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三途の川原でまちぼうけ  作者: 唐子


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14/17

そんなあなたの正体は、


「で、君は何者なの?」


 率直な朝葉の質問に、森雪は小さく首をかしげて聞き返した。


「そこは『私をどうするつもり』とかじゃないんだ?」

「それもすっっっっごく聞きたいし大事なんだけど、まずは正体が知りたいのよ。死んでから元同級生が人間じゃなかったって知った気持ちわかる?」

「お気の毒さま?」

「お心遣いどぉおおも! で、君はなんなの?」


 人間じゃないのはわかった。こんなに永い永い時間をかけて寿命を迎える生き物に見当がつかなくて、深海魚の妖精だったんかなとばかげたことを考えたこともあった朝葉である。

 三途の川原で長く暮らすうち人外の存在を知り、交友して、もしかしてお仲間だったのかと推測したりもしたが、朝葉の記憶の中の森雪は不思議な言動はあったけれど、人間の域を出ていなかった。

 お化けや妖怪なんて、フィクションでしかお目にかからなかったので、死後実際に見聞きした以上の知識はなく。生前にそういった感覚的なものに触れた記憶もないので、森雪の正体にまったく予想がつかない。


 答えてもらうぞと目に力を入れて見つめれば、なんてこともないように森雪は口を開いた。


「カミサマ」 

「えっ」

「みたいなの」

「んん?」


 大いなる存在の名に驚いたらすぐさまあやふやになった。

 どういうことなのと眉間にしわを寄せた朝葉に、森雪は困ったように眉を下げてううんと唸る。


「話せば長くなるんだけど」

「いいよ。時間なら飽きるほどあるし」


 ここまでくれば多少の時間経過なんて誤差である。


 砂利の上に並んで座る。三途の川の流れは変わらずゆるやかで、水の音もほとんどしない。ちぴちぴさわさわ水際の砂利をなでるささやかな音を耳が拾う程度で、静かだった。暑くも寒くもない。水辺なのに湿度もなく、なんのにおいもしない。

 生の息吹が一切ない。そんな場所で、律義に川を向いて三角座りでふたり並ぶのは妙にシュールだった。

 森雪が思考をまとめているあいだ、さして変化のない川面を眺めていると、視界の端で白いシャツが揺れ、朝葉は顔を横に向けた。


「学校の隣に神社があったのを覚えている?」

「覚えてるよ。あの辺じゃ有名な古い神社だし。隣接する鎮守の杜が借景になってるから、あの学校見た目より広くて緑豊かに見えるんだってね。たしか」

「あそこの御神木が僕」

「ぼく……」

「本殿の奥にある御神木と言われてた木。それが僕」


 木だけに僕ってかやかましいわ。益体もないノリ突っ込みが脳裏をよぎったのはちょっとした現実逃避だったのかもしれない。木、木ね、御神木……ふぅーん……。目をつむり、顎をあげて数拍。


「……よし。とりあえず、そういうもんだと思っておく」


 力技で呑み込んだ朝葉に、森雪は小さく笑った。


 自己を立証させるというのは、存外むつかしい。言葉ならいくらでも繕える。

 しかし此処、三途の川原は、むき出しの魂や力のかたまりがそのままで存在する場である。肉体の経歴より魂に刻まれた経歴の方が在り方に直結する。

 なので、森雪の存在が人間の魂のそれでないのは、再会からすぐに理解できた。森雪の悠然としてどこにいても馴染むような佇まいは、樹木といわれて納得しうるところがある。

 永い時間を生きる生き物としては案外、深海魚の妖精はいいセンをついていたのだな、なんてうなづく阿呆な朝葉だった。



「ここからは、いわゆるカミサマ界隈のハナシになるんだけど――」


 自称・御神木の森雪が、訥々と語って聞かせることには。


 あの学園は、鎮守の杜が焼失した跡地に建てられた。

 鎮守の杜は一帯の土地の浄化を担っていて、杜のいとなみが四季年々廻ることでそれはなされていたのだという。


 しかし、昭和の大戦末期の空襲で、広大な鎮守の杜の三分の二が焦土となった。焼け野原となったそこに人が集まり、一時は見渡す限りのバラックでにぎわっていたそうな。


「神社はもともとヒトの生活に寄り添うカタチであがめられていたから、ヒトで賑わう分には構わないんだ。杜の規模が小さくなっても、その分人々がきちんと祀れば、その信仰が浄化の代替にくらいはなった」

「ちょい待ち。御神木と神社のカミサマって別物なの?」


 こんがらがってしまい、待ったをかける。

 はつ、と瞠目して、森雪はうなづいた。


「そう、別物。最初に、杜と人があった。人が多くなるにつれて、拠り所としてあがめられるようにしてできたのが、あの神社。あがめられるようになって、カミサマが生まれた。その後周辺の杜も含めて神域としてくくられて、今がある」

