第二章②【遭遇】
二人は居住区画を後にし、そのまま施設群の中央通路をゆっくりと歩き始める
道中には生活の名残が数多く残されていた。
外壁へ設置された案内表示。荷物を運搬するための搬送レール。休憩用に設置されたベンチ。今は誰も腰掛ける者はいないがその木製の座面には風雨に晒された跡が僅かに刻まれ、人がここで暮らしていた時間の長さを物語っていた。
さらに進むと小規模な広場へ出る。周囲には植栽が施され、中央には人工池まで造られていた。その水面へ木漏れ日が差し込み、静かな波紋を描いている。
ここが未開拓惑星の最前線だということを忘れてしまいそうなほど穏やかな光景だった。
「三年前までは、この辺りも人で賑わっていたんだろうな……」
カナタは静かに呟く。
朝になれば研究員が行き交い、休憩時間にはここで談笑し、仕事終わりには今日の成果を語り合う。そんな何気ない日常が確かにこの場所には存在していたはずだ。
だが今はその面影だけが静かに残されている。
シャーロットも周囲へ視線を巡らせながら、小さく頷いた。
「生活感はある」
「でも、生活していた人間だけがいない」
「それが妙なのよ」
その言葉にカナタも同じ違和感を覚えていた。
もし原生生物の襲撃を受けたのなら破壊の痕跡が残るはずだ。もし大規模な事故なら施設の一部は機能停止していてもおかしくない。
しかし実際は違う。
施設は正常。設備も正常。生活用品もそのまま。なのに人だけが忽然と姿を消している。まるで誰かが「そこにいた人間だけ」を切り取ってしまったかのような不自然さが拭えなかった。
二人がそのまま施設を抜けようとした時、不意に前方から数人の人影が近付いてくる。
同じAEGISのライセンス保持者たちだった。三人一組で行動していることからおそらく共同依頼を受けたルーキー同士のチームだろう。装備には多少の土埃が付着しているが大きな損傷は見当たらない。
「そっちは何か収穫あったか?」
年上と思われる男性が気さくに声を掛けてきた。
青年も足を止めて返事をする。
「今のところは特に施設の様子を一通り確認したくらいです」
「そっちもか」
男は苦笑する。
「俺たちも北側を少し見てきたけど今のところ調査資料と大きな違いは見当たらなかった」
隣にいた女性隊員も続ける。
「原生生物は多少見掛けたけど危険度はシミュレーションと同程度かな? 植物も特別変わった様子はない。少なくともこの安全区域内なら過度に警戒する必要はなさそうだったよ」
「そうですか。助かります」
短い情報交換だった。だが未知の惑星ではこうした僅かな情報の積み重ねが命を救う。
互いに軽く敬礼を交わし、それぞれの持ち場へ戻っていく。
再び静けさが戻った。
二人はその背中を見送りながら歩みを再開する。
しばらく無言が続いた後、口を開いたのはシャーロットだった。
「どう思う?」
その問い掛けは施設へ向けられたものだった。
カナタは少し考え込み、率直な感想を述べる。
「想像していたより整備されてる。正直もっと荒れ果ててると思ってた。でも逆にそれが気になる」
彼女は頷く。
「自動整備設備が稼働しているとはいえ、これだけ綺麗な状態が維持されているのは想像以上だったわ」
白いドーム施設へ目を向ける。
「それに生活用品も設備もそのままで誰かが避難したというより、日常の途中で時間だけが止まったような印象を受ける」
その表現が彼には妙にしっくりきた。
「まだ俺たちが見て回ったのは一部だけだけど……少なくとも原生生物に襲われた形跡は見当たらなかった」
「ええ、今の段階で結論を出すには情報が足りないわ」
でも、何かが引っ掛かる。調査記録には書かれていない何かが、この施設には残されている気がする」
風が静かに吹き抜ける。建物の隙間から木々が揺れ、葉擦れの音だけが二人の耳へ届いた。
やがてシャーロットは静かに踵を返す。
