第十五話「陽炎とか言ったわね、アンタは必ず私達が倒してやるんだから」
第十五話
高速で振り抜かれた大剣が空を切り裂く。相当な重量のはずだろうが、長い銀髪の少女はそれを軽々と操っていた。その猛攻を華麗な体捌きで避けていくのは黒髪の少女で、その身には特徴的な紅色の装甲を纏っている。
「ッ! この、ちょこまかと……!」
「…………」
この無口な黒髪の少女、陽炎[嵐]は大剣を振るう銀髪の少女、叢雲の動きを逐一観察するかのように一つ一つの動作を丁寧に行っている。ともすれば、相手を挑発するかのように。
『陽炎、ブッキーのチーム……ブロッサムメイツは殆どと言っていいくらいにデータが無いわ。まずはなるべく情報収集してからね、倒すのはその後でも良いわ』
「……わかった」
「いちいち癪に障るわね! もう頭にきたわ、ギッタンギッタンにのしてやるんだから!」
陽炎[嵐]のマスター、八雲秋華との通信の最中でもその表情は少しも変化がない。むしろ、叢雲の方が怒りのあまり笑みを浮かべだす始末だ。バトルドールの素体には全くその様な機能はついていない筈なのだが、彼女のこめかみには青筋も浮かび上がっている。
だが、その言葉ほど叢雲は優位に立っているわけではない。現在の彼女は残りHPこそそこそこあるが、天之羽々斬と本体のエネルギーは度重なる戦闘で殆ど消耗しており回復もあまり期待できない状況だ。今は陽炎[嵐]がデータ収集のために消極的な立ち回りを演じているだけで、一転して攻勢に入られたらどうなるかは分からない。
「叢雲さん! 援護します!」
「ダメよ、アルテミス! あんたの弾薬はまだとっておきなさい!」
「でも……!」
「でもも、ヘチマも無いわよ!」
叢雲と陽炎[嵐]が大立ち回りを繰り広げる少し後方、そこでアルテミスはオリオンボウ・スナイパーモードを構えたまま立ち尽くしていた。
『アルテミス、叢雲ちゃんの言う通りだわ~! 敵はまだいるし、漁夫の利を狙うチームもいるかもしれないのよ~!』
『みなさん、ヴェルグに周囲を警戒させます。アルテミスさんはいつでも動けるように待機しておいてください』
『叢雲ちゃん、相手が攻めてこない今がチャンスだよ! 一気に畳み掛けよう!』
ブロッサムメイツのマスター三人はそれぞれ自分の役割をこなす。適材適所、それは正しいのだが、なぜかアルテミスのAIは不吉な戦闘予測を演算してしまうのだった。
「…………少し、面倒」
ぼそりと蚊の鳴くような声で呟く。その言葉は激しい戦闘の余波でかき消えてしまい、誰の耳にも届くことはなかった。
「想定のおよそ50パーセントのデータを習得。これより反撃に移る」
その瞳をキラリと光らせた陽炎[嵐]は背中に背負っていた大剣を苦もなく抜き放つ。叢雲の持つ天之羽々斬が両刃のメカメカしい大剣なのに対し、陽炎[嵐]の持つこの大剣は片刃で無骨な鉄の塊を思わせる造りだ。だがその重さを少しも感じさせない構えは彼女の実力の一端を示している事にほかならない。
「ようやく剣を抜いたわね! いい加減やられちゃいなさいってのよ!」
天之羽々斬を素早く振るう上下からの二連撃。上からの斬撃を避けても下からの追撃が相手を襲う、単純だがそれなりに効果のある技だ。
「……その動きはもう見切っている」
相変わらずの澄し顔で陽炎[嵐]は大剣の切っ先を叢雲へと向ける。すると下からの斬撃が大剣の側面を這うように逸れてしまい、叢雲は正面ががら空きとなった。
「なッ――」
咄嗟の反応が出来ず、叢雲はただその攻撃を食らうことしか出来なかった。二発、三発。陽炎[嵐]は大剣で羽々斬を抑え、もう片方の腕で小型のブーメランを短刀のように使い叢雲を追い詰める。彼女の装備する近接環境ユニット[嵐]はあらゆる近接戦闘に特化した武装で、このような最接近状態での格闘戦も得意とする。
「ッ! この、調子に乗るんじゃないわよ!」
思い切りの良い叢雲は反撃とばかりに肩から体当たりを仕掛ける。思わぬ攻撃方法に少しばかり目を瞠った陽炎[嵐]だが、後方に下がりきっちり回避した。だが、そのお陰で天之羽々斬が自由となり、再び彼女を襲うべく振り上げられた。
「…………? 今のは予測にない……シミュレーション不足?」
陽炎[嵐]は不思議そうな顔で叢雲を見つめる。これまでの攻撃や行動パターンから叢雲の動きはある程度予測している彼女だが、この体当たりは意外だったらしい。
(データの無い相手だからどれほどの相手と思っていたけど……ブッキーのドールは強い……!)
