4-29: 結果発表のお時間
暗がりのグラウンドとはいえ、行燈の灯りも見ているうちに目が慣れてくる。
最初こそ夜のグラウンドに急に別世界が立ち上がったような錯覚を覚えたが、その幻想も少しずつ現実に馴染み始める。あるいは現実の方が、幻想の側へと歩み寄っていると言っても良いのかもしれない。
ただ、どんな言い訳を重ねたとしても、そこにある光景はたしかに綺麗だった。
全学年全クラスの行燈が、思い思いの色と図柄とを浮かび上がらせている。近付いて見ると少し荒いところもあるし、塗りムラだってある。骨組みの線が透けて見える箇所もある。
だが、それら全部ひっくるめてそれぞれのクラスらしさになっているような気がした。
完成品だけを見れば、学校祭での行燈イベントの先駆者である学校の生徒ならば、もっと完成度が高い物を作れているのだろう。
でも、今必要なのはそんな話ではない。無粋なモノなど不要だ。
あれだけ慌ただしく、あれだけ雑多に、あれだけ泥臭く作ってきたモノが、こうして光っているということ。それ自体に意味があるのだとしたら、たぶん今この瞬間だけは、俺たちは報われていると言って良いのだろう。
「……何か、すげえな」
誰かがそう呟いた。
クラスメイトの声には違いない。誰かまでは判らなかった。
でも、その一言には諸手を挙げて同意しておくことにした。
○
後夜祭は後夜祭らしく、各種の発表やら簡単な演し物やらが続いた。
そのどれもに大きく笑ったり、はしゃいだりするほどの元気は、俺にはもう残っていなかった気がする。もちろん全く楽しくないわけじゃない。むしろちゃんと楽しんではいる。
だけど、身体もメンタルもわりと限界点ギリギリか、あるいはそれをを越えていたらしい。
思えばここ数日、まともに休んだ記憶がない。
朝早くから行燈作業。日中は授業やら学校祭の進行やら。放課後は準備。
一般公開日の今日は、客相手の接客と宣伝と、さらに得体の知れない写真撮影と占いまで喰らった。
よくよく振り返ってみれば、やっぱり精神的疲労の原因がじわじわと増えているのは確定だ。とくに後半の方がちょっとおかしい気もするけれど、そこに関してはもう考えないことにした。考えたところで疲れるだけだ。これで伯父さんがもしバイト休みをくれないような人だったらと考えると、まぁまぁの寒気がしてくる。
「次、模擬店部門の結果発表でーす!」
気が付けば式次第もそれなりに進行していた。マイクを通した高めの声が響く。
にわかにウチのクラスの面々が色めき立つ。そしてやたらとみんながこっちに近付いてきたような。
いや、その理由はわかる。何なら俺すらも「来たぞ」と思ったくらいだ。
これまでいろいろな発表があったが、模擬店部門については皆それなりに気になっていたらしい。そりゃそうだ。明確に勝負の匂いがする部門なのだから。
ウチのクラスは、少なくともそれなりに手応えはあった。
列もできた。回転率も上げた。接客も、たぶん悪くなかったはずだ。そして行燈もわりかし良いランクに付けている現状、総合順位でもまぁまぁ期待のできる予感はしている。全体順位はともかく学年内でいえば上位に入れそうな予感だ。
でも、だからといって結果が伴うとは限らないのがこの手の話だろうとも思う。
世の中そう都合良くは出来ていない――という考え方が、たぶん俺の基本線なのだ――。
「第5位――2年4組、『昭和レトロ喫茶』!」
――――――。
――……。
まるでネット中継かのようなタイムラグが、俺たちの思考の中にはあるようだ。
「……おお?」
「うおっ!?」
「マジか!」
「入ったぁぁ!」
弾けるような歓声。
俺も遅れて息を呑む。
第5位。
学年単位ではなく、全体で5位。
つまり、相当上の方だ。
「え、ちょ、すごくない?」
「ってことは学年では……?」
「いや、まだわからんって!」
クラスメイトたちのテンションが一気に跳ね上がる。
跳ね上がる、が。
「模擬店部門・2年生部門1位――4組、昭和レトロ喫茶!」
そこまで聞いた瞬間、もはやグラウンドのどこかが揺れた気すらした。
「うわああああっ!!」
「マジでぇぇ!?」
「やったぁぁ!」
「店長ー!」
「深沢くーん!」
「うぉっ」
危うく何人かにそのまま押し倒されるところだった。
誰かが俺の肩を叩き、誰かが腕を引っ張り、誰かが「MVPだろこれ!」と叫ぶ。いやいやいや、さすがにそれは違うだろうと思うのだが、そんな冷静なツッコミを許すだけの隙もない。
岩瀬なんて、もう半泣きだった。
