5-13 学園祭3日目。ダメ男は婚約者の歌を聴く
こんばんは。いつも私の拙作にお付き合いいただきありがとうございます! ブックマークや評価をいただき、たいへん励みになっています。
今話からまた主人公目線のお話になります。
3日間にわたって行われた学園祭も今日が最終日か。今日は”歌い手の集い”の本選が午前中に、午後……というか夕方から閉会式を兼ねた闘技会の表彰式と”歌い手の集い”本選の結果発表が行われる。俺は闘技会で優勝したから表彰を受けるわけか……。今から緊張しそう。
先のことはさておき、今日の目玉は”歌い手の集い”だ。ぜひとも見なければ。
学園祭の開始時間が過ぎた後、用事を済ませた俺は足早に”歌い手の集い”が開催される会場へと向かった。
会場は学園内にある講堂だった。中に入ると既に多くの人でにぎわっていた。俺は人ごみをすり抜けて、階段に向かう。今朝、フィオナの雄姿を見ることに情熱を燃やす母が観覧のための場所取りをしたという連絡がカヅキ経由で来ていたので、その場所へ行くのだ。場所は2階ギャラリーの一角。行ってみると、そこには簡易なテーブルと椅子を広げ、飲み物を飲んでくつろいでいる母の姿があった。いいのかなこれ。いや、周りも同じ様な感じだからいいのか?
「あら来たのね。フィオナちゃんの出番、最後から2番目だそうよ」
母はとてもニコニコしていて、楽しみにしていることがよく分かった。
「あ。それともうちょっとしたらエレンちゃんも来るわよ」
「そうなんですか……エレン?」
それってエレオノーラ嬢の愛称だったような……?
「そこにいられると邪魔ですわ。どいてくださいまし」
疑問を母に問うよりも早く聞こえたのは、まさしくエレオノーラ嬢の声。振り返ると、そこにはガルムを連れた彼女の姿があった。
「私も場所を確保しようとしていましたが、伯爵夫人が誘ってくださったので、ご厚意に甘えることにいたしましたの。……何かありまして?」
周囲に他人の目があるからか、お嬢様口調だ。
「……いや。母がいいというのなら何も」
もともとちょっと驚いただけだったしな。それにふたりは前に会ったときに意気投合していたから、おかしな話でもない……か。
「それにしても、この椅子とテーブルはどこから持って来たんですか?」
エレオノーラ嬢のことは置いておき、次に疑問に思ったのはそれだった。なんせ、見た目が前世のキャンプ用品とかに見られる持ち運び可能なテーブルや椅子に似ていたから。
「ああ、これは今日のために手に入れたのよ。エレンちゃんのおかげで少し安く買えたのよ」
「ふふっ。その椅子やテーブルは公爵領の特産品のひとつですから」
口元に笑みを浮かべながらエレオノーラ嬢がそう言った。
優雅に椅子のひとつに座ると、エレオノーラ嬢はステージの方に視線を向けた。俺もまた、空いている椅子のひとつに座る。……椅子は結構作りがしっかりしていて、安定している。すごいな。感心していたら、すっと目の前にクッキーと紅茶のカップが置かれた。それをつまみながら待つこと約10分。司会の生徒が現れて、本選開始を宣言した。
まずは司会の生徒により、この催しの主旨が説明された。やはり歌い手の聖女にちなんだものらしい。優勝者には歌姫の称号が贈られるそうだ。なお、審査は先生方が行うという。見てみると、授業でお世話になっている音楽の先生や、生活魔術学のカー先生もいた。
なお、審査員の先生方がいるところには魔法や魔術から身を守る魔道具が置いてあり、不正はできないらしい。
説明が終わると、さっそく最初の出場者の紹介がなされ、ステージ上に女子生徒が現れる。ステージ後方からは、もうひとり女子生徒が現れ設置されているピアノの前に座った。
少しの静寂の後、ピアノの調べが流れ始め、歌が始まる。ソプラノ質の高い声が行動に響いた。……知らない歌だけど、結構うまいな。
その歌は作物の芽吹きを歌う歌なのだと歌詞で分かった。司会からの説明で本選のテーマが”希望”だと聞いていた。芽吹いた作物が育って実を着ける……その過程が希望なのかもしれない。
5分ほどで歌い終わり、女子生徒は拍手に包まれながらステージ脇へ去っていった。
それから、何事もなく催しは進行していった。出てくる曲は様々で、日々の幸せを歌ったもの、戦いの勝利を称えるものなど、それぞれが自分なりの”希望”というのを考えて歌っているのがわかった。
ふと、自分なら何を歌うだろうと考える。やっぱり前向きな歌詞の歌かな。歌詞は悲しげでも芯の部分が前を向いている歌もよさげだな。
7番目の生徒が歌い始めたころ、ふいにガルムがエレオノーラ嬢に何かしら耳打ちしているのが目に入った。なにやら小声で話し合っている……と思っていたら、エレオノーラ嬢の顔がどんどんと険しくなっていくのがわかった。……なんだ?
