第二章③【帰るまでが任務】
目的の植物を確認した二人は互いに軽く頷き合うと、すぐさま作業へ取り掛かった。
役割は自然と決まっていた。
植物に関する知識を持つカナタは依頼品である《ルミナリス》の採取を担当する。一方シャーロットは周辺の地質調査を兼ねながら、今後の調査資料となり得る鉱物や岩石サンプルの採取、さらには周辺環境のデータ収集を受け持つこととなった。
「私は周辺を見てくるわ」
そう告げると彼女はリンクギアへ新たな記録を残しながら、群生地の外縁部へ歩みを進める。
足元の地層や露出した岩盤。結晶群の成分に土壌の水分量。僅かな変化すら見逃さぬよう一つひとつ丁寧にデータを蓄積していく。
依頼を達成するだけなら植物だけ回収して帰還すればいい。しかしそれでは次へ繋がらない。未知の惑星を調査するということは、一度の任務で少しでも多くの情報を持ち帰ることでもあった。
「こっちは任せたわ」
「ああ」
短く言葉を交わすと青年も《ルミナリス》の群生地へ膝をついた。
視界の先には、淡く蒼い花々が風へ揺られている。数だけなら困るほど生えていた。だからといって適当に採取していいわけではない。
彼は腰のポーチから専用の採取キットを取り出し、まず群生地全体を見渡した。
花の開花状況。葉の色味。周囲の土壌。日当たり。湿度。そして隣接する植物との位置関係。
一株一株は同じ《ルミナリス》であっても生育環境が少し違うだけで含有成分や成長速度に差が生まれる可能性がある。それは依頼主である植物生態学者にとって、極めて重要な研究資料となる。
採取することだけが目的ではない。「どのような環境で、その個体が育っていたのか」という情報まで含めて、初めて価値あるサンプルとなるのだ。
だからこそ不用意に引き抜くことはしない。一本採取するたびにリンクギアへ位置情報を記録し、周辺の環境データを保存し、根を傷つけないよう専用器具で慎重に掘り起こしていく。
花弁を折ることもなく、茎を潰すこともなく、根に付着した土壌すら可能な限りそのまま残す。
依頼品というより、一つの貴重な研究資料を扱うような繊細な作業だった。
エリシアの自然はまだ人類にとって未知そのもの。ほんの僅かな違いが新たな発見へ繋がることも十分に考えられる。だからこそ目の前に広がる群生地の全てが未来の研究へ繋がる大切な財産なのだと、カナタは改めて気を引き締めながら慎重に採取を進めていった。
一通りの採取を終えた後も二人はすぐに帰路へ就くことはせず、群生地の周辺をもう一度だけ散策することにした。
依頼対象である《ルミナリス》の自生範囲を記録し、周辺に生息する植物や原生生物の痕跡、地質や水源の位置など、今後の活動に利用できそうな情報を可能な範囲でリンクギアへ保存していく。シャーロットも地表へ露出していた鉱物や結晶のサンプルをいくつか回収していたが、必要以上に探索範囲を広げるようなことはせず、あくまで事前に定めた行動範囲の中で調査を終えていた。
そして予定していた一帯を一周したところで二人は最初に《ルミナリス》を発見した巨木の近くへ戻り、再び合流する。
「こっちは終わった」
漆黒のルーキーは腰へ取り付けていた採取用コンテナを外すと紫紺の女性にも確認できるよう蓋を開いた。
内部には根元を保護した《ルミナリス》が一本ずつ専用の固定材へ収められ、それぞれに採取地点や周辺環境のデータを記録した識別情報が紐付けられている。花弁や茎に目立った損傷はなく、根に付着した土壌も可能な限り採取時の状態を保っており、依頼主へ研究用サンプルとして提出するには十分な状態だった。
シャーロットはその一つひとつへ視線を走らせ、リンクギアへ表示された依頼条件とも照合していく。必要数、保存状態、採取位置。その全てに問題がないことを確認するとようやく小さく頷いた。
「必要数は揃っているわね。状態にも問題なし。これなら依頼条件は満たせるはずよ」
「そっちは?」
「予定していた地質データは一通り。鉱物と結晶も何種類か採取したわ。詳細な成分分析はアステリアへ戻ってからになるけれど、今後の調査資料としては十分でしょうね」
「なら、ひとまず目的達成か」
青年は安堵するように息を吐いた。
初めてのエリシアでの依頼として考えればここまでは順調と言っていい。目的の《ルミナリス》は発見できたうえ、周辺環境についての追加データも取得できた。途中でグレイヴ・フェンリルとの遭遇こそあったものの、戦闘へ発展することなく切り抜けている。
