第三十九話「今は目の前のあんたに集中してあげるわ!」
第三十九話
「不知火、黒潮!」
それまでとはAIが変わったかのような陽炎の声が二人に届く。多くは語らないが、しかしその真意は伝わっている。
「お、陽炎っち〜! やる気テンションMAXアゲアゲじゃん!」
「うふふ、陽炎も頑張ってるんだもの。私達もかっこ悪い所を見せられないわね!」
『っつーわけでぇ! ぬいぬい、そろそろ反撃タイム突入だし!』
「りょ〜! そう何回も喰らってりゃヴェルっちの作戦も見えてくるし!」
高層ビル群の隙間を縫うように不知火[天津風]はスラスターを吹かせる。それを見たフレイスヴェルグの表情は僅かばかりに曇ってしまう。
「むぅ……流石にアルテミスからの長距離攻撃がバレてしまった模様。もう少しダメージを与えておきたかったが……」
火力に乏しいフレイスヴェルグが不知火と高機動環境ユニット[天津風]に対抗するには、アルテミスの遠距離支援が必須だった。
しかし、度重なる攻撃に流石の不知火と舞も気付いたらしく、狙撃の死角に入るようビルを背にして立ち回るようになったのだ。
「ガチの一対一じゃヴェルっちに勝ち目は無いっしょー?! さっさと諦めちゃいな!」
初風・レールガンがコンデンサーの唸りと共に加速弾体を射出する。その圧倒的初速は音速を優に超え、カスっただけでも大ダメージは必至だ。
それをフレイスヴェルグは持ち前の分析能力によって、銃口の向き、発射タイミングから辛うじて回避コースを割り出している。しかし、それでも彼我の性能差からくる限界はある。
『ヴェルグ……!』
「大丈夫、マスター。ヴェルグちゃんは必ずやり遂げる」
左右にひらひらと、まるで蝶のように複雑な機動で不知火[天津風]を翻弄しようとするフレイスヴェルグ。複雑なアルゴリズムによるこのランダム回避はレールガンのような直線的な攻撃ではなかなか捉えられないだろう。
「それなら、蜂のように刺すってねー!」
銃が当たらないのなら、剣で斬ればいい。一気に加速した不知火[天津風]は手にした複合兵装・初風をレールガンモードから超振動ブレードモードに変更させた。状況に合わせて思考を一瞬で切り替えられるのは彼女のAI特性であり、長所でもある。
「うりゃあぁ!」
最高速、加速度で勝る不知火[天津風]の一撃はまるでカマイタチの如き鋭さだった。恐らく、並のドールであれば今の一撃で撃破されていたのだろう。
「……ぎ、ギリギリ回避に成功……」
だが、フレイスヴェルグは自身の周囲に展開させた偵察用ドローン、ミーミルの眼を通して不知火[天津風]を常に監視している。その為、彼女の機動や攻撃タイミングは目を閉じていても把握できるのだ。
「へっへーん! ヴェルっち、強がり言っても無駄無駄ぁ! 今ので結構ダメージ食らってるっしょ?」
返答こそしなかったものの、フレイスヴェルグの左腕が力なく下がっているのが何よりの証拠だ。超振動ブレードによって装甲はバターのように切り裂かれ、決して少なくないダメージをもらっている。
『にしても、あのドローンは厄介だし! 不知火、先にそっちを片そうぜ!』
「りょ〜!」
作戦が決まれば行動は早い。ジェット戦闘機さながらの轟音で不知火[天津風]はビル街を縦横無尽に駆け巡り、偵察用ドローンを追い詰めていく。
「くっ……! このままでは全滅する……!」
フレイスヴェルグは最適な回避ルートをミーミルの眼に指示するが、しかし所詮は運動性能の低い偵察用ドローン。猛禽類に狩られるだけの獲物でしかなかった。
「あーとーはー? 固定翼のドローンがもう一機いたはずっしょ〜?」
ものの10秒も掛からず全てのミーミルの眼を撃破した不知火[天津風]。余裕の笑みを浮かべながら再びフレイスヴェルグの前へとやってくる。
