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第二章④【巨獣】

 リンクギアに表示された赤い警告表示を確認した瞬間、二人の間にあった空気は完全に切り替わった。

 先ほどまでカナタの胸中を占めていた疑問も、シャーロットとの微妙な距離感も、今は考えている場合ではない。


「距離は?」

「ここから北西へ約一・四キロ。信号はまだ継続してる」


 青年の返答を聞くなり、彼女はリンクギア上に現在地と救難信号の発信地点を重ね、最短経路を割り出していく。幸い発信地点はフロンティアベース・アルファから極端に離れた場所ではない。先ほど二人がマッピングした範囲からも近く、途中までなら地形もある程度把握できていた。


「行くわよ。ただし、最優先は要救助者の確保と離脱。現場で何が起きているか分からない以上、無闇に戦闘へ入らない」

「ああ」

「助けられる状況なら助ける。戦闘が必要なら私が援護するからあなたが前に出て。ただし——救助そのものが不可能と判断した場合は、私たちの生存を優先して即時離脱する。いい?」


 迷いのない判断だった。先ほどまで何度も口にしていた生存優先という方針をこの状況でも崩すつもりはないらしい。

 救難信号が発せられている以上、放置するという選択肢はない。だが助けに向かった者まで遭難してしまえば意味がない。現場を確認し、救助可能なら救出する。必要なら戦う。それでも手に負えないなら撤退し、得られた情報を持ち帰って次の救援へ繋げる。


「了解。それでいこう」

「なら走るわよ!」


 二人はほぼ同時に地面を蹴った。

 穏やかだった森林の景色が、一気に後方へ流れていく。カナタが先行し、その数歩後ろをシャーロットが追従する。舗装された道など存在しない原生林では、最短距離を一直線に進むことなどできない。太い根が地表を這い、腰まで届く草木が行く手を遮り、場所によっては巨大な岩石や結晶が壁のように立ちはだかっている。

 それでも二人は速度を落とさなかった。


「右!」


 背後から紫紺の女性の声が飛ぶ。

 漆黒のルーキーは考えるより先に進路を変え、正面を塞ぐ倒木を避ける。その直後には足元の隆起した根を大きく跳び越え、着地と同時に再び地面を蹴った。

 枝葉が装備を擦り、頬を掠める。視界の端で色鮮やかな植物が次々と流れ、木々の隙間から差し込む陽光が激しく明滅する。先ほどまで美しいと見惚れていた森林も全速力で駆け抜ければ全く別の顔を見せた。

 足を一度置き損なえば転倒する。地面だと思って踏み込んだ場所が泥濘なら、そのまま足を取られる。ましてや周囲には原生生物が潜んでいる可能性まである。

 速さだけでは駄目だ。前方を確認し、足場を選び、同時に周囲の異変にも注意を払う。その全てを走りながら行わなければならない。


「残り九百!」

「分かった!」


 息を切らしながらも彼は速度を維持した。

 こういう状況になると、彼の身体能力が明確な強みとして現れた。

 シックスセンスはない。その代わり、鍛え上げてきた肉体は不整地での全力疾走程度では簡単に悲鳴を上げない。大きく跳び、着地の衝撃を脚で受け止め、再び加速する。斜面へ差し掛かれば木の幹へ片手を突いて身体を振り、最小限の減速で方向を変えた。その後ろから、シャーロットも離されることなくついてくる。

 彼女もまたマスターライセンス保持者。身体能力そのものではカナタに及ばずとも、進路の選択に無駄がない。リンクギアの地形情報と実際の景色を瞬時に照合し、どこを通れば最短で目的地へ辿り着けるのかを判断していた。


