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三途の川原でまちぼうけ  作者: 唐子


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17/17

凍晴の朝のこと。

あの日の朝の森雪。R-15

本編に付け足すにはアダルティーだったので分けました。雰囲気程度ですが。

蛇足的な伏線回収です。無責任な行為に嫌悪感を感じたら回避をお願いします。

読むか読まないかは自己判断でお願いいたします。


 冬の朝の凛冽とした空気が肺を満たす。

 東の空がうっすらと明るくなった時間はまだ暗く、しかし街の輪郭が目視できる程度には明るい。


 放射冷却だったかな、この冷え込みは。閉じたカーテン越しの空は今日も晴れそうで、ふうと吐いた息が酒臭くて、森雪は苦笑した。

 酒は嫌いではない。これまでも幾度か、あの学園の成人の会に紛れ込んだことはあった。少年少女から青年期を見守った子どもたちが成年した姿を肴に飲む酒は、いつでも格別である。今回はことさら格別であった。ことさらの理由が、今隣で寝ている。


 ううと唸り声が聞こえて、肩まで入り込んでいた布団を少しめくると、乱れた髪が見えた。

 森雪に向かい合う態で、素っ裸で腕を畳んで丸くなって眠り込んでいるのは、この部屋の主だ。冷たい空気が入り込んだので、むき出しの肩がぶるりと震え、さらに縮こまった。

 片肘をついて彼女に布団をかけ直すと、暖かい場所を求めてもぞもぞ動く。森雪の鎖骨あたりに頭を落ち着けて、しばらく。もじゃもじゃの髪を眺めていると、うっすらと瞼が開いていく。

 しぱ、しぱ、とゆっくりまばたいて、ぼんやりとした視線が合った。はく、と開いた口からは強い酒の匂いがする。呑んでたもんなぁ。

 冷たい空気にむせたのか、眠る前の行為で嗄れはてたのか、彼女はげほげほせき込んだ。布団の中で背中をさすった。なめらかな皮膚がはねる感触に昨夜の不埒が思い返される。これはいけない。

 水でも持ってこようかと起き上がれば、ついた腕を引き留められる。


「水を」

「だ、だいじょ、ぶ、だから……」


 ぜいぜい息を整える合間に「さむい」と言われて布団をかけ直す。森雪がまた隣に片肘で寝転ぶと、先ほどと同じような体制で落ち着いた。少し冷たくなってしまった布と布の間でまた縮こまり、次第に温まってきたのか、またとろとろ瞼が閉じはじめた。

 懐になつくもじゃもじゃの髪の表面をさわりさわりなぜる。成人したというのに寝顔はあどけない。鼻水たらして泣きながら勉強していたころとそう変わりのない顔。


 彼女、水山朝葉は、森雪が初めて『見つけた』子どもだった。



 永い永い時を御神木として過ごし、杜跡の神域にできた学び舎で祭神や神使たちが遊び始めて、約半世紀が過ぎようころ。

 人間に紛れて生徒として過ごすことを幾度か繰り返すうち、森雪はこの遊び場をすっかり気に入っていた。

 人間の勉学もやってみれば面白い。仕組みや理論がわかれば応用が利くのがいい。文学や新書や異国の本は、己の感覚とは程遠くて新鮮だった。人に祀られていた割に人間のいとなみに疎かったのだなと感想を持ったりもした。


 先行きの懸念はほんの少しあれど、皆が平和を謳歌している。時折トラブルは起これど、穏やかな日々に満足を覚えていた。


 何度目かの中学一年生の新緑のころ。

 図書室に向かう廊下を歩いていると、どこからともなく呻き声が聞こえた。音源をたどれば第四閲覧室で、扉を開けてみれば、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした子どもがいた。朝葉である。

 強烈な焦りと悲痛な感情が伝わって、このままでは自滅しそうだなと思ったときには動いていた。


 本来の森雪は、けして面倒見のいいタイプではない。責任感はあるが、己の興味の赴く方向にしか自発的に動かない。なにせ、本性が木なので。

 だから、森雪をよく知る教頭は驚いた。彼が朝葉の手を取って、即職員室に乗り込んで直談判してきたことに、意味を見出した。


 森雪が朝葉を放り出すタイミングはいくらでもあった。だというのに、丁寧に丁寧に、囲い込むように面倒を見続けた。さすがに一年も過ぎれば、常ならない行動をしている自分に気づいた。


 森雪が朝葉を『見つけて』しまった。そして朝葉は、それを受け入れてしまった。



 卒業したら、彼女のことは忘れると思ったのだ。

 本体である御神木からそう離れて動けない自分が、能動的に会うことはない。これまで通り過ぎて行った人間なんて覚えていない。彼女も同じカテゴリーに入れば思い出すこともない。

