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春越えて、君を想えるか ~好きとか恋愛とかよくわからなくてもカラダを重ねた曖昧なボクら~  作者: 御子柴 流歌
4th Act: 学校祭本番と真夏の準…

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4-28: 祭りの後へ続く道


 校舎の外へ出た瞬間、空気がひとつ冷える。夏の盛りまでは間もなくと言えども、夜が近付いてくればそれなりに人肌が恋しくなるとされる気温になるのがこの地域の特徴と言える。日中の熱が残っていたはずなのに、夕方から夜へ移るときだけは、気温の方が先に気持ちを切り替えてくる。妙に律儀な自然現象だ。


 グラウンドへ向かう生徒たちの流れはいつもより密度が高く、そして少しだけ遅い。  いつもならば誰かしら肩をぶつければ「わりぃ」「気にすんな」とかいうやりとりが自然に生まれる。今はそういう音がほぼ無い。その代わりと言えるかは解らないが、靴底が土の地面を踏みしめる音がやたらと俺の耳に入ってくる。


 ――ああ、疲れてんのかな。


 柄にもなくそんなことを思いながら、俺はただただ目的地へと歩を進めるだけだった。


 学校祭最終日、夜のグラウンドは昼間とは別物だった。


 日中はただの土と白線と部活の匂いと汗の匂いの場所。だけど今は、そこに行事(まつり)の気配が重なっている。


 たぶんそれは、視界の端に見えるテントの残骸とか、片付けが終わり切っていない机とか、そしてもちろん――たくさんの生徒たち。


 学年も、クラスも、あらゆる集合がいくつも重なり合うようにして、ひとつの場所に集まっていく。声も色も混ざって、グラウンドがひとつの街みたいになる。


 まるで学校が学校じゃなくなる瞬間だ。


「集合ー。クラスごとに並んで、点灯係は前にー」


 聞き覚えはあるが直接的な面識はあまりない、他学年の何らかの教科担当の教諭の声がやけに通っている。スピーカー越しじゃないのに空気を割ってくる感じがあるは何故なんだ。熟練の技とかそういう類いのモノだったりするのかもしれない。


 俺たちのクラスも固まって動く。岩瀬が先頭付近で手を上げて、点灯係が誰かを確認している。行燈の近くでは朝から夕方まで木材と格闘していた連中が工具の確認をしている。良い感じに落ち着いたらしい。良かった。


 間に合うかどうかで言えば間に合った。


 綺麗かどうかで言えば綺麗だ。


 安全かどうかで言えば、たぶん大丈夫だ。


 でも、完璧かどうかは別。――というか、学校祭に完璧なんてことはあんまり無いのが世の常かもしれない。


 ただそういう完璧じゃないものを、完璧っぽく見せるのが学校祭・文化祭で、こういう行事の本質なんだろう。そうやって何だかんだ成立させること自体が、作業であり、青春であり、努力なのだと言えるのかもしれない。


 ならば、俺たちはこの3日間でそれをきちんとやった……はずだ。


 たぶん、きっと。恐らく。


 この夏の盛りに、青い春なんてモノを成し遂げたと思う。


 クラスの行燈の前まで来るとほんの少しだけ緊張が増す。今日の昼間、教室の中で客相手に笑っていた緊張とは違う種類のやつだ。あっちは、やれば何とかなる。でもこっちは、やったら戻せない。


