幕間「先生の華麗な一日・陰謀編」
今回はみんなのヒロイン、先生の一日に迫る素敵回デス!
……え? 先生の事はいいから早く本編書けって?
「ふぁー……ぁあ」
眠い目を擦りながら先生はベッドから起き上がる。いつもの細身なシルバーフレームの眼鏡は枕元に。
マンションのそこそこ高い階にある部屋のため、カーテンの隙間からは朝日が何にも遮られずに差し込む。眩しい光が瞼を突き抜け、否応にも起床を促してくる。
先生は自身の長い、少し癖っ毛の金髪をくしくしと手で梳き、とりあえず後ろで一つ括りにした。まずは起き抜けのコーヒー、とばかりに電気ケトルへ水を入れ、インスタントコーヒーの瓶を棚から取り出す。
シュウシュウと湯が沸く音が静かな部屋に響く。時刻は午前六時を少し過ぎた頃。軽い朝食を取り、身支度を済ませれば職場である桜が丘第一高校に余裕で到着する。
「ふう……我ながらなんて余裕のある朝デス……まるで夢の中にいる心地デスね」
窓の向こうに見える眩しい陽の光へ、先生は何故かドヤ顔をしていた。
だが悲しいかな、これは先生が言うとおり夢の中であり、現実の時刻は既に七時半。もう出掛けなければ遅刻してしまう時間なのであった。
* * *
「ゼェ……ゼェ……なんとか間に合った……デス。天国から地獄へ真っ逆さまデス」
息を切らして職員室へ駆け込んだ先生。あの後、勢いよく飛び起き熟練のF1ピットクルー並みの早業で身支度を済ませ、愛車を交通違反ギリギリのラインで飛ばすことでどうにか遅刻だけは回避したのだ。その代償に今日も朝食は抜きとなってしまったが。
「先生……今日もぎりぎりですよ? これで何日目ですか?」
「あ、これはこれは教頭先生……おはようございますデス」
「はい、お早う御座います。いいですか、あなたには少々生徒の規範たる自覚がですね……」
(あー、これはまた長くなるパターン……デス)
教頭という役職にしてはやや若いこの男性、生徒や職員の間からは真面目で生徒思いの良い人物として評価されているが、こういうお説教や全校集会の挨拶が長いのが玉に瑕と言われている。特に先生はよく遅刻ぎりぎりに職員室へ駆け込むことが多いので以前から目をつけられていたのだ。
「あ、先生! ちょっといいですかー?」
「お! 吹雪、良いところに……じゃなかったデス、なんの用デスか?」
「お早う御座います神代さん。まずは朝の挨拶が先ですよ」
「ごめんなさい、教頭先生……それじゃあ改めて、おはようございます!」
「あーっと、教頭先生。ちょいと迷える生徒の悩みを聞くためにこの場は失礼させてもらうデス! それじゃデス!」
「うぇ?! ちょっ、先生、引っ張らないで〜!」
「あ、こら! まだ話は……! まったく」
ズルズルと引きずられていく吹雪を仕方なく見送りながら教頭は深いため息を吐くのであった。
「ふぅ、ここまで来れば教頭も追ってこないはずデスね」
「せんせい〜いたい〜」
「おっと、こりゃ済まんデス。んで? 一体朝っぱらから何の用デスか?」
吹雪は掴まれて皺になった制服の裾を延ばしながら頬を膨らませつつ、しかしそれでも当初の目的を思い出した。
「あ、そうそう。真理センパイが言ってたんですけど、部費について話があるんだって」
「部費……? あぁ……なるほどデス」
* * *
桜が丘第一高等学校も他の学校と変わらず、すべての部活動は決められた予算枠内の金額をそれぞれで平等に分け合うシステムとなっている。
しかし、平等という名目だがすべて一律に分配されるわけではない。人数の多さ、近年の実績、それと部活ごとに掛かる金額の違いがあり、その辺りを踏まえて平和的かつ納得のいく話し合いによって毎年の部費が決定されるのだ。
「フフフ……今年もこの季節がやってきたデス……おい愛宕、準備は出来てるデスか?」
「ええ、もちろんです〜! もう卒業したOBからしっかりノウハウは受け継いでいますから〜!」
「これで今年もガッポガッポ……デス!」
「うふふ〜」
その日の放課後、緊急呼集とかいう名目でいつもの部室へと呼び出された吹雪と美空が目にしたのは、先生と真理のなんか凄く悪巧みしてる感じの不穏な笑みだった。二人共、眼鏡が怪しく光っているのは気の所為ではないだろう。
「み、美空……真理センパイと先生がすっごく悪い顔してるよ……!」
「なにやら悪い予感がします……」
「よっしデス! まずは宿敵、野球部デス!」
* * *
