第三十六話「バッ、バカなこと言ってんじゃないわよ!」
第三十六話
「うー……ん!」
思い切り伸びをし、凝った背中と肩をほぐす。
「ちょっと、やめてよね。何だか年寄りくさいわよ」
「と、年寄りって……叢雲、それは酷くない?」
吹雪と叢雲は明日の決勝戦――――黒風白雨との戦い――――に備えた作戦会議の後、気分転換に会場の外を散歩していた。
いつの間にか外は日が傾きかけ、辺りは夕日の赤にすっかり染まっていた。この夏の季節とはいえ、お盆前になると気のせいか日の入りが早くなった気がする。
昼に比べるといくらか気温は下がっているが、それでも残っている熱気と湿気が吹雪の頬を撫でた。少し歩いただけだが、少し汗ばんでくるのが分かる。
「いやぁ、やっぱりこの時間でも暑いねー。そういえば、叢雲は暑さとか寒さって感じるの?」
「私? 一応暑い寒いくらいは分かるんだけどドールはたぶん、あんたたち人間ほど気温や温度に敏感じゃないわね。ただ……」
「ただ?」
「あんまり暑いとプロセッサーが熱でやられてグワングワンする感じになっちゃうわね。人間で言う熱中症かしら」
「おおう……温度管理には気をつけないと……」
そんな他愛のない会話が続く。周囲は人の影もまばら。オフィス街が近くにあるせいなのか、ビルの窓にはまだ明かりがいくつか灯っている。
ふと、吹雪は大会会場の方を見た。入り口ホールは既に締め切られているが、そのガラス張りの向こうには何か作業をしている人影がいくつか見える。恐らく、明日の決勝戦の為に最後のセッティングが行われているのだろう。
「ちょっと、いきなり立ち止まってどうしたのよ」
「え? ああ、ごめんごめん……」
会場の外の、ちょっとした広場になっているところにあるベンチに座り、その横に叢雲も座らせた。街灯の明かりと、夕焼けとが混じり合い不思議な色合いが広がっている。
「いやさ、叢雲と出会ってからまだ四ヶ月とちょっとしか経ってないし、その私がBDGの大会で決勝戦に出るんだよ? なんだか不思議な感じがしちゃって……」
「あんた、本当に年寄りくさいわよ……」
それに、と叢雲は続ける。
「今からそんなやりきって燃え尽きた感を出してんじゃないわよ。この私のマスターたるもの、大会優勝は当たり前だし、もっと自信をもって堂々として欲しいものだわ」
「あはは……そんな感じのこと、最初の頃も言ってたよね。でも……うん、私は叢雲のマスターだもん。もっとしっかりしなきゃね!」
「フン、その調子でがんばなさいな。その代わり、私が勝利の二文字をもぎ取ってきてあげるわ」
吹雪と叢雲は互いに見つめあい、そして思わず吹き出してしまう。少し頼りなかったマスターは堂々と胸を張り、自分勝手だったドールは周囲を省みる事が出来るようになった。その事が、身体いっぱいに心地よく感じられる。
「え、あれ? ブッキー……?」
声の方を見ると、そこには。
「あ、シューちゃん! 陽炎ちゃんも!」
黒風白雨の八雲秋華――――幼なじみの吹雪とはブッキーとシューちゃんで呼び合う仲の――――が、自身のドール・陽炎と居た。
「シューちゃん、こんな所で何してるの? あ、準決勝突破おめでとう!」
「いや、ブッキーも準決勝戦勝ってるじゃない…………私はちょっと……散歩。武装のメンテもやったし、後は明日になるのを待つだけなんだけど……どうにもホテルの部屋が落ち着かなくて」
予選大会で久しぶりの再開の折、秋華は吹雪にキツく当たってしまった時のことを密かに思い出してしまい、少しバツの悪そうにしている。
しかし、吹雪はそんなことすっかり忘れてしまったのか、普段どおり屈託のない笑顔を見せた。それが却って、秋華の視線を逸れさせてしまう。
「あら、随分と余裕を見せつけてくれるわね。新進気鋭の黒風白雨サマともなると、明日の決勝戦は楽勝なのかしら?」
相変わらずの態度で叢雲が秋華に突っかかる。吹雪はたしなめようとしたが、意外なところから口が挟まれた。
「……それは挑発のつもり?」
「あんた陽炎っていったっけ? そう聞こえたのなら、正解よ」
「…………っ!」
「はいはい、陽炎落ち着いて。それにしても驚いたわ、ブッキーのドール……高度な皮肉も言えるなんて……どんなプログラム入れたのよ。それともこれも学習の成果?」
叢雲のやけに人間臭い仕草と言動に、思わず秋華は興味を惹かれてしまう。ドールのAIはあくまで人間を模倣しているものであるわけだが、叢雲のソレがまさに人間と遜色ないレベルで受け答えをしているのは驚嘆すべき事だ。
「あ、あははは……そこは企業秘密ってことで……」
「ああ、そう言えばこのドール、確か第一世代だったわね。そうなると結構な経験値を積んでる事になるし……」
「ちょっと、私の名前は叢雲よ! そんなドールだなんて安っぽく呼ばないでちょうだいな!」
「うーん、これは相当中身弄ってるわねー。凄いわ、ブッキー。いつの間にバトルドール極めちゃったのよ?」
「私を無視するとはいい度胸ね! 明日と言わず、ここで決着をつけてあげようかしら?!」
「……マスターを害するつもりなら……容赦しない……」
「わー! 叢雲、そんなにカッカしないで! ほらステイッ!」
「なに犬扱いしてんのよっ?!」
「あははは……ブッキーと叢雲、二人とも仲が良いんだね」
「えへへ~そうかな?」「どこがよ?!」
二人の声が同時に響き、思わず秋華はその目をぱちくりとさせる。そしてその様子をムスッとした表情で見つめる陽炎を優しく抱きかかえた。
「なんか、そういうの良いよね……。ドールの行動や受け答えってさ、本当はプログラムの組み合わせの筈なんだけど……本当に生きてるように感じるしさ?」
「ふぇ?」
「いや、だからさ……」
「叢雲は叢雲だし、陽炎ちゃんは陽炎ちゃんだよ。私にはプログラムとか難しい事は分かんないけどさ、そういうの関係なしにこうしてお話して遊べるんなら……それで良いんじゃない?」
「…………」
「はぁ……吹雪はこういう奴なのよ。能天気というか、なんというか……」
「……うん、そうだね。ブッキーは昔からそうだった」
「え? なんか私、ばかにされてない???」
やれやれと肩をすくめる叢雲に、頬をぷくっと膨らませる吹雪。そしてそれを柔らかい笑顔で見守る秋華。
「……マスター」
「ん? どうしたのよ陽炎」
「…………」
無言で秋華の顔を見上げる陽炎。その表情の薄い顔は、何を訴えているのか。
「あ、きっと陽炎ちゃんはシューちゃんに甘えたいんだよ。ほら、頭をなでてあげたら?」
「え? え?」
「…………」
言われてみれば、確かに陽炎は頭をなでて欲しそうな感じが……しないでもない。
「こ、こんな感じで……いいのかしら?」
「…………」
どことなく、陽炎は満足気な様子で頭部をなされるがままにしている。秋華は秋華で、まるで繊細なガラス細工に触れるかのような面持ちで、おっかなびっくりといった様子でなで続けるのだった。
「な、なんか……不思議な光景ね……」
「なぁにぃ~? 叢雲も頭なでてあげようか~?」
「バッ、バカなこと言ってんじゃないわよ!」