「後付けのカミサマ……」

「後付けでも、きちんと祀られて信仰を集めてきた。今じゃ立派……立派? な御祭神だよ」

「なるほど」


 話の腰を折ってしまった。朝葉の納得を確認して、森雪はつづける。


 杜の跡地に建つバラックに流れ着いた人々は、神域を間借りして暮らすようなもの。

 迷信深いものはつましい暮らしの中でも参拝を欠かさず、焼失を免れた境内は集会所の態で人が絶えなかった。

 日本人のさがとして、神社の世話になっておきながら知らんぷりという無信心者はそうそうおらず、賽銭はなくとも手を合わせたり、境内の掃除をしたり、祭りに手を貸したり、そういったこまごまとした報恩は行われ、戦後も信仰は絶えなかった。現在よりずっと人々は信心深かったのだ。

 ヒトに寄り添って成り立った神社の祭神であるカミにとって、人々の信仰心はそのままチカラである。信仰する人の母数が多ければまつりごとをするものも多いということで、杜が削れていても土地の浄化はそれなりに廻っていたのだとか。


「戦後十年はそれでよかった。そのあとが問題」


 戦後復興の流れが強くなると、国の方針として各地の景観を損ねるバラックは、順次撤去の運びとなった。それは杜の跡地に建てられたバラックも同様で。

 焼け落ちたうえ人の暮らしで踏み固めたられた大地は、杜には戻れない。正確には、戻れるが、途方もない月日がかかる。

 しかし、家屋を取り払った平らに開けた土地は都市計画にはうってつけで、地権者である神社には、役所や企業が様々な計画を持ち込んだ。でも。


「簡単にいうと、祟った」

「ひぇっ、急に不穏」

「きな臭い企業との癒着やら土地への配慮の無さから祭神が怒った。ほかの神使も僕も怒った。あいつら工場誘致して汚水を水源にたれ流そうとしてたから……」

「あ、あぁ~、それは。それはいけない」

「ね。あそこ、谷あいで地形的にいろんなモノのふきだまりなんだよね。浄化が滞るととたん祟り場になる難しい場所で、おおむかしに水場を整えて木を植えて、循環を施すことでしのいでいたから……」

「とてもこわいこと聞いちゃった……」


 朝葉の死んでからただでさえ血の気のない顔からさらに血が下がる。

 それって一歩間違えばすぐ祟り場になるってことでしょ、と確認すれば、あいまいな笑みでごまかされる。それがもう答えなんだよな。


 企業関係者や役所の人間が軒並み倒れたり、無理やり着工すれば事故が起きたり、祟りは派手に現れたので、人間の撤退は早かった。けど、その後バラックも撤去された広大な土地は手付かずになった。

 それからしばらくして持ち上がったのが、学校経営だったのだ。


「計画書や経営方針なんかを神社に奉納して、お祓いも申し出てきて。まともな内容だったし、運営する人間の人となりもよかったし、なにより人がいなくなって寂しかった祭神は、子どものための学び舎に大喜びしてね。条件をつけて計画は認可された」

「条件?」



「カミサマが遊びに行くことを受諾すること」



 縮減した杜の自浄作用は弱まっていて、今から荒れた土を治し植樹して杜が元に戻るまでの何十年何百年なんて、待てやしない。元の杜にもどる保証もない。

 祭神と御神木である彼は、学び舎に集まる子どもたちの生気を自浄作用に組みこめないかと考えた。

 子どもの生の力はすさまじい。子どもが集まるとは、それだけで様々な感情が、チカラが、爆竹のようにはじけているということで、その生のエネルギーを正の力に変えて、場の浄化の循環に利用したとかなんとか。

 朝葉にはわからんものすごいことをやってのけていたらしい。もちろん正の感情ばかりではなかったらしいけれど。


「そこは、祭神と、鎮守の杜に残されたおれたち神使が敷地内を廻ることで、神域の強化につなげた。なにせ、時間がなかったから」

「時間がない?」

「そう。僕の寿命がみえてたから」


 エッ、とひっくり返った声が朝葉の喉から飛び出す。


「カミサマなんでしょ? 寿命なんてあるの?」

「ある。正確には、あの社の祭神であるカミは、人の祈りが集まったモノだから、寿命はあってないようなもの。信仰が途絶えたときが死。で、本性が木である僕には、生物としての寿命があった」

「あそっか……そこは別物なんだ」


 木だって生き物だ。芽吹いたならいつか枯れる。そうでなくても天災で折れたり、病気になったり、倒れることもあるだろう。

 だからこそ、永い永い時を生きた樹に人間は神聖を感じ、祀ったのだ。


「木が育つまで何年かかるかわかる?」


 幼子に絵本を読んで聞かせるような声で、森雪が問いかけた。


「少なくても何十年、百年でも足りない。僕は戦争が終わった時点で、覚えてるだけで六百は生きてた。最低でもそれくらい生きて、あの杜の神木として信仰を集めて、一柱としての自我が生まれた」


