『魔王軍広報部』4
ミルとニナ。ユノアとユリウス。結局のところ、二組の担当を入れ替えただけだ。名前だけで決めたはずの配置案は、ちょうど正反対の場所に、答えを置いていたことになる。
もっとも、それは本人たちに聞いたから言えることだ。聞く前に入れ替えていれば、名前を見て決めたのと同じだった。
レムは清書した紙を、机の中央に置いた。
「では、改めて確認します。この分担で進めたいと思いますが、いかがでしょうか」
「賛成!」
ニナが即座に手を挙げた。
「異論ありません。ニナが聞いてきた話は、私が照合します。ちゃんと持って帰ってきてよ」
「持って帰るよ!」
「僕も、その方が動きやすいと思うな」
『私も問題ございません。どうぞよろしくお願いいたします』
それぞれの返事を聞いて、レムは小さく息を吐いた。
大きな達成感があるわけではない。ただ紙の上でバラバラだった名前が、ようやく仕事の形をとった。それだけで、肩の力が少し抜けた。
けれど役割が決まっただけでは、広報活動は始まらない。
そもそも、何を広報するのか。
「ところで、レム様」
ミルが手元の書類を捲った。
「具体的には、何を広報するのでしょうか。魔王軍の戦果ですか。それとも、魔王様の政策でしょうか」
「まずは、魔王様に関する誤解を正すことが目的だと聞いています」
「誤解、ですか」
ユノアが頬に手を当てた。
「でも人間側に流れている噂の中には、事実に基づいたものもあるはずだよね。魔王軍が国境を越えて侵攻しているのは事実だし、相手の国から見れば脅威であることに変わりはない」
レムは、すぐには答えなかった。
誤解を正す。そう聞かされた時、無意識のうちに人間側の認識の方が間違っているのだと、考えていたことに気づいたからだ。
人間たちが魔王軍を恐れるのには、相応の理由がある。それを「誤解」のひと言で片づけてしまえば、正しているつもりで別の誤りを作ることになる。
書類の数字が一つ違えば、その先の作業はすべて誤る。レムにとっては、ごく当たり前の理屈だった。情報を扱う仕事であれば、なおさらだ。
「……そうですね。だからこそ、何でも否定すればよいわけではないと思います」
レムは、言葉を選びながら答えた。
「事実は事実として扱う。誤って伝わっている部分は、確認したうえで訂正する。魔王様のお考えも魔王軍の行動も、都合のよい部分だけを取り上げるわけにはいきません」
「うん。いいと思う」
ユノアが頷く。
「最初から魔王軍を正義の味方として描こうとしたら、結局、勇者側と同じことになるかもしれないからね」
その「勇者側」が実際にどうなのか、レムには判断する材料がなかった。ユノアの見方なのか、確かな情報なのか。それもまた、確かめるべきことの一つだった。
「私たちが目指すのは、魔王軍を無条件に褒めてもらうことではありません。何が事実で、何が誤解なのか。それを知ってもらうことです」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
誰も反対しなかった。もっとも、具体的にどうすればいいのかは、まだ誰にも分かっていなかったが。しかしこのまま何もしないわけにはいかない。
方針が決まれば、次は最初の仕事だ。
レムは新しい用紙を引き寄せた。魔王軍について人間が語る時、その向こうにはおそらく勇者がいる。根拠のないレム自身の推測だった。それでも、手をつける場所としては順当に思えた。
「最初の調査対象は、勇者にしたいと思います。ただその前に、私たちが勇者について何を知っているのか、確認しなければなりません」
ミルがすぐに資料を開いた。
「軍の内部記録に、勇者と直接交戦した兵士の報告があります。ただその殆どが戦闘に関するものです。勇者が町でどう振る舞っているのか、誰と会い何を語っているのか。そういった記述は、ほとんどありません」
「報告を書いたのは、どなたですか」
「戦場から戻った兵士が、自分の言葉で書いたものです。……そこが、問題で」
ミルは、一枚の報告書を指先で示した。
「攻撃を受けた兵士が、相手を悪だと感じるのは自然です。でもそれは報告者の感情と判断で、勇者の人格を確認した結果ではありません。戦闘の記録としては正しくても、人物像としては、そのまま信じていいか分からないんです」
「軍の中にある資料だけでは勇者の全体像は見えない、ということですね」
レムは、用紙に書き込んだ。
「現地での聞き取りや、町に残された記録も必要になりそうです」
「だったら、あたしが行ってきます!」
ニナが椅子から立ち上がった。