「今は依頼を優先しましょう。施設の本格的な調査は救難任務が進展してからでも遅くないわ」
「そうだな」
青年も頷く。
気になることは多い。しかし今の自分たちに与えられた役目はあくまでも依頼の遂行だ。余計な好奇心だけで行動すればそれこそ命取りになりかねない。
二人は最後にもう一度だけ《フロンティアベース・アルファ》を振り返る。
人類の希望を背負って築かれた最初の開拓拠点。そして多くの謎を残したまま時が止まった場所。その静かな街並みを胸に刻みながら二人は依頼地点のある北側森林地帯へ向けて再び歩き始めた。
———
フロンティアベース・アルファを後にした二人は依頼地点である北側森林地帯を目指しながら周囲の調査を並行して進めていた。
目的は依頼の達成だけではない。エリシアへ降り立ったAEGISには歩いた場所の地形や植生、生物分布などを記録し、本部へ共有する義務が課せられている。
第一開拓観測団《FOU》が残した調査記録は存在する。しかしそれは三年前の記録に過ぎない。地形は変化し、河川は流れを変え、植物は繁殖し、生態系もまた時間と共に移り変わる。
未知の惑星では昨日まで安全だった道が今日も安全とは限らない。だからこそ歩くという行為そのものが重要な調査だった。
紫紺の女性は左腕へ装着した《リンクギア》を操作し、周囲の立体地図へ新たな地形データを書き加えていく。
倒木の位置。河川の流路。傾斜角度。岩盤の露出。そして植物群の分布。歩みを止めることなく淡々と情報を更新するその姿はまるで長年調査任務を続けてきた熟練調査員のようだった。
一方のカナタも自身のリンクギアへ視線を落としながら地図と現地の景色を照らし合わせる。
「……北東側の斜面、資料より少し広がってるな」
小さく呟く。
仮想シミュレーションで何度も見てきた地形と比べても微妙な違いが見て取れた。
「雨季の影響かもしれないわ」
シャーロットは前を向いたまま返す。
「地盤が緩めば土砂が流れる。その程度の変化なら十分あり得る」
「やっぱり実際に来ないと分からないことばかりだ」
「ええ、だから現地調査には意味がある」
短い会話を交わしながらも二人の警戒は一切緩まない。
足元へ視線を配り、木々の間を確認し、周囲の物音へ耳を澄ませる。
森は穏やかだった。
小鳥に似た原生生物の鳴き声。枝葉を揺らす風。遠くを流れる川のせせらぎ。そのどれもがこの惑星の豊かな自然を感じさせる。
しかしその静けさこそが油断を誘う。
エリシアでは美しい景色と危険は常に隣り合わせなのだ。
——その時だった。
ガサッ。
左前方の茂みが不意に大きく揺れる。
二人の足が同時に止まり、空気が一変する。
カナタは即座に腰の近接武装へ右手を添え、重心を低く落とす。シャーロットもほぼ同時に背中へ固定していた長銃を滑るように引き抜いた。
白銀のフレームで構成された狙撃銃。銃身へ走る蒼い発光ラインが淡く輝き、ホログラム照準器が静かに展開される。
その動きには一切の迷いがなかった。
照準は一直線に揺れる茂みへ向けられる。
仮想シミュレーションで何百回と繰り返した迎撃動作。
危険要素は先に排除する。それが彼女に叩き込まれた基本理念だった。
「……来る」
紫紺の女性が静かに呟く。
茂みが再び揺れる。草木を押し分けるように一頭の四足獣がゆっくりと姿を現した。
その姿を見た青年は小さく息を呑む。
全体的な姿は母なる星に生息するオオカミによく似ていた。
しなやかな四肢。無駄なく引き締まった筋肉。灰銀色の体毛。鋭い牙。しかしその体躯は明らかに一回り大きい。肩までの高さは一メートルを超え、全長は二メートル近くある。さらに最大の特徴は額から後頭部へ伸びる結晶質の角質器官だった。黒曜石にも似たその結晶は淡い蒼白色の光を宿し、木漏れ日を受けるたび神秘的な輝きを放っている。
