イヨイヨの再会。
ぬるっと再会します。
三途の川原暮らしになじみそこそこ知人も増えていく過程で、朝葉は家族を全員見送った。
父は、三途の川原で朝葉の姿を見た途端すがりついておえおえ大号泣。着物を一枚ダメにしてくれながら、生前の報復の顛末を語ってくれた。
朝葉の死後、すぐさま父母姉義兄と在留社員がタッグを組み、弊社は早い段階で労基と民事でぼっこぼこにされた。やっぱり朝葉の死因は、労災認定の過労死と判じられたらしい。業界ではそこそこの位置にいた企業だったので、しばらくマスコミがにぎやかだったという。
その後は醜聞が追い風となり、抱えていた案件がパンクして大損失を産んだあげく、はやばや倒産。経営陣はそのあともまーいろいろ悲惨……無残……大変なことになったらしい。
ぐすぐす鼻をすすりながらゴールデンレトリバーみたいな顔で語ってみせた仔細は、周囲にいた歴戦の川原の役人を軒並みドン引きさせたんだけど、あの。褒めて褒めてって顔しないでもろて……。
泣いて笑って、朝葉はがんばり屋さんだったからねぇ、と抱きしめてくれる父の素直な愛情が、いつだって朝葉を肯定してくれていたのを思い出す。もっと早く頼っていれば、と父の腕の中で小学校低学年以来初めて子どものように泣いた。
その次に来た母は、早死にした娘の姿を認めると、すわあやかしの類かと投げ飛ばし締め技を極め、苦悶する朝葉が幼少時から青春期までの黒歴史を自供謝罪するまで信じなかった。詰問が本職なんだな。その後は渡し舟を何艘も見送りながら気が済むまでお説教。対面・ひざ詰め・正論マシンガンはいい年した大人にはきっっっつい。
それでも、見送る際には気丈にしながら涙声で別れを惜しんでくれて、そのまなざしに朝葉は胸が詰まった。
いつだって、母の説教には朝葉への愛情があった。突き放すような厳格な言葉の裏にある心配はいつだって感じていて、だから、そんな母を幻滅させるようなラインだけは死に物狂いで死守した。朝葉の倫理観のお手本は母であった。厳しいけど正しく在ろうとする母を尊敬していた。もう心配してほしくなくて自立を急いたのもあり、そのまま実家から足が遠のいた。安心させたかった。その結果が過労死。結局先立つ親不孝をしてしまった。
両親に関しては悔いしか残らなかった。だから、イレギュラーとはいえ、死後こうして対面できたのは、朝葉の未練を一つ減らすことになった。
姉が来た時も母と似たようなもので、キャメルクラッチを極めた後は胸倉つかんでガクガク揺さぶってのお説教。死んでなければ死んでいた。ゆさぶり症候群てしってるか? ヘドバンで死亡ケースだってあるんだぞ。そう言いたかったが、言ったが最後、朝葉に待つのはさらなるお説教(物理)なのは明白なので、賢くされるがままになっておいた。死んでも変わらない姉に思わず笑っちまったのは、お目こぼしいただけた様子。
姉がぐいぐい道を切り開くから、生前の朝葉は安心して後追いできた。姉のパワフルさがいつだってまぶしかった。強くて賢くて、でも朝葉のような自認・落ちこぼれも見落とさないで引っぱりあげてくれる姉に、ずっとあこがれていた。
少し遅れてやってきた兄には本人確認ののち、これまた膝を詰めて滾々と正論で詰められた。砂利の上で延々正座は拷問なんだよ。そう思いつつ恭順の姿勢になってしまうのは、この兄の怒り方がまじで怖いからである。爆発するように怒られるより、普段温厚な人に静かに淡々と逃げ場をなくすように詰められる方が怖いものだ。我が道を行くあの姉でさえ、兄に怒られるときは自然に膝を正していた。
でも、最後には、がんばって生きたなと、周期表を覚えたのをほめてくれた時のようにやさしく頭をなでてくれるから、朝葉はこの兄が大好きだった。
親兄弟の前に甥の一人がやってきたときには、何若死にしとるんじゃ! と怒りを覚えたが、闘病の末の安らかな最期と聞いて、穏やかに別れを惜しんだ。ろくに顔を見せなかった叔母の顔を覚えていてくれて、大きくなった姿を見られて、喜びと一緒に涙がこみ上げた。記憶の中の甥姪たちは中学生で止まっていたので。
彼の兄弟といとこたち、すなわち朝葉の甥姪たちはみんな、朝葉を忘れなかったと笑う。なにせ親族で集まるたびに、この早死にした叔母の面白エピソードが次から次へ話題の肴となり尽きなかったというのだから。どうして……。死んでまで辱め(幼少期の失敗談)を語り継がれていたなんて、知りとうなかった。砂利の川辺でがっくり四つ足をつく叔母を、こういうところなんだよなと生温い薄ら笑いで慰める甥であった。どんまい。
それから、義兄も義姉も、甥も姪もなんなら甥孫姪孫まで見送って、学生時代世話になった友人たちや恩師、総務部のよくしてくれた上司や同僚も見なくなって。
生者に自分の知る人が一人もいなくなったのだと察してから、さらに永い永い時間がたって。
ようやっと、待ち侘びた人……人? がやってきたのだ。
○ ○ ○
「ここで会ったが百年目」
「? 百年きかんだろう」
そう突っ込んで小首をかしげる姿があまりに高校の記憶のままで、朝葉の軒昂とした意気込みは早々に萎びかけた。くじけるのが早すぎる。
