第1話【祝杯の夜】
「今日もまた、バカどもが逮捕された」
暗い部屋の中、
液晶画面の光だけが
20代の青年・Yの顔を青白く照らしていた。
テレビでは、
連日世間を賑わせている「闇バイト強盗」の
逮捕報道が流れている。
画面に映し出されているのは、
警察官に左右を固められ、
俯きながら護送車に乗り込む
20代前半の男の姿だ。
指示役に身分証を握られ、
捨て駒として強盗に入り、
わずか数時間で足がついたらしい。
Yは掲示板の入力欄に文字を打ち込み、
送信ボタンを押す。
『ザマァだね』
即座にレスがついた。
ハンドルネーム『Z』。
かつて脱サラしてコンビニを経営していたが、
深夜の溜まり場と化した店内で
悪餓鬼どもに万引きを繰り返され、
客足が遠のいて廃業に追い込まれた男だ。
『所詮、奴らの人生はそんなもの』
続いて書き込んだのは『X』。
ディスカウントショップを経営しており、
日々持ち込まれる盗品の手続きや、
駐車場を占拠する暴走族の被害に
頭を抱えている。
『早く捕まったのは、返って奴らの為』
『俺らの払った税金で、更生させてやるのがバカバカしい』
次々と画面をスクロールしていくレス。
誰が名付けるともなく
集まったこのスレッドの住人たちを、
Yは心の中で『嘲笑する被害者たち』と呼んでいた。
Y自身、過去に深い傷がある。
中学時代、
いじめグループの数人に取り囲まれ、
逃げ場のない恐怖の中で万引きを強要された。
補導されたあの日、
理由も聞かずに自分を蔑んだ大人たちの視線。
自分が「被害者」なのか「加害者」なのか
分からないまま抱え続けた屈辱。
だからこそ、SNSの高額報酬に目を眩ませ、
ヘラヘラと他人の家に押し入るような連中には、
一切の同情も湧かない。
『またやるさ。……奴らの将来に光などはない』
『一生、中と外を出たり入ったり』
「ぶはっ、間違いない」
Yはディスプレイの前で、思わず声を出して笑った。
その時、Yの部屋の窓がガタガタと小さく震えた。
遠くから近づいてくる、耳障りな爆音。
『今夜も通り過ぎていきましたわ。爆音バイクのバカどもが』
投稿主は『Q』。
毎夜の暴走族に睡眠を奪われ続け、
重度の不眠症に悩まされている人物だ。
『でも大丈夫。
あいつら、さっきの交差点の防犯カメラの真ん前で信号無視していきました。
通報済みですw』
『ナイスQさん!』
『警察の皆様、お仕事のお時間ですwww』
『ゴクロウサマ。www』
スレッドが爆笑の渦に包まれる。
そう、ここには正義のヒーローなんて一人もいない。
誰も自分から街に出て
悪を懲らしめようなどとは言わない。
手も汚さない。
法を破って報復することもしない。
ただ、自分たちの日常を
散々踏みにじってきたような愚か者たちが、
勝手に自滅し、警察に連行されていく様を、
安全な場所から見下ろして冷ややかな酒を飲むだけだ。
「……メシが美味いな、今夜は」
Yはコンビニで買ってきた冷えたビール缶のプルタブを開けた。
世間は「闇バイトの恐怖」に怯えているかもしれない。
だが、Yたちにとっては違う。
この事件は、
世の中に溢れる「害悪」どもが、
自ら進んで罠に飛び込み、
勝手に人生を詰ませていく極上のエンターテインメントだった。
画面の向こうで、顔も知らないZも、
Xも、Qも、
今頃同じように冷えたビールを掲げているはずだ。
明日もまた、新しいバカが逮捕されるだろう。
そして自分たちは明日もまた、
ここでそいつらを酒の肴にして嘲笑するのだ。
理不尽に傷つけられた自分たちに許された、
唯一の密かな娯楽として――。




