↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/12

第一章①【漆黒のルーキー】

 カナタ・アキト。

 東小国の出身で身寄りのない孤児として生まれ、幼い頃から孤児院で育った青年だ。物静かで穏やかな性格だが人を疑うことが苦手なお人好しでもある。

 困っている人を放っておけず、自分が損をすると分かっていても手を差し伸べてしまう。

 そんな性格もあって、孤児院では年下の子どもたちから兄のように慕われていた。

 やがて成長した彼は一つの目標を抱く。


 ——自分を育ててくれた孤児院へ恩返しをすること。


 決して裕福とは言えない環境の中で自分をここまで育ててくれた人たちへ、いつか必ず恩を返したい。

 その想いだけは、幼い頃から変わることはなかった。

 しかしその人生は一通の招待状によって大きく動き始める。

 差出人は開拓計画養成機関。

 内容はAEGIS候補生として養成機関へ参加する資格を与えるというものだった。

 推薦者の名前も、選ばれた理由も記されてはいない。

 それでも彼はその招待を受け入れる。

 もしこの先に孤児院へ恩返しができる未来があるのなら。

 その小さな希望を胸にカナタ・アキトは新たな人生への一歩を踏み出す矢先だった。

 超大型移民艦アステリア。その中央ブリーフィングホール。エリシア降下を目前に控え、艦内に所属するAEGISたちが一堂に会していた。

 壇上では移民艦総責任者が未開拓惑星エリシアで活動するにあたっての任務概要や注意事項を順に説明している。

 誰もが真剣な面持ちで耳を傾ける中、一人の青年だけは難しい表情を浮かべていた。

 彼は膨大な情報量に頭を悩ませながらも、一つたりとも聞き漏らすまいと必死に説明へ意識を向ける。

 AEGIS。

 人類が未開拓惑星で活動するために創設されたライセンス保有者の総称である。

 彼らに課せられる任務は決して一つではない。

 未知の環境を調査し、安全な活動区域を切り開く探索任務。人類へ牙を剥く原生生物への対処を目的とした戦闘任務。遭難者や消息不明者の捜索・救助。新資源の採掘や輸送、前線基地の建設・防衛など、その活動内容は多岐にわたる。

 未開拓惑星という過酷な環境では状況は常に変化し続ける。一人ひとりが調査員であり、兵士であり、時には救助隊として命を預かる存在でもあった。

 そのためAEGISとして活動するには厳格なライセンス試験を突破しなければならない。

 十分な知識と判断力、そして実践能力を兼ね備えた者だけが、その資格を手にすることを許されるのだ。

 ライセンスは大きく二種類に分類される。

 ルーキーライセンス。そしてその上位資格となるマスターライセンス。

 ルーキーはAEGISとして活動するための基本資格であり、未開拓惑星エリシアへの降下を許可される最低条件でもある。対してマスターは数々の実績と卓越した能力を認められた者だけが到達できる上位資格だ。重要任務や部隊指揮を任される機会も多く、AEGIS内での評価や待遇にも大きな違いがある。またマスターライセンス保持者にはより高度な任務への優先参加や、作戦立案への参加など、多くの権限と責任が与えられていた。

 エリシア移民計画の拠点となる超大型移民艦——アステリア。そこへ配属されているAEGISライセンス保持者は全人類の中から選び抜かれた五百名にも満たない。その中でもマスターライセンス保持者はさらに限られ、全AEGISのわずか数パーセントしか存在しない。

 まさに人類最高峰と呼ぶに相応しい存在であった。

 そしてカナタ・アキトが所持しているのはルーキーライセンスである。

 何故ルーキーか? その理由の一つがシックスセンスだった。

 シックスセンス。人類が進化の過程で獲得した特殊能力の総称である。

 卓越した身体能力を発揮する者。炎や雷、氷といった自然現象を自在に操る者。仲間の治療や能力強化など、支援に特化した力を持つ者。さらにはそれ以外にも数え切れないほど多種多様な能力が確認されている。その能力は千差万別であり、一人として同じ力を持つ者はいない。

