第6話【愚かで、惨めな奴ら】
金曜日の深夜1時。
Qは珍しく自室のベッドで、
静かなまどろみの中にいた。
いつもなら
T字路を揺らすはずの爆音バイクの音が、
今夜はしない。
先週、Qが通報した
防犯カメラの映像が決め手となり、
近所を煽っていた暴走グループの
主要メンバーが
道路交通法違反で摘発されたのだ。
「……本当に、静かだ」
Qは天井を見上げ、深く息を吐き出した。
何年ぶりだろうか、こんなに穏やかな夜は。
法を無視して暴れ回っていた悪者どもが、
警察に引き立てられて姿を消した。
その事実だけで、
長年苦しめられてきた頭痛が和らぐ気がした。
Qは起き上がり、
いつものようにパソコンの電源を入れた。
画面には『嘲笑する被害者たち』のスレッド。
『Q:皆さん、こんばんは。
例のバイクの件、
警察から連絡がありました。
見事に特定・検挙されたそうです。
今夜は驚くほど静かですよ』
すぐに祝杯のレスが相次ぐ。
『Y:おお!
Qさん、おめでとうございます!』
『X:ざまあみろですね! 治安警察GJ!』
『Z:長年のストレスが
少しでも解消されたなら何よりです。
悪事はいずれ必ず暴かれるという
良い例ですね』
スレッド内は勝利の余韻と、
愚か者たちの自滅を祝う空気で満ちていた。
だが、話題がいつものように
「最新の闇バイト逮捕ニュース」へと
移ったとき、
新しい書き込みがひとつ投下された。
『名無し:今夜、
うちの近所の高級住宅街に
警察車両が5台以上集まって
大騒ぎになってる。
闇バイト強盗の未遂らしい。
現場から逃げた実行役のガキが、
近くのアパートの敷地に隠れてたところを
速攻で身柄拘束されたって』
『Y:うわ、また出たwww』
『X:未遂で即逮捕かよ。
強盗未遂は罪が重いぞ〜。
人生終了おめでとうございます』
しかし、情報を提供した『名無し』は、
続けて気になる内容を書き込んだ。
『名無し:それがさ、
現場で野次馬が撮った写真が
SNSに流れてて見たんだけど……
捕まった実行役のガキ、
指示役に
「逃走用の足(車)を用意してあるから
現場の裏路地に行け」って
言われてたらしい。
でも実際には車なんて
最初から用意されてなくて、
ただ警察に挟み撃ちにされる
袋小路に誘導されてたっぽい』
スレッドの空気が、わずかに変わった。
『Q:ほう……
指示役が最初から警察に差し出すつもりで、
逃げ場のない場所へ誘導したと?』
『Z:トカゲのしっぽ切り、というよりは……
最初から
「使い捨ての囮」として
放り投げたわけですね』
『Y:うわぁ……エグいな。
指示役からすれば、
実行役が捕まって
警察の意識がそっちに向いてる間に、
自分たちは
強盗の成果(金品)だけを回収するか、
あるいは
足付けを遅らせる時間稼ぎにしたのか』
『X:どこまで行ってもバカだなあ、
実行役は。
「仲間」だと思ってた指示役に、
最初から
警察へ引き渡すための
生け贄にされてたなんてね』
Qは画面を見つめながら、
ウイスキーのグラスを回した。
実行役に選ばれるような若者は、
「高額報酬」という甘い言葉と
「絶対安全なマニュアルがある」という
指示役の嘘を真に受けて現場に向かう。
だが、その実態は
「捕まるために送り込まれる駒」でしかない。
『Q:指示役にとっても、
奴らは人間ではなく
「ただの使い捨ての肉壁」なんでしょうね。
逮捕されて取調室で
「裏切られた」と知ったときの
ガキの顔を想像すると、
哀れを通り越して失笑しか出ません』
『Z:本当に。騙す側も悪魔ですが、
まんまと罠にハマって
人生をドブに捨てる側も
救いようのない愚かさです』
『Y:自分の頭で考えるのをやめた奴の
末路ですね。ゴクロウサマwww』
『X:さーて、明日もまた
似たようなバカが罠にかかって
捕まるニュースが見られるかな。楽しみだ』
画面の向こうで、
仲間たちが冷笑を深めていく。
世の中には、他人を喰い物にする悪党と、
それに容易く騙されて
自滅する愚か者が溢れている。
そして自分たちは、
そのどちらにもならず、
安全な高みからその自滅劇を観賞する。
「……愚かで、惨めな奴らだ」
Qは静かに呟き、
グラスに残ったウイスキーを飲み干した。
深夜の静寂の中、
パソコンの青い光だけが、
彼らの優越感を静かに照らし続けていた。




