第三十二話「よし決めたわ。あんたを倒すのは最後にしてあげる」
第三十二話
試合開始を告げるブザーが聞こえたと同時に叢雲は青白く光るエントリーデッキから飛び出す。まず最初に見えたのは、一面の緑色。
「今回は森林ステージね。障害物が多くて面倒だわ……」
森林ステージはその名の通り、バトルフィールドの殆どが木々で覆われている。中央からやや外れたところに湖がある以外は平坦な地形が広がるのだが、空でも飛ばない限りは森林で視界が遮られて遠距離攻撃が難しいという、やや上級者向けと言えるステージだ。
「あー、たしかに私の武装だとこのステージはちょっと辛いですね……辺り一帯を吹き飛ばしちゃいます?」
「戦略上必要があればその選択も視野に入れるべき……でも今はまだその段階にない。つまり」
「つまり?」
「弾薬が勿体ないからまずはヴェルグちゃんが偵察してくる」
そう言うなりフレイスヴェルグはウイングを展開し、いつものように空高く飛び上がろうとした。だが。
「…………?!」
何を思ったか、フレイスヴェルグは木々のてっぺんから頭が出るかどうかというタイミングで突如、スラスターを逆噴射、さらにはウイングのフラップを展開して急制動を掛ける。そしてくるりと宙返りを打って再び地上へと舞い戻ってきた。
「どうしたの、どこか調子でも悪いのかしら?」
「……これはまずい。既に捕捉されている」
「はぁ?」
口で説明するより早いとばかりに、フレイスヴェルグは上空へと偵察用ドローン・ミーミルの眼を一機打ち上げる。と、数秒もしないうちにそのドローンは破裂するように破壊されてしまった。
「……狙撃ですかっ?!」
「あー、そういえばスナイパーが二人もいるって話だったわね。厄介な……!」
「相手はヴェルグちゃんが空から偵察するのを警戒している。この様子だと上空はほとんど全域が封鎖されてしまったに違いない」
相手チーム・レベヂィーノエ・オーゼロの作戦は恐らく、空から索敵できるフレイスヴェルグを封じつつ、この森林ステージの特性を生かしたゲリラ戦を仕掛けるのではないか。武装から察するに、シュエットと呼ばれるドールが上空封鎖、機動力に優れるオデットと支援射撃を得意とするオディールという組み合わせというのは容易に予測できる。
「なんて言ってる間に……来たわよ!」
鬱蒼とした森の向こう、叢雲は天之叢雲剣を構える。闇のように静かだが、アルテミスもフレイスヴェルグも何かを感じ取ったようで、それぞれ得物を構えてその時に備える。
『叢雲、後ろ! 切り払って!』
「それくらい分かってるっての、吹雪!」
警戒していた前方から銃声がした瞬間、吹雪の声を聞く前に叢雲はとっさに後方へと剣を振るう。そこには音もなく忍び寄っていた一人のドールが。
白いゴスロリドレスの裾をひらひらとはためかせ、そのドール・オデットが恐るべき速度で蹴りを繰り出してくる。そのつま先には鋭利な仕込みナイフが飛び出しており、巧みな足技で叢雲の剣と対等以上に渡り合うではないか。
「ふん、コソコソ隠れちゃって! 不意打ちしかできないようね!」
「この程度のバックアタック、対処できる程度には実力がお有りのようですね」
オデットは逆立ちの状態からさらに連撃を放ってくる。カポエイラ主体の蹴りが得意というだけあって、その変則的な軌道の蹴りはさしもの叢雲も捌くだけで手一杯だ。
『アルテミス~、ここは一旦引くわよ~』
「ええっ?! 今退却すれば後ろから狙われますよ! 今は逆に相手をあぶり出すのが先決ですっ!」
『そんなこと言っても無理よ~! いいから早く撤退~! 多少の被弾はへっちゃらでしょう~!』
真理からの指示はこの場からの撤退、確かにこの森のどこから狙撃されるか分からない今、迂闊に攻勢へと転じるのは難しいだろう。だが、アルテミスは両足を少し開きミサイルコンテナのハッチを展開した。
「アルテミス、ここは……」
「ヴェルグちゃんさんは周囲の警戒をっ! 私が一帯を焼き払いますのでっ!」
「ええー……」
『もう、アルテミスの分からず屋~!』
止める間もなく無数のミサイルが白煙を引きながら飛翔していく。一度急上昇した後、噴水の水のように放射状へと広がったミサイル群はアルテミスを中心にした同心円状に着弾した。一発の威力は控えめだが、木のオブジェクトを吹き飛ばす程度であればこれで十分。生い茂った木々の隙間を抜けて狙撃するため、あまり遠くには潜伏していないとアルテミスは踏んだのだ。
爆風によって吹き飛ばされた樹木の類がモザイク状のデータに変わり、一瞬に消え去る。ブロッサムメイツのいる地点は少しばかりの広場へと変貌するも、しかしその見通しの悪さはあまり変わらない。
「……居ました。三時の方向、さらに移動中」
本来、味方の支援に特化しているフレイスヴェルグの索敵能力は並のドールを上回る。この爆風と木々の遮りの中、森を疾駆するドールの反応をしっかりと捉えたのだ。
「あのヒラヒラしたドレスでこの森の中をよく走る。それに移動中もこちらへの攻撃タイミングを伺っている……相手チームは想像以上に厄介とヴェルグちゃんは判断」
「居場所さえ分かれば私が撃ち抜きます! ヴェルグちゃんさん、データリンクをっ!」
アルテミスはフレイスヴェルグと情報共有し、相手ドールの位置情報を参照する。この距離であれば、オリオンボウ・スナイパーモードの最大出力で障害物となる木ごと相手を攻撃できるはずだ。
「撃ちます――――きゃあっ?!」
突然、アルテミスの右肩装甲が弾けた。しかし叢雲と相対しているオデットは勿論、森の中を逃げ回っているスナイパーが反撃してきたとは考えづらい。
「狙撃と判断。しかし銃声は認められず。アルテミス、ダメージは?」
「イタタ……いえ、これくらい軽傷です。って、あっ?!」
「同意、反応をロストした。恐らく、もうひとりのスナイパーが超遠距離から狙撃した隙に隠れたと思われる」
「うぐぐ……!」
的確なチームワークも見事だが、それ以上に驚くべきはこの狙撃距離と言える。銃声が聞こえない程の遠距離、そしてこの鬱蒼と生い茂る木々の間を抜けてこのスナイパーは狙撃してきたのだ。それも、オリオンボウのような貫通性の高いビーム弾ではなく実体弾で、だ。まさに針の穴を通すような技術と索敵能力にアルテミスのAIはぞわりとしたものを感じる。
『だから言ったでしょう~! アルテミス、いいから早くそこから逃げなさい~!』
「むっ! そんなこと言っても、逃げるったってどこにですか真理!」
『それは~……あれよ、どこか良い隠れ場所が~』
『真理先輩、落ち着いてください。この森林ステージは樹木以外に大きな障害物は殆どありませんし、地形もほぼなだらかで隠れられるような場所はありません』
『そ、そうはいっても~美空ちゃん、どうしたらいいの~?』
「ほら、真理は適当な指示出してたんですよ! もう!」
『な、何よ~!』
真理とアルテミスがケンカをしている最中、再び銃弾が。今度は銃声が聞こえたことから、先程反応をロストした方のスナイパーだろう。
「ああもう! やっぱりここら一帯を全部吹き飛ばしましょうっ!」
『だから~! そんなことしても戦況は変わらないでしょう~!』