 それがいつからだったのかは覚えていない。自我が芽生え、人に祀られ、そう在れかしと過ごした時間は、ただの木に神性を宿らせた。

 扱いの難しい土地の揺らぎをおさえる要となった。ヒトに祀られたカミがあの地に生れるより前から根ざしていたのだから。


「僕のあとに神木になるだけの若木を育てなければならなかった。そのためにはあの場が、正しく、正常に廻らなければならない。そのための環境を作るのに、祭神も僕もがんばった。祭神と僕、どっちが倒れても、戦後あのころの杜の大きさでは場を保てない」


 別に、それが自然の流れというならそれでもよかったのだ。

 いずれ淘汰され無に帰す。それが自然だというなら、流れに身を任せるのもまた自然。


 人によって祀られあがめられてきた祭神は、ヒトの成すことに寛容で、自然から生まれた森雪たち杜の生き物は、生きて死ぬこと以上の命題に鈍感で。

 祀られた以上、場を保つ責任を多少は持っていたけれど、それだけ。

 存在をヒトに由来する祭神も、そもそもが野生の杜の生き物も、ダメな時はダメと、本能が知っている。これまでだって時代の流れによって滅びの危機は何度だってあった。

 因果応報。悪因悪果。過去現在の行動は、未来に返ってくる。戦争も、阻止はしたけど工場誘致も、その後の放置も、人がもたらした環境破壊は人にかえっていく。


 カミや杜がなくなって、ここが祟り場となっても、その時にはもう、かれらはいないので。


 人が選んだ結果がそれだというなら、その責任は、ヒトが負わなければならない。




 時代の流れに任せ、その時分にはは滅びを覚悟した祭神と杜の生き物たちであったけど、この流れに待ったをかけたのが、学校経営の立案だったのだ。


 計画が上がって、まず息を吹き返したのは祭神だった。

 人間の祈りから生まれたカミは、人に甘い。願われればやる気を出してしまうほどに。祭神がその気ならと神木も杜の生き物も、それに乗った。

 延命がヒトの手によってもたらされたのであれば、それが流れと、粛々受け入れ流されるのはやぶさかではなかった。

 生きる道があるのなら、死ぬまで生きよとあらがって乗っかるのも、野生の本能と自然の流れなのだ。


 学舎ができて子どもたちが集まってくると、祭神と御神木の目論見はうまくハマった。

 方針も運営もまともで、健やかで正の気力にあふれた生徒が集まり、そんな彼らが行う学校行事……学園祭や体育祭はそのままカミへの祭りとなった。課外奉仕作業として杜の手入れをおこなって、元の杜と同じくらいに場が整うのは早かった。


 朝葉が入学するころには、残す問題は次代の御神木の育成くらいで、祭神も御神木である彼も神使とされた杜の生き物たちも、おとなりの子どもたちを見守ることが最早趣味といった態だったと、森雪は懐かしむようにいう。


「たまに生徒に紛れていた。おまえは同級生と思っていたけど、あの学校に僕の籍はない」

「あっ、七不思議!? 『いるのにいない生徒』!??」

「僕と御祭神、あとほかの神使もだな」


 あの学校の七不思議、ほとんどおれたちだ、と笑う。まじか。カミサマと一緒に授業受けていたのか。

 そう言われてみれば思い当たるのがちらほらり。いつも葉っぱが頭についていた食い意地のはったあのことか、早耳で怒ると力強い足踏みをしていたあのことか、絶品のおいなりさんを作る食堂のあの人とか、年齢性別不詳のあの先生とか……頭に浮かんだ幾人かがそうだとすれば、ずいぶんご満喫されているようである。


「はぁ~……皆さん、お楽しそうで」

「意外と好奇心旺盛なんだよね。僕たちはヒトに近しくして暮らしてきたから、人間の真似事は結構得意」

「全然わかんなかった。――待って。カミサマたち、頭よすぎじゃないっすか?」


 成績上位にはいなかったけど、下位にもいなかった気がする。朝葉が気が付いてなかっただけかもしれないけど。


「時間だけはたくさんあったしね。興味がなければ紛れ込まないし、紛れ込む以上不自然じゃない程度はできないと」

「ああ、だから、第四閲覧室。なるほど」

「たぶん思い描いている子たち、よくいたでしょう?」


 いた。なんなら、朝葉が最早居着いていた第四閲覧室は、朝葉以外の多くの利用者は、その神使と思しき方々ばかりだった。なるほど。


 時代に沿って知識をアップデートしながら、中学高校の勉強を繰り返していれば、そりゃ頭も成績もよくなる。


 学生時分の森雪の謎が一つ解けた。



ここまでお読みいただきありがとうございました。

次話が長くなったので、あと二話です。

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