陽炎[嵐]のマスター、八雲秋華はディスプレイに映る戦闘の様子をこと細やかに分析する。吹雪の指示はまだどこかぎこちないようだが、叢雲はそれを補って余りある戦闘能力を発揮している。一体、あの幼馴染はどうやってこんな強力なドールを作ったのか? AIプログラムを組んだのか? いくつも疑問があるが、それを考えるのは後回しだ。今はただ、倒すのみ。
「陽炎、あなたの全力を以てこのチームを倒しなさい」
「……了解」
マスターからの指示にこくんと頷く陽炎[嵐]。すると彼女の動きはさらに疾くなる。
「このッ……! まだ速く動けるというの?!」
右手に大剣を、左手に幅広のブレードを握った陽炎[嵐]はまるで激しいダンスを舞っているようだ。左右、上下、前後の三次元的な、立体的な斬撃を次々と放ってくる。その猛攻にさしもの叢雲も防戦一方にならざるを得ない。
「叢雲さんっ!」
硬質の金属同士が衝突したような甲高い音が響き、天之羽々斬が弾かれる。一瞬だが防御が抜かれた叢雲に鋭いブレードの一撃が迫っていく。だが、二人の間を一条のビームが割って入った。
「ッ……! 助かったわ、アルテミス!」
すんでの所でアルテミスがオリオン・ボウで援護したのだ。的確に狙ったそのビームは陽炎[嵐]にかすりはしなかったが、二人の距離を離すことには成功した。そのまま弾薬の残り少ないガトリング砲を数度に分けて発射、少々心もとない弾幕を張る。
「ちっ……あいつ、言うだけあるわね……!」
『叢雲ちゃん! 画面だとダメージはそれほどだけど、大丈夫?!』
「ええ、装甲で受けてたから戦闘に問題はないわ。それよりこのままじゃジリ貧よ」
「ヴェルグちゃんより入電。ここより少し離れた二箇所で戦闘を確認。黒風白雨はそれぞれ戦力を分散している様子」
『……ここは勝負に出たほうが良いかもしれないわね~?』
『確かに、このまま守りに徹していても埒が明きません。それならば多少のダメージを覚悟で、このドールを倒したほうが後々に有利となるかもしれません』
『それって、シューちゃんのチームがバラバラなのを良いことに、各個撃破するってこと? 結果的にだけど』
「……悔しいけれど、そうするしかなさそうね。一対一で私よりも強いなんて……!」
「でも三人なら勝てるはずですっ!」
「ヴェルグちゃんは空から援護する。二人は遠慮せずにブチかますといい」
アルテミスはガトリングを掃射しつつニヤリと微笑み、フレイスヴェルグはその場で大きく旋回してみせる。それを見た叢雲は少し気弱な表情を崩し、不敵に笑って見せた。
「……相談は終わった?」
「ええ、改めて生意気なあんたをギッタンギッタンにする算段はついたわ。覚悟なさいな?」
その手に握った柄を再度、握り直す。先程までは勝てる見込みが少しも見えず、どこか捨て鉢になりかけていた。しかし、叢雲は一人で戦っているのではない事を本当の意味で理解する。
(フン、なんだか悪くない気分だわ……)
アルテミスの残弾は少なく、いつもの大火力は望めない。フレイスヴェルグも推進剤をかなり消費しており、そう長い時間は飛行出来ないだろう。叢雲自身もエネルギーが回復しておらず、決定打となる攻撃は行えない。それでも、彼女のAIに「負けるかも」という予測は「勝ってやる」に上書きする。していく。
「陽炎とか言ったわね、アンタは必ず私達が倒してやるんだから!」




