39-3
一部修正しました!
39-3
「そう……アルテミスがやられたのね……」
迫りくる二対の白刃を丁寧に捌きながら叢雲は独りごちる。仲間が撃破された事を示すメッセージが視界の端に映り、遠くからはその旨を実況するバト子ちゃんの声がする。
「……仲間を気にしていられる程、余裕があるの?」
捌かれ、弾かれた大剣の重量に逆らわず、陽炎[嵐]はくるりとその場で回転。見事なフォームの回し蹴りを放ってくる。
「ぐっ……! 分かったわよ、今は目の前のあんたに集中してあげるわ!」
咄嗟に身体をひねって回避を試みたものの、脇腹に浅くダメージを貰ってしまった。反撃しようと天之叢雲剣を振りかざそうとするが、当の陽炎[嵐]は一旦間合いを外してしまった。
(やはり強いわね……一気に向こうのペースに持ち込まれた)
アルテミスの撃破、先程から通信が返ってこないフレイスヴェルグ。二人共タダではやられるようなドールではないが、それでも心配になってくる。
しかし、今は。
「……すぅ……はぁ……」
大胆にも、叢雲は戦闘の最中だというのに目を閉じて深呼吸をする。
「……何をしている?」
陽炎[嵐]の問いは、何故ドールに必要のない呼吸の真似をしているのか?だったのだが、叢雲はただ不敵に微笑み返すだけだった。
「別に? リラックスの魔法よ。こうすれば、どんな時でも落ち着くってね?」
「……やはりあなたの言っている事は意味が分からない。ドールの感情プログラムはそんな事で変化しない」
「ぷっ……あはは!」
「……何がおかしい。冗談を言ったつもりはない」
「ふふ……いや、ごめんなさいね。こっちの話よ……」
叢雲のAIはいつだったかの記憶を思い出す。その記憶の中では顔を真っ赤にして怒っている叢雲と、それをなだめつつ深呼吸してみろと言ってくるマスターがいた。
(はぁ?! 深呼吸って……あんたバカなの?! ドールってのは感情プログラムがあってそんな事じゃ……)
(まぁまぁ……叢雲ちゃん。ほら、こうやるんだよ。……すぅ……はぁ……。ね?)
何故か懐かしい思い出。
どうして? それに、あれは吹雪……じゃなくて……? でも声は一緒……。
「……隙あり!」
突然の斬撃に叢雲は記憶の中から現実へと引き戻される。しかし彼女の体躯は殆ど無意識でも自然に動き、腕と脚が連携してバランスを取りつつ、そして長剣の中程でしっかりと大剣を弾いた。
「フン。隙なんて、この私にあるはずないじゃないの」
「……だらしない顔でぼーっとしてたくせに」
「嘘っ?! え、私そんな変な顔してた?!」
「……うそ」
「……あんた、ぶっ壊してあげようかしら!?」
「……深呼吸は?」
「十種雲形・巻雲! 粉々のスクラップにしてやる!」
* * *
真っ暗闇の中にいるようだ。いや、ダメージ警告が視界のあちこちに表示されていて邪魔なこと極まりない。
「う……」
地面に落下した衝撃なのか、それとも不知火[天津風]にやられたダメージなのか、あるいはその両方なのか。フレイスヴェルグの大型ウイングは完全に破壊されていた。
簡単な自己診断プログラムを走らせる。結果は最悪だ。もう起き上がる気力……もとい、エネルギーもあまり無い。
「飛行能力喪失、運動機能七割減、ドローンは全て撃墜、武装の残弾も殆ど空っぽ。センサーやレーダーも機能不全。ついでに残りHPは一割も無い」
あの高さから落ちた事と、不知火[天津風]の渾身の一撃を受けてよくこれだけで済んだものだとフレイスヴェルグは自分の事ながら妙に感心する。倒れたまま見上げた空はどこまでも高く、その周囲には摩天楼とでも言うべき高層ビルがまるで壁のようにそびえ立っていた。
このような終わり方であれば、悔いはない。
「ちぃ~す! ヴェルっち、元気してる〜?」
スラスターを垂直に立ててゆっくりと降下する不知火[天津風]。口調は普段どおり軽々しいものだが、その表情は一切の油断が見られない。フレイスヴェルグのような、策略と奇襲、撹乱を主とするタイプのドールは何を企んでいるか、最後の最後まで分からない事を熟知している。
「もう立ち上がる元気も無い。いやはや、ヴェルグちゃんの負けだ。黒星。完全敗北」
「あれあれ~? ヴェルっちってさ、こういう時こそ何か仕込んでるタイプじゃね? ほれほれ、まだ何か作戦とか、罠が残ってるっしょ~? どうよ~?」
「ふっ……何かしら作戦があれば良かったのだが……肝心要のアルテミスが撃破されては仕方ない」
「お? お? なになに? マジではっぽー塞がりってヤツ?!」
