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第7話 兄妹公言

 カーテンの隙間から、白々とした朝の光が差し込んでくる。

 机の上の時計は、すでに午前六時を回っていた。


「……し、しんどすぎる……」


 昨日、あれから寝られるわけもなく。

 二晩連続の徹夜となった。

 身体が鉛のように重い。頭はぼんやりと霞み、目の奥が熱い。

 心身ともに限界を迎え、魂が口から抜けかけていた。


 しかし、隣を見れば。すやすやと、微かな寝息を立てている城崎さんがいる。

 学校で見せるあのトゲトゲしい表情が嘘のように、穏やかで、あどけない寝顔だ。


(よく寝られるよな……)


 普通男女隣り合わせなんて、緊張と高揚、そして女子なら不安がちらついて寝られないと思うんだけど。

 城崎さんにとっては慣れたものなのか、それとも僕を本当に抱き枕にしか思っていないのか。

 

 ため息をついてから、目を閉じてみる。

 すると、眠気が一瞬で全身を支配し……。


(学校は休んで、今日はこのまま眠ってしまおうかな)


 そんなことを考えていると、隣で衣擦れの音がした。

 視線を向けると、城崎さんが身じろぎをし、ゆっくりと長い睫毛を持ち上げていた。


 まだ頭が起きておらず、完全に寝ぼけた状態のぼんやりとした瞳。

 学校で見せる鋭い眼差しは欠片もなく、どこか幼い子どものような顔つきで、彼女はふにゃりと僕の胸元に顔をすり寄せてきた。

 そして、無防備な掠れ声で、ぽつりと呟く。


「……んぅ……お兄ちゃん……ありがと……」


(………???!??)


 お兄ちゃん?

 

 呆然とする僕の横で、城崎さんは数秒間、心地よさそうに目を細めていた。

 しかし——。

 徐々に覚醒の光がその瞳に戻ってきた瞬間、彼女の動きがピキリと凍りついた。


 ハッとした顔をして、勢いよくベッドから跳ね起きる城崎さん。

 目を限界まで見開き、耳の先まで一瞬で沸騰させた彼女が、わなわなと震える指を僕に向けてきた。


「い、いま……私、なんか言った……!?」


 その必死な剣幕に、僕は首を左右にブンブンと激しく振ってごまかした。

 言っていない、何も聞いていない、と全力でアピールする。

 だが、あまりの落差と可愛らしさに、口元がニヤけてしまうのを抑えきれない。


「……ぅぅぅっっ!!!」


 顔を真っ赤にしてパニックになった城崎さんは、僕の返事も待たずに自分の枕を抱え込むと、脱兎のごとく部屋を飛び出していってしまった。

 バタン、と派手にドアが閉まる音が響く。


 一人残された部屋で、僕は天井を見上げた。

 二晩にわたる徹夜の過酷さも、抱き枕係としての理不尽さも、ぜんぶ綺麗に吹き飛んでしまっていた。


「……まあ、もうしばらくだけ我慢するか」


 ぼんやりとする意識の中、気づいたら僕は可笑しそうに笑っていた。





 そそくさと制服に着替え、「先に行くから」と家を出て行った城崎さんを見送ったあと、僕も鞄を背負って玄関を出た。

 エレベーターで一階に降り、マンションのエントランスを抜けると。

 朝日が照らす歩道で、ガードレールに寄りかかりながらスマートフォンを弄っている金髪の制服姿が目に入った。


「……え、城崎さん?」


「遅い。何してんの」


 顔を上げた城崎さんは、不満そうに眉をひそめてスマホをポケットにしまった。


「え、ええと……先に家を出たんじゃなかったの?」


「同じ学校なんだから一緒に行けばいいでしょ。朝の通学中、一人だと暇だし」


 ぶっきらぼうにそう告げると、彼女はくるりと踵を返して歩き出した。


 どういう風の吹き回しだろうか。学校で助けてくれた件といい、一緒に寝るようになってから彼女が明らかに優しくなっている。

 

(この調子でいけば……僕たち付き合えたりするのかな……ぐふふ)


