表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三途の川原でまちぼうけ  作者: 唐子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/17

女は初めての相手に負ぶわれて三途の川を越える。

最終話です。


 冷静に話せているつもりで、朝葉はずいぶんと鬱憤がたまっていたようだった。


 いくら能天気で流されやすくても、朝葉にだって許容量というものがある。

 三途の川原でまちぼうけという意味の分からん目にあって、それでも朝葉は前向きに過ごしていた。でもその裏で、恐怖やら不安やらの負の感情は着実に降り積もっていた。

 原因とされていた森雪に会わないことにはにっちもさっちもいかないのはわかりきっていたけれど、相対するのが怖い気持ちもあったのだこれでも。


 決断はいつだって多大なストレスを与える。流されている方が楽な場合もある。現状維持は楽なのだ。社畜時代の朝葉はまさにそれだった。忙しさに流されて麻痺して、転職やら退職やらを考え決断するストレスから逃げていたのだと、家族を見送ってから思い至った。

 それではいけないと、ゆえにこうして森雪と話をつけるべく相対した。


 でも最終的に感情論でしかなかった。今更過ぎる感情論。

 相手が人外であるとかカミサマであるとか、危険性や最悪の結末も全部取っ払ってしまえば、残されたのは男女の恋着でしかない。朝葉は力が抜けた。交渉に気を張っていた分、どっと強い感情が押し寄せて、ばかばかしくなった。


 御神木でもカミサマでも、今目の前にいるのはもう完全に中学高校とおおいに世話になった恩人で、二十歳の朝葉と朝まで過ごした元同級生で、朝葉の行く先を勝手に決めてしまったくせに好きの一言もためらって言えなかった、ただの男だ。



 森雪の胸から起きて立ち上がり、手を差し伸べて彼も立たせた。

 いくら泣いても腫れない瞼も握った手の冷たさも、死者のものだ。どうしようもなさに笑いがこみ上げてくる。


「突きとばしてごめんね」

「当然の報いだから、足りないくらいだ。おまえはもっと責めてもいいんだよ」


 突沸した激情は居座らない。

 情けない顔をした森雪に恨みはない。一言言ってさえくれていればというのは恨みになるのか? でも、負の感情がないのは本当なのだ。


「一緒にいれればいいっていうけど、具体的な行き先は?」

「常世……カミの世界に居場所がある。神域っていうんだけど、そこで眷属として生き直すこともできる。朝葉は仏式で送られたから三途の川を渡ってもいい。輪廻の輪に戻りたいなら、一緒に往く」


 もちろんずっと、三途の川原にいることもできる。朝葉はどこにでもいける。そこについていくことを許してくれ。

 両手で掬うように握った朝葉の両手を額につけて、森雪は願った。立場が逆転してしまったな。


 朝葉は考える。もしも、はいつだって考えてきた。でも、いざその時になると困る。決定権を譲られるパターンは想定していなかったので。

 考えて、あのさぁ、と口を開いた。


「私達、決定的に話が足りてなかったわけですけども」

「うん」

「森雪君的にはさ、一緒にいるだけでいいわけ? 三途の川を渡ったり輪廻の輪に戻るってことは、魂を洗ってまっさらにするってことだって聞いたんだけど、私が私じゃなくなった魂でもいいの?」

「それは……」


 嫌ー気な顔をされてしまった。正直だね、よろしくないんだな。なら、朝葉の気持ちは一つである。


「話をしよう。どこでもいいよ、森雪君の好きな場所で。今まで大丈夫だったんだから、今すぐ輪廻の輪に戻らなければいけない理由なんてないでしょ? まだ話したいことも言いたいことも、たくさんあるんだよ」


 握られた手を握り返す。中学生のとき、手を引かれて教員室にいったことを思い出した。


「だから、森雪君がよければ、いようよ一緒に」


 にかっと笑って提案する朝葉を、森雪は呆然と見返した。


「……それは、あまりに、僕に都合がよすぎない?」

「だいじょぶだいじょぶ。渡しのお役人曰く、私ここでけっこう徳を積んだから、結構いろんな融通利かせてもらえるんだって」

「なにしたの?」

「え~。そりゃ、日がなすることもなかったし。ボランティア的な?」

「なにしたの?」

「……説得?」

「なにしたの……」


 少しずつ学生時代の調子が思い返されて、言葉がツルツル零れ落ちる。


「こう、この期に及んで愚図るやつとか、渡しの人とかにこう、迷惑行為をね、する人と、ちょお~っとオハナシ? 的な?」


 なでてころがして縛り上げる簡単なお仕事。

 生前パワータイプの母と姉にもまれていたので、対人制圧に抵抗が無かったりする朝葉である。意外な特技。

 帰宅が連日深夜に及んだ社畜時代、無限に涌く変質者を軒並みノしては交番に引きずっていくものだから、おまわりさんたちには早々に顔を覚えられた。帰路の巡回が増えて、結果地域の防犯が高まったので、よい話にしておく。


「あとは、未練で動けないような人のね、話を聞いたり。賽の河原にいる子どもたちと遊んだり、おやつ作って一緒に食べたり?」


 日々することもなく暇なものだから、コツコツ、コツコツ、できることを探してこなして、居心地を整えて。たまにドジって失敗したけども、なにせ時間だけは無限にあったので。


 トライアンドエラーがならいだった朝葉は、流されやすいが、挑戦することにひるまない。

 父やきょうだいが普段からコツコツ積み重ねた上の『出来のいいヒト』たちだったと幼いころから理解していたので、『出来ない』が悪いことではなく『出来るようにする』が尊いのだと刷り込まれている。