「この先、下り斜面!」

「見えてる!」


 木々の密度が僅かに薄くなった。

 二人は勢いを殺さぬまま斜面へ飛び込み、滑り落ちるように高度を下げていく。カナタは足裏で地面を削りながら速度を調節し、最後に露出した岩盤を蹴って平地へ飛び降りた。

 着地してすぐさま顔を上げる。


「あと四百メートル!」


 近い。

 だが——。


「……待って」


 シャーロットの声色が変わった。

 カナタもすぐに気付く。

 森の音がおかしい。先ほどまで聞こえていた小型生物の鳴き声が消えている。

 虫の羽音すらない。

 代わりに聞こえてきたのは——遠くから響く、何かが地面を踏み締める鈍い音だった。

 ——ズン。

 僅かに地面が震える。

 続いて。

 ——ズズンッ。


「……でかいな」


 青年表情が強張る。


「みたいね」


 紫紺の女性は走りながら背中の長銃へ手を伸ばした。

 ここまで来れば救難信号が発せられた理由もおおよそ察しがつく。


「速度落とすわよ。ここからは慎重に接近する」

「ああ」


 全力疾走から二人は足音を抑えた駆け足へ切り替える。

 百メートル。五十メートル。リンクギアに表示される発信地点が急速に近付いていく。

 やがて木々の向こう側から何かが激しく動く音が聞こえた。

 枝が折れる。草木が踏み潰される。

 そして、その合間に——人間の叫び声。


「いた!」


 二人は最後の茂みを掻き分けるように突破する。

 視界が開けた。救難信号の発信地点。その現場へ辿り着いた瞬間、彼等は揃って足を止める。そして目の前に広がる光景を前に瞬時に理解した。


 ——どうやら、簡単に連れて帰れる状況ではないらしい。


 茂みを抜けた瞬間、最初に目へ飛び込んできたのは無惨に抉られた地面だった。

 つい先ほどまで鬱蒼とした森林が続いていたはずの一帯だけが、不自然なほど荒れ果てている。太い木々は根元からへし折られ、幹には巨大な爪で引き裂いたような傷が深々と刻まれていた。低木は押し潰され、柔らかな土には人間の胴体すら収まりそうなほど巨大な足跡が幾つも残されている。

 戦闘があった。しかも決して小規模なものではない。

 地面にはAEGISの装備品らしき破片が散乱し、その向こうでは数人の隊員が互いを庇うように後退していた。一人は肩を押さえ、もう一人は片脚を引きずっている。救難信号の発信源もその集団の中からだった。

 だが——カナタ・アキトの視線はすぐに彼らから別のものへ奪われた。


「……嘘だろ」


 木々の向こうで何かが、動いた。

 最初は黒い岩壁かと思った。それほどまでに巨大だった。

 ゆっくりと前脚が持ち上がり、次いで地面へ叩きつけられる。

 ——ズンッ。

 たったそれだけで湿った土が沈み込み、足元の小石が微かに跳ねた。

 全身を覆うのは黒褐色の分厚い体毛。しかし柔らかな毛皮という印象からは程遠い。長く硬質化した毛が幾重にも重なり、まるで天然の装甲を全身へ纏っているように見える。その隙間から覗く四肢は異様なまでに太く、隆起した筋肉が巨体を支えていた。

 体高だけでも人間を遥かに上回る。頭から尾までを含めれば優に六メートルを超えているだろう。

 熊にも似ていれば大型のネコ科にも見える。

 しかしどちらにも当てはまらない。何より目を引くのはその口元から突き出した巨大な牙だった。


「グルルルルル……」


 低い唸り声が空気を震わせる。

 巨大な頭部がゆっくりとこちらを向き、裂けるように開いた口から何本もの鋭い牙が覗いた。呼吸するたびに白い息が漏れ、粘ついた唾液が牙を伝って地面へ落ちていく。

 その姿を視認した瞬間、カナタのリンクギアが自動的に生体情報を照合した。

 視界上へ警告表示が展開される。


 原生生物照合——該当個体確認

 《バルクレッサー》

 大型哺乳類型捕食種:危険度——高


「バルクレッサー……」


 彼はその名を知っていた。

 エリシアの森林地帯や峡谷で確認されている大型捕食生物。分厚い体毛と強靭な筋肉に覆われた肉体を持ち、成体ともなれば人間など比較対象にもならないほど巨大化する。発達した後肢から生み出される瞬発力は特に危険で、その巨体からは到底想像できない速度で獲物との間合いを一瞬で潰す。