「と、とりあえず先生に言われて野球部の部室までやってきたんだけど……」
「ねぇ、なんでこの私がこんなワケのわからない荷物を持たなきゃいけないの?」
グラウンドに併設されている運動部系の部室棟、その一つの野球部部室の前で立ち尽くす吹雪。それと頭の上であぐらをかいて座り込んでいる叢雲。叢雲はなにやらハンカチを風呂敷代わりにして先生特性の機械を背負っている。
「いやぁ、それが先生がこれを野球部のどこか目立たない所に置いてこいって……」
「はぁ?! 嫌よ、こんな汗臭そうな部屋! それにきっとカビとホコリだらけで掃除なんてしてないわ!」
「い、いや……さすがに掃除は……してるのかな?」
と、吹雪は年季の入った部室棟を見て思わずボロボロの部室を想像してしまう。
「と、とにかくお願い叢雲! なんだかよく分かんないけどBDG部存続の危機?なんだって!」
「なんで疑問形なのよ……とにかく、嫌よ」
「……あ、先生が言ってたんだけれど、もしお願いを聞いてくれたら叢雲が読みたがってたあの絶版マンガ、貸してくれるって」
「何してるの吹雪! 早く侵入口を探しなさい! これだけボロっちければどこか壁に穴くらい空いてるハズよ!」
「ふぇ?!」
* * *
「……ホコリだらけだわ」
BDG部部室に戻ってきた吹雪と、真っ黒に煤汚れた叢雲。結局あのあと、野球部だけでなく他の主要な部活動にも侵入させられた二人であった。
「あ、後できれいにしてあげるからっ!」
「マンガも忘れないでよ?」
「それは先生に言って……」
「お、ごくろーさんデス!」
「もう、先生! あの機械はなんなんですか?! 叢雲がこんなになっちやったんですよ!」
「何って……そりゃ盗聴器に決まってるデス」
「……は?」
「……へ?」
「お前たちが仕掛けたのは私特製の盗聴器デス。通常の盗聴用電波とは異なる帯域を(こっそり)使った一品デスから、普通に見つけるのは困難な代物デス。これで部費を勝ち取る上で手強い部活の弱みを握るデス」
「ねぇ、吹雪。私そういうの詳しくないけれど、それって犯罪なんじゃ?」
「何言ってるデス。叢雲も好きな漫画のセリフにあったデス。『バレなきゃイカサマじゃねーんだぜ』んデス」
「いやあの、それマンガの中の話ですよ?!」
「うっせーゴチャゴチャぬかすなデス! どうせお前等二人共盗聴器仕掛けた実行犯ですでに共犯扱いデス!」
「え、ええー?!」
「私はドールだから人間の法律には縛られないわね」
「まぁ、ドールが故意か偶然でも犯罪行為をやっちまったらマスターが刑事責任を問われるデスね。ちなみに過去の判例にもあるデス」
「ガーン……そんな、私……犯罪者に?! 嗚呼、遠く海の向こうにいるお父さん、お母さん……娘はこの歳で犯罪者の仲間になってしまいました事をお許し下さい……というかもしかして美空と真理センパイも?!」
「ああ、愛宕は他の部活の顧問や部長連中から情報収集してるデス。こういう時に普段から優等生キャラを演じてるアイツにピッタリな役柄デス。そして葛城はSNSでウチの生徒の炎上しそうなアカウントリサーチと、学校のサーバにハッキンg……データ収集をお願いしてるデス」
「わぁーっ! 聞きたくない、これ以上聞きたくないよっ!」
「というか、言い直さなくてもほぼ完全にハッキングじゃないの。まぁフレイスヴェルグはそういうの好きそうだから納得ね」
驚愕の事実に吹雪は頭を抱えてその場に座り込み、そして段々と目の前が真っ暗になっていった……。最後に聞こえたのは、先生の悪い雰囲気たっぷりの高笑いだったという。
* * *
「ハッ?! あれ、私寝てた?」
すっかり夕焼けの赤に染まったBDG部部室。その作業机で吹雪は目を覚ました。
「お、ようやく起きたデスか。もう下校時間だから早く帰れデス」
「……先生? ちょっ?! 盗聴器! 犯罪! 部費、部費!」
「……何をブヒブヒ言ってるデス?」
「へ? いや、さっき先生が野球部の部室に盗聴器を……あれ?」
「まったく、何を寝ぼけたことを言ってるデスか吹雪は。寝るなら家に帰ってからにしろデス。それと来週に部費を決める会議があるデスが、お前と葛城も後学の為に愛宕と出席しろデス」
「あれ……? あ、はぁ……分かりました」
微妙に記憶が曖昧な吹雪。先程、先生の口から語られた恐るべき計画……他の部活動の弱みを握り、部費を奪い取るという非合法な企みを聞いた筈なのだが、どうにも要領を得ない。もしかしてあれは全て吹雪の夢だったのだろうか?