 未知の環境が広がるエリシアでは、シックスセンスは人類最大の武器であり、生存率を大きく左右する重要な力でもあった。

 危険な原生生物との戦闘だけではない。未踏の地形を踏破し、極限環境を生き抜き、仲間を守り抜くためにも、シックスセンスは欠かせない存在となっている。

 そのため、AEGISライセンスの審査においても重要な評価基準の一つとされていた。

 しかしカナタ・アキトにはそのシックスセンスが存在しない。

 理由は不明。医学的にも科学的にも明確な結論は出ておらず、その原因はいまだ解明されていない。

 それでも彼はルーキーライセンスを取得し、AEGISの一員として認められていた。

 そんな実直な青年が困る理由が目先の課題だ。

 壇上に立つ移民艦総責任者は会場をゆっくりと見渡すと静かに片手をかざした。次の瞬間、会場中央に巨大な立体ホログラムが展開される。淡い青白い光が空間を埋め尽くし、一瞬で広大な惑星地図が参加者たちの眼前へと映し出された。そこに表示されたのは、人類が未開拓惑星エリシアで築き上げた活動拠点と、その周辺地図だった。

 複数の区域は色分けされ、調査済み区域、未調査区域、危険区域、そして第一開拓調査団《FOU》の最終通信地点が明確に表示されている。

 青、黄、赤。それぞれの色が示す意味は異なり、その境界線がエリシアという惑星の危険性を物語っていた。

 カナタ・アキトは難しい表情のまま、その映像を見つめていた。

 情報量が多く、覚えなければならないことも多い。ライセンス制度、活動区域、部隊編成、行動規範。一つひとつが人命に直結する内容ばかりだ。

 一つでも聞き逃せば命取りになりかねない。だからこそ必死に理解しようとしているものの次々と新しい説明が重なり、頭の中は既に整理が追いつかなくなり始めていた。

 そんな緊張感がこの場所全体にまで及んでいた。

 誰一人として私語を交わす者はいない。ただ総責任者の声だけが静かに響き渡る。


「正式な救難任務としてFOU最終通信地点以深へ進行する場合、行動条件を設ける」


 総責任者の声が会場に響く。


「最低三名によるスリーマンセルでの行動。そしてマスターライセンス保持者一名以上の同行を必須とする」


 その言葉と同時にホログラムには一本の赤いラインが地下深部へと伸びていく。

 まるで人類がまだ踏み込めていない領域を示す境界線のようだった。


「この条件を満たさない部隊の活動範囲は、人類が安全を確認しているフロンティアセクターA・B・Cまでとする」


 青く表示された三つの区域が順番に点灯する。それらはFOUが三年という歳月を費やし、多くの犠牲と成果の末に調査と開拓を終えた人類の活動可能区域だった。言い換えればその先は人類がまだ完全には掌握できていない未知の領域である。


