第三十七話「ほら、私ってば叢雲のマスターじゃない?」
第三十七話
BDGバトルドール・ガールズ東日本大会、その三日目。
この日はデモンストレーションやミニイベントを午前中に、そして午後からはいよいよ決勝戦が開始される。それまでの間、選手は各自で自由に過ごせるのだが。
「……お、落ち着かないわね~」
「真理先輩もですか……」
ブロッサムメイツの選手控室では、真理と美空が妙にソワソワしている。バトルが始まるまでにはまだ一時間以上あるのだが、二人はすっかり緊張してしまっていたのだった。
「真理! ほら、深呼吸ですよ! ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「なんというベタなボケをしているのか、アルテミスは……」
これまでのバトルでは、ブロッサムメイツは殆ど注目されていなかったということもあり、さほど気にすることは無かったが、今日の決勝戦は否が応でもその耳目を集めてしまう。
「うう~SNSでも私たちの話題で一杯……どうしましょう、私の髪、変じゃあない~?」
「大丈夫ですっ! 真理はいつでもかわいいですからっ!」
「うう……落ち着かない……はっ、こういう時こそ素数を数えて……2、3、5、7、11、13、17……」
「マスター、ヴェルグちゃんも手伝う。1087、1091、1093、1097」
「えっ、ちょっ……ま、待って……?! せ、せんひゃく……?!」
「……お前ら、なーにを遊んでるんデスか?」
カオスな雰囲気の控室に現れたのは、コンビニ袋を下げた先生だった。
「マスターが緊張しているというので、それを解きほぐしている。1103、1109」
「だからって素数を数えるとか……一周回って余裕アリアリなんじゃないデスか? 1117、1123デス」
「見てください、先生さんっ! 真理の格好はどこもおかしくないですよねっ!」
「1129、はいはい愛宕はいつも通りデス。1151、1153デス」
「え、えっと……1157?」
「葛城、1157は13で割り切れるデス。次は1163デスね」
「なんで先生は普通に素数を暗算できてるんですか……」
「そりゃあ私は超絶天才デスからね! 1171デス!」
「そ、それより先生〜? 吹雪ちゃんと叢雲ちゃん見ませんでした〜?」
「三十分ほど前からいない。二人はおそらく買い出しに出掛けたものと推測される。518059」
「うん? いや私は見てないデスね。518083デス。少なくともコンビニにはいなかったデスよ。518099デス」
「む……518101」
「518113、518123デス。ふっふっふっ〜、どうしたデスか? ドールの暗算能力はこんなもんデスか〜?」
6桁の素数合戦を始めたフレイスヴェルグと先生を遠目に、真理と美空はスマートフォンで吹雪を呼び出そうかと思い始めた頃。控室の扉が勢いよく開かれた。
「たっだいま~! 美空、真理センパイ! ほらっ、美味しそうなを買ってきましたー!」
「まったく……いつまでも選んでるからこんな時間になっちゃったじゃないの!」
「えぇ〜? でも腹が減っては戦はできぬって言うじゃない? あれ、みんなどうしたの?」
こういう時に意外と緊張してそうな吹雪が、予想とは裏腹に普段どおり振る舞っているのを見て思わずポカンとする一同。決して無理をしているでもなく、かといってから元気でもなく、心の底からいつもの吹雪なのだ。
「いや、吹雪さん……緊張してないんですか?」
「そ、そうよ〜。私なんか、ほら、手の震えが止まらないわ〜」
「うーん?」
「ふむ。叢雲はともかく、マスターである吹雪が動揺してないのは想定と異なる結果。これは早急に原因を調べなくてはならない。715073」
「715087、715109デス。まー、吹雪のことデスからね。そういうとこ鈍いだけなんじゃないデスか?」
「凄いです、吹雪さんっ! この大舞台に動じてないなんてっ! ほら、真理も見習って!」
「吹雪ちゃん、ネットとかSNS見てないのかしら〜? BDG関連の話題はブロッサムメイツと黒風白雨の事でいっぱいよ〜?」
テーブルの上に買ってきたらしい屋台のパックやポリ袋をドサリと置き、吹雪は少しはにかみながら振り向く。
「あー、えっとね……? 緊張はしてるんだけど……」
