第三十五話「何よそれ、殆ど反則なんじゃない? 今からでも運営に抗議してきなさいな」
第三十五話
古代ローマを思わせる円形闘技場。少し朽ちかけた大理石の塀や壁に囲まれた砂地の闘技場に、風が舞う。
「ちょいちょいちょーい! いい加減作戦って決まった? 決まった?! 結構ヤバみで溢れてるんですけどー!」
縦横無尽に空を駆けるのはスラスターを全開にした不知火[天津風]だ。序盤の攻撃でウケたダメージで普段通りとまではいかなくても、大型ウイングと巧みなスラスター噴射角によって相手に狙いをつけさせない機動を取る。
「むぅ……小癪な! いい、あいつは後回しだ!」
「アトロポス、先にあの大剣使いと重火器の方を片付けろ!」
「承知! こちらのエネルギーは未だ余裕あり!」
絢爛豪華、それでいて実用性も兼ねた中世の騎士を思わせる重装甲を纏ったナイツ・オブ・グローリー。巨大な盾を構えた二人のドール、クロートーとラケシスはその後ろで大弓を構えたアトロポスを護るように立ちはだかる。
その防御力と接近戦の強さで勇名を馳せるナイツ・オブ・グローリー。本来の彼女たちはその見た目通り、さながら中世の騎士よろしく大剣やハルバード、長槍などを装備した本格的な接近戦主体を得意とするチームなのだ。その重装甲で敵の攻撃を弾き、圧倒的な戦闘力で相手をねじ伏せる。そのパワースタイルがファンに人気の、ある種では正統派なチームと言えた。
『クロートー、ラケシス! 守りを固めて! 黒風白雨の攻撃を完全に防ぎ切るのよ!』
「イエス、マスター!」
そんな彼女らが黒風白雨対策のためだけに、普段とは異なるスタイルで挑むこの準決勝。顔には出さないが、並々ならぬ決意の表れともいえるだろう。
「勝つのは……我等だッ!」
* * *
『まずは黒潮、お願いね!』
「ふふふ、承ったわ。ナイツ・オブ・グローリーに目に物見せてあげましょうか」
秋華の合図で黒潮[野分]は全身のミサイルコンテナを起動する。もうだいぶ弾薬を消費してしまったが、まだ一撃を加えるぶんにはなんとかなりそうだ。
無数のミサイルが白煙を曳きながら空へと舞い上がる。その軌道は緩やかなカーブを描き、ナイツ・オブ・グローリーへと向かっていく。
「そのような攻撃、我らが鉄壁を崩すには足らん!」
クロートーががなり立てるが、しかしミサイル群は彼女らのすぐ手前へと着弾した。これでは重装甲にキズも付かないだろう。
「む……?! 煙幕のつもりか?!」
ラケシスが盾の横から周囲を伺う。爆発によって巻き上がった砂埃は濃霧のように辺りの視界をほとんど奪ってしまった。
『今よ、陽炎! 不知火もスタンバって!』
「命令を受諾」
「りょ〜! しっかし、この作戦パなくね???」
そこには、いつの間にかお互いのユニットを換装した二人が。
高機動環境ユニットを装備した陽炎[天津風]がスラスターの推力を全開にし、上空へと飛翔する。ダメージのせいか、ウイングやそれを支えるフレームに尋常ではない負荷と振動が奔るが、しかし陽炎[天津風]は少しも速度を緩めない。
『おおーっと?! これはどうしたことか〜?! 陽炎選手、このままでは場外になってしまうぞー?!』
実況のバト子ちゃんも思わず叫ぶほどに、今の陽炎[天津風]はフィールド上空、場外判定ギリギリの高さまで到達していた。バトルフィールド自体は円形をしているが、高さ方向には大きなドーム状となっており、その中央部、最も高い位置に彼女は停止した。
「予定の硬度へ到達。予測通り、敵の迎撃は無し」
あまりの高さに、狙いを付けようとしたアトロポスも弓矢を下ろしてしまう。本来、接近戦主体の彼女らは専用の射撃システムを備えておらず、これほどの高さと距離を正確に狙う事が出来ないのだ。
『陽炎……イチかバチかの賭けだけど……やってくれる?』
「……」
『陽炎?』
「たとえ成功確率が低くても、私がなんとかする。マスターはそこで見ていて」
表情の薄い陽炎は僅かに口角を持ち上げると、その身を翻して一気に降下し始めた。
「不知火、タイミングを合わせて」
「アゲアゲでいっくよー!」
