36-2
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「ねぇ、ブッキーはさ……?」
「ん? なーに?」
ひとしきり陽炎の頭をなでた後、マスター同士で話し合う吹雪と秋華。
「ブッキーはさ、なんでこの大会に出場しようと思ったの?」
「え? 私? えーとね……」
吹雪は事の顛末を何から話すかを一瞬だけ考え、そして短く答えた。
「一番は、勝ちたい……から、かな?」
「勝ちたい?」
「そ、叢雲と一緒に……ブロッサムメイツの皆と一緒に、バトルで勝ちたいから。対戦相手のマスターがどんな作戦でくるか、どんなドールと戦えるのか、それを考えるとね、とっても楽しいんだ!」
その顔は心の底から楽しいという気持ちが溢れてくるようだ。少なくとも、秋華にはそう感じられた。
「あ、負けるときもあるんだけど、そしたら何がいけなかったのか話し合ったり、次はどう指示すれば勝てるかな?って……誰かと過ごせるそういう時間がね、すっごく大事な事だと思うんだ!」
もともと、BDG東日本大会に出場するのはあくまで手段だった。吹雪たちの通う高校が廃校になるかもしれない、そんな未来を回避するためには何かしら実績を作り、入学希望者を増やし、そうしたことの積み重ねによって『あの学校を廃校させるのは惜しい』と思わせれば。
少なくとも、廃校対象から外れることができれば。そう思って大会に出場したのだ。
「最初はね、叢雲も強いし、美空や真理センパイ……あ、チームの仲間なんだけどね? みんなも強くて、これなら私、大会優勝も出来るって思ったんだ。でもさ、やっぱり他のチームも強くて強くて、何度も負けちゃう!ってなったんだ! あはは、当たり前だよね。みんな、優勝するために大会に出るんだもん」
優勝するために大会に出る。その言葉に、秋華の心にちくりとしたものが刺さる。しかし、当の吹雪は全く気にしてないようだったのは、どこか彼女らしいとも思えてしまう。
「でもね? その度に私は叢雲に助けられたんだ。叢雲はいつも前を向いてて、自信たっぷりで……ちょっと偉そうなんだけど、それも叢雲らしいって。そしたらさ、そんな叢雲のマスターの私ももっと頑張らなくちゃってなるんだ。叢雲と一緒に勝ちたい! ……それって、ちょっと変、かな?」
「……ううん。全然変じゃないわ。だって、私も同じだもの」
「シューちゃんも?」
「うん、私も……私も、陽炎と一緒にバトルに勝ちたい。勝って勝って、陽炎が一番強いって、皆に知らしめたいの」
そう話す秋華の目は真っ直ぐ、だが、どこか自信なさげに吹雪の目には映った。
「ならさ、陽炎ちゃんを信じようよ」
「え?」
「ほら、私達マスターの仕事ってさ? 武装を作ったり、作戦を練ったりするけど……バトル中はただ指示を出すだけじゃない?」
「臨機応変な作戦はマスターの資質の一つだけど……確かに見てて歯痒い思いをする時もあるわね」
「うん、作戦はこれで良かったのかな、もっと武装をメンテ出来なかったのかな、とか思っちゃうよね。でも結局はさ、戦ってるドールを……叢雲を信じて見てるしかないんだよね」
信じる。その言葉だけを見れば何も出来ないマスターの無力さにも聞こえてしまう。あるいは、思考する事を放棄してしまった言い訳だ。
だが、吹雪の目は、表情は、声色は、決してそのどちらでも無かった。
「……はぁ、私にはブッキーの能天気さがたまに羨ましくなるよ」
「えぇ?! 人が真剣な話してるのに、それはヒドくない?!」
「あはは、ゴメンゴメン。でも……そうだね、ブッキーの言うとおりかも。陽炎を信じる……か」
少し離れた所で叢雲と何か話している陽炎を見つめる秋華。その表情は、いくぶんか柔らかいものとなっていた。
「あ、でもでも! 私と叢雲の信頼関係はものすごいんだから! いくらシューちゃんでもこればっかりは勝てないんじゃないかなー!」
「む。言っておくけどね、ブッキー。私と陽炎の絆もそりゃあ凄いんだから。アレよ、いわゆる阿吽の呼吸ってやつよ!」
「えぇ〜? 本当に〜? 私と叢雲の方がずっっっと凄いけどね!」
「……それに、陽炎の方が可愛くて気配りが出来て、一緒にいて安心できるわ。こればっかりは……ね?」
