第七話「あ、私知ってるわ。こういうの悪役令嬢っていうのよね?」
第七話
「ほらっ! 反応がコンマ2秒遅い! ドールもマスターも常に相手の動きを予測する!」
いつものBDG部部室に透き通るような声が響く。桜ヶ丘第一高校生徒会長、成実直子だ。
「全国レベルのドールは拙者の剣速よりも疾いぞ! そらそら!」
そして彼女のドール、皐月だ。今日のフィールドは工場のような内装をしたトレーニングルームの一つ。広くて大きな障害物も無いので、こういった訓練によく使われる。
「くっ、この!」
「速い……分析が追いつかない」
皐月が自慢の刀を振るっている相手は叢雲とフレイスヴェルグだ。彼女らはいつもの装備、巫女と武者とが融合した装甲に大剣・天之羽々斬。フレイスヴェルグは黒い猛禽類を模した飛行アーマーと大振りなコンバットナイフ。
「叢雲ちゃん、左に回って!」
「ヴェルグは右。そのまま叢雲さんと合わせて」
二人のマスターはそれぞれ自分の相棒に指示を出し、それを受け取ったドールは過去の戦闘データと現在の状況を照らし合わせ最善の動作を選択する。彼女らに搭載された高性能AIはマスターの意図を的確に読み取り行動していくのだ。
「はぁぁっ!」
「そこっ!」
叢雲とフレイスヴェルグは皐月を左右から挟み込み、同時に攻撃するつもりだ。天之羽々斬とコンバットナイフ、それぞれ横薙ぎに振るって皐月の逃げ場を無くすように挟撃する。
「……ッ!」
だが皐月はニヤリと笑い、手にした日本刀・菖蒲を素早く振るった。
――ギィイン――
硬質な金属音が響いたかと思うと、そこには……。
「くっ! なんて疾さなの?!」
「あの一瞬でこの反応速度……相当な戦闘経験値とAI構成」
皐月は叢雲とフレイスヴェルグの攻撃を受ける直前、手にした刀でまずフレイスヴェルグのナイフを弾き飛ばし、さらにはすぐさま反対側から襲いかかってくる天之羽々斬を受け止めてしまったのだ。
二人が驚くのは無理もない。フレイスヴェルグの言うとおり、ごく短時間でこの行動を選択・判断するには膨大な戦闘回数と近接戦に特化したAI構成でなければ難しいだろう。
2体のドール相手に一歩も退かない強さを発揮する皐月。改めて戦うことで、彼女と直子の実力を肌で感じる吹雪たち。
「ふぅ、一旦休憩を入れましょう。二人共、最初の頃よりずっと指示が早くなってきたわ、いい調子ね」
「ありがとうございます!」
「生徒会長の指導のお陰です」
しばらくして、直子は一区切り付ける。吹雪との勝負から直子は生徒会長としての仕事がない時など、折を見てBDG部へと訪れて皐月と共に訓練の相手をしてくれるようになった。
その甲斐あって、近接戦闘に対する叢雲らの経験値は急速に蓄積されている。ドールに搭載されたAIは、何度も繰り返し行動することで動作の一つ一つが精度良く、そして様々な対処法をアップデートしていくのだ。
「愛宕さん、そっちはどう? アルテミスのセッティングは順調かしら?」
「うう……ぜんぜん〜! 会長、少しは手伝って下さいよ〜」
作業机の一つ、デスクトップパソコンに向かう真理は難しい顔をしながら返事をする。
パソコンから伸びたケーブルの一本、その先にはドール専用の無線充電器があり、その上にちょこんと座るアルテミスは静かに目を閉じている。
「アルテミスのAI構成くらい自分でやりなさい。それがマスターでしょ」
「そうなんですけど〜! もともと射撃戦に特化した構成だから残ってるメモリ容量はカツカツなんです〜!」
真理がうんうんと唸って作業しているのは、アルテミスのAI構成のセッティングだ。マスターはこうやってパソコンやスマホと接続したドールのAIを弄ったり組み替えることで性格や口調、戦闘傾向や動作モーションを変更出来るようになっている。
剣や銃などの武器は初期設定でも無理なく扱えるが、専用の動作モーションや照準プログラム、火器管制システムをインストールすることでその性能は飛躍的に向上するのだ。
「はいはい、部長なんだから泣き言を言わないの。あ、私はこれから塾に行かなきゃならないから、これで失礼するわね」
