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春越えて、君を想えるか ~好きとか恋愛とかよくわからなくてもカラダを重ねた曖昧なボクら~  作者: 御子柴 流歌
4th Act: 学校祭本番と真夏の準…

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4-32: 貴方が気にしないのなら


 伯父さんの店の空気は、学校祭の熱とも夜道の静けさとも違っていた。


 扉を開けた瞬間に流れ込んでくるのは、料理の香りと、程よい音量のBGMと、カウンター越しに交わされる穏やかな会話の気配。


 今は夜の店の顔をしているとも言えるかもしれない。少なくとも昼間のカフェ業態のときとは違う。でも、大元の部分は変わらない。うるさくも騒がしくもないのがこの店の良いところだと思っている。


 だからこそ、今日みたいな日には妙に身体に馴染んでくる。


「こちらへどうぞ」


 伯父さんがカウンターから出てきて、いつものようににこやかに奥の二人席へ案内してくれる。


 俺としてはカウンターでも良かったのだが、たぶんそういう話ではないのだろう。


 こういうときの伯父さんは、いつだって俺をしっかりと客として扱ってくれる。……いつ店員として使ってやろうかと考えていたりはするのかもしれないが。


「まずは、ふたりともお疲れさま、だな」


「ありがと」「ありがとうございます」


 労われたので、ここは素直に受け取っておく。


 伯母さんに今日のカフェエプロンなどの服装をコーディネートしてもらったこともあり、ふたりとも今日俺が一般公開日にどんなことをするのかということは知っていた。伯父さんはカフェの営業時間もあるので今日は来られなかったが、明らかに来たがっていたことだけは解っていた。


 菜那については、どうなのだろうか。そういえば咲妃とふたりでディナータイムに行ったという話は聞いている。その時にでも話をしていたかもしれない。


「何か飲むだろ? ……ウェルカムドリンクはサービスするから」


「良いの?」


「おうよ」


 だったら、どうしようか。


「俺はとりあえず、……アイスコーヒーで」


「デカフェにしておくか?」


 たしかに、さすがに今からカフェインを入れるのも良くないか――などと思っていたら、続けざまに耳打ちをしてくる。


「……まぁ、()()()()()()ってんならふつう通りで良いかもしれないけどな」


「おい」


 聞こえてたらどうすんだ。


 そう思いながら、対面を見る。しっかりと視線がぶつかった。


 聞かれてたろ、コレ。どうするんだよ。


「私は……」


 だが、菜那はメニューを開き直した。――マジで、どうしてくれようか。


「カフェオレ、でも」


「承知しました」


「あの……」


「どうされました?」


 何か要望があるのだろうか。


「……カフェインレスとのブレンド、みたいなことって出来ますか?」


 菜那はそんなことを伯父さんに訊いた。


 伯父さんはわざとらしくこちらを見ながら片眉を上げた。


 俺は、何も言わないことにする。


「出来ますよ。お作りしましょうか」


「はい。……彼も、同じで」


「え」


「承知しました。ではまずドリンクからお持ちしますので、またメニューなど御覧いただいてお待ちください」


 何も言わないことにした手前、何も言えないまま終わってしまった。


 菜那の意図を探りきれない。


 いや、かなり自分勝手な解釈をするのであれば、何となくは解る。そこまで鈍感野郎ではないと思っている。


 ただ、そんな身勝手な解釈が許されるとも、あまり思えない。


 俺が今できることと言えば、メニューと軽くにらめっこしてこれから何を食べるか考えることくらいだろうか。


 席に腰を下ろしてからも、俺は何となく落ち着かなかった。


 それは菜那が目の前に居るから、というのももちろんあるのだが、それだけでもない。


 この店に来ると、いつもなら俺は立っている側の人間だ。カウンターの中に居て、誰が何を頼むかを聞いて、皿やグラスを運んで、空いた席を見て、会計の流れを頭の片隅で気にし続ける。


