第三十八話「ふん、ようやく本番って所かしらね!」
第三十八話
『それではBDG東日本大会、決勝戦……バトルスタートです!』
バト子ちゃんの快活な音声と共に、会場中央に設置されたバトルフィールド上にプロジェクションマッピングが投影される。高画質な立体映像技術と、AR技術が組み合わさったその風景はまるで本物かと見紛う精緻さだ。
『今回のフィールドは決勝戦仕様の特別製! なんと、ビルの乱立する都市部、木々が生い茂る森林部、荒涼とした大地広がる荒野部の3つに分けられているんです! 総面積は通常のものと変わらないのですが、この異なるフィールドのどこで戦うか、ドールの武装適正とマスターの采配も重要となりますよ!』
大きな円形のバトルフィールドはまるで三等分に切り分けられたホールケーキのように三つのフィールドがそれぞれ隣接していた。
大小様々なビルが建ち並び、多くの障害物が設置されている近代都市をモチーフにした都市部。ここはいかに障害物を味方に付けて敵に接近するかが要と言えるだろう。
続いて、鬱蒼とした木々が並ぶ森林部。樹木の高さはほぼ一定だが、地上からは周囲の視界がかなり限定される。いかに有利な場所をキープ出来るか、それが勝負を分ける。
最後に、先の二つと異なって殆ど障害物の無い荒野部。赤茶け、ひび割れた大地が広がるのみで視界も広く、また隠れられる場所もない。ここでは純粋にドール同士の地力、マスターの作戦が物を言う。
フィールド自体はそれぞれ隣接しているだけなので自由に行き来できる。マスターは自身のドールの武装と得意な距離適正を鑑み、そして相手の武装と作戦を的確に読み、その上で有利なフィールドを選択しなくてはならないのだ。
『美空、真理センパイ! まずは作戦通りに行くよ!』
『ええ。ヴェルグは都市の方へ向かって』
『分かったわ〜! アルテミス〜、あなたは森林の方よ〜!』
『そして、叢雲は荒野フィールド! そこで各個に迎え撃つ!』
ブロッサムメイツの作戦とは至ってシンプルなものだ。
叢雲、フレイスヴェルグ、アルテミスはそれぞれ散開し、一対一で黒風白雨のドールと対決する。
これまでの黒風白雨の少ないバトル傾向から、彼女たちが序盤から互いに協力して戦闘を進めるという展開はほぼゼロだった。例外といえば準決勝でのナイツ・オブ・グローリー戦くらいなもの。
黒風白雨の基本戦術はその性能の高さを活かした各個撃破。あらゆる相手と状況に対応できる換装ユニットと、常時バフ効果によって大抵のドールを一対一で圧倒できるからこその作戦なのだ。
「しかしまぁ、本当にこっちの誘いにのってくれるのかしら……っと、どうやら無用な心配だったみたいね」
砂埃の立つ荒野の向こう、そこには眼に力強い光を宿した陽炎[嵐]がいた。
「ヴェルグちゃんも接敵。これより戦闘に入る」
「こちらもいました〜! 早速牽制射撃の雨あられですよ〜!」
都市部ではフレイスヴェルグと不知火[天津風]が、森林部ではアルテミスと黒潮[野分]がそれぞれ戦闘開始する。
通信の向こうでは激しい戦闘音が聞こえてくるが、叢雲は既に二人の心配をしている余裕が無かった。相手はあの陽炎、一度は完膚なきまでに叩きのめされた相手だ。
「さて、あんたとはこれで二度目のバトルだけど……」
「……なに?」
「前はお人形さんみたいな目つきだったけど、今のあんたは良いと思うわよ。それでこそ、この私と戦うに相応しいってもんだわ」
「……今度も、私が勝つ」
「……やってみなさい!」
瞬間、鋼と鋼がぶつかり合うような硬質音が響く。叢雲の握る天之叢雲剣と、陽炎の振るう大剣が衝突したのだ。
* * *
青空をバックに、二本の白線が引かれる。勿論、本物の飛行機雲ではなく、バトルフィールドの高性能演算能力がソレを演出しているのだ。
「……くっ……! 速い……!」
「ふっふっふー! スピードに関しちゃ、ヴェルっちよりもアタシの方が上っぽいねー♪」
同じ飛行タイプのドールであるフレイスヴェルグと不知火[天津風]、だが両者の飛行特性はそれぞれ異なっていた。
フレイスヴェルグの飛行ユニットと武装はどちらかというと運動性能を重視しており、空中での方向転換や低速での姿勢制御を得意とする。対して、換装ユニット[天津風]は最高速度と加速度を重視した一撃離脱戦法を得意とする機動性重視の武装だ。