 だからこそ——資料には明確に記載されていた。

 見つけても距離があるからと安心してはならない。一度獲物として認識されれば執拗に追跡し、単純な力任せだけではなく地形を利用して逃げ道を塞ぐ程度の知能まで備えている。

 まともに相手をするなら相応の準備が必要になる原生生物だ。

 しかしカナタの顔から血の気が引いた理由はその危険性だけではなかった。


「……何でこいつがここにいる?」


 思わず漏れた疑問。

 その意味を理解しているのだろう。隣のシャーロットも険しい表情を浮かべていた。


「ええ、おかしいわね」


 短い返答だった。

 だがその声から先ほどまでの余裕は完全に消えている。

 バルクレッサーの生息域はここではない。少なくともこれまでFOUが残した調査記録ではそうなっている。

 惑星エリシアにおいて、AEGISの通常活動圏として設定されたフロンティアセクターA・B・C。その三つの安全圏よりもさらに外側——人類による調査が十分に進んでいない地域こそが、本来この種の確認されている生息域だった。

 ここはその内側。しかもフロンティアベース・アルファから徒歩で到達できる距離だ。

 本来ならいるはずがない。先ほど遭遇したグレイヴ・フェンリルとは事情が違う。あれは元々この周辺を生息圏としている原生生物であり、刺激さえしなければ戦闘を回避できる可能性も十分にあった。