「深部では原生生物の凶暴化が確認されている。指定区域外への無断進行、並びに独断による探索範囲の拡大を禁止する」


 総責任者は一呼吸置く。会場全体へ視線を巡らせると言葉により一層の重みを乗せた。


「命令なき越境は重大な規律違反とみなし、救助要請があった場合でも即時救援は保証しない」


 その一言に会場の空気が一段と張り詰める。誰も息を呑み、静かにホログラムを見つめていた。それだけでこの惑星がどれほど危険な場所なのかを誰もが理解した。


「(……思っていたより、ずっと厳しいんだな)」


 カナタは思わず小さく息を呑む。

 訓練とは違う。これから向かう場所では一つの判断ミスが命を落とすことに直結する。

 その現実が今になってようやく実感として胸へ押し寄せてきた。

 そして総責任者は、最後に最重要事項を告げた。


「なお、AEGISライセンス保持者の損耗率が規定値へ達した場合、本計画は即時中止となる」


 誰一人として声を発さない。

 会場には静寂だけが流れていた。


「ルーキーおよびマスターライセンス保持者を合わせた現戦力の過半数を喪失、または消息不明となった時点でエリシア移民計画は中断する」


 ホログラムには『MISSION ABORT』の赤い文字が表示される。

 その赤い文字はまるで警告そのものだった。


「その場合、人類は調査体制を一から再編成し、再び三年間の準備期間を経て計画を再始動する」


 三年。その時間は決して短くない。

 FOUが費やした歳月。そして人類が再び積み重ねなければならない歳月でもある。

 その損失は一つの部隊だけではなく、人類全体の未来を左右するほどの重みを持っていた。

 総責任者によるブリーフィングはその後も途切れることなく続く。

 惑星エリシアで現在判明している環境。第一開拓調査団《FOU》が三年間にわたって収集した膨大な調査記録。消息を絶つ直前までに確認された数々の異常現象。各地で観測された原生生物の生態変化や凶暴化の傾向。さらにはこれまで解析された地下地形のデータや、今後予定されている調査方針、救難活動における行動指針についても次々と説明が行われていく。

 どれもエリシアで生き残るためには欠かせない重要事項だった。

 ここにいる誰もが自分の命を守るために知っておかなければならない内容ばかりである。

 しかしその内容はカナタの耳にほとんど入ってこなかった。

 聞いていないわけではない。聞こうとはしている。

 それでも思考は先ほど告げられた一つの条件へ完全に囚われていた。

 ——正式な救難活動を行うには最低三名によるスリーマンセル。そしてマスターライセンス保持者一名以上の同行が必須。


「(……いや、それって)」


 カナタは頭の中で静かに計算する。

 アステリアに所属するAEGISは五百名にも満たない。その中でマスターライセンス保持者は、 わずか数パーセント。

 人類最高峰と呼ばれる存在なのだから当然と言えば当然だが、その人数はあまりにも少ない。単純に人数だけを考えても、全てのルーキーへ均等にマスターを割り振ることなど不可能だ。

 だがそれ以前にカナタには気になる点があった。

 そもそもなぜ最低三名なのか。

 少し考えればその理由はすぐに見えてくる。

 単独行動では、一人が倒れた時点で終わり。二人でも、一人が負傷あるいは消息不明となれば残された一人は救助を優先するのか、それとも本部へ報告するのかという選択を迫られる。

 そのどちらかを選んだ時点でもう片方は失われる。

 三名であれば違う。

 一人が負傷したとしても、一人が救助にあたり、もう一人が本部へ状況を報告できる。スリーマンセルとは救難活動を継続するための最低限の安全基準として設けられた編成なのだろう。

 その考え自体は理解できる。問題はその先だった。

 仮に人数だけ揃えられたとしても、現実はそう単純ではない。

 危険な救難任務へ、自ら経験の浅いルーキーを連れていこうと考えるマスターが果たしてどれほどいるだろうか。ルーキーを守りながら戦うということはそれだけマスター自身が背負う危険も増えるということだ。しかも一人のマスターが複数のルーキーを率いて救難活動へ向かえばその部隊が壊滅した際に失われる人員も比例して増える。

 それは一部隊だけの損失では済まない。AEGIS全体の戦力低下へと直結する。

 総責任者が口にした言葉が頭をよぎる。


 ——現戦力の過半数を喪失、または消息不明となった時点で計画は中止。


 その規定が存在する以上、運営側としても人員を無闇に危険へ晒すような部隊編成は避けるはずだ。ならば実力の近いマスター同士で部隊を編成した方が、生還率も任務成功率も高い。

 そう考えるのが自然だった。いや現実的に考えれば、その判断を下す者の方が圧倒的に多いだろう。

 つまり。大半のルーキーライセンス保持者は総責任者が先ほど説明していたフロンティアセクターA・B・Cでの活動を任されることになる。人類が安全を確認した区域で調査や支援任務を行い、FOUが消息を絶った深部へ進む機会は与えられない。

 救難活動に参加できるのは必然的に限られた人数。そしてその多くはマスターライセンス保持者を中心とした実力者たちになる。


「(じゃあ、俺が深部へ行くには……)」


 方法は限られている。

 マスターライセンス保持者に自らの実力を認めさせ、その部隊の一員として迎え入れてもらうこと。あるいは半年に一度実施されるライセンス昇級試験を突破し、自らマスターライセンスを取得すること。もしくはフロンティアセクター内で誰もが認めるほどの功績を積み重ね、特例として飛び級昇格を認められること。

