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春越えて、君を想えるか ~好きとか恋愛とかよくわからなくてもカラダを重ねた曖昧なボクら~  作者: 御子柴 流歌
4th Act: 学校祭本番と真夏の準…

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4-27: 無事に営業終了


 学校祭3日目の一般公開時間が終わると、教室の空気は一気に「店」から「教室」に戻った。いや、まだ時刻は3時半を少し回っただけ。戻ったというにはまだ早く、戻そうとしていると言った方が正しいのかもしれない。


 ウチのクラスの昭和レトロ喫茶の看板はまだ教室内のあちこちに鎮座しているし、壁の装飾ももちろんそのままだ。テーブルの配置も椅子の並びも、今日一日様々な人たちの視線と笑い声とを受け止めてきた形のままになっている。


 変わったもしくは元に戻ってきたとはっきり言えるのは、人だろう。


 最後のお客さんを見送って扉を閉めた瞬間から、教室の中にいるのは見慣れた顔ばかりになった。見慣れた顔ばかりになったからこそ、さっきまで張りつめていた何かが、少しずつ解けていく。


「……よしっ、閉店! みんなおつかれさまー!」


 我がクラスの店長――岩瀬莉々歌が最後の号令を上げた。


「おつかれー!」


「あぁぁ、足が死んでる……」


「いや、むしろ腰が……」


 あちこちから声が上がる。疲れの種類がバラバラなのが面白い。俺はと言えば、足腰よりも、頭の方が重たい。それはきっと、今日一日ずっと人の顔を見ていたせいだと思う。


「あっ、深沢くん! ちょっとちょっと」


「ん?」


「ちょっとだけ待って」


 岩瀬が俺を呼んだ瞬間、正直ちょっとだけ嫌な予感がした。


 店長が「ちょっと待って」と言うときは枕詞みたいなモノで、たとえ良い意味でも当然悪い意味でも、だいたいは面倒なことが起きる前触れ。


「なに?」


「写真よ。危うく忘れてみんなに着替えてもらうところだったわ」


「……へ?」


「写真。撮ろうって言ったでしょ」


「……? あっ、あー……」


 そんなこともあった。


 ――無許可での撮影は禁止。ならば許可を取ったら良いのか、という風に訊かれたので念のため上長への確認を経て『後で自分たちにも撮らせてくれるならOK』という回答を出していたのは他でもない店長・岩瀬。その分の落とし前を付けろということらしい。


 俺の予感は当たった。とても残念なことに当たってしまった。心底外れてほしかった種類の当たりだった。


「みんながさっきから構えてるの見えてるでしょ」


「見えてるっていうか、見せつけられてるっていうか」


 改めて視線をやれば、案の定だ。


 岡本美玲と坂下夏菜海が、スマホを構えたままにやにやしている。完全に獲物を逃がさない顔。もちろん他の女子もそうだし、今の岩瀬のコメントを聞いて、男子たちも明らかに浮き足立ってきている。……お前らの魂胆は解りやすいな、マジで。


 しかし溜め息もまともに吐く時間はなかった。もう既に岡本と坂下がじりじりと距離を詰めてきている。


「閉店したんだから、もう撮っていいでしょお?」


「『もう』の部分がシンプルに怖いんだけど」


「大丈夫大丈夫、クラスの思い出用だって」


「思い出用は、普通に撮ればいいだろ、普通に……」


 普通に、の定義が崩壊している気がする。これは明確にモラルハザードかもしれない。


「はいはい。まず店長と、閉店記念の1枚いきまーす」


「ほらほら、並んだ並んだ。本日のMVP店員」


「待て、勝手に決めるな」


 逃げようとしたが、左右から腕を取られた。


 岡本と坂下の連携がやたらと良いのは普段通りではあるが、ここまででも無かった気がする。――アレか、今回のウエイトレス業務でさらに腕を上げたということか。


「ほら深沢くん、エプロンそのまま。今日の功労者はその格好が正装だから」


「正装って。……いやまぁ、たしかにそうだけども」


 ウソではない。一応喫茶店の制服として着ているわけで。


「ほらほらぁ、笑顔笑顔」


 笑顔。


 今日一日だけでも数百単位で作った笑顔。お仕事中は基本的に欠かさないようにしている笑顔。


 なのに、今は妙に作りづらい。


「……はいチーズ!」


 ――カシャ。


 小気味よくシャッター音が鳴った瞬間、教室のあちこちから「いいねえ」「それそれ」と声が上がった。


 それに乗せられて、写真撮影会は加速していく。


「次、男子組も混ぜてー!」


「ホラそこ、そこで明らかに入りたそうにしているの、こっち!」


「お、俺らも?」


 明らかに亮平の声が悦んでいる。デレデレとしているヤツを無視するように翔太がこちらにやってきて俺の肩を組んでくる。


「やるじゃん、MVP」


「……俺が主役扱いされてるのは変な気しかしないけど、お前にそれを言われるのも何か納得行かねえな」


「良いことじゃねえか、甘んじて受け入れろ」


「その言葉が選ばれる時点で大した名誉でもねえじゃねえか」


 そんな言い合いをしている間に亮平もやってくる。


「いやあ、深沢くぅん」


 ねちっこくてウザい。


「マジな話、今日だけで何枚撮られたよ? お前のことちょいちょい見かけたけど、大概周りがえっぐい人垣になってたんだが」


「数えたくない」


「数えろよ、伝説になるぞ」


「そんな伝説要らんのよ」


 ゲンナリとした声が俺の口から出ていって、ふたりは笑う。こいつら、思ったよりも体力残ってるな。マジメにやってればしっかり動けるタイプなので、もっとこき使われて欲しかったんだが。