そして何より印象的だったのはその瞳。
黄金ではなく、深く澄んだ蒼色。静かな湖面を思わせるその瞳は獰猛さよりも、高い知性を感じさせた。
シャーロットはリンクギアのスキャン機能を起動する。青白い光が四足獣の身体を一瞬だけ走り抜け、ホログラムへ解析結果が表示された。
⸻
《グレイヴ・フェンリル》
分類:エリシア原生哺乳型肉食獣
危険度:B
主な生息域:エリシア中央森林地帯
母なる星のオオカミと酷似した群れ社会を形成する肉食獣。高い知能を持ち、不必要な戦闘を避ける習性を有する。額部に存在する結晶器官によって、生物が発する微弱な生命エネルギーを感知する能力を持つ。森林内では視覚や嗅覚だけに頼らない索敵が可能であり、一度獲物と認識されると追跡能力は極めて高い。
⸻
「危険度B……」
彼女は表示された情報を一瞥すると迷うことなく銃口をグレイヴ・フェンリルへ向け直した。
「先制するわ」
その判断は早かった。依頼を優先する以上、不確定要素は可能な限り排除する。まして未知の惑星だ。相手が襲ってきてからでは遅い。
彼女はそう判断したのだ。
だが。
「待って」
静かな声がその引き金を止めた。
シャーロットは視線だけを青年へ向ける。
「理由は?」
カナタは武器へ手を添えたまま、小さく首を横へ振る。
「撃たない方がいい。」
その視線は終始グレイヴ・フェンリルから外れることはなかった。
彼は武器へ添えていた手をゆっくりと離した。
もちろん警戒を解いたわけではない。グレイヴ・フェンリルの一挙手一投足を見逃さぬよう視線は固定したまま、もう片方の手を腰の簡易ポーチへ伸ばしていく。
不用意な動きは見せない。急な行動一つで目の前の肉食獣が敵意と受け取る可能性もある。だからこそ呼吸を整えながら慎重に手を動かした。
やがて取り出したのは、一切れの燻製肉だった。
携行食として支給されている非常食。長期保存が可能なよう加工された高タンパク食料であり、AEGIS隊員なら誰もが携行している標準装備の一つである。
その様子を横目で見ていたシャーロットが小さく眉を寄せた。
「……餌付けでもする気?」
冷ややかな声だった。
未知の惑星で野生動物へ食料を与えるなど、常識的に考えれば褒められた行為ではない。
東小国の彼も苦笑混じりに肩をすくめる。
「本当なら良くない」
そう前置きしてから再びグレイヴ・フェンリルへ視線を戻した。
「でも、多分あいつの近くに子どもがいる」
「子ども?」
「ああ、さっきから俺たちとの距離を一定以上詰めてこない。それに威嚇はしてるけど飛び掛かってくる気配もない。敵を追い払うよりこの場へ近付かせないようにしてる感じなんだ」
紫紺の女性も改めてグレイヴ・フェンリルの様子を観察する。
確かに牙を剥き出しにはしている。しかし攻撃姿勢というよりはこちらの動きを警戒し続けているだけにも見えた。
「親個体……ということ?」
「可能性は高い。この時期は子育ての時期だったはずだ。俺たちが巣の近くまで来ちまったんだろ?」
そう言うと燻製肉を軽く放り投げた。肉は二人から少し離れた場所へ落ちる。
グレイヴ・フェンリルの耳が僅かに動いた。
視線が肉へ向く。
「刺激せずに注意を逸らせれば、それだけで十分だ。俺たちは通り過ぎるだけなんだから」
そして、小さく付け加える。
「それにAEGISにも保護指針がある。人命が最優先なのは当然だけど、調査対象となる原生生物の殺処分は極力避けるよう定められてる。明確な危険がない限り、不必要な戦闘は推奨されてないんだ」
調査とは、惑星を知ること。その生態系を壊すことではない。未知の生命を守ることもまた、 人類がこの星で共存していくために必要な使命だった。
「……」
シャーロットは何も言わなかった。いや、言えなかった。あまりにも理にかなっていたからだ。