 よく面倒を見た初めての子どもの成年を見届けて、そこで終いになるのだと思っていた昨夜の自分に言ってやりたい。


 おまえ、まがりなりにもカミの端くれなんだぞ、と。


 同窓会の会場で遠目に確認しただけで、会わなかった二年の喪失に艱苦を感じた。すぐに、これはまずいと気を引き締めた。

 同窓会どころじゃない。彼女から目が離せない。

 滅多なことでは波風立たない感情が、今嵐のさなかにいるように荒れ狂っている。


 カミも人外も、独占欲が強い。執着も強い。神隠しなんて言葉があるほどには、お気に入りに他の手垢がつくことを嫌う。そんな自分には関係ないと放り投げていた感覚が、今強烈に本能を刺激する。

 今すぐここから離れなければ、と彼女の姿を見ていたい、が天秤の両側でものすごい勢いで揺れている。

 一欠けの冷静さが、学生時代の内省を始める。彼女に勉学以上に近づかなかったのは、距離を縮めなかったのは、本能的にこうなることをわかっていたからなのかもしれない。


 彼女はカミや類する存在に好かれやすい質ではあった。よくないモノに呼ばれているのを見かけたことが多々ある。

 なにせ素直で、善良なのだ。ご家族の育て方がよかったんだろう、健全に育った健やかな内面がそのままにじみ出ている。

 こういう無垢な魂を好む人外は多い。でも、本人は持ち前の鈍感で逃げ切っていた。

 感覚を鈍にして、違和感を流す。朝葉の流されやすさは自己防衛でもあった。


 人外のモノは、気づかれれば、気づく。見られれば、見返す。声をかければ、かけ返す。

 逆に言えば、フリでも気づかない見ない聞こえないを貫けば、それは『無い』のと同じになる。

 朝葉は、人間には同調して流されていたけれど、人外相手の違和感は、鈍感に全力で流していた。

 だから、これまで無事であったのだろうに。


「……ばかだなぁ」


 ゆうべ、ついに、招き入れてしまった。受け入れてしまった。

 会えてうれしい、話せて楽しい。とろけた笑顔で言われて、招き入れられて、それでも踏みとどまろうとした自分は十分理性的で、がんばったと思う。結局踏み外しちゃったけど。朝葉が誰の手垢もついてないとわかって、我慢した分タガもはじけとんでしまったけど。あーあ。あーああ。


 こどもができた。

 森雪がまいた種が、朝葉の中で芽吹いた感覚がした。

 まがりなりにも御神木、カミの端くれである。一夜孕みなんて今時ではないが、古く神話にはよくある話。自分がしでかすとは思っていなかったし、神秘や信仰の薄い現代で易々なせるものでもない。だというのに、できてしまった。


「これも執着、かな……」


 彼女は人間だ。朝葉側に素養があったわけではない。だとすれば、十割己の為すところである。


 人間としては生まれない。朝葉の胎の中で芽吹いた魂は、己に近しい。だからすぐわかった。

 この小さな魂を潰えさせるのは容易だ。けど、そんなことはしたくない。なかったことに、したくない。

 気持ちはすぐに固まった。


「朝葉……水山、朝葉」


 杜で育てよう。子ども好きな祭神は、新しい命をよろこぶ。

 このこが次代の御神木になるかはわからない。きちんと育つかもわからない。神代から遠くなった現代で、半神半人がどう成長するかなんて、誰にも予想がつかない。広範に言ってしまえば、未来なんてそんなものだ。先のことなんて誰にもわからない。

 でも、大切に育てることはできる。


「この子は僕がもらっていくよ」


 すう、とやわらかな胎をなぜる。生まれたての魂を慎重にしまい込む。ああ、うれしい。これからの楽しみができた。

 ふと戦中に流行ったたわごとが脳裏をよぎる。


 『女は、初めての男に背負われて三途の川を渡る』のだという。

 現代よりずっと、男女の関係が思うようにいかなかった時代の流言。……力ある存在が口にすれば、どうなるか、なんて。


「―――どうか、待っていて、朝葉」


 願う。ばかげた願いだ。叶うか定かでもない、愚かなおとこの願い。

 うとうとしていた彼女は、「うん」とうなづいて、そのまま深い眠りに入った。

 もつれてしまっている髪を撫で梳かす。酒の匂いと一緒に彼女の香りがした。

 彼女が起きる前に、部屋から出なければいけない。



 この夜の感触も、朝の空気も、朝葉の寝顔もぬくもりも、死んでも忘れないんだろうなという予感がした。



カミサマは粘着なんだよというだけの話し。

朝葉はこどもの存在を知らないままです。森雪も言わない。ここら辺はカミサマの傲慢と人外的価値観が強めの森雪。

彼は朝葉のことを名前で呼ぶのは最低限にしてました。名前は存在なのでね。在学中は無意識、再会してからは意識して。

なので、森雪君は、ここぞという場面ではっきりと名前呼びしてるです。粘着粘着ぅ!


最後の最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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