そして話が終わったのか、すっくと立ち上がると、なぜか俺の方にやってきた。
「ちょっといい? 私と来てくれないかしら?」
「理由を聞いても?」
「……フィオナに何かあったみたいなのよ。あなたなら解決できるかもしれない」
「フィオナに⁉ わかった」
いきなりのことで驚いたが、彼女がフィオナのことで嘘をつくとは思えないし、おそらくさっきの耳打ちが関係しているんだろうと考えた俺は、すぐについていくことに決めた。
エレオノーラ嬢に先導されながら、俺は講堂の中を進んでいく。途中『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたところを通ったので、ここは舞台裏といったところか。
やってきたのはステージの裏側。そこでは数名の生徒が困ったような顔をしていた。腕に腕章的なものをつけている。……実行委員とかか?
「少しよろしくて? トラブルが起きたと聞きましたの」
エレオノーラ嬢がそう言うと、担当者らしき生徒が応対した。
「あ……はい。実は出場者がひとりいなくなってしまって……」
その言葉を聞いて、まさか……
「もしかして伴奏の子かしら?」
「は、はい。そうです! エントリーナンバー9番、フィオナ様の伴奏者の生徒がいないのです。担当の生徒が呼びに行った時には既に控室からいなかったようで……」
いなくなったのはフィオナの伴奏の子だった。でも、いないってやばいんじゃ……。
「フィオナの出番を最後にするように調整をしなさい! わたくしも探します!」
「はい!」
担当者の生徒はエレオノーラ嬢の言葉にビシッと背筋を伸ばすと、バタバタと去っていった。それを見届けると、エレオノーラ嬢はこちらを見た。
「私、このイベントの運営に協力しているのよ。ほとんど名ばかりだけれどね」
だからあんな風に指示ができたらしい。さらに言葉が続く。
「後、フィオナの伴奏の子なんだけど、担当の生徒が呼びに行く前に別の人に呼び出されたみたいなのよ。だからもう講堂にいるかも怪しい。今も必死で探しているけど、間に合うかどうか……」
「……間に合わなかったら?」
「……失格になるかも」
難しい顔でそういわれた。失格? あんなに頑張っていたのに、歌うこともできないまま?
「……サクヤ、カヅキ。来てくれ」
静かな声で、そう口に出す。すぐにふたりが現れた。
「今すぐに伴奏の子をさがしてほしい。名前は」
「ナギ。ナギ=ファ=アスタよ」
エレオノーラ嬢の言葉を継いで、言う。
「頼む」
「「はっ」」
ふたりはすぐにいなくなる。
「ところで、残っている時間はどのくらいかわかるか?」
「……あと3,4分てところかしら。最後にしても10分。私の方でも、探しているけど……」
最大10分。……厳しいか。
それから数分が経って、ついに前の人の出番が終わる。もうすぐフィオナの番だ。これはかなりまずい!
とその時、エレオノーラ嬢がピクリと震えた。ほぼ同じくして、俺のそばにサクヤが現れる。
「! 何かわかったのか⁉」
「はい! 見つかりました! でも、ぐっすり眠っていて、ここまで連れてくるのが難しそう!」
「とりあえず無事なんだな?」
「はい! 寝てるだけです」
「そうか……」
ここで、エレオノーラ嬢が割り込んできた。
「私の子たちもそこにいるわ。こちらに運ばせます」
「わかった。何かわかったらまた報告を頼む」
「はっ!」
サクヤが消える。……この状況、どうしたらいいんだ!? 後5分で間に合うか……。
「大変です!」
先ほどの生徒が飛び込んできた。
「フィオナ様がステージに!」
「え⁉」
なんで? 最後にしたはずじゃ。
「どういうことかしら?」
「どうやら上手く伝わっていなかったみたいで……」
まじか! じゃあ今フィオナは……。
「……来て!」
突然エレオノーラ嬢に手を引っ張られる。そのまま連れてこられたのは、ステージのさらに裏手。そこまで俺を引っ張ってきたエレオノーラ嬢は、俺を見て言った。
「もう時間がないわ! このままじゃフィオナが失格になってしまう。……ねえ。あなたがフィオナに歌の楽譜を渡したと聞いたわ。演奏できないの?」
かなり切羽詰まった様子を見せている。思わず答える。
「ああ。やろうと思えばできる。……ってまさか」
ひとつの可能性が思い当たった俺は思わずエレオノーラ嬢を見る。
「……あなたが想像してる通りよ。それで、できるの?」
やっぱり俺に伴奏をしろってことか。
「やる。……しかし、大丈夫なのか?」
俺が出て行って大丈夫なのだろうか? おそらくナギって子で手続きをしてるはず……。不正防止の魔道具もある。
「方法はあるわ。ガルム! あれ、お願い」
「かしこまりました。お嬢様」
ガルムはそう言うと、俺に向かって手をかざした。すると、魔力が俺を包むのがわかった。何だ!?