カナタはリンクギアへ現在時刻と活動開始からの経過時間を表示させた。
「まだ結構余裕あるな」
アステリアで事前に定めた最大活動時間は六時間。転送ゲートからフロンティアベース・アルファまでの移動、その内部の簡易調査、そこから北側森林地帯へ向かい、ルミナリスの群生地を発見して採取を終えるまで。それら全てを含めても、設定した時間の半分すら消費していない。
体力にも余裕がある。携行してきた食料や水も十分に残っており、装備にも異常は確認されていない。仮に何らかの理由で六時間を僅かに超過したとして、それだけで即座に生命維持が困難になるような状況でもなかった。
しかし——六時間という数字はそこまで活動しても問題ないという意味ではない。あくまでも不測の事態まで考慮した上で設定した最大時間であり、本来なら余裕を持って帰還するための猶予まで含まれている。
帰路で原生生物に襲われるかもしれない。地形の変化によって来た道が使えなくなる可能性もあれば装備の故障や負傷によって移動速度が大幅に落ちることだって考えられる。天候が急変する可能性もあるし、未知の惑星である以上、自分たちが想定すらしていない問題が突然発生する可能性まで切り捨てることはできない。
ならば目的を達成した今、無理に残り時間を使い切る必要はない。
シャーロットも同じ結論へ達していたらしい。
「帰るわよ」
彼女は迷うことなく告げた。
「良いのか?」
「依頼品は確保した。周辺データも最低限は取れた。これ以上ここに残って活動時間を消費する理由がないもの」
彼女はリンクギア上へ帰還ルートを表示させながらさも当然のことのように続ける。
「予定時間内に帰還できない捜索隊なんて、二流ですらないわ。時間いっぱいまで探索することそのものに価値なんてない。必要な成果を確保したうえで余裕を持って帰れるなら、それに越したことはないでしょう」
「相変わらず手厳しいな」
彼は苦笑する。
「まあ、早く戻り過ぎて成果なしってのも困りものだけど」
「それは論点が違うわ」
間髪入れずに切り返された。
「成果を得るために避けられない危険なら、ある程度は受け入れる必要がある。でも、成果を確保した後まで余計な危険を増やす理由はないでしょう?」
そこでシャーロットは一度言葉を区切ると、先ほどまで《ルミナリス》が揺れていた群生地から、その先に広がる深い森へ視線を移した。
「生きていることが第一前提よ。どれほど貴重な成果を手に入れたところでそれを持ち帰るために誰かが死んだのなら、得られたもの以上の損失を出している可能性だってある。少なくとも私は、そんなものを成功とは呼ばない」
淡々とした声だった。
命の大切さを感情的に訴えているわけでもなければ、綺麗事として理想を語っているわけでもない。任務によって得られる成果と、そのために支払う危険を冷静に天秤へ乗せ、その結果として生存を何より優先している。彼女の言葉にはそんな徹底した現実主義が滲んでいた。
「生きて帰れば、失敗したって次がある。情報を整理して、原因を調べて、準備を整え直して、何度でも挑戦できる。でも死んだらそこで終わり。次なんてないわ」
「……なるほどな」
「だから余力を残して帰る。単純な話でしょう?」
「ああ、反論はないよ」
むしろ正しい。カナタ自身も無謀な行動を好むわけではないし、先ほどグレイヴ・フェンリルとの戦闘を避けたのも、戦う必要のない相手と戦って余計な危険を背負う意味がないと考えたからだ。
だから彼女の判断そのものに異論はなかった。
ただ——彼は帰還ルートを確認する彼女の横顔をほんの僅かに見つめた。
「(……でも、やっぱり少し気になるな)」
思い返してみれば彼女はアステリアにいた頃からそうだった。
共同依頼を受ける際には同行者となるカナタの能力を細かく確認し、現地へ降りる前には活動時間を設定したうえで非常時の役割分担や撤退条件まで事前に決めていた。エリシアへ降り立ってからも警戒を怠らず、グレイヴ・フェンリルと遭遇した時には、危険だと判断するや即座に迎撃できる態勢へ移っている。
慎重。そう表現するだけなら何もおかしくはない。未知の惑星へ降り立つ以上、むしろAEGISとして当然の心構えだろう。まして彼女はマスターライセンス保持者なのだ。その程度の危機管理能力を備えているからこそ、仮想シミュレーションでも優秀な成績を残したのだと考えれば筋は通る。