その日はぬるっとやってきた。
日課のように【珈琲処あわい】の店先をほうきで掃いていると、背後から「精が出るな」と声をかけられた。店先にいる店員に一声かけてから入店するお客さんは多いので、朝葉は普段通りに「いらっしゃいませぇ」とのんきに振り返った。ら、いた。
見覚えのある高校の、学ランを脱いだ中間服。白い長そでシャツに、黒に近い緑色のスラックス、黒のローファー。在りし日の姿の森雪がそこにいた。
お、お、あ、と言葉にもならない音がのどに詰まりふるえる朝葉。「本当にいた」とぽつりつぶやいた森雪。その少し離れた場所で冷や汗を白いハンカチでぬぐう苦笑いの骸骨のような渡しの役人。
いよいよもって役者がそろったわけである。
居ついて長いだけあって、朝葉の待ち人は衆人の知るところであった。
待ったのと同じだけの時間娯楽としてうわさの種となっていたので、本当にお迎えに来るのか来ないのか、その時にはぜひともお相手の顔を一目でも見たいもんだねぇ、などと好き放題たわごとを楽しんでいた三途の川原の住人は、にわかに活気づいた。みんな死んでるのに元気。
森雪と対峙するよりも先に世話になった店主や同僚、お役人の数人にあいさつと別れを済ませてしまったので、待ち人来たるの報はあっという間に知れ渡ってしまったのだった。ゆえに。
「あ、朝葉ちゃん負けそう」
「なんとゆーか、泰然とした御仁だねぇ」
「わっか! あでも、見かけどおりじゃないのか」
「此処じゃ外見で判断できないから」
「ほだされんなー流されんなー」
「ココで流されたら反省した時間が無駄になるぞー」
「それはそう」
「でも流されそう。朝葉ちゃんだし」
「死んでも治らん三つ子の魂ってか」
「そうだったら処置なしよぉ」
「――ええい、散れ散れ! 物見遊山ども!」
朝葉が吼えると、遠巻きにやいのやいのにぎやかしていた外野は、わぁっと散った。三途の川の渡し受付や【珈琲処あわい】からだいぶ離れた人気のない川端までわざわざ離れたというのに、やっぱりというか予想通りというか、のぞき見する輩は現れた。むしろ隠れていない。なんせ三途の川原は見通しがいいので。
「元気がいいな」
「娯楽がね、少ないからね」
「ああ、来るか来ないか賭けてたとか?」
「裏で相場張ってる人らがいるのは知ってるよ。どれくらい乗ってるのかは知らんけど」
「さもありなん」
こっくりうなずく森雪の様子は怒ったふうでもない。とりあえずほっと息を吐く朝葉である。
三途の川原にたどり着いた魂は、どこの岸辺に出ても渡しの受付に流れ着くようになっている。磁石のN極とS極のように新しく来た魂は渡しの受付の集合する。着いて日の浅い魂はあまり受付から離れられない。現世に逃亡されても困るし。
受付から離れて行動することができるのは、受付の役人や此方を住処としている面々、朝葉のように留め置かれることが確定した魂などだけ。行動範囲が広くなるのである。過ごした時間が長ければ長いほどその範囲は広くなる。
ここにきて結構な時間の経つ朝葉は、可能な限り離れたつもりだったのだが、暇を持て余した三途の川原の住民の、娯楽に対する貪欲はちょっと予想以上だった。
たぶんまだ遠くからのぞいてるな……と呆れつつ、こちらから見える範囲からはいなくなったのでよしとする。朝葉としてはとにかく落ち着いてふたりで話せるのなら、これくらいののぞき見は許容範囲である。
朝葉の魂の進退は森雪が握っているのだ。このまま三途の川を渡るのか、それとも別のドコかに連れて行かれるのか。まるで見当がつかない。
成仏して輪廻の輪に戻れればいいが、人ならざるモノたちの理不尽さとコワい話(ほぼ実話)は、それこそ耳が痛くなるほど聞いてきた。楽観視はけしてできないともう朝葉は知っていて、覚悟も決めていた。
だから先んじての別れのあいさつであり、こののぞきはほぼほぼ好奇心からの行動だろうけど、たぶんミリ程度は朝葉への心配も含んでいると勝手に感じている。見える範囲まで来られたということは、朝葉と同程度かそれ以上、此処に暮らして長いということなので。
そんなふうに、諸々覚悟を決めて相対しているというのに、森雪があまりに学生時代のままなものだから、朝葉はせっかく決めた覚悟も緊張感も迷子になりそうだった。
こう毅然と、自我をもって主導権を握らせないように、などといろいろレクチャーされてきた事前知識が、それよりも前に培った対同級生の空気感に押し負けそう。一番目になれた視覚情報でやってくるのは卑怯では? やつあたりである。
それにいざ目の前にしてみて、この森雪が話に聞くコワい存在には思えなくて、そう思う自分が正解なのか間違っているのかわからなかったりもした。
とはいえ、永い永い時間を越えて、こうして迎えに来たということは、やっぱり森雪蒼也は人間ではなかったのだ。
それだけはストンと納得してしまって、胸の内にひゅうと寂しい風が吹いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