「それにしてもお前さ、いつの間にそんな『撮られ慣れ』したんだよ」


「してないと思うけどなぁ」


「いやいや、絶対してるって。ほら、目線外すの上手くなったじゃん」


 ホラ、何かモデルがやるようなヤツ――なんて言われても、俺はそういう雑誌や写真集に明るくないので、何をそう指されているのかもよくわからない。


「それは撮られ慣れじゃなくて『撮られ疲れ』だわ」


 言い返したら、周りが妙に納得したように「それかぁ~」と笑った。


 笑いが優しい。割と乾いている俺の心にはちょっと湿り気が強すぎる。


 嬉しいはずなのに、嬉しくない。


 たぶん疲れているせいだ。――たぶん。


「はい、次! 女子も全員入って!」


「え、ちょっと待って、全員って……」


「全員!」


 結局、断る隙なんてどこにもなかった。


 撮影会なんて言うけれど、何かしらの順番や秩序があったのは最初の俺と岩瀬が撮られたあのタイミングくらいで、後は完全にお楽しみ会のノリだった。


 でも、そうなるのも当たり前というか。


 今日の模擬店がうまく回ったのは、確かに皆のおかげだし、俺だけの手柄じゃない。だからこそ俺だけが目立つのは違う――と言いたい。言いたかった。でもさすがにわざわざこんなことを口に出したとしても物事は余計に面倒な方向に転がりそうだったので、黙って飲み込んでおくことにした。


「おーい、そろそろちょっとは片付けしておけよー」


「はーい! とりあえず写真はここまで!」


 廊下から先生の声もかかり、岩瀬が一旦締めてくれた。


「じゃ、片付け入るよー! 机戻す! 装飾外す! ゴミまとめる!」


「はーい」


「行燈の点灯あるから、遅れないようにねー!」


 後夜祭。


 言葉を聞いただけで、体の奥が少しだけ反応する。


 今日が終わったわけじゃない。


 むしろ、ここからも大事だ。


 みんなが動き出す。机が引きずられる音、テープが剥がされる音。


 教室はどんどん、元の姿へ戻っていく。


 俺ももちろん黙って動く。が、頭の何処かは違うところへ飛んでいる感じはしている。


「深沢くん、エプロン外していいよ。もう営業終わったし」


「……ん? ああ、たしかに。ありがと」


 言われて気付く。撮影会も終わったしもう自由だ。


 エプロンを外した瞬間、妙に肩が軽くなった。


 ああ、そうか。今日の重さの半分はこれだったのかもしれない。


「でも、後夜祭行くときも、そのままでもいいんじゃない?」


「やめろ」


「似合ってたのにー」


「いやもう何か、心臓とかに悪い感じしかしない」


 俺がそう言えば、岡本も坂下も岩瀬も楽しそうに笑った。




     ○




 片付けが一段落した頃、岩瀬が改めて集合をかけた。


「行燈担当は先に行って、点灯作業とかをやっててください。他の人たちも時間になったらグラウンド集合ね」


 後夜祭のメイン会場は開幕と同じで外。


「あっ、あと、打ち上げの件も日程はこの前共有した通り。各自忘れないようにねー」


 そういえばそんな話もあった。完全に忘れていた。あまりにも他に考えることがあると、祭りの後の楽しみすらも忘れてしまえるらしい。


 行燈担当ということでもないが、教室に居てもとくにやることはないのでさっさと出ていくことにした。男子も多いのでその分気が楽だ。


 廊下の空気が夕方から夜へと変わっていく。


 窓の外の色もグラウンドの匂いも、昼間とは違う。


 階段を降りながら、俺はふと、視線を彷徨わせた。


 探すつもりなんてなかった――と、言い切れるほど俺は器用じゃない。


 誰が、どこにいるか。


 そんなこと、知る必要はないのに。


 なのに。


 夕暮れの校舎は、影が長い。


 影が長いと、どうしても目が行ってしまう場所が増える。


 ――あの影の向こうに、いるんじゃないか。


 根拠なんてない。


 ただの癖みたいなもの。


「蓮、ぼーっとすんなよ。段差ある」


「……あ、悪い」


 翔太の声で現実に戻される。


 グラウンドへ向かう人の流れに乗る。


 これから行燈に灯が入る。


 幻想的な景色が、また一つ始まる。


 今日という日が、そして今年の――俺の高校2年生の学校祭が終わる、その前に。


 俺の中の終わってない何かも、一緒に灯ってしまいそうな気がして――。


 俺は、息を一つだけ深く吸った。





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