
魔物だった。小型の変異リスである『グリスク』だ。
複数匹、木の上から一斉に飛びかかってくる。
「来た!」
すると舞が即座に動いた。
踊るように体をしなやかに回転させ、鋭いチャクラムで一閃。
ズバッという音と共に、一匹が木の幹に激突して吹っ飛ぶ。
「美咲、下がって!」
誠司が素早くナイトの構えを取り、前へ出る。
「詠唱します!」
雄大が再び胸の前で左手を組む。
「今は長い詠唱は今はやめてくれ!」
誠司が叫んだ。
「じゃあ短くします──イグニス!」
雄大の掌から、先ほどよりさらに小さな火が出た。
火は飛びかかってきたグリスクの一匹に当たり、軽くもんどりを打った。
だが、絶命までは至らない。
「このように……短いと弱いんです。分かります?」
「分かったから! 邪魔したのは悪かったから! ここで立ち止まらないでくれ」
結局、飛び込んできた魔物は、誠司と舞が二匹ずつ物理で仕留めた。
「誠ちゃん、私も」
「俺から離れるなよ、美咲」
「ウチ! 引き剥がすねー。 雄くん、でっかいの行っちゃってー!」
「うけたまわり……ました!」
実はこのチュートリアル、序盤で戦い方は決まった。
誠司は防御の高い盾を使える。美咲の服も高強度の法衣と化している。
しかも連携することで、互いの聖魔力が高まり続ける。
「舞さん、すごい」
「あぁ。あの身のこなし。 あの体……」
「誠ちゃん?」
「も、勿論。美咲の方がずっと素敵だぞ」
舞のダンスは全員のステータスを強化する。
しかも彼女の舞は、チャクラムとバランスが良く、攻撃と躱しタンクを両立させる。
「イグニス、汝は炎の源にして、あらゆる冷たきものを焼き払う力の根源。我はここに汝の名を呼ぶ。炎よ集え、意志を持て、敵を――」
唱えるが吉の雄大を守れる体制が、カップル二人の連携によって、最初から成立していたのだ。
「――逃さぬ烈火の檻と化し、深紅の業火を以てその魂までをも炙り尽くせ。
焦土の底より這い出でよ、万物を灰燼へと帰す劫火の軍勢――!」
後方で限界まで長い詠唱を済ませ、奥に潜んでいた十数匹のグリスクを、広葉樹と共に燃やし尽くした。
「すっごい! 本気の魔法っ!」
舞が息も切らさずに笑う。
「ぐふふふ。実はこれでも半分も行ってません」
「ま?……まあ、初戦だからな」
誠司も剣を収めながら安堵の息を吐く。
美咲もモーニングスターの先端を気味悪げに見つめ、安堵の息を吐いた。
◇
オレは軽くショックを受けていた。
雄大が雄大らしさを維持しながら、雄大な役を演じている。
「──なるほどな。南の森の状況は概ね把握した」
騎士団長のイネスだった。
イネスは舞たちのチームの報告を一通り聞き終えると、ガシャリと鎧を鳴らして視線を移した。
「次は、東の森を担当したチームの話を聞こうか」
オレは息を呑んだ。
東を担当したCチームは気になる。
奏がいるチームだ。
アイツは俺と同じ、戦っていないから、スキルが分からないと言った。
だから、固唾を呑んで見守った。
文字通り、栞のスキルだからこその、映像付きの振り返りを見守った。
◇
栞は、常に自分の三歩後ろの気配を気にかけていた。
正確には、三歩後ろを歩いている天野奏の挙動が気になって仕方がなかったのだ。
奏の手にはリュートが鎮座している。
年季の入った木製の楽器は、彼が撫でる度に音を立てていた。
未知の森での索敵中に持ち歩くようなものではない、と栞は冷静に判断した。
だが、あえて口には出さなかった。
「……天野くん、勝手に立ち止まらないでください」
「あ、ごめん。この苔、すごくきれいだなって思って」
奏が地面にしゃがみ込み、岩に生えた苔をまじまじと見つめている。
森の地面に広がる緑色の苔。
確かに自然の造形としては綺麗かもしれないが、今は索敵の最中なのだ。
「きれい!」
日向が、目を輝かせた。
「確かに、良い色ね」