それでも青年の中では何かが引っ掛かっていた。
彼女は危険を避けようとしているだけではない。失敗を嫌っているだけでもない。先ほどから何度も口にしているのは——生きて帰ること。任務の成否を語る時ですら、最後には必ずそこへ話が戻ってくる。安全に対する意識が高いと言ってしまえば、それまでだ。しかしこれまでの言動を振り返るほどそれだけで片付けるには僅かな違和感が残った。
慎重というより、些か過敏。危険を想定する時も、活動時間について話す時も、任務の成果を語る時でさえ、彼女は必ず最悪の事態——誰かが命を落とす可能性までを前提として考えている。
マスターライセンス保持者だからなのか。仮想シミュレーションで高い成績を残した者として当然の判断なのか。あるいは、単純にそういう性格なのか。どれも理由としては十分に考えられる。
それでも。
「(……何で、そこまで生きて帰ることに拘るんだ?)」
頭の中にそんな小さな疑問が生まれていた。
そんなことを考えている時だった。
ふと、カナタの中で一つの記憶が引っ掛かる。
「(……アッシュフォード?)」
シャーロット・アッシュフォード。
これまで何度も耳にしていたはずの彼女の姓が今になって妙な重みを伴って頭の中へ浮かび上がる。
きっかけはほんの少し前に起きたクラウス・シュヴァルツとの一件だった。軍上層部との強い繋がりを持つシュヴァルツ家。その家名について知った際、同じように古くから名を知られている家系としてどこかでアッシュフォードという名を目にした記憶があった。
「(確か……シュヴァルツ家に引けを取らないくらい有名な家じゃなかったか?)」
東小国の彼は少し前を歩く紫紺の女性の背中を見る。
彼女は気付いていない。
リンクギアへ表示された帰還経路を確認しながら時折周囲の森林へ視線を配り、来た時と変わらない警戒心を保って歩いている。
カナタは歩調を崩さないまま、自身のリンクギアを静かに操作した。
別に彼女個人の情報を探ろうというつもりではない。アッシュフォードという家名そのものが公に知られているものであるなら、基本的な情報くらいはすぐに見つかるはずだ。
検索欄へ姓を入力する。
——《ASHFORD》。
結果が表示されるまでほとんど時間は掛からなかった。
「……やっぱり」
思わず小さな声が漏れる。
アッシュフォード家。その歴史は現在の人類が使用する暦——星暦が制定されるよりも遥か以前にまで遡る。
まだ人類が母なる星を中心として文明圏を築き、宇宙進出そのものが限られた国家や巨大組織による一大事業だった時代からアッシュフォード家はその発展に深く関わってきた名門家系だった。
初期の宇宙開発事業への支援を皮切りに軌道上施設の建造、長距離航行技術の研究、新たな資源供給網の確立。そして人類が母なる星の外へ生活圏を広げていくための各種計画。
時代が進み、宇宙開発が単なる探索から本格的な生存圏拡大へと変わってからもその名が途絶えることはなかった。
技術者として。研究者として。開拓事業を支える資本家として。時には自ら未踏の領域へ赴く開拓者として。一族は時代に合わせて立場を変えながらも、人類の宇宙進出へ関わり続けてきた。
そして人類が母なる星を越え、複数の宙域へ活動領域を広げたことでそれまでの暦に代わり新たに星暦が制定される。
それから八十九年。時代が変わってもアッシュフォード家は宇宙開拓に関わる名家としてその名前を残し続けていた。
「(思ってた以上に古い家なんだな……)」
クラウス・シュヴァルツがあれほどシャーロットを自分の側へ引き入れようとしていた理由もこれなら少しは理解できる。
もちろん彼女自身が仮想シミュレーションで優秀な成績を残したマスターライセンス保持者だからという理由が大きいのだろう。
しかしそれだけではない。アッシュフォードという家名そのものにも相応の価値がある。
もっとも——当の本人からはそれを誇示するような素振りなど一度も感じられなかったが。
カナタは何気なく検索結果を下へ送っていった。
過去に関わった宇宙開発事業や星暦制定後に参加した開拓計画。惑星移住事業への支援記録。研究機関や開拓組織との関係。長い歴史の中で積み重ねられてきた記録が次々と表示されていく。
そのほとんどは今の自分たちには直接関係のない過去のものだった。だから彼も最初は単なる好奇心の延長として眺めていた。
しかし——指の動きが止まる。