 そのための行動をとやかく言わない家族と周囲だったので、就職先選びは失敗しても、環境と人には恵まれていたなと人生を振り返って思う。


 学生時代、森雪の言うことを素直に聞いていたのは、彼の言が家族が体現していることと全く同じだったからだ。できないことをできるようになるまで辛抱強く森雪がつきあってくれたのを、昨日のことのように覚えている。

 なにせ、当時、森雪の存在は朝葉の救いでもあったので。


 三途の河原での居場所を立して、穏やかにそれなりに暮らしていた。

 留め置かれるうち、永い時間に倦んで廃人のようになる魂も、そのまま消滅する魂もある。なんならそっちが多数派である。

 なので、のんきに働き始めて、周囲と交流し、楽しく暮らし始めた朝葉に、お役人は目玉をぎょろりと回して感心した声を上げたものである。いわく、「図太い」と。


 なにしろ、流されて順応するコトに関しては定評がある。死因だけに。


「……ふっ」


 くしゃっと顔が崩れて、森雪が吹き出した。


「アハ、アハハハハハハ」

「え、こわ……なになに? 笑うとこあった?」

「いや、うれしくて」


 こんなふうに破顔するのを見たのは初めてだった。ひとしきり笑って、収めた森雪は穏やかにほほ笑んでいた。

 まっすぐに見つめ返す黒目がちの目。朝葉は、森雪の瞳が黒でなく、鮮やかな緑や黄色やオレンジ色にきらめくのを初めて知った。そのまなざしが、背筋がぞっとするほどの熱量をはらんでいることにも、初めて気づいた。とっても遅い。


「おまえが、変わらずおまえであることが」


 その魂を、愛したのだ。

 どこにいてもいくつになっても、流されて疵つけられて歪められて擦り減らして、死んで永い時を経てさえなお変わらない。

 磨き上げてさいごに残ったその真ん中を、好ましいと思ったのだ。


 どうしても、手放せないないほどに。




 ○ ○ ○


 留め置かれた理由にちなんで、負ぶわれていくことになった。

 青年に負ぶわれるおばさんは絵面がヤバいと拒否したのだが、背中を向けて待たれては拒めなかった。

 魂の姿に体重は関係ない。死んだときの三十代の姿である朝葉はちょっとほっとした。森雪がうれしそうなので気にしないことにする。


 朝葉を負ぶった森雪は、砂利の川岸をゆっくり歩く。

 とりあえず、三途の川を抜けて、森雪の神域へ。その後のことは、また話し合って決めればいい。

 手を着いた肩から感じる振動は一定で、危うげない。


「流れに流されて森雪君とあはんうふんしちゃったけどさぁ」

「言い方」


 とりとめもなく話し出した言葉の内容が内容で、ほんの少しの咎めを載せた森雪にかまわず朝葉は続ける。


「頭抱えちゃったけど、それは流されて流しちゃった自己嫌悪でさあ。森雪君とどうこうなったアレについては、別に後悔しなかったんだよ」


 ちょっとした意趣返しである。一瞬強張った腕に、小さな笑みがこぼれる。


「…………それは、ちょっと、希望を持ってしまう言い草だな」

「んふ。私たち、死んでるのに?」

「手遅れ感がすごいな」

「ね。でも、いやじゃなかったんだよ」


 だからこんな、別ればかりのうら寂しい川っぺりで。

 来るか来ないかわからない、人生のたった六年を付かず離れず過ごした人間でもなかった存在を、いつ終わるかもしれない程度には、待ち続けたのだ。

 流されやすい朝葉にだって、好悪の感情がある。そこにひとかけでも好意がなければ――好きでなければ、家族も知人も全員見送ってまで待たなかった。


「塵も積もればって言うけどさぁ、ほんとそれ。多感な時期を六年も、放り投げもせず、手を差し伸べ続けられればさぁ、情だって好意だってわきますよ」

「……そうか」

「そうそう」


 愉快な気持ちで告白すれば、森雪は黙り込んでしまった。照れているらしい。

 足元の砂利がこすれるささやかな音が心地よい。よい気分で揺られていると、森雪が口を開いた。


「水山さん」

「うん?」

「……朝葉」

「なによ?」


 確かめるように名前をよんで、森雪蒼也は宣言する。


「おまえを連れていくよ」


 ちゃぷちゃぷ水面に寄せる波の声とおなじくらいささやかに零された言葉に、朝葉は生前と変わらない朗らかさでこたえた。


「いいよ。今度は、さいごまで、いっしょにいようね」


 肩についた手を滑らせて抱き着いた。足並みを乱さず森雪は歩く。


 三途の川原にもまた来られるという。たしかに【珈琲処カフェーあわい】にはいろんなお客様がいらっしゃった。今度は朝葉がお客になるだけの話し。ふたりでプライベートを過ごす時間が全く足りていなかったのだから、あいびきなんていくらでもしたらいいのだ。暮らしに飽きたら生まれなおしてもいい。

 朝葉は自由だ。どこにでもいける。だから。


 背負われるのもいいけど、今度はとなりを歩きたいな。いろんなものを、一緒に見てみたい。聞いてみたい。

 森雪のことをもっと知りたい。教えてほしい。知ってほしい。一方的な情の投げ合いではなく、天秤が釣り合うような感情のやり取りを、してみたい。ふたりで。



 目の前のまあるい後頭部を見ながら朝葉は、三途の川を越えたなら、手をつないで歩いてくれるだろうか、と初心なことに思いを馳せて、しがみつく腕の力を強くした。


これにて終幕。


あと一話こぼれ話を追加します。

あの日の朝の森雪サイドです。若干いかがわしいので、R-15とさせていただきます。ご注意ください。



ポイントも反応もとてもうれしいです!

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