「あ、そういう事言うかなー?! ふ、ふーんだ、ウチの叢雲なんかちょっとエラそうで、怒りっぽくて、暇さえあればマンガ読むばっかりで、私が部屋の掃除をサボるとすぐに文句を言ってくるし……あれ?」
「……全部ダメな所じゃない」
「ぷっ……あはは!」
「もう、ブッキーたら……ふふっ」
二人は一緒になって笑い合う。小学校以来の幼馴染みは、いつの間にかあの頃と同じように話せるようになっていた。もっとも、知らずのうちに距離を置いていたのは秋華自身だと、後に気づくのだが。
* * *
「…………」
「アンタ、ほんっとうに無口ね……」
吹雪と秋華が二人して話をしている少し向こう、ベンチの上では陽炎と叢雲が黄昏時の空を見上げていた。東の空に昇り始めた月は、まだ不完全な円をしているものの、その存在感を見せつけるように輝いている。
「……貴女は……少し口喧しい」
「それ、喧嘩売ってるつもりかしら? 良いわよ、言い値で買ってや……」
「私は……それが少し……不思議に思える」
「はぁ?」
陽炎の言わんとする事が理解できない叢雲はつい、口をぽかんと開けてしまう。そんな事はお構いなしといわんばかりに、陽炎は太陽の残す朱と夜の群青が混じり合う境界線をぼんやりと眺めていた。
「……ドールは、マスターの指示に従うのが当たり前」
「当たり前って、アンタねぇ……」
「……ドールの個性はプリセットの物から、マスターが個人で製作する場合もある。趣味や嗜好をインプットすることで、まるで人間同様、様々な人格を作ることが出来る。しかし、あくまでドールは……マスターの指示に従うもの」
貴女のように、マスターと口喧嘩するドールは珍しい。そう、陽炎は呟いた。
元来、対話型玩具として開発された経緯を持つドールの人格プログラムではあるが、その複雑な感情プロセスや思考リソースは驚くほど発展進化しているとされる。もはや生きている人間と見劣りしないレベルだと思わせるほどだ。
しかし、それはあくまで表面的なもの。その根底にはおもちゃとして逸脱しないよう、メーカーによって思考に制限が掛けられているというのが通説なのだ。
「アンタって、基本的な事が分かってないわねぇ」
何を言ってるんだ、お前は。そんな顔で、叢雲は呆れかえっている。
「いい? マスターっていうのはね、私たちドールの言うことを聞く存在なのよ!」
「…………は?」
「当たり前でしょう? あいつらの代わりに身体張ってバトルしてあげてるんだから、吹雪が私に奉仕するのは当然だし、それでようやく対等な存在になるってものよ!」
「……何を言っているのか、理解できない」
「まぁ、分からなくても仕方ないわ。アンタみたいな、マスターの言うことだけを素直に聞いているだけの奴にはね」
「それ、は……どういう意味?」
「言葉通りよ。マスターの指示だけ聞いて、自分自身で考える事を止めちゃったら……それはもう、ただのゲーム機や電卓と同じよ。でも、私は自分で思考することが出来るし、アンタもそうでしょう?」
「…………理解は、出来る。でも……」
「でも、じゃない。アンタ、ひょっとしてマスターに口ごたえの一つもしたこと無いんでしょ? 一回くらい、反抗したほうがよっぽど健全ってものだわ」
そう言ってのける叢雲の表情は、悪戯っぽく微笑んでいる。
「それにねぇ、マスターとドールなんて、喧嘩の一つや二つくらいしてこそ背中を預けられる相棒になるってものよ。覚えておきなさい」
「相……棒……」
夜の風が、少し生暖かい空気を運んでくる。しかし、陽炎にはその風が妙に心地よく感じられた。
目の前にいる、この青みがかった銀髪を風になびかせたドールの言っていることは殆どが理解し難いが、それでも陽炎のAIはそれが不快ではなかった。
「ま、アンタとアンタのマスターの関係性なんて私にはどうでもいいわ。それと明日の決勝戦、勝つのは私たちだもの」
「……予選大会ではボロボロに負けたくせに」
「……やっぱりアンタ、喧嘩売ってるわね? 売ってるわよね?! いいわ、今ここで決着をつけてやろうじゃないの!」
「ふふ……」
「何笑ってんのよ! むきぃ~!」
次第に月が高くなってくる。
決戦の時が近づいてくる中、二人のマスターと二人のドールはお互いの立場を忘れて交流を深めるのであった。