ゴスロリ女の凛も、同意する。
気がつけば、二人の女子が奏の隣に並んでしゃがみ込んでいた。
栞は軽く息を吐き、周囲を観察した。
「……行きますよ」
栞が冷たく言い放ち、三人は慌てて立ち上がった。
奏が美しい所作で前髪をかき上げる。
日向がその動作を見て小さく息を呑み、凛が必死に平静を装って前を向く。
栞は、そっと額に手を当てた。
五分後、奏がまた立ち止まった。
「この木、すごくない? 幹が螺旋状にねじれてる」
「すごい!」
「珍しいわね」
「……行きますよ」
さらに五分後、奏が空を見上げた。
「木漏れ日って、なんでこんなに綺麗なんだろ」
「ほんとだ!」
「綺麗ね」
「行きますよ」
栞の平坦な声が、先ほどよりも一段低くなっていた。
そのとき、前方の地面がもぞりと不気味に動いた。
「こっちはラッタンなのね」
「ラッタンって?」
「グリスクと同列だけど、少し上よ」
変異巨大化ネズミの『ラッタン』。
グリスクよりも一回り大きいが、グリスクよりも群れが多い。
厄介の上に厄介が重なるから、ただ一ランク上ではない。
「毒を持つんだっけ?」
「よく勉強してるじゃない」
「それは、ね。実況で見たし」
「そ」
地中から這い出してこちらへ向かってくる。
毒を持つ厄介な魔物だから、噛まれれば面倒なことになる。
「日向さんは後方でヒール待機、凛さんは──」
栞がスマホを一度確認し、瞬時に空間に消した。
そして、的確な指示を出そうとした瞬間だった。
奏が、背中からすっとリュートを手に取った。
「囀るが吉……」
ベン……と静かな音。
奏は、弦を一度だけ弾いた。
低く、短い音が森の空気に溶け込む。
歌とも旋律ともつかない、ただの『一音』だった。
その瞬間、ラッタンの群れの動きがピタリと止まった。
三匹の魔物は、何かに魅入られたように奏の姿を見つめている。
魅了、とでも言うのだろうか。
彼らは完全に動きを止め、無防備な状態を晒していた。
「見とれてる場合じゃないわよ。今」
栞の合図。
「分かってるから、偉そうにしないで」
凛が《突き刺すが吉》のスキルを使う。
漆黒のフリルとレースが蝶の羽ばたきのように波打ち、その隙間から白いドロワーズの裾が覗く。
彼女の衣装もまた、肉体の性能を加速させる。
「凛ちゃん凄い!」
「日向さん。補助魔法だせる?」
「は、はい。 祈るが吉です。 凛ちゃんを守って、わたしの守護聖霊」
後衛担当のシスター。祈るが吉の使い手。
先端の貴金属部分が光り輝く。
そこから柔らかく、暖かな光が放たれて、ゴスロリ衣装を包み込んだ。
「守られてる。これなら!」
凜は僅かにほほ笑み、そのまま毒を持つ巨大ネズミの中に突っ込んだ。
そのまま複数匹、同時に倒せる。
凜が思った直後だった。
「黒瀬さん、直ぐに下がって」
「な? でも」
頭のリボンが跳ねる。
不平顔で振り返ったが、その先には小さなワンド──ではなくスタイラスペンを持つ栞が居た。
チッと舌を打って、ゴスロリが下がる。
「炎魔法は向こうで使ってる筈だから………、こっち」
そのペンが空中に文様を描く。
すると、飛びのいた凜の向こう側が凍り付いた。
「成程。面白い機能ね。黒瀬さん」
「分かってる」
そして氷の中のラッタンを、突き刺す異能でそのまま仕留める。
グリスクよりも、ずっと強いと目される敵も、勇者たちの活躍であっという間に死滅した。
「……使えるわね」
凜は自分が言われるものだと思った。
日向もそう思った。でも、栞の視線は後方。
ホログラムウィンドウを閉じながら奏を見つめていた。
「なんとなく、やってみたんだ」
奏がリュートを背中に戻しながら、涼しい顔で答えた。
日向が目をきらきらさせて彼を見つめ、凛が「そ、そういえばそうだったわね」と努めて冷静な声を取り繕った。
「囀るが吉。タンクなしでもいけそうね」