「だから……そう言っている。そして、さっさとトドメを差すことをお勧めする」
「あっそ。んじゃねー」
フレイスヴェルグに言われるまでもなく不知火[天津風]は早急にケリをつけなければならなかった。そう、これまでの戦闘で彼女の残りエネルギー量が心許なくなっているのだ。
すっと持ち上げた初風に紫電が迸る。ブレードの切っ先に覗く銃口はピッタリとフレイスヴェルグの額を狙う。そして、その引き金を――――
「おっと、少し待ってもらいたい」
「んなんだよ! 言いたいことあるならさっさとするし!」
思わずズッコケそうになってしまう不知火[天津風]。なんだかんだで彼女はノリが良い方なのだな、とフレイスヴェルグは感じる。
「いやなに。ヴェルグちゃんとの戦いで何か違和感を感じなかったか、それを聞きたい。例えばそう、どんな武器を使ったとか」
「はぁ? んなもん知らねーし! えーと、ドローンとそのマシンピストルっしょ? それから……そうそう、あの光学迷彩! あれスゲーうざいかんな! 今度バトる時はマジで止めろし」
「ふむふむ。光学迷彩が非常に苦手と……貴重なデータ感謝する。さて、ヴェルグちゃんの武装は本当にそれだけだったか?」
「???」
『不知火! いいから早くヴェルグちゃん倒さねーと! ほら! それ! エネルギー的なもんが!』
「お、おう……分かったって舞っち!」
明らかに何かを企んでいる。そう察した舞は急かすが、もはや手遅れだった。
何の前触れもなく、不知火[天津風]の感覚センサーは大量の信号で飽和状態に陥る。ほんの僅かな一瞬だが、彼女は自分の周囲で何が起きたのか理解できなかった。
フレイスヴェルグと不知火[天津風]を中心とした周囲のビルの地表に近い部分が爆発していく。一つ一つの爆発は小規模なものだが、それが連続的・連鎖的に破壊をもたらし、やがていくつものビルが倒壊しだした。
高層ビル群は根本部分からぽっきりと折れ、一部は自重を支えきれず途中から砕け散ってしまう。これらは本物のビルではなくバトルフィールドが演算する立体ホログラムではあるのだが、その精巧さは思わず身を反らしてしまうほどの迫力と爆発だ。
「なっ……なっ……?!」
「にやり。ヴェルグちゃんはその表情が見たかった」
「ヴェルっち! 一体何をしたし!」
「なぁに、簡単なこと。ヴェルグちゃんの武装には小型の投下用爆弾があった。それを複数のビルに仕掛け、スイッチをこう、ピッと押しただけのこと。本来ならば、アルテミスの砲撃とミサイル攻撃によるダメ押しを必要としていたのだが……まぁなんとかなるだろう」
そう語る彼女の表情は至って普段どおり、今の状況なぞどこ吹く風といった涼しい顔だ。そうこうしているうちにも、二人の頭上からは無数のガレキが降り注いでいる。これらのビル群は高機動を誇る[天津風]ユニットを逃さないための檻であり、罠だったのだ。
「ヴェルっちのバカ! こうなったらアタシ一人で逃げるかんね! ガレキに押し潰されても恨まないでよ!」
ズバッと大型ウイングを展開し、その場から急いで逃げようとするその背中へとフレイスヴェルグは再び声を掛ける。あくまでも冷静に、そして冷徹に。
「まあまあ、もう少しここでヴェルグちゃんと一緒に付き合ってもらおう。ほれ、ポチっとな」
「ぐぁ?!」
スラスターが甲高い音を奏で、何もかもを置き去りにしてしまいそうな青白い噴射炎を覗かせたその時、[天津風]ユニットが小さく爆ぜた。ウイングの基部に亀裂が走り、メインユニットから伸びる動力パイプ及びいくつかのモジュールが吹き飛ぶ。スラスターは奇妙なリズムで炎が吹き上がり、さらに小規模な誘爆を引き起こしてしまう。
「ヴェルグちゃんはこう見えて手癖が悪い。覚えておくといい。ちなみに小型爆弾を仕掛けたのはついさっき、叩き落される直前に交差した瞬間。後で試合映像で確認するのを推奨。ヴェルグちゃんでなきゃ見逃しちゃうね」
フレイスヴェルグが言っているのは、不知火[天津風]が本気の加速でマシンピストルの弾幕を掻い潜って突撃してきた時のことだ。だが、今の彼女にそれを聞いている余裕はない。
やがて無数の破片が土砂降りのように降り注ぎ、そして巨大なガレキが轟音と共に二人を覆い隠してしまった。
『な、なんと! チーム・黒風白雨、不知火! チーム・ブロッサムメイツ、フレイスヴェルグ! 両者とも撃破ぁ!』
どよめく観客の声をバックに、バト子ちゃんの実況が会場を反響する。