「やった……! やったぁぁ……!」
あの店長がここまで感情を表に出すとは思っていなかった。いや、あれだけ本気でやってきたのだから当然かもしれないが。
それでも、いつも強気で前に立っていた人が、こうして年相応に喜んでいるのを見ると、こっちまで何かが込み上げてきそうになる。
「深沢くん! ありがと!」
「いや、俺だけじゃ――」
「そこは今、いいから!」
「……ッス!」
完全に勢いに呑まれた。丸め込まれたとも言えそうな気はする。
だが、こういう時に抗うのも野暮だろう。ありがとうと言われるなら、ありがとうを受け取っておくのが礼儀なのかもしれない。
翔太が俺の背中を思いっきり叩く。
「おらぁ功労者! 何か言え!」
「痛ぇっての」
「褒め言葉だよ」
「物理が強いんだよ」
亮平は亮平でやたらと楽しそうに笑っている。
「いやあ、蓮くん。モテに続いて順位まで持ってくとはねえ」
「そこを同列に並べるな」
「でも実際すげえだろ」
「まぁ、それは……、うん」
否定は出来なかった。
実際、これは凄い。
ただの学校祭だと言ってしまえばそれまでだが、ここ数日自分たちがやってきたことが結果として返ってきたわけで、その事実にはきちんと価値がある。
嬉しい、とは思う。
たしかに思うのだ。
でも。
その嬉しさに比例して身体が軽くなるわけではないらしい。
むしろ逆だ。
ほっとしたせいか、一気にどっと疲れが押し寄せてくる感覚がある。
背中、肩、首、頭、目の奥。全部がじわじわと重い。
笑顔を作る筋肉すら、少しだけ遅い。
「……蓮?」
「ん?」
翔太が怪訝そうな顔をする。
「いや……、何かお前、顔色悪くね?」
「……この明るさで解るか?」
「イイから、そういうツッコミは」
何だか妙に似た様な指摘を受けている気がする。
「まぁ冗談抜きで、お前は……なんつーの。八面六臂? 的なヤツだったしな」
行燈もやり、そのままの流れでウエイターもやり。営業時間外の宣伝活動で、控えめに言っても気疲れはした。日頃の俺との違いをさらっと見抜いてきたのだとしたら、やはり翔太は侮れない。
「3人くらいに増殖してみえた、って話は俺も聞いてるからな」
亮平もそんなことを曰う。
「誰情報だ、それ」
「わりとテキトーな情報源」
亮平が指差す先には、……翔太。
「……お前かよ」
「バレたか」
やはり、侮ってはいけない。いろんな意味で。
とはいえ、翔太や亮平の軽さに救われるのも事実だった。
今ここで大げさに心配されても困る。倒れそうなほどではない。たぶん。おそらく。きっと。
ただ、そろそろ皆と同じ温度で騒ぎ続けるのは難しくなってきた。
クラスの輪の熱量が高ければ高いほど、自分だけほんの少しズレていく感覚がある。
――悪いことではない。
たぶん、ただの疲労だ。
それに、結果発表もひと区切りついた。
ここから先は、もう皆の盛り上がりを遠巻きに見ていても許されるだろう。
「……悪い、俺ちょっと風に当たってくるわ」
「お、トイレ?」
「いや、そこまで切羽詰まってる感じで訊くなよ」
翔太が笑う。
「まぁ、行ってこいよ。倒れるなよー」
「お前、今日それ好きだな」
「使い勝手いいんだよ、その言葉」
「雑だなぁ……」
そんな軽口を最後に、クラスの輪から少しずつ離れる。
あまり目立たないように。あくまでも自然に。
誰かに引き止められることもなく、俺はそのまま校舎側へと足を向けた。
グラウンドのざわめきが、一歩ごとに遠ざかっていく。
歓声も、笑い声も、点灯した行燈の光も、全部が少しずつ“向こう側”になっていく。
風は、たしかに気持ち良かった。
夜の空気は、肌を冷やしてくれる。
でも。
それだけじゃないことくらい、自分でわかっている。
俺はたぶん、ただ休みたいだけじゃない。
歩きながら、視線が勝手に動く。
人の影を、校舎の陰を、行燈の列の向こうを、何気ないふりで探している。
探すつもりなんて、無かった。
……はずだった。
なのに。
つい、『あの娘』の姿を探してしまう自分が居る。
もうとっくに帰っているかもしれない。
クラスの連中と笑っているかもしれない。
咲妃とふたりでどこかにいるかもしれない。
どれでもおかしくない。
おかしくないのに。
それでも、見つけてしまえたら、と思っている。
そんな自分に気づいて、思わず小さく息を吐いた。
「……参ったな」
完全に、参っていた。
疲労にも。熱にも。光にも。
そして、たぶん――。
この学校祭そのものに、まだ少しだけ呑まれたままなのだろう。