危険性。任務。AEGISの行動規範。その全てを踏まえた上で導き出した判断。
感情論ではない。合理的な答えだった。
彼女は静かに銃口を下ろす。
「……分かった」
短く、それだけ告げる。
カナタは小さく頷くと、なおもグレイヴ・フェンリルから視線を逸らさないままその次の行動を静かに見守った。
数秒にも満たない静寂が森を包み込む。グレイヴ・フェンリルは依然として二人を見据えたままその場を動こうとはしなかった。
鋭い蒼い瞳は僅かも逸れることなく、青年たちの一挙手一投足を観察している。
敵か、それとも通り過ぎるだけの存在か、その境界線を見極めようとしているようにも見えた。
やがて、風に乗って燻製肉の匂いが届いたのだろう。
ピクリ、と耳が小さく動く。その直後、グレイヴ・フェンリルはゆっくりと二人から視線を外し、慎重な足取りで燻製肉の方へ歩き始めた。
鼻先を近付け、一度だけ匂いを確かめる。すぐに警戒を解いたわけではない。何度か周囲へ視線を巡らせた後、ようやく肉を咥え、その場へ腰を落ち着けた。それと同時に二人が進もうとしていた獣道が自然と開く。どうやらこの先へ立ち入ること自体を拒んでいたわけではないらしい。
自分たちが縄張りへ不用意に近付いていたことへの警戒。それだけだったのだろう。
「……行けそうね」
「ああ」
彼女が小さく呟くのをきっかけに武器から手を離すことなくゆっくりと歩き始めた。
二人は決して背中を向けず、グレイヴ・フェンリルの様子を窺いながら慎重に距離を取っていく。
威嚇もない。追ってくる様子もない。少なくとも進行方向に危険が潜んでいる気配は感じられなかった。
「(……どうやら上手くいったみたいだな)」
胸を撫で下ろしかけたその時だった。
「……?」
何気なく振り返った東小国の彼は小さく眉をひそめる。グレイヴ・フェンリルは燻製肉を咥えたままそれでもなお彼だけをじっと見つめ続けていた。
その蒼い瞳には敵意はない。だからといって警戒が解けた様子でもない。まるで何かを確かめるように、あるいは何かを思い出そうとするように、その視線だけがいつまでもカナタを追っていた。
「(……あれ? ひょっとして、餌で気を逸らす作戦……失敗だったか?)」
一瞬、不安が頭をよぎる。実は食べ物を与えたことで余計に興味を持たせてしまったのではないか。そんな嫌な想像まで浮かんできた。
しかしグレイヴ・フェンリルはその場から動こうとはしない。一定の距離を保ったままただ静かにこちらを見送っているだけだった。
その真意は分からない。だが少なくとも、今すぐ襲い掛かってくる様子はない。
「どうしたの?」
前を歩いていたシャーロットが振り返る。
「あ、いや……何でもない」
青年は慌てて首を横に振ると、小走りで彼女の後を追った。
こうして二人は最初の遭遇戦を回避し、目的地である北側森林地帯への道を無事に進み始めるのだった。
———
グレイヴ・フェンリルとの遭遇から少し。
幸いにも、それ以降は大きな危険へ遭遇することなく、二人は調査記録に記されていた目的地へと辿り着いた。
森林を抜けたその先、視界がゆっくりと開けた瞬間だった。
「……っ」
カナタ・アキトは思わず息を呑む。
そこに広がっていた光景は彼が仮想シミュレーションで何度見てきた景色とも違っていた。
いや、映像では決して伝わらない。実際にこの場へ立たなければ感じ取ることのできない圧倒的な生命の世界がそこには存在していた。
鬱蒼とした森林の中央にぽっかりと開いた天然の広場。幾本もの巨木が空高く枝を広げ、その隙間から降り注ぐ柔らかな陽光が緑の大地を優しく照らしている。木漏れ日は幾重にも重なり合い、光そのものが森の中を舞っているようだった。
足元では色鮮やかな草花が風に合わせてゆっくりと揺れ、小さな花弁が時折ふわりと宙へ舞い上がる。