「ほら、吹雪。こいつらにビシッと言ってやんなさいな」
「あ、うん、叢雲。確かにこれから決勝戦だし、相手はシューちゃん達だし、ネット中継なんかで全国配信されるってのは分かってるんだけどね? ほら、私ってば叢雲のマスターじゃない? だったらさ、堂々としてなきゃって思ってるだけだよ」
少し照れたような表情をする吹雪と、「フフン、どうよ? コイツが私のマスターよ?」とでも言わんばかりのドヤ顔をかます叢雲。それとは反対に、静まり返る室内。
少しの沈黙の後、二人以外の全員が一斉にため息を吐く。
「ハァ……吹雪はこういう奴だったデスね」
「でも、吹雪さんと叢雲さんらしいです。うん」
「……そうよね〜、マスターの私達があたふたしてたら、アルテミス達までかっこ悪く見られちゃうわね〜」
「えっ?! なに、私ヘンな事を言っちゃった?!」
「ちょっと吹雪! アンタが普段からだらしないからこういう時も呆れられるのよ!」
「まぁまぁ叢雲さん。でもお二人は素晴らしいマスターとドールですねっ!」
「……なるほど、こうして副交感神経優位させる手法もあると……ヴェルグちゃんは一つ学習した。715123」
「いや、こんなの参考になんないデス。さっさとその情報をゴミ箱にシューッ!しとくデス。715151、715153」
「先生、いつまで素数数えてるんですか……ヴェルグもやめなさい」
「むう。その気になればもっと桁数増やしても大丈夫デスのに……ま、とにかく、変に緊張しても普段の実力が出せないのはその通りデス。吹雪にみたいにちょっとは堂々としてる方が画面写りが良いデスよ」
「あら、何か盛り上がってるわね」
と、いつの間にか控室の扉には生徒会長・成実直子が立っていた。
「あ、生徒会長! お疲れ様です!」
「生徒会長~、どこに行ってたんですか~? 昨日の試合の後、すぐに帰ったって聞きましたけど~?」
「ええ、その事でね……」
直子はカバンから自身のタブレットを取り出し、なにやらアプリを起動させる。どうやらビデオチャットアプリのようで、画面の向こうに誰かがスタンバイしているようだ。
『……あ、繋がった? おーい、神代さん、葛城さん? 聞こえる~?』
「え、あれ? クラスのみんな?!」
そこに映っていたのは吹雪たちのクラスメイトだった。夏休みのはずなのにかなりの人数が学校の教室に集まっているらしく、画面の向こうは一斉に喋って何がなにやら聞き取れないほどだ。
「あなた達が決勝戦進出決まったことをね、学校の皆に伝えたのよ。こういう時こそ生徒会長の出番でしょう?」
そこまで言うと直子は吹雪たちにしか聞こえないよう、小さな声で続ける。
(廃校の件は皆に伏せているの。変に勘ぐられても困るしね)
(わかりました~。噂としては広まっているけど、まだ正式に発表されたわけじゃないですもんね~)
吹雪たちの高校が廃校となる候補に上がっているというのは、世間的にはまだまだ噂の段階だ。一時は校内もその話題でもちきりにもなったが、他の生徒に本来の目的を話してむやみに心配させる必要はないというのが生徒会長、直子の判断だ。
『これから決勝戦なんでしょ? 凄いじゃん!』
『ちょっと、BDGやってるなら私にも教えてよ! 今度対戦しよ!』
『今日、ここに来れない人もネット配信見てるよ~! 頑張ってよね!』
「わぁ……みんな、ありがとう! 私、絶対ぜったい勝つからね!」
「神代さん、全部あなたの頑張りのお陰よ」
「え? 私の? いやいや、私は何もしてませんって!」
「何言ってるの。あの時、私に啖呵きってみせたじゃないの。『必ず優勝してみせる』って。私もその強い意思に動かされた一人なんだから。だから、絶対に優勝して頂戴よ? 私たちの学校を廃校にさせない為にも」
「生徒会長……」
クラスメイトの応援と期待を背負い、生徒会長の激励ももらった。吹雪は身体の奥から暖かいものを感じ、不思議とやる気がみなぎってくるような気がした。
「美空、真理センパイ!」
「はい」
「ええ~」
「ヴェルグちゃん、アルテミスちゃん!」
「……」(コクリ)
「はいっ!」
「……叢雲!」
「はいはい」
「絶対に……勝つよ!」
刻々と決勝戦の時間は近づいてくる。
泣いても笑っても次の一戦ですべてが決まる。黒風白雨に勝つために、そして学校を廃校の危機から救うために。