「さて? もう撃破したのでは? こうなってはこのヴェルグちゃんも打つ手がない」
動かない片腕をかばいながらもフレイスヴェルグは飄々とした口調で返す。だが、その程度の悪あがきは通用しなかった。
「そんな攻撃、見切ってるってぇーの!」
背後からのビームを紙一重で躱す。そこに居たのは最後に残った攻撃用ドローン、ヘズだった。
背後からの不意打ちを狙ったフレイスヴェルグだが、やはりこの不知火の勝負勘というものはやたらと鋭い。武装や換装ユニットの性能も高いが、ドール自身の戦闘プログラムも高い水準で構成されているという事をフレイスヴェルグは改めて思いだす。
「ぐぬぅ……ヘンテコな喋りをする癖に、こういうのは鋭い……!」
「ヘンテコ言うなし!」
ヘズは最大速力で戦闘機動を行うが、しかし相手が悪い。ビームを乱射して撹乱するものの、それらは全て避けられてしまった。
「しかし、これなら?」
ヘズのビームを避けた不知火[天津風]、だがその機動を予測していたフレイスヴェルグはその線上に右手のマシンピストルで弾幕を張る。なるべく弾がバラけるように放ったそれは、弾丸の密度も低く例え一発も当たらなかったとしても。
(この弾幕を回避するには急制動を掛けなければならない……そこをヘズで狙い撃つ!)
フレイスヴェルグの予測は正しかった。弾幕は正確に不知火[天津風]の進路上に位置し、このままいけば作戦通りになる。しかし、それはあくまで予測であり、机上の空論でしかなかった。
「ヴェルっち、アタシのマジスピード見せてやんよ!」
その言葉がフレイスヴェルグに届いたか定かではない。何故なら、あまりの加速度に周囲の音が全てかき乱されてしまったからだ。
「なっ……?! まだ速度が上がるというのか……?」
まさに神速。その速さはドールの限界を超えているのではないかと思わされるほど。
そのまま不知火[天津風]は弾幕にカスりもせずに突っ切り、更にはその勢いを保った状態でフレイスヴェルグへと向かっていく。どうにか迎撃しようと必死に足掻くものの、とうとうマシンピストルの弾倉が空になってしまった。急いでウエポンコンテナに手を伸ばすのだが、超振動ブレードの嫌な音が聞こえた時にはもう目の前にまで迫っていたのだった。
『ヴェルグ! 避けて!』
美空の叫びも間に合わず、二人のシルエットが空中で交差する。
「ヴェルっち、めっちゃ強かったけど……アタシがサイキョーだし!」
取り残されたバルドルをレールガンで撃ち抜く音を頭上に聞きながら、フレイスヴェルグは重力に惹かれるまま地面へと激突するのだった。
* * *
「くっ……なんて火力なんですか!」
場所は変わり、森林フィールドではアルテミスと黒潮[野分]が苛烈な火力の応酬をしている真っ最中だった。
「私とこの[野分]ユニットを前に、三味線を弾いていたとはね〜?」
『黒潮、そんなお行儀の悪い子にはあなたの全火力をお見舞いしてあげなさい?』
まさに一点集中と言わんばかりに全ての照準をアルテミスに向ける。両肩から突きだす二門の大型チェーンガンの掃射、次々と発射されるマイクロミサイル、そして初風・レールガンの連射が容赦なく降り注いでいった。
「こ、これはちょっと不味いですよ真理っ!」
『耐えてアルテミス~! なんとか防御しつつ反撃よ~!』
両腕を交差させて頭部への直撃を防ぎつつアルテミスも撃ち返していく。キャノン砲が火を吹き、マシンガンが火線を宙に描いていく。マイクロミサイルは筋状の雲を曳き、空中で小規模な爆発となって消えていった。
「あなたの火力は怖いけどね、一対一なら私のほうが上だったようね?」