蒼。翠。紫。白。母なる星では決して見かけることのない色彩が折り重なり、一枚の巨大な絵画を思わせる景観を作り上げていた。
さらに目を引くのは大地の至る所から顔を覗かせる鉱物。
透き通るような水晶にも似た巨大な結晶群。その内部には青白い光が静かに流れ、鼓動するような淡い明滅を繰り返している。陽光を受けるたび結晶同士が反射し合い、森全体へ幻想的な光を散りばめていた。まるで大地そのものへ無数の星々が降り積もったかのようだった。
近くでは清流が緩やかに流れ、その透明度は底に沈む小石一つひとつが数十メートル先まで見渡せるほど高い。水辺には見たこともない花が咲き誇り、小型の羽虫たちが蜜を求めて飛び交う。羽ばたくたび薄い翅が虹色へ輝き、空中へ小さな宝石を散りばめているような鮮やかさだ。
森の奥では大型の草食獣らしき生物が群れを成して草を食み、そのさらに上空では翼長数メートルはあろう鳥型生物がゆったりと旋回している。
争う様子はない。捕食する様子もない。ただそれぞれがこの惑星の生態系の中で静かに命を繋いでいる。
美しい。その一言では到底足りない。
ここは自然が生み出した芸術そのものだった。
普段ほとんど感情を表へ出さない紫紺の女性ですら小さく言葉を失う。
「映像資料とは比較にならないわね……」
珍しく感嘆の色を滲ませた声だった。
青年も苦笑しながら頷く。
「仮想シミュレーションじゃ空気までは再現できないもんな。音も、匂いも、この空気も全部、本物だからこそ伝わってくる」
風が吹き抜ける。草花が揺れ、木々がざわめき、小川のせせらぎが森へ静かに溶け込んでいく。その全てが不思議なほど心を落ち着かせた。
人類がこの星を第二の故郷に選ぼうとした理由。それが少しだけ理解できた気がした。
「……綺麗ね」
彼女がもう一度だけ呟く。
その短い一言へカナタも静かに笑みを浮かべる。
「ああ、この景色だけなら、誰だって住みたくなる」
しかしその美しさに見惚れてばかりもいられない。
二人は再び歩き始め、依頼対象となる植物を探しながら周囲を慎重に観察していく。
やがて数分後。
「……あった」
木陰へ視線を向けたカナタが足を止める。
そこには一本の巨木の根元へ寄り添うように淡い蒼色の花を咲かせた植物が群生していた。
陽光が届き過ぎない半日陰。湿度も十分。資料に記されていた生育環境と完全に一致している。
だがすぐには手を伸ばさなかった。
「念のため」
左腕のリンクギアを起動する。
青白いスキャン光が植物全体を包み込み数秒後、解析結果がホログラムへ表示された。
《ルミナリス》
生体反応一致率:九八・七%
採取対象確認
状態:正常
その表示を見た彼はようやく肩の力を抜いた。
「……本物だ」
安堵の息が漏れる。
シャーロットも静かに頷いた。
「どうやら最初の依頼は当たりだったようね。」」
「一先ずは出鼻を挫かれずに済んだか」
依頼品そのものが見つからず失敗する。そんな最悪の展開だけは避けることができ、それだけでも十分な成果と言えた。
しかし彼女は採取ケースを取り出しながら気を緩めることはなかった。
「でも安心するのはまだ早いわ」
冷静な声が森へ響く。
「依頼は見つけることじゃない。無事に持ち帰って依頼主へ引き渡すまでが任務よ」
「そう……だな」
カナタもすぐに表情を引き締める。
その通りだった。フロンティアベース・アルファでは不可解な静寂を目の当たりにした。道中ではグレイヴ・フェンリルとも遭遇した。
まだエリシアへ降り立ってから半日も経っていない。それだけで、この惑星が決して人類へ牙を隠したままではないことを十分思い知らされている。
この先も順調に進む保証などどこにもなかった。
自分の命は自分で守る。それだけでは足りない。
隣に立つ仲間の命も守り合わなければこの惑星で生き抜くことはできない。そんな予感だけは不思議なほど強く胸の奥へ刻み込まれていた。