 だが目の前の怪物は——存在していること自体がおかしい。


「生息域が変わった……?」

「可能性はある。でも今考えることじゃないわ」


 シャーロットは即座に切り捨てた。

 長銃を背中から外しながら、その紫紺の瞳が救難信号を発した隊員たちへ向けられる。


「まず要救助者の確認よ」

「そうだな」


 青年も武器へ手を伸ばした。

 助けられるなら助ける。戦わずに済むなら、要救助者だけを確保して即座に離脱する。

 それが事前に決めた方針だ。

 だがそのためには——。


「グォォォォォォォォッ!!」


 轟音。空気そのものを殴りつけるような咆哮が森林へ炸裂した。


「っ……!」


 鼓膜が震えた。木々に止まっていた小型生物が一斉に飛び立ち、周囲の枝葉がざわめく。近距離で浴びたカナタの身体が本能的に一瞬だけ強張った。

 リンクギアの警告表示が次々と更新される。


 対象——興奮状態

 攻撃行動を確認

 接近非推奨


 そんなものはわざわざ機械に教えられなくても分かる。

 巨大な前脚の先。そこから伸びる爪には何かを引き裂いた跡が生々しく残っていた。そしてバルクレッサーの視線は傷ついたAEGIS隊員たちへ真っ直ぐ向けられている。

 明確に獲物として認識している。

 カナタは息を呑んだ。


 ——ズンッ。


 バルクレッサーが一歩踏み出す。

 それだけで距離が大きく縮まった。

 隊員の一人が震える腕で武器を構えるものの、負傷の影響なのか照準が定まっていない。


「まずい……!」


 青年が踏み出しかける。

 その直前だった。


「カナタ」


 シャーロットの声が飛んだ。

 彼が振り返るより早く、彼女は長銃の機関部を作動させる。

 微かな駆動音。銃身に沿って紫色の光が走り、照準補助機構が起動した。先ほどまで彼が見ていた彼女とは明らかに雰囲気が違う。

 厳しい同行者でもなければ、口の悪い少女でもない。戦闘を前にしたマスターライセンス保持者——シャーロット・アッシュフォードがそこに立っていた。


「予定変更よ」


 銃口が静かに持ち上がる。

 その先にいるのは、自分たちの何倍もの質量を持つ大型捕食生物。

 紫紺の女性はそれを真っ直ぐ見据えたまま告げた。


「救助対象とあいつの距離が近すぎる。引き離さない限り、安全な離脱は無理ね」


 カナタも武器を握る手に力を込める。


「……ってことは」

「ええ」


 彼女の瞳が鋭く細められた。


「戦闘は避けられないわ」


 戦闘は避けられない。そう判断した瞬間からシャーロットの行動は早かった。


「私が引き付ける。その間に負傷者を回収して!」

「一人でやる気か!?」

「二人揃ってこいつを相手にしたら誰が救助するのよ!」


 反論する暇すら与えない正論だった。

 今回の目的はバルクレッサーの討伐ではない。救難信号を発したAEGIS隊員を生存させ、この場から離脱させること。それさえ果たせれば怪物を倒す必要など最初からない。

 シャーロットは長銃を肩へ当てると照準補助機構を作動させる。


「カナタ、合図したら走って!」


 銃口が僅かに動く。

 狙ったのは頭部ではない。救助者たちへ向かおうとしているバルクレッサーの右後肢——分厚い体毛の隙間から僅かに覗く比較的防御の薄い関節部分。

 引き金が絞られた。

 乾いた銃声と共に閃光が迸り、弾丸が一直線に空間を切り裂く。


「グォッ!?」


 巨体が揺れた。が、致命傷には程遠い。それでも明確な痛みは与えた。

 バルクレッサーの頭部が勢いよく振り向き、その視線が負傷者たちから此方へ移る。


「こっちよ」


 さらに一発。

 今度は頬を掠めた。


「グォォォォォォッ!!」


 咆哮。そして——地面が爆ぜた。

 あれほどの巨体が、一瞬で加速した。


「なっ……!」


 知識としては知っていた。バルクレッサーの後肢は異常なまでに発達しており、巨体に似合わぬ瞬発力を発揮する。だが実際に目の前で見れば資料の文章から受ける印象とはまるで違った。六メートルを超える巨体が地面を蹴った次の瞬間には数メートル先まで移動している。

 木々が揺れ、土が弾け、巨体が猛烈な勢いでシャーロットへ迫った。

 だが彼女は逃げなかった。

 引き付ける。限界まで。距離が縮まる。

 十メートル。八メートル。

 五——。


「今!」

「っ!」


 青年が飛び出した。巨獣の意識が完全にシャーロットへ向いた隙を突き、負傷者たちへ一直線に駆ける。


「動けるか!?」

「ひ、一人……脚をやられてる!」

「分かった。立てる奴は自分で動いてくれ!」


 漆黒のルーキーは迷わず最も重傷の隊員へ肩を貸した。片腕を自分の首へ回させ、腰を支えて強引に立ち上がらせる。

 その間にも、背後から銃声が響き続けていた。

 一発。二発。三発。

 間隔は一定。焦りから乱射している音ではない。

 カナタは負傷者を支えながら一瞬だけ振り返った。

 そして——目を疑った。

 バルクレッサーの巨大な前脚が振り抜かれる。紫紺の女性は直撃する寸前に横へ跳び、地面を転がるのではなく、近くの木へ足を掛けた。

 AEGIS用戦闘スーツの駆動補助が作動する。脚部の補助機構が瞬間的に出力を上げ、その細身の身体を人間離れした勢いで上方へ押し上げた。

 幹を一度蹴り、さらに枝へ。長い紫紺の髪を大きく翻しながら彼女は数メートル上の太い枝へ飛び移った。

 直後。

 ——ドォンッ!

 バルクレッサーが木へ激突した。幹全体が大きく震え、葉が雨のように降り注ぐ。

 しかしシャーロットは既にそこにはいない。揺れる枝を蹴って隣の木へ移り、その空中で身体を捻る中、銃口だけが正確に怪物を捉えていた。

 発砲。弾丸が前脚の付け根へ突き刺さる。


「グァァッ!」


 一回転しながら着地し、そのまま走る彼女は止まらない。巨木を盾にして視界を切り、バルクレッサーが回り込めば反対側へ抜ける。距離が開けば撃ち、詰められれば移動し、木々の高低差まで利用して相手の巨体では追従しにくい経路を選択する。まるでこの森全体を足場として使っているかのようだった。