「あれ? そういえば叢雲は?」
「ああ、そっちで漫画読んでるデス。それ貸してやるから今日はもう帰るデスよ」
「…………」
すっかり漫画に夢中となっている叢雲。だがその漫画は以前、叢雲が読みたがっていた、今では電子書籍化もされていない入手困難な絶版のものだった。
「……??? ま、いいか。ほら叢雲、そろそろ帰るよ!」
「……今良いところなんだから……邪魔……しないで……」
「はよ帰れデス! お前等が残ってると部室の鍵を閉めれないんデス!」
「は、はーい!」
* * *
「フゥ……今日も疲れたデス。教師も楽な商売じゃないデスね……」
マンションの玄関を開けて大きくため息を吐いた先生。あのあと、残っていた事務処理と明日の授業の用意、さらには小テストの採点に今月の行事に掛かる段取り、それから学年主任の愚痴大会etc.……。いつの時代も学校の教師は忙しいのだ。
先生は着ていた服を次々と脱ぎだし、ついでに控えめなサイズのブラも放り投げ、そしてソファへ無造作に置かれていた部屋着――ダボダボTシャツとハーフパンツというイロケの欠片も無いような――を着込む。そして洗面所で化粧を落とし、ヘアバンドで適当に髪を上げ、準備は万端だ。
「プハァーッ! カーッ! 仕事の後はやっぱりコレに限るデス!」
冷蔵庫から取り出した缶ビール(500ml6缶セット)の一本をおもむろに飲み始め、それからオツマミ用に買っておいたスーパーの惣菜からあげを電子レンジで温める。オツマミはその日の気分によって変化するが、大抵はこれが先生の夕食だ。ちなみに、晩酌に白米は食べない派。
そしてデスクトップパソコンを立ち上げ、ネットニュースとSNSで主要な情報を流し見る。こう見えても先生は教師という職業は一般的な常識と世の中の動向に明るくないといけないと考えている。そうでなければ古い考えに凝り固まり、新たな発想と柔軟な思考の妨げになり得るからだ。以前、その事を愛宕に話してみたら何故か怪訝な顔をされた事には納得いっていないが。
とは言うものの、先生が気になるのはやはり最新の科学技術や工業、テクノロジー関係のニュースである。缶ビール片手にその視線はついつい政治や芸能・スポーツではなくそちらへと向いてしまう。
「ふむふむ……? 次世代型太陽光発電システムの希望となるか……デス? いやぁ、有機色素型は耐久性のハードルがまだまだ高いしコストが釣り合わない気がするデス。ん? こっちはスマホ用プロセッサのさらなる小型化に関するプレスリリース……ほうほうデス」
ひとしきり最新の情報に触れ、ついでに缶ビールも6本全部飲み干した所で先生は浴室へと向かう。お気に入りの入浴剤を入れた湯船で一日の疲れを流し、サッパリしたところで彼女が取り出したのは――――
「んー、今日はポン酒の気分デスね!」
冷蔵庫から取り出したるはとっておきの一本で、つい先日ようやく通販で買えたものだ。
「クゥー……! これは美味い刺し身も欲しくなる美味しさデス! ……そうデス、部活の遠征と称してどこか美味い酒と魚を出す宿でも泊まるデス。愛宕には適当言いくるめれば、アイツもアイツで美味い飯と温泉には弱いデスからね」
キリリと辛口、それでいて飲みやすい喉越しの透明な液体をちびちびやりながら先生はほろ酔い気分で誰に言うでもなく呟く。そうこうしてると、パソコンの画面にメール着信の表示が。また何かの宣伝メールかメルマガ配信かと思いつつメーラーを開くと。
「げ。また大学からデスか……」
送り主は先生が通っていた大学の研究室、その教授からだった。冒頭は当たり障りのない時候の挨拶で始まり、やたら丁寧に先生の健康を気遣ったり最近の話題を交えながらある事を要求している。いつも文面は異なるが、ボスが言っていることを要約すると、こうだ。
『いいから研究室に戻って俺の手伝いをしてくれ』
「いや、別に大学に戻るのが嫌ってわけじゃないんデスけどね……」
そう言いながらスマホのアルバムを開く。適当にスクロールするが、多くは学校で撮った写真……それもBDG部関係のものがかなりを占めている。
「ん、やっぱり返事はいつもと同じデス」
早速、返信を書き始める。久しぶりの英文だが、キーボードは淀みなく、軽やかに打刻していく。
『――――悪いけれど、教授のご期待には添えられません。日本でこの仕事は辛く大変な事ばかりですが、それでも私はまだまだ続けたいと思っていますから――――』
ざっと清書し、送信ボタンをクリックする。そういえばちょうど時差で言えば向こうは朝か、と思いながら再び写真を眺める。ふとスワイプする指が止まったのは、つい最近撮ったばかりの一枚。
「んふふ、なんてったって、私は先生デスからね!」
その写真は、BDG部の全員と撮った集合写真。吹雪、叢雲。美空、フレイスヴェルグ。真理、アルテミス。そして先生の7人で撮った、なんてことない只の一枚。
いやぁ、先生は可愛くて美人で頭脳明晰、気立ても良い美人女教師デスね!
ええ?! こんな超絶かわいいヒロインが八面六臂の活躍をする異世界ロボットファンタジー小説があるデスか?! こりゃ早く読まないとデス!(露骨な宣伝)




