1紙『魔王軍広報部』
「というわけで、レムちゃん。部長ね。よろしく」
「……はい?」
魔王城の一角にある一室。
レム・クローヴェルは、差し出された書類とセシルの顔を交互に見た。
表題は簡潔だった。
――魔王軍広報部 人員配置案。
「セシル様。確認させてください。私が、広報部の部長ということでしょうか」
「そうそう」
「本日付で?」
「うん」
「部の設立について、事前の説明はありませんでしたが」
「今したじゃん」
「今のは、説明と呼ぶには情報が不足していると思います」
「レムちゃんはしっかりしてるねぇ。助かるよ」
褒められている気がまるでしない。
セシルは椅子に腰を下ろすと、机の上の書類を片手でどかし、空いた場所に菓子袋を置いた。どかされた書類の角が折れ曲がっている。レムはそれを目の端で追い、静かに目を閉じた。
上司の指示に疑問があるなら、まず内容を確認する。感情で返さず情報を整理し、実行できる形にする。仕事とはそういうものだ。
では整理する材料がほとんどない場合は、どうすればいいのだろう。
目を開けて続ける。
「まず、部の目的を確認したいのですが」
「魔王様の評判を何とかすること」
「具体的には?」
「何とかする」
「……活動予算は?」
「申請して」
「活動方針は?」
「レムちゃんが決めて」
「広報部の構成員は?」
「その紙に書いてあるよ。入れたい人いたら申請してね」
セシルは菓子袋の口を開けながら、顎で書類を示した。
レムは視線を落とす。五名の名前と、それぞれの担当が並んでいた。
――レム・クローヴェル、部長。対外広報方針の策定。
――ミル・フェルニア、現地取材、証言収集。
――ニナ・フローレン、記録整理、資料照合。
――ユノア・ベルフェルト、記事執筆、文章校正。
――ユリウス・エルネスト、潜入調査、情報収集。
「……この人選と役割分担は、セシル様がお決めになったのですか?」
「そうだけど?」
「各人の適性を確認した上で?」
「まぁ名前を見て決めたね」
「名前を見て……?」
「こうビビッと直感ってやつ」
「ビビッと……?」
「ほら、ミルちゃんは真面目そうだし、ニナちゃんは元気そうだし。ユノアくんは何となく文章が上手そうだし。ユリウスは、なんか裏で動くの得意そうじゃない?」
どれも、根拠と呼べるものではなかった。
「……本当に、大丈夫でしょうか」
「何とかなるって」
セシルは立ち上がり、大きく伸びをした。
「じゃ、あとはよろしく。困ったことがあったら書類で申請してね。読むかどうかは、そのとき考えるから」
「セシル様」
「ん?」
「少なくとも、初回の会議にはご出席いただきたいのですが」
「えー」
心底面倒そうな声だった。
「部長がいるんだから大丈夫でしょ。レムちゃん、何とかするでしょ?」
書類を持つ指に、僅かに力が入る。紙の端に、細い皺が寄った。
ここで食い下がっても、この人は残らない。短いやり取りの中で、それは十分に分かった。
ならば、引き受けるしかない。
「……承知しました。責任をもって進めます」
「うん、頼んだよー」
セシルは最後まで振り返らなかった。扉が閉まり、静けさが戻る。
机の上には、菓子袋だけが残されていた。レムはそれを机の端へそっと寄せ、折れた書類の角を指で伸ばした。
部長という肩書きだけは立派だった。予算はなく、方針もなく、人員の適性は確認されておらず、任命した本人はもういない。
「……まずは、皆さんとお話しするところからですね」
魔王軍広報部の最初の仕事は、どうやら広報ではないらしい。この配置案を現実に耐えられる形に直すことだ。
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