思わず”纏”をしそうになるが、「大丈夫だから、受け入れて」というエレオノーラ嬢の言葉で思いとどまる。やがて魔力が俺の全身を薄く覆った。どこから持ってきたのか、ガルムが姿見を持ってくる。その鏡に映っていたのは……俺ではなかった。
そこに映っていたのは、栗色の髪に緑の瞳を持つ、制服姿の女の子だった。……ええっ⁉
思わず自分の体を見るが、目に映るのはレオンの体。しかし鏡に映るのは女の子。
「それは変装用の魔法と考えればいいわ。早くステージに!」
確かに、これなら大丈夫か……? とにかくもう行くしかない!
俺は伴奏者用の出入り口に行くと、”媒体生成”でスマホを呼び出す。そして”憑依演奏”をタップした。
ステージを見やれば、戸惑っている感じのフィオナの後ろ姿が見えた。俺はすぐにカメラを起動し、フィオナの姿を映す。画面に”対象の伴奏をしますか?”と表示されたので”YES”をタップした。
次に”楽譜表示”で楽譜を取り出しつつ、風の魔法を発動。対象に当たると霧散するくらいの強度にした風の玉に、言葉を吹き込んだ。まさか、異世界でながらスマホをすることになるとはな。できたそれを飛ばし、楽譜を確認した俺は、ステージへと足を踏み出す。
司会の生徒の言葉に、フィオナが振り返った。俺(というかナギという子)を見て、ほっとした顔をしている。
「それでは、改めてお願いします!」
司会の声が響いた。フィオナが俺を見て、小さく頷く。俺はそれに応えるために頷き、あと元気づけたくて、口パクで「楽しもう」と言った。それが届いたのかはわからなかったが、フィオナは小さく笑みを浮かべると、前を向いた。
よし。頼むぞ俺のスキル。フィオナのために、最高の伴奏をさせてくれ。
”演奏開始”!
念じると同時に、体が動き出す。そしてピアノの演奏が開始された。前奏のメロディが響く。そこに、フィオナの歌声が、のった。出だしは低めの声が続くから、やや低めの声。しっかりと芯の通った歌声が、鼓膜を震わせる。やがて高音域に入り、それはさらに伸びやかなものになった。……上手い。
初めて聞くフィオナの歌は、上手かった。音程も取れていて、声も良く伸びている。テレビに出てくる歌うま選手権とかの上位の人と比べても遜色ない気がする。カラオケの採点を入れたら90点以上は確実だろう。
ピアノに向かいながら、思う。フィオナが楽しそうにしているな、と。俺の位置からだと、ほとんど彼女の後ろ姿しか見えない。でも、歌に合わせて揺れる体や、どこまでも響いていきそうな済んだ声が、それを伝えてくれているように思った。
最後のサビで、それはいっそう強くなった。感情が声とともに押し寄せてくる。
『ありがとう』
なんとなく俺には、フィオナがそう言っているように聞こえた。
作中で”歌い手の集いでは不正ができない”という記述がありますが、これは正確に言うと、「審査をする人たちに対して不正はできない」という感じです。審査員は全員魔法や魔術を防ぐ魔道具に守られていて、魔法の力で実際よりも歌を上手に見せるというようなことはできないのです。なお、出場者に関しては替え玉ができないように確認されますが、伴奏者に関しては「大事なのは歌の完成度と中身」というスタンスなので緩めになっています。
次回更新は4月1日(金)を予定しています。4月からは新年度でバタバタしていて、更新が乱れることもあるかもしれませんがよろしくお願いします。