「……FOU?」
見慣れた三文字が検索結果の一つに表示されていた。
第一開拓調査団《FOU》。惑星エリシアが発見された星暦八十九年以降、この星が人類の新たな居住地となり得るかを調査するために派遣された先遣隊。アッシュフォード家が長年にわたって宇宙進出事業へ関わってきたことを考えれば今回のエリシア移民計画にも何らかの繋がりがあったとして不思議ではない。
だが表示されていたのは一族としての出資や事業参加といった情報ではなかった。
一人の人間の名前だった。
カナタは僅かに眉を寄せ、その項目を開く。
FOU所属。
三年前、第一陣の一員として惑星エリシアへ降下。
現地での開拓および調査活動に従事。
そして現在——他のFOU隊員と共に消息不明。
その人物の姓はアッシュフォード。
「(……まさか)」
先ほどまでの軽い好奇心が消える。
彼は嫌な予感を覚えながら公開されている人物情報へ視線を走らせた。そして家族関係の項目に記された名前を見つけた瞬間、その指が完全に止まった。
——シャーロット・アッシュフォード。
「……父親だったのか」
声はほとんど吐息に近かった。
彼女の父親はFOUに所属していた。三年前、このエリシアへ先遣隊の一員として降り立ち、他のFOU隊員たちと共に消息を絶っている。
生存しているのか。どこかで救助を待っているのか。
あるいは——。
そこから先をカナタは考えなかった。
静かにリンクギアの表示を閉じると、自然と前を歩くシャーロットへ視線が向かう。
『生きていることが第一前提よ』
先ほどの言葉が蘇る。
『生きて帰れば、失敗したって次がある』
そして——。
『でも死んだらそこで終わり。次なんてないわ』
「(……そういうことなのか?)」
まだ断定はできない。本人から何かを聞いたわけではない以上、勝手に彼女の心情を決めつけるべきでもない。それでも先ほどカナタが抱いた疑問に対して、一つの答えになり得る事実だけは見つかった。
シャーロット・アッシュフォードにとってFOUの消息不明は単なる救難任務の対象ではない。この惑星のどこかで行方が分からなくなっている者たちの中に——彼女の父親がいるのだ。
青年は前を歩くシャーロットの背中を見つめながらしばらく言葉を発することができなかった。
知ってしまった。彼女が何も語ろうとしなかった事情のその一端を。
もちろんリンクギアで確認できたのは一般公開されている情報に過ぎない。彼女自身が何を考えているのか、父親とどのような関係だったのか、それどころか今回のAEGIS参加に父親の存在がどこまで関係しているのかさえ分からない。
それでも、一度知ってしまえば気にならずにはいられなかった。
「(……聞くべきなのか?)」
胸の内に浮かんだ疑問は父親についてではない。
もっと直接的なことだった。
——こんなに悠長にしていていいのか?
彼女は一秒でも早く行方不明になったFOUを探したいのではないのか。
その中には自分の父親がいる。それなのに今はルーキーライセンス保持者であるカナタ・アキトと二人で安全圏内の植物を採取し、周辺環境を調査して、時間に余裕を残したまま帰還しようとしている。
もちろんこの依頼に意味がないわけではない。エリシアの環境を知ることも、原生植物を研究することも、これから本格化する移民計画には必要不可欠だ。彼自身、この仕事を軽んじているつもりは微塵もなかった。
だが——シャーロットにとってはどうなのだろう。
「(俺なんかとこんなところで時間を使ってていいのか?)」
自嘲ではない。単純な事実として青年はルーキーで、紫紺の女性はマスターだ。仮想シミュレーションでの評価にも大きな差があり、シックスセンスすら持たない自分に対して、彼女は優れた適性を持っている。
本来なら、もっと先へ行ける人間なのではないか。自分に足並みを合わせ、こうして安全圏内を歩いている場合ではないのではないか。
まだ二十一歳の彼女が消息不明となった父親を心配していないはずがない。
もしかすると父親だけではないのかもしれない。
アッシュフォード家が長年にわたって宇宙進出事業へ関わってきた家系ならFOUの中に父親以外の知人がいた可能性だってある。幼い頃から顔を知る人物、家族ぐるみで付き合いのあった者、あるいは彼女自身が目標としていた誰か。
そこまで考えたところでカナタは一つの可能性へ辿り着く。