凄まじい速度で落下する陽炎[天津風]の全身が光り始め、それと同時に地上で待機していた不知火[嵐]も同様に光りだす。すると、彼女らが纏っていたユニットや装甲が剥がれるように分離していくではないか。
不知火の[嵐]ユニットは上空へ、陽炎の[天津風]ユニットは地上へ。それぞれ陽炎と不知火は空と地上でお互いのユニットを交換したのだ。
「なんのつもりかは知らぬが、そのままでは地面に叩きつけられるのみよ!」
落下してくる陽炎[嵐]を迎え撃つべく、その巨大な盾を持ち上げるクロートーとラケシス。もちろん、地上にいる黒潮[野分]の攻撃を受けないよう、抜かりなく見張っている。
「……狙うは、一点」
急降下しながらも陽炎[嵐]はユニット装備の大剣を抜き放ち、刀身にビーム刃を展開させる。そして姿勢制御用の小型スラスターを細かく吹かし、落下地点の微調整に入った。
彼女が狙っているのは、クロートーの大盾。その中央、やや上。そこには複合兵装・初風のレールガン最大出力でも貫けなかった弾痕が。
『いけぇ! 陽炎!』
「ッ……!」
鋭いビーム刃と、盾がぶつかり合う。
[天津風]ユニットのスラスター全開によって得た自然落下を上回る速度、陽炎自身の質量、そしてもはやエネルギーの殆どを大剣のビーム出力に回した一点突破。
その威力は並のドールであれば、一撃で撃破できるほど。
「ぐうううぅ……!」
「はあぁぁぁ!」
切っ先が盾に食い込む。レールガンの一撃は貫通せずとも、盾表面を大きくえぐり、本来の防御力を損なわせている。陽炎[嵐]は突撃用のブースターも点火し、さらに推力と衝撃力を高めていく。
「クロートー! 今、援護するぞ!」
「そーはさせないのが私たちのおシゴト〜!」
「あなた達はお姉さんの相手をしててねー?」
無防備な陽炎[嵐]を叩き落とそうとするラケシスとアトロポス。しかし、それを不知火[天津風]と黒潮[野分]が邪魔をする。
「うらうらー! この不知火サマを舐めんじゃね~!」
「くっ……! この、鬱陶しいハエめが!」
二丁の初風が火を吹く。最大ではなく、ほどほどの出力で加速弾体を連射していくのだが、その狙いはラケシスの後ろに隠れているアトロポスだ。ラケシスはその盾でどうにか銃撃を防いでいくが、二人はその周囲を駆け回ってその背後に回ろうとする。
「まずい、あいつらアトロポスの装甲が薄い事に気付いているぞ!」
「そりゃあねw そんだけ大事に守ってりゃ嫌でも分かるし!」
「余所見はいけませんよ~!」
一瞬の隙を突いた黒潮[野分]が放った一発はラケシスのすぐ真横を通り過ぎ――――
「ぐあっ!」
加速弾体はアトロポスの左腕に命中し、思わず大弓を落としてしまった。見ればその命中した腕は装甲に穴が空いており、本来は堅牢で有名なナイツ・オブ・グローリーらしくない防御力だ。
「あらあら、本当に限界まで装甲削ってらしたんですねぇ」
「だってこんなにパネェ盾二つも担いでたら、そりゃコストもオーバーしちゃうってもんよ。マジヤベェw」
「こ、このォ……!」
それまでの尊大な態度から一転、アトロポスの表情は悔しさに満ちていく。黒風白雨対策の大盾と大弓だが、これほどの防御力を実現させたのはその武装コストの大半をつぎ込んでいるからである。まともな武器がアトロポスの大弓の他に、クロートーとラケシスが短槍しか持っていないことからも明らかだ。
序盤から作戦通りに優勢を保っていたはずが、ここに来て押され始めている。しかし、それ以上に彼女のAIをざわつかせているのは黒風白雨の眼だ。ひどく挑戦的で、生意気で、諦めてない――――そう、諦めてない眼だ。
「その眼を……やめろォ!」
こんなチームではなかったハズだ。データ検証用の動画では、もっと淡々と戦い、そして勝つことが当たり前というような顔をしていたハズだ。それが、どうして。
「フン、知らねぇし! お前らはそこで大人しくしとけし!」
「陽炎、思いっきりやってあげなさい!」
チームメイトの声に応えるように、陽炎[嵐]はさらにブースター出力を上げていった。




