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夜の社食は今日もがらんとしていた。背もたれにだらりと身体を預けている善さんはめずらしくスーツ姿だった。
「なんですか、その恰好」
「なんですかって、今日は仕事してきたから」
悩み相談以外にも、社内環境をよくするためのコンサル的活動していると言っていた。社外とも関わる機会もあるのだろう。
「マルも相談者いないときは、こっちも手伝ってもらうから」
……潜入よりも難しそうだ。たくさん依頼が来ることを祈ろう。
善さんがジャケットを脱ぐと、少しだけ緊張がとける。
吉原さんだと威圧感しかなかったけれど、同じイケメンでも善さんは大丈夫だ。と言ったらまた失礼なことを考えていると言われるだろうか。
「今日はなんも飯もないけど」
「ご飯目的できたわけじゃないですよ」
善さんはポケットから小さなペットボトルを取り出して、二つ置く。
「どっちがいい?」
ポケットからでてきたのは、カフェオレとほっとゆず茶だ。
「じゃあゆず茶で」
「さて。潜入したマル探偵の推理を聞きましょうかね」
善さんはにやりと笑うけれど、きっと善さんも私がたどり着いた答えには到達しているのだろうな。
「中谷さんの彼女は、関さんだと思うんです」
「なんでそう思った? 一緒にいる空気感?」
「いえ。二人とも誰にでも柔らかくていい人ですけど、必要以上に話している姿は見ていません。中谷さんはプライベートと仕事をはっきりわけている方です。私たち後輩や元カノである志藤さんに対しても敬語を崩さないので、プライベートで仲がいいかどうかわかりません」
「ふーん、じゃあなんで?」
「……善さんもわかってるんですよね」
「どうだろうね」
善さんの瞳はいたずらに光っているから、絶対にわかっている!
きっとお手並み拝見と思っているんだ!
「まずひとつめ、私がしいたけが食べられないことを知っていたんです」
「しいたけ?」
「私はしいたけが苦手で、しいたけは残してしまうんです。それを中谷さんは知ってたんです」
「マルがしゃべったんじゃないの?」
「違います。飲み会の時に私がしいたけを残してたのを、関さんが見ていたんだと思います。同じ席だったので」
「ふーん? でもそれは普通に会話の中でたまたま話しちゃったのかもね」
善さんはゆるやかな仕草で、カフェオレのプルタブを空けた。
「それはひっかかかりのひとつでした。もうひとつは停電です。金曜日の夜に二人は一緒にいた可能性が高いです。あの日、都内で停電がありました。調べたところ、あの日の二十二時頃に停電があったのは江戸川区小岩周辺のみでした」
「俺たちみたいにどこか行ってたとか?」
「正直あのエリアには理由がないと行かないと思います。上京してから私は初めて行きましたし」
「まあ住宅地だからね。俺みたいに何か行きつけの店があったのかもね」
私は小さく首を振る。
「いえ、もっと簡単な理由です。あの日、中谷さんは関さんの家にいたんです。彼女は小岩に住んでいるそうですから」
「へえ」
「中谷さんの個人パソコンは年期が入っていて、充電を繋ぎながらじゃないと使えないそうです。そんなパソコン使うのは家でしょうから」
「彼女がいることを隠しているのに言ったの?」
「停電が局地的なものだということを知らない人は多いですし、いちいち停電場所を調べることもないと思います。会話の流れなので、普通は結びつかないと思います」
「マルは結びついたんだ」
善さんが笑顔とともに、小さく拍手をしてくる。
「飲み会の時に、小岩住みと聞いていたので」
「で? 中谷さんの彼女、つまり犯人がわかったっていうのに、なんでそんな浮かない顔なわけ?」
善さんには顔色も読まれていたらしい。
「中谷さんの彼女が関さんなのは間違いないと思います。でも私、関さんが嫌がらせをするようには思えないんです」
私の自信なく発された言葉に、善さんの目が光った。
「どうして? 関さんは評判も悪いし、人の彼氏を取った噂もある。裏で手を回す系の人だって聞いたこともあるよ。なんでそう思ったの?」
「なんで、と言われると……」
私は視線を下に落とした。
なんとなくしか言いようがないのだ。これじゃ推理ではなく、適当だ。
善さんが私の前に置いてあるペットボトルのゆず茶をつついた。
「とりあえず飲みな」
「自分が作ったみたいに言いますね」
「あったまるよ。それで、マルはどうしてそう思ったの?」
ゆず茶はほっとするあたたかさで、気持ちをほぐしてくれる。自白剤でも入っているのかと思うほど、するりと言葉が続いていく。
「推理でもなんでもないんです。私、鈍感で、空気も読めなくて、騙されやすいし……だから関さんの本性に気づけないのかもしれません」
「うん」
「それでも関さんはそういうことをするように見えないんです」
飲み会のとき。私は関さんが話の中心になりたかったと思わない。
自分のやり方で私から注目をそらせてくれたと思いたいんだ。そういうことができるひとが、細かな嫌がらせをしていると思えない。ただの感覚なのだけど。
「すみません。人のことを疑えないのは、潜入担当として失格です」
「マルはそのままでいいよ。マルがそういうやつだから俺はQCに入ってほしかった」
「え」
「俺は頭がいい。そして汚いこともわかる。勘もいいし、頭も切れる。噂も手にいれることができる。その内容の真偽を精査できる。でもマルはそうじゃない」
「けなされてます?」
善さんは声を出して笑った。
「褒めてる。きれいごとだっていうけど、マルが見る世界はきれいなんだよ。人は誰でも色眼鏡をかけてる。マルはそういうフィルターがない。俺が見えないものをマルは見つけることができる。だからマルはそのままでいいんだよ」
ゆず茶を持つ私の手が、こわばる。
「私のそこが、いいとこですか」
自分のそういうところが嫌いだった。
理想を追い求めて現実が見れない。
売上げは割り切れ。きれいな世界だけ見ないで。きちんと売上の事も考えろ。
それが社会人として当然だから。
できない私は、だめなんだって。
「裏があるものや、醜いことを見つけるのは俺ができるからいいんだよ」
「……そ、うですか」
「明日にはすべてが判明するよ。火曜日だから」
善さんはカフェオレをすべて飲み干した。
「本当にわかってるんですか?」
「まあね」
善さんはいままで一番楽しそうに笑った。