 それが今日は逆だった。


 座っているだけで良い。


 次に何を運ぶか考えなくて良い。


 注文を急かす必要も、客足を読む必要もない。


 ただ、それだけのことなのに妙にそわそわする。


 身体に染み付いた習慣というのは、案外厄介なものらしかった。


「……落ち着かない?」


 メニューを眺めていたはずの菜那が、不意にそんなことを言った。


「え?」


「さっきから、ちょっとだけ店の中を見過ぎ」


「……あー」


 図星だった。思わず苦笑いが漏れる。


「やっぱり解る?」


「それくらいは」


 そう言いながら菜那は、メニューの端を指先で軽く整えた。


「でも、それだけ普段ちゃんと見てるってことなんでしょう?」


「まぁ、そう……なのかな」


 自分ではあまり意識したことがない。


 仕事なんだから当然だろ、という感覚の方が強いからだ。


「じゃあ、良いことじゃない」


 菜那はあっさりと言う。


 良いこと。


 そう言われると少しだけ救われる。


 それにしても――。


 さっきの「彼も、同じで」が、まだ頭の片隅に残っていた。


 カフェインレスとのブレンド。


 つまり、俺が今からコーヒーを飲んでも今夜すぐには困らないように、ということだろうか。


 いや、そこまで考えているとしたら、さすがに都合が良すぎる解釈な気もする。


 単に自分だけ気を遣われるのが気まずかっただけかもしれないし、あるいは本当にただの流れかもしれない。


 でも。


 そういうふうに解釈したくなってしまう程度には、さっきの彼女の言葉は甘かった。


 視線を向けると、菜那は何でもない顔でメニューを見ている。


 その横顔に、ついさっき夜道で見ていた柔らかさの名残がある気がして、ますます困る。


「……何?」


「いや、何でも」


「そう」


 短い返事。


 でも、その『そう』は突き放す感じではなかった。


 こうしていると、本当に少しだけ、学校祭の続きではない時間に入ってしまったみたいだった。


「……どうしようか」


「蓮は?」


「そうなぁ……」


 そうだった。


 菜那は食に関しての自己主張はほぼ無い。とくにここで俺と一緒に何かを口にするときは、俺のオススメしたモノを食べてくれる。


 つまりは、俺が決めなければいけないということだった。


 丸投げと言えばそれまでかもしれないが、俺を信頼してくれているのだという解釈もできる。個人的には、嬉しい。


「おなかは減ってる?」


「……そうね」


 ここで肯定の言葉が出てくるということは、さすがの菜那も今日の労働後では空腹を感じているらしい。


 俺は、問答無用でかなり減っている。


「じゃあ、ガッツリ食べちゃってもイイか……? でもなぁ」


「どうしたの?」


「夜遅くに多めに食べたら、その……体型的な話とか、気にしてたりしないか、とか」


「……ああ」


 一応言葉は選んだつもりだったが、菜那は然して意に介して居なさそうな反応を見せた。


 まぁ、『私、食べてもあまり太らないの』とか言いそうな雰囲気はあるが。実際、あんまり食べてないからという見方も出来そうなことは、ここ数ヶ月の付き合いで解ってきたことでもある。


「蓮に任せるわ」


「……なるほど?」


 それはどういう解釈をすれば良いのやら。


 若干困っていると菜那がごく僅かに口元を緩めた。


 今日だけで何度か見てきたが、やっぱりこの少しだけ柔らかな感じは、いつもより頻度が多い気がする。


「だったら、あれにしない?」


「あれ?」


「この前食べた、……ピッツァ」


「ああ」


 その言い方で思い浮かぶのはマルゲリータ。


 菜那がウチのトマトソースを特に気に入っていたことは、しっかり覚えている。


「シェアもできるし」


「それは良いかも」


「貴方はきっと足りないと思うけれど」


「その辺はパスタとドリアも頼む予定だから。そっちも良かったらシェアしよう」


「ありがとう」


 そう言って菜那は、再びメニューへと目を落とした。


 けれど、もうメニューの中身を真剣に吟味しているという感じではなさそうだった。どちらかと言えば、私たちはもう決めましたよ、とでも伯父さんに伝わるように開いているだけのような、そんな持ち方だった。


 俺もそれに倣うような格好で手元のメニューへ視線を落とす。とはいえ、頭の中で考えているのは料理のことだけじゃない。


 こうして何を食べるかを相談して、自然にシェアする流れになって、それを菜那が当たり前のように受け入れている。


 たったそれだけのことなのに、妙に胸の内側が落ち着かない。


 今までも、彼女が俺の勧めるものを受け入れてくれることはあった。


 でも、今日のこれは少し違う気がした。


『任せる』だけじゃなくて、『この前食べたピッツァ』と菜那の方からちゃんと口にしたことも含めて、ふたりで食べるものをふたりで決めた、という感覚がある。


 ――いや、意識しすぎか。


 そう思って、一度だけ小さく息を吐いた。


「ところで」


「うん?」


 菜那がメニューから顔を上げる。


 その動作がやけにゆっくり見えてしまうのは、俺の方が変に意識しているせいだろう。


「それらには、ガーリックって入っていたかしら」


 少しだけ慎重な訊き方だった。


 だからこそ、一瞬だけ答えに詰まりそうになる。


「まぁ、入ってはいるけれど、そこまでガッツリってわけではないかな」


 にんにくを効かせると美味しくなるが、おなかが張ったりするということで控えめにはしているはずだ。メインになるのはやっぱりトマトソースの方で、風味付け以上の強さではなかったと思う。


「そう」


 俺の答えに、菜那は納得したらしい。


 ただ、その返しがあまりにもあっさりとしていたせいで、逆に引っかかった。


 ――何だ?


「何か気になった?」


「まぁ。……貴方が気にしないのなら」


 その答え方で、ようやくいくつかの可能性が頭の中に浮かぶ。


 食後の距離感のこととか、匂いのこととか、そういう類いのことを菜那が気にしているのだとしたら――。


 そこまで考えた自分に、慌てて待ったをかける。


 勝手に意味を足して、勝手に舞い上がるのは一番よくない。


 ――なのに。


 そう自制しようとした瞬間だった。


「……? ――っ」


 妙に艶めいて見える、彼女の唇に目が行ってしまった。


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