 道は確かに存在する。だがそれはどれも狭き門だった。

 努力だけで届くものではない。実力だけでも足りない。運や巡り合わせすら必要になるかもしれない。

 少なくとも今の自分にはそのどれも現実味のある話とは思えなかった。

 漆黒のルーキーは小さく息を吐き、無意識のうちに視線をホログラムへ戻した。

 総責任者の説明は、今もなお淡々と続いている。

 それでも彼の思考は依然としてその一つの問題から抜け出せずにいた。

 とはいえ、その現実はカナタ・アキト個人の目的を大きく狂わせるものではなかった。

 少なくとも、今この時点では。

 彼の目的は孤児院への恩返しであり、そのための資金を稼ぐことだ。

 幸い、その目的であればフロンティアセクター内での活動だけでも十分に果たせる。総責任者のブリーフィングでも、その点については説明されていた。

 AEGISの任務は、FOUの救難活動だけではない。

 移民計画を進める上で必要となる環境調査。地下資源の調査・採取。原生生物の生態調査。未知の植物や鉱物、微生物の採取。危険区域の情報収集や地形データの更新。そして将来的な居住区域の選定や新たな開拓候補地の調査まで、その内容は実に幅広い。

 そうした依頼はアステリアへ乗船するスポンサー企業や研究機関、科学者たちから日々AEGISへ持ち込まれていた。

 FOUとの通信が途絶えた今、人類が保有するエリシアの情報は異変が起きて通信が途絶える前の調査記録を最後に更新が止まっている。

 惑星環境の変化。地下資源の分布。原生生物の生息域。未知の植物や鉱物の存在。FOUが調査を終えた区域でさえ、異変により環境が変化している可能性は十分に考えられる。

 だからこそそのすべてを今後はAEGIS自身の手で改めて調査し直さなければならない。

 もちろん最優先事項はFOUの救難である。しかし移民計画そのものを前へ進めるためには、それと並行して惑星の調査と開拓を継続する必要があった。

 人類は救助だけを目的にエリシアへ来たわけではない。この星を未来の居住地とするためにも立ち止まることは許されなかった。

 故に総責任者はマスターライセンス保持者と行動できないルーキーライセンス保持者にも、それぞれ果たすべき役割を明確に与えていたのだ。

 そしてその依頼には相応の報酬が支払われる。スポンサー企業は新たな資源を求める。研究者は未知の生命や鉱石を求める。

 製薬会社は未知の微生物や植物を。開発企業は希少鉱物や新素材を。企業も国家も誰より早く価値ある情報を手に入れたい。

 当然その対価として提示される報酬も跳ね上がる。早く発見した者ほど利益は大きく、その価値は時に一生遊んで暮らせるほどの金額になることさえあるだろう。

 少し現実的な話をするなら人は理想だけでは動かない。

 未知への探究心だけでもない。

 そこには必ず利益がある。

 莫大な利益が見込めるからこそ、多くの資本がこの移民計画へ集まっている。

 そしてその資本がAEGISの活動を支えているのもまた事実だった。


「(……焦る必要はない)」


 FOUの安否は気になる。できることなら自分も救難活動へ加わりたい。

 それでも役割には適材適所というものがある。今の自分が無理にルールを破って深部へ踏み込んだところで、救難活動の助けになるどころか、新たな救助対象を増やすだけだ。

 それは結果として仲間へ余計な負担を強いることになり、救難活動そのものの足を引っ張ることにも繋がる。

 さらにその影響は一部隊だけでは終わらない。

 AEGIS全体、ひいては移民計画そのものへ波及しかねない。

 焦らずに今は自分にできることをやるしかない。

 カナタは知り得た情報を頭の中で静かに整理していく。

 まずはフロンティアセクター内で経験を積むこと。惑星エリシアについて一つでも多くの知識を得ること。そして依頼をこなしながら実績を積み重ね、自らの価値を証明していくこと。

 無理をする必要はない。一歩ずつ積み上げればいい。その先にしか、自分が深部へ辿り着く道はないのだから。

 そう結論付けた青年はエリシア降下後は単独で受けられる依頼を中心に活動することを静かに決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。