 灯りは、点けたら終わり。そこから先はもう、ただただ見せるだけになる。行燈に関しては最終審査も兼ねられているので油断は禁物だ。


 電飾のスイッチの位置を確認する。配線がどこに通っているか、踏んだらまずい場所がどこか。そんなことを頭の中でチェックしながら、ふと、隣のクラスの行燈に目が行った。


 ――菜那のクラス。


 意識して探したわけじゃない。近い場所にあっただけだ。隣のクラスなんだから当然だろ、と言い訳もできる。


 できるけど、心のどこかがそれを認めようとしない。


 認めたくないのは、理由がはっきりしているからだ。


 俺は、今日一日、あの子のことを意識しすぎた。


 いや、正確に言えば、意識しないようにしていたのに、勝手に意識してしまった。


 そして、より正確に言うのならば、今日一日で済ませられる話では無いような気もしている。


 だから、ここでまたその影を探すというのは、ちょっとだけ――情けなくも思える。


 行燈の陰に人影がちらりと揺れる。人が多いから、いくらでも影は揺れる。なのに、あの黒髪が揺れたように見えた瞬間、胸の奥が反射で動く。


 ――違う。


 違うって、思うのに。


 俺の目は不意に動き始めて、それを勝手に追いかける。


 そして、――結局見つけられない。


 見つけられないことに、少しだけ安心する自分がいるのが、いちばん厄介だった。


 見つけたいのか、見つけたくないのか。


 どっちだよ、と自分に突っ込みたくなる。


 だけど今は、そんなことをセルフで突っ込んでる余裕がない。


「深沢ぁ。こっちの確認頼むー」


「……おー」


 作業という名の現実が、俺を現世へと引き戻してくれたらしい。


 今だけはありがたい。わりとしっかり疲れているけれど、そういうこととはまた別問題。今だけはこのシゴトをありがたがるべきだった。


 スイッチの配線や各種パーツの固定が緩んでいないか、とか。その手のカバー部品が無くなっていないか、とか。それぞれはほんの数十秒で終わる確認ではあるが、その積み重ねを少しでも手抜きすればどこかでそのバランスは崩壊する。すべてが水の泡に帰したって当然の流れになってしまう。


 だからこそ、こういう場面では慎重になるし緊張する。


 失敗したくないからだ。


 失敗したくないのは、今ここで失敗すると、全員の努力が無かったことになるからだ。


 何も残らない思い出になんて、してやるものか。


 そんな気持ちが、いつの間にか俺の中にも根を張っていた。


 点灯の合図まで、あと少し。


 グラウンド全体の明かりが意図的に落とされていく。完全な暗闇ではない。非常灯も、校舎の窓の明かりもある。けれど、昼間のように全部が見えるわけじゃない。いろんなところで蠢いているように見えるのは、それぞれが点検に使っているスマホのフラッシュライトだ。


 見えないからこそ、見えるものがある。


 人の輪郭。


 息の白さ。


 肩の傾き。


 誰かが笑って、誰かが呟いて、誰かが深呼吸する音。


 それらが全部、ひとつの夜に溶けていく。


 不意に、視線が刺さった気がした。


 刺さった、というより――触れた。


 誰かが俺を見た。


 いや、見たというより、気づいた。


 そんな気配。


 振り向きたくなる。


 でも、振り向けない。


 振り向いたところで、そこに居るのが誰かなんて分からないのに、心臓だけが先走る。


 みっともない。


 疲れてる。


 だけど、そんなことお構いなしに。


 ――その時はやってくる。


「それではー! 全行燈の点灯! ……いきましょー!」


 拡声器越しの実行委員長の声が響き渡る。


 誰かの声が小さく響いて、それが波紋みたいに周りへ伝わる。グラウンドのざわめきが、ほんの一瞬だけ薄まる。


「全員で、カウントダウン!」


 俺はスイッチに指をかけた。


 指先が冷たい。


 冷たいのは、夜のせい。


「――さん!」


 ……そういうことにしておく。


「――にぃー!」


 数字が小さくなれば、空気が張り詰めていく。


「――いーち!」


 そして最後に。


 ゼロの代わりに、世界が変わる。


 ――カチッ。


 小さな音。


 たったそれだけの音が、やけに大きく感じた。


 次の瞬間、光が生まれる。


 俺たちの行燈だけじゃない。隣も、向こうも、奥も、全部だ。点と点がつながって、グラウンドに光の列ができる。夜の中に、別の道が浮かび上がる。


 ――綺麗だ。


 思わずそう思ってしまう。


 思ってしまってから、自分でも驚く。


 あれだけ木材の匂いと釘と汗にまみれていたものが、いま、ただの光になっている。


 不思議だ。


 不思議で、少しだけ怖い。


 光の向こう側に、影が落ちる。


 人の顔が、少しだけ見えるようになる。


 笑っている顔も、ぼーっと見上げている顔も、無言で見つめている顔も。


 そして――。


 光ができたせいで、隠せていたものまで浮かび上がる。


 見つけたくないのに。


 見つけたいのに。


 俺の視線は、また勝手に動き出す。


 行燈の列の向こう。


 校舎の影のほう。


 人の隙間のほう。


 ()()()()()()()()()()()


 夜のグラウンドは、もうただの学校じゃない。


 光が灯ったせいで、世界が少しだけ、別世界になった。


 ――その別世界で、俺の中の何かも、ゆっくり灯ってしまうのが分かった。



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