『魔王軍広報部』2
会議室の扉は、半分ほど開いていた。
ノックしようと上げた手を、レムは途中で止めた。中の声が廊下まで漏れている。
「で、これ何の集まり?」
隙間から覗くと、椅子の背にもたれて足をぶらぶらさせている少女が見えた。ニナ・フローレン。珊瑚色の短い髪はあちこち跳ね、小さな角の間から覗く琥珀色の瞳が、落ち着きなく室内を見回している。
「新しい部署の会議だってさ。ちゃんと説明くらいしてほしいよね」
隣で答えたのは、ミル・フェルニアだった。整然と並べた書類の前で、参加者の名前を一つずつ確かめている。会議用の記録用紙も、角を揃えて用意済みだ。
説明くらいしてほしい、という点にはレムも心の底から同意した。
「それで、ニナ。あなた、担当が記録整理になってるけど」
「えっ、何それ」
「ほら、ここ」
ミルが書類を見せると、ニナは目を丸くした。
「あたしが? 記録整理? 無理無理! じっと机に座ってる仕事、絶対向いてないって!」
「いや、知らないよ。私だって現地取材って書いてあるし」
「ミル、取材向いてそうじゃん。真面目だし」
「真面目なのと、現地で人から話を聞き出すのは別問題でしょ」
「じゃあ交換しようよ!」
「そういう問題じゃない!」
早くも声が大きくなる二人を、窓際の席から面白そうに眺めている人物がいた。
銀色を帯びた薄紫の髪に、紫水晶のような瞳。中性的な顔立ちに、穏やかな微笑みを浮かべている。ユノア・ベルフェルトだろう。
「まぁまぁ。役割なんて、実際に動いてみてから考えればいいんじゃないかな」
「ユノアは何担当?」
「記事執筆と文章校正、だって」
「似合わない!」
「ひどいなあ、ニナ。こう見えて言葉には気を遣うほうなんだけど」
「いや、ユノアは潜入調査でしょ! 変化魔法があるんだから!」
「それは否定しないけどね」
「ほら、認めた!」
「……確かに、書く仕事よりそっちのほうが向いてるとは思うけど」
「ミルだって納得してるじゃん!」
「納得してるのと、騒いでいいのは別!」
このまま聞いていれば、担当の希望が揃う前に、ミルの声量が限界を迎えそうだった。
レムは扉を軽く叩き、開けた。
「皆さん、お待たせしました」
三人が一斉に振り向く。ニナの足がぴたりと止まり、ミルは弾かれたように背筋を伸ばした。ユノアだけが、ゆっくりと姿勢を正す。
レムは軽く頭を下げ、机の上に書類を置いた。
「本日付で、魔王軍広報部の部長を務めることになりました。レム・クローヴェルです。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします、レム様」
「よろしくお願いします!」
「よろしく、レム部長」
挨拶は問題なさそうだ。問題があるのは、手元の書類の方だった。
「配置案は、すでにご覧になったようですね。廊下まで聞こえていました」
ミルの耳が、わずかに赤くなった。
「えっ、聞こえてました?」
「ニナさんの声は、特によく通ります」
「褒められた!」
「褒めてない」
ミルが小声で言った。
レムは咳払いをひとつして、続ける。
「この配置案は、セシル様が作成されたものです。各人の適性を確認したうえでのものではないと、本人から伺いました」
「確認してない……?」
ニナが呆然と呟いた。
「はい。ですので、今日はそこから始めたいと思います。皆さんの得意分野と、難しいと感じることを教えてください。そのうえで、実際の業務に合う形に組み直します」
最初に手を挙げたのは、ミルだった。
「レム様。ひとつ、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「私は記録の整理や資料の照合であれば、お役に立てると思います。ですが現地取材は得意ではありません。話を記録することはできても、相手から話を引き出す役目となると、適性に疑問があります」
「記録や照合のほうが得意、ということですね。具体的には、どのようなことが?」
「証言を記録するだけでなく、日時や出所、別の資料との一致まで確認できます。どこまでが確認済みで、どこからが未確認なのか。それを分けて管理するのも得意です」
言葉の端々に、手順への信頼があった。慎重さを、性格ではなく技術として身につけている人の話し方だった。
レムは配置案の「現地取材」の文字に、一本線を引いた。