単純にどちらが優秀、というものではないが、こと戦闘力に関していえば[天津風]ユニットの方が上と言えるだろう。
「ほらほらほら! 不知火ちゃん快進撃ィー!」
耳をつんざくレールガンの発射音が連続する。二発、三発、四発。その狙いは正確でフレイスヴェルグはギリギリのところで回避している。
「射線と発射タイミングの予測はほぼ完璧……だが、全てを躱し切るのは難しい……」
これまでの戦闘データから、不知火らの戦闘行動はかなりの精度で予測できている。だが、それでも彼我の純粋なスペック差を覆すのは厳しいのだ。
「そーれっ! ぼやぼやしてるっと、生ハムみたいにうすーくスライスしちゃうよ~!」
さらに加速した不知火[天津風]はフレイスヴェルグとすれ違う瞬間、手にした初風を振るう。初風はレールガンの他に、高速振動刃を備えた銃と剣の複合兵装であり、そのブレードは超振動によって不気味な音を立てながら漆黒の装甲を削り取った。
反撃とばかりにフレイスヴェルグは両手に握った二丁のマシンピストル・フギンとムニンを発砲する。小気味良い破裂音を奏でつつ、何発もの銃弾が撒き散らされるのだが。
「へっへ、そんなんじゃ当たらないよっ!」
不知火[天津風]は驚異的な身のこなしと驚異的な推力により、まるで慣性を無視したかのような直線的な機動で全弾避けていく。フレイスヴェルグの行動予測に基づく偏差射撃はかなりの命中率を誇るのだが、あまりの速さに演算が追いついていないのだ。
「改めて黒風白雨の強さを認識している。はっきりいってチートなのでは?」
「レギュ違反じゃねーからいいの! 自分で言うのもなんだけど、マジパネェっしょ!」
再びドッグファイト状態になった二人。追うのは不知火[天津風]、追われるのはフレイスヴェルグ。だが、相手の攻撃を予測することで辛うじて回避出来ている今、もはや勝負にすらならないのが実情だ。
『ヴェルグを戦闘ヘリと例えるならば、あの[天津風]ユニットはさしずめジェット戦闘機といったところでしょうか。なので普通に戦っては負けるのが必定』
傍から見れば劣勢でしかないのだが、淡々とした声で美空はマスターブースにて互いの戦闘能力を分析する。
『と、いうわけでヴェルグ。まともにやりあってはいけません。タイミングもそろそろ大丈夫でしょう』
「了解、マスター。ヴェルグちゃんにはヴェルグちゃんの戦い方がある」
ひらひらと落ちる木の葉のようにその場で旋回をしたフレイスヴェルグは、そのあまりのスピードで追い越してしまった不知火[天津風]の背後をとる。直線的な機動力では敵わないが、その三次元的な運動性能ではフレイスヴェルグが上回っているようだ。
「ちょっ……スラスター最大噴射っ!」
どうにか体勢を反転させフレイスヴェルグの方を向く不知火[天津風]。しかし、そこには彼女の姿が無かった。
『不知火、気をつけな! きっと光学迷彩だよ!』
「まーたアレか! ヴェルっちも芸が無いねっ!」
以前のバトルで、姿をくらませる戦法に苦しめられた事はよく覚えている。換装ユニット[天津風]はその機動力などを重視するあまりセンサー類の装備が貧弱な為、こういった撹乱攻撃には弱い面があるのだ。
「でも前と同じ手が通じる、なーんて思ってないじゃんねー?」
背部の大型ウイングとスラスターをバサリと震わせ、不知火[天津風]は一気に加速した。いくら相手の姿が見えずとも、この速度で飛行する不知火を捕捉・攻撃する能力はフレイスヴェルグに無い。そして逃げ続ければすぐにでも光学迷彩の効果時間は終了する。それからゆっくり料理してやれば良いだけなのだ。
「ふぅ……やれやれ。このヴェルグちゃんを侮ってもらっては困る」
どこからともなくフレイスヴェルグの声が聞こえる。しかしその姿や気配はどこにも感じられず、やはり光学迷彩マントを使っているのは明白だ。
「ふっふーんだ! んな事言ったって、このアタシに攻撃カスらせる事も出来ない癖にぶべぇっ!」
突然の衝撃とダメージ警告音。不知火[天津風]は背後からいきなり撃たれてしまった。しかし、攻撃をしたはずのフレイスヴェルグの姿は見えない。
『……あれ? 光学迷彩とかの透明になるスキルってさ、一度攻撃したら強制終了するんじゃね? なんであの子、出てこないん???』
舞の言うとおり、光学迷彩などの隠蔽系は一定時間を過ぎるか、攻撃を行うとその効果を失ってしまう。しかして、フレイスヴェルグの姿は一向に現れることは無かった。