三年前。FOUがエリシアへ派遣された時、シャーロットはまだ十八歳だった。現在二十一歳である彼女の年齢から逆算すればそうなる。
「(……三年前には、行きたくても行けなかったのか?)」
無論、ただの想像だ。だがもし、あの時の彼女が父親と共にエリシアへ行きたいと思っていたのだとしたら。それでも実力も経験も足りず、同行できなかったのだとしたら。足を引っ張らないために自分を押し殺し、送り出すことしかできなかったのだとしたら。
その後の三年間は彼女にとってどんな時間だったのだろう。
訓練を積み重ね、知識を身につけ、仮想シミュレーションで結果を残した。そしてマスターライセンスを獲得し、ようやく自分自身の力でエリシアへ降り立つ資格を手に入れた。
ようやく追いつける。ようやく同じ場所へ行ける。そう思っていた矢先に待っていたのが——FOU消息不明の報せだったとしたら。
「……」
カナタは無意識に唇を結んだ。
今日の自分にとってこの依頼は上出来だった。
初めて実際のエリシアへ降り立ち、フロンティアベース・アルファを確認し、原生生物との遭遇を戦闘なしで切り抜け、依頼対象の《ルミナリス》も無事に確保した。地形のマッピングや周辺環境の調査まで行えている。
初任務として考えるなら、十分過ぎる成果だろう。
だがそれはあくまで彼の尺度だ。彼女には当てはまらない。
彼女にとってこの程度の任務は達成して当然なのではないか。
いや——。
「(達成して当然どころか……失敗すること自体、許してないのか?)」
不意に、そんな考えが浮かんだ。
任務で失敗しない。判断を誤らない。同行者を死なせない。自分自身も必ず帰還する。一度の失敗も、一度の判断ミスも許さない。
だから事前に活動時間を決め、撤退条件を定め、同行者の能力を確認し、遭遇した危険には即座に対処できるよう備える。
そして成果を得たなら、欲を出さずに帰る。
もしも彼女が三年間、いつか父親を追ってエリシアへ降りる日のために自分を鍛え続けてきたのなら、その積み重ねが今の徹底した姿勢へ繋がっているのだろうか。
「(プレッシャー……なのか?)」
分からない。 結局のところ全てカナタの想像に過ぎなかった。
本人に聞けばいい。
『父親がFOUにいるんだろ?』
『本当はすぐにでも探しに行きたいんじゃないのか?』
『こんなところで俺と依頼をやっていていいのか?』
そう尋ねれば、少なくとも何かしらの答えは返ってくるだろう。
彼女のことだ。質問そのものを拒絶するかもしれないし、辛辣な言葉を返してくるかもしれない。それでも、今青年が抱えている疑問に対して多少なりとも手応えのある答えは得られるはずだ。
けれど。
「(……聞けないよな)」
漆黒のルーキーは小さく息を吐いた。
出会ってからまだそれほど時間は経っていない。偶然依頼が重なり、成り行きで共同受注することになっただけの関係だ。そんな自分が彼女の家族に関する事情へ踏み込む資格などあるのだろうか。
しかも本人から聞いた話ですらない。自分で家名を検索し、その途中で偶然見つけた情報だ。それをいきなり本人へ突きつけるなど、あまりにも無遠慮に思えた。
カナタは前を歩くシャーロットとの距離を眺める。
物理的には数歩。けれど互いにどこまで踏み込んでいいのかという意味では、その数歩より遥かに遠い。
共同任務をこなす仲間。今の二人を表現するならそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。
何か声を掛けようとして——やめる。もう一度口を開きかけて——やはり閉じる。
そんな妙な距離感に東小国の彼が困惑していたその時だった。
——ピィィィッ!
「ッ!?」
突如として甲高い電子音が森林の静寂を切り裂いた。
カナタのリンクギアが激しく振動し、視界端へ赤い警告表示が浮かび上がる。ほぼ同時に、前を歩いていた紫紺の女性も足を止めた。
「これは……」
彼女の表情からそれまでの空気が一瞬で消える。
リンクギアにはAEGIS隊員が緊急時に使用する救難通知機能が備わっている。事故、負傷、原生生物による襲撃、あるいは自力での対処が困難な事態に陥った際、専用の緊急コマンドを作動させることで一定範囲内に存在するリンクギアへ位置情報と共に警報を送信できる仕組みだ。
つまり、この警報が鳴ったということは——この近くにいる誰かが自分たちだけでは対処できない何かに遭遇した。
二人はほとんど同時にリンクギアへ視線を落とした。