 そんなことを思いつつ。

 いやいや、勘違いするなと頭を切り替えた。

 目を合わせることすら許されなかった過去の距離感を思えば、現状は奇跡のような進歩だ。


 だからといって調子に乗り、彼女の信頼を失ったら元も子もない。

 このペースで行こうじゃないか。

 少なくとも、城崎さんは僕の善意に対して、こうやって行動で返してくれることは分かったのだから。



 最寄り駅から電車に乗り込み、吊り革に掴まって揺られること数分。

 途中の駅で電車のドアが開いた瞬間、聞き覚えのある甲高い声が車内に響いた。


「おっはー、茉莉花ー!」

「あ、茉莉花じゃん。おはよー」


 乗り込んできたのは、早瀬玲奈と雨宮美雨だった。

 二人は僕たちの姿を交互に見比べると、ぽかんと口を開けて目を丸くした。


「あれ、二人? なんでオタクと一緒なの?」


「あー……」


 早瀬さんと雨宮さんに訝しげに問い詰められ、城崎さんは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 そして、躊躇うようにチラリと僕の顔を見やると、何かを決意したようにフッと小さく息を吐いた。


「実はさ、親同士が再婚して、こいつ私の身内になったんだよね」


「「えええええええええっ!?」」


 車内に二重の絶叫が木霊した。

 周囲の乗客が一斉にギョッとしてこちらを振り返る。


「ま、マジで!? え、じゃあオタク二号が茉莉花の弟ってこと!?」


(二号ってなんだよ二号って。一号は……橋本か。いやいや、だとしたら何故僕が二号なんだ?)


 内心で激しくツッコミを入れつつ、僕は小さく手を挙げた。


「あ、……一応、戸籍上は僕が兄です……」


「ウケる!」

「オタク君がお兄ちゃんとか最高じゃんww」


 早瀬さんと雨宮さんが手を叩いてゲラゲラと爆笑する。

 何がそんなに面白いのか。城崎さんと僕は二人並んで苦笑いするしかなかった。

 

 普段まるで接点のないギャルたちだが。

 話してみれば意外と快活で、思っていたほどの距離はない。

 容赦のないツッコミに刺々しいワードチョイスなど。若干「ん?」と思わない点もないことはないが。

 それでも、想像していたカーストの壁はなく、意外にも和気あいあいと会話をすることができた。


 自分の中でギャルを悪魔化していたのだろうかと、少し反省する。

 しかし、如何せん距離が近い。

 間近で囲まれ、僕は照れ臭さのあまり視線のやり場に困ってしまった。


「いや〜同じ屋根の下、年頃の男女が一緒に暮らすって……ヤバっ、エッチだねえ!」

「同棲とかエロすぎるでしょww」


 冷やかす二人に、城崎さんはフンと露骨に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「本当にこいつったら。目つきは陰気で嫌らしいし、鼻息は荒いし、家の中でもおちおちくつろげないんだから」


(……どの口が言うんだ! 昨夜あんなにぎゅーぎゅー抱きついてきたくせに!)


 理不尽な言われように、僕の我慢の限界がプツンと切れた。

 思わず、口が勝手に滑ってしまう。


「い、いやいや、僕だって被害者だよ! 夜中に一人で寝付けないからって、僕のベッ——」

「お、お前えええええっ!!!!」


 城崎さんがこれまでにない金切り声を上げた。

 カッと顔を真っ赤にした彼女が、電車の揺れも構わずに僕の首元へと飛びかかってくる。


「うぐっ!? ちょ、息が、息が止まる……!」


 完璧なヘッドロックを極められ、呼吸が止まる。

 僕は吊り革を掴んだまま必死にもがいた。

 首を絞めながら「殺す! 絶対殺すからね!」と小声で喚く城崎さんと、悶絶する僕。

 そのドタバタ劇をぽかんと見つめていた早瀬さんと雨宮さんは、やがて顔を見合わせ、やれやれと苦笑いを浮かべた。


「あはは……ま、まあ、仲がよろしいことで」

「うん。想像以上に楽しそうだね……」


 電車の窓から、眩しい朝の光が差し込んでくる。

 照れ隠しに僕の首を絞め続ける不器用な義妹と、それを温かい目で見守る友人たちがガラスに反射していた。

 

(思いの外この組み合わせは悪くないな)


 いつか橋本も合わせてファミレスでも行けたらいいな、なんてことを考える。


 電車が学校の最寄り駅に近づいたことを知らせるアナウンスが流れた。

 そして、それをかき消すように早瀬さんの悲鳴が響き渡る。


「ちょ、茉莉花! オタク君の顔青白くなってるから止めてあげて!」


 首元にかかる痛いほどの腕の重みと、耳元で聞こえる愛おしい罵声を感じながら、僕は薄れゆく意識のなかでそっと呟いていた。

 ずっとこんな妹に憧れていたのかもしれない、と。


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