そう言うと直子はテキパキと片付けてさっさと部室を後にする。こういう所はあっさりしているというか、彼女は行動が速い。
「あ、生徒会長! 今日はありがとうございましたー!」
「うう……美空ちゃーん、ちょっとでいいから手伝ってくれない~?」
「分かりました、真理先輩。それで、どこから手を付けましょうか?」
「えっとね、アルテミスの射撃行動のね、思考パターンをちょっと弄ろうと思ってるんだけどね~? この辺をコンパクトに纏められれば近接系のプログラム入れられるかな〜って」
「……そうですね、他にもこの辺が重複したプログラムになってます。あとコレとコレ、似通った銃撃モーションなので統合しちゃいましょう」
「……やる事一杯だわぁ〜!」
五月。ゴールデンウィークも間近に迫ったある日。八月の大会本戦までにはまだ時間があるようでない。吹雪たちは少しの時間も無駄には出来なかった。
「お、皆集まってるデスね。ちょいと作業を中断するデス。大事な話があるデス」
扉を勢いよく開けて現れた先生。折角美空に手伝って貰おうとしていた真理は渋々ながらパソコンのアプリを閉じ、アルテミスをスリープモードから起こした。
* * *
「と、言うわけでこの連休はちょいと練習試合に行ってもらうデス。遠征デス」
一同はポカンとしてしまう。先生の話はいつも唐突だ。
「あの〜先生? ちゃんと説明してくださいよ〜」
「遠征……?」
「練習試合……?」
真理は相変わらずな先生という表情をし、吹雪と美空はコテンと首を傾げている。
「お前達は特訓をよくこなしているデス。お陰で今なら街で野良ファイトしてもそれなりの結果が出せるんじゃないかという程度には実力が付いてきたと分析してるデスよ」
「ねぇ美空、野良ファイトって?」
「野良ファイトとは、街のゲームセンターなんかに設置されている公式バトルフィールドで色んな人と戦う事ですよ。アーケードの対戦格闘ゲー厶なんかと同じで、沢山の見知らぬ相手と戦う事で互いの実力を磨けるため、広く行われています」
「へぇ〜そうなんだ!」
「その野良ファイトを繰り返しても良いんデスが、腕を磨くには相手の実力が伯仲してないとあまり効果無いデスし、こっちにはあんまり時間が無いデス。そこで、この私がそれなりに強い相手を探してきてやったんデス」
「なるほどね〜私達の目的は公式大会での優勝、一気にレベルアップするには強い相手と戦うのが一番ってわけね〜?」
「それで先生! 相手は誰なんですか?」
「うむ、それでは対戦相手の発表デス。そのお相手はなんと……!」
そう言うと先生はどこから用意したのか、小さなくす玉を取り出し、下にぶら下がった紐を勢いよく引っ張る。すると、色とりどりの紙吹雪と共に何かが書かれた垂れ幕がスルスルと落ちていった。
「聖マリアンヌ学園……?」
「隣の県にある私立学校ですね。小学校から大学まで一貫教育の、いわゆるお嬢様学校というやつです」
吹雪と美空は早速スマートフォンで聖マリアンヌ学園について調べ始める。しかし、その後ろでは何故か浮かない顔をした真理がじっと垂れ幕の文字を見つめていた。
「先生……もしかして」
「愛宕、私には何の他意も無いデス。近場で有名な強豪といえば聖マリアンヌを置いて他には無い、ただそれだけデス」
「それは……確かにそうですけど……」
「それに、ここのチームとは公式大会でぶつかる可能性が高いデス。さらにはウチがルーキー揃いという事も加味してくれた上で、この練習試合を引き受けてくれたんデス。ここは一応感謝しといた方が良いデスよ」
「……先生がそう言うなら……」
真理はまだ何かを言いたそうだったが、少し考えてからその言葉を飲み込む。先生はその様子に心のどこかで安堵する。
「ねぇ、アルテミス。お嬢様学校ってなんなの?」
「あ、それはですね……」
「いわゆる金持ちの令嬢が通う学校。大昔の高校授業料無償化・就学支援金支給制度によって授業料は実質無料化したものの、入学金やその他諸経費が通常の公立・私立制学校と比べて桁違いな為、結局お金持ちしか通えない。ヴェルグちゃんはなんでも知っている」
「わ、私にも説明させてくださいよ〜!」