「……すごい」


 カナタから思わず言葉が漏れる。

 やっていることだけを冷静に考えればあまりにも無茶だ。人間一人が自分の何倍もの大きさを誇る巨大捕食生物の注意を引き付け、その攻撃を紙一重で避け続けている。

 古い娯楽作品に登場する恐竜から逃げ回る人間でも想像すれば分かりやすい。

 本来なら悲鳴を上げて逃げ回る側だ。一度でも判断を間違えれば終わる。爪をまともに受ければ戦闘スーツごと引き裂かれ、突進に巻き込まれれば頑丈な装備を身につけていようと無事では済まないし、踏み潰されるだけでも致命傷になり得る。

 それほど絶望的な体格差。

 だというのに——シャーロットはその状況を完全に戦闘として成立させていた。

 それこそがマスターライセンス。仮想シミュレーションで最高水準の評価を叩き出した者の実力だった。

 たた彼女も巨獣を倒そうとはしていない。

 狙うのは徹底して相手の動きを鈍らせる場所だけ。

 関節。脇腹。前脚の付け根。腹部。顎の下。分厚い体毛や発達した筋肉に覆われていない比較的柔らかな部位を正確に撃ち抜いていく。

 一発で仕留めようとする欲がなく、無理に急所を狙わない。確実に当てられる場所へ撃ち込み、僅かずつ動きを削る。

 しかしバルクレッサーも黙って撃たれ続けるほど愚かではなかった。


「グルルルル……!」


 数発の攻撃を受けたところで、その動きが変わる。

 身体の正面をシャーロットへ向け、頭部を低く下げることで喉元を隠す。さらに木々の間を不規則に移動し始め、射線上へ幹を挟みながら距離を詰めていく。


「……学習した?」


 彼女の瞳が僅かに細くなる。

 偶然ではない。自分がどこを狙われているのかを理解し始めている。

 次の瞬間、バルクレッサーは直進すると見せかけて大きく進路を変えた。巨体が木を回り込み、死角からシャーロットへ迫る。

 だが——。


「遅い」


 銃声。巨体が方向を変えたその瞬間だった。

 身体を捻ったことで僅かに露出した後肢の内側へ弾丸が吸い込まれる。


「グォォッ!?」


 巨獣の踏み込みが崩れた。

 紫紺の女性はその隙に距離を取る。

 彼女の射撃精度は伊達ではない。弱点を隠すなら隠せばいい。守ろうとして姿勢を変えれば必ず別の場所が開く。

 走れば関節が動く。飛び掛かるなら腹部が晒される。方向転換するなら巨体ゆえに一瞬だけ重心が偏る。

 その僅かな瞬間を彼女は逃さない。

 撃つ。移動する。避ける。再び撃つ。

 派手な一撃など一つもなかった。

 圧倒的な力でねじ伏せているわけでもない。ただ正確だった。

 ひたすら正確に相手が嫌がる行動だけを積み重ねていく。まるで巨大な岩を一撃で砕こうとするのではなく、小さな亀裂を一本ずつ増やしていくように。

 淡々と。確実に。

 バルクレッサーの余力だけを削っていく。

 何より異様なのは——それだけの攻防を続けてなお、彼女の動きがほとんど乱れていないことだった。

 呼吸や足運び。判断速度に照準。周辺状況の確認。その全てが戦闘開始直後とほとんど変わらない一定の水準を維持している。

 普通なら集中力が途切れるし、疲労によって動きが鈍る。巨大な爪が何度も目の前を掠めれば恐怖によって判断の一つくらい狂っても不思議ではない。

 しかし彼女にはそれがない。高い集中力を維持し続け、動作の精度を落とさず、常に自分の状態を一定以上へ保ち続けている。

 それは単純な訓練の成果だけではなかった。

 シャーロット・アッシュフォードが持つ——シックスセンス。その力が彼女の身体と精神へ確かな恩恵を与えていた。

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