第4章 第99話 伝わらなければ意味がない
商業ギルドで契約書の件を終えたあと、ユウトたちは不足していた薬草と調合材料を買うため、街の薬屋へ立ち寄った。
「止血草と乾燥した解熱葉、それから胃薬に使う苦根も欲しいですね」
店内へ入るなり、セレスは棚を見回した。
薬草の束や小瓶が壁一面に並び、それぞれに細かな文字が書かれた札が付いている。
「いっぱいあるね」
フィーナが瓶を覗き込む。
「これは?」
「咳止めですね」
「こっちは?」
「整腸薬です」
「じゃあ、これは?」
「触らないでください。強い眠り薬です」
伸ばしかけていたフィーナの手がぴたりと止まった。
「……危なかった?」
「用量を守れば薬ですよ。守らなければ危険です」
「薬って難しいんだね」
「だから説明を読んで使うんです」
セレスがそう答えた直後、店の奥から慌てた声が聞こえた。
「すみません! これ、もう一回飲ませてもいいですか!」
振り向くと、三十歳ほどの男が椅子に座る若い女性を支えていた。
女性は顔を赤くし、額には汗が浮かんでいる。
男の手には解熱薬らしい小瓶と匙があった。
店主が棚の向こうから答える。
「さっき飲ませたばかりじゃなかったか?」
「でも熱が下がらないんです。苦しそうで……もう一匙飲ませれば効くんじゃないかと」
セレスの表情が変わった。
「待ってください!」
男の手が止まる。
セレスはすぐに二人のそばへ向かった。
「最初に飲んだのは、いつですか?」
「半刻くらい前です」
「量は?」
「一匙です」
「その薬を見せてください」
小瓶を受け取り、札へ目を走らせる。
セレスの眉が寄った。
「次に使うまで二刻以上空ける薬です。今追加してはいけません」
男の顔が固まった。
「二刻?」
「はい」
「そんな話、聞いてない」
店主も近づいてきた。
「札に書いてあるだろう。ほら、ここだ」
男は示された文字を見た。
しばらく黙っていたが、やがて小さく首を振る。
「……読めないんです」
店主も言葉を失う。
「俺、字が読めなくて。買う時に『一回一匙』って聞いたから、それだけ守ればいいと思ってました」
ユウトは薬瓶へ視線を落とした。
昨日までは依頼書や契約書だった。
けれど今回は、まだ事故は起きていない。
少なくとも今なら止められる。
「女性の状態を見てもいいですか?」
ユウトが尋ねると、男は必死に頷いた。
ユウトは女性へ【鑑定】を使う。
【種族:人族】
【状態:高熱・軽度脱水】
【服用薬成分:赤葉草抽出液・苦根粉末・水精薬液】
【薬効:継続中】
【胃部刺激:軽度】
【循環器系:重大異常なし】
【呼吸器系:重大異常なし】
ユウトは表示された情報を整理する。
「薬はまだ効いてる途中みたいです。今のところ重大な異常はない」
「なら追加は必要ありません」
セレスは即座に言った。
女性の脈を取り、瞼を確認し、額と首筋へ手を当てる。
「熱がすぐ下がらないからといって、続けて飲ませればいいわけではありません。この薬は効き始めるまで少し時間が掛かります」
男が青ざめる。
「じゃあ俺、もう少しで……」
「追加していたら、胃への負担が強くなっていた可能性があります」
セレスは落ち着いた口調で続けた。
「まず水分を少しずつ与えて、涼しい場所で休ませましょう。呼吸と脈は安定しています。今は薬を増やすより、状態を見るべきです」
「分かりました」
男は震える声で答えた。
女性を店の奥にある長椅子へ移し、セレスが様子を見る。
しばらくすると、女性はうっすら目を開けた。
「……ごめん」
男が手を握る。
「苦しそうだったから、早く楽にしてやりたくて」
「……うん」
「一回飲んでも熱が下がらないから、量が足りないのかと思ったんだ」
責める者はいなかった。
男は薬のことを知らなかった。
店主は注意を書いていた。
どちらも、女性を傷つけようとしていたわけではない。
ただ、必要な情報が届かなかった。
セレスが店主へ振り返る。
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「なんだい?」
「注意書きがあることと、注意が伝わることは同じではありません」
店主は黙って札を見る。
「……そうだな」
「全部を口頭で説明するのは難しいと思います。でも、特に危険な使い方だけでも、買う時に確認した方がいいかもしれません」
「次に飲むまでの時間とか、量を増やすなとかか」
「はい」
ユウトは薬瓶を手に取った。
「文字だけじゃなくて、絵を付けるのはどうですか?」
「絵?」
「一匙なら匙の絵。続けて飲ませちゃ駄目なら、匙を二つ並べて大きく斜線を入れるとか」
店主は瓶を見つめた。
「文字が読めなくても、見れば注意しやすいようにするのか」
「全部を絵だけで説明するのは無理ですけど」
「でも、危険だって気付かせるくらいならできそうですね」
セレスが頷く。
「最初に目へ入る印があれば、分からない人も店員へ聞けます」
「なるほどな……」
店主は腕を組んだ。
「書いておけば十分だと思ってたよ」
その声には悔しさが混じっていた。
「読めない客がいることくらい知ってたのにな」
フィーナが小瓶を覗き込む。
「じゃあ、カルタにも絵をいっぱい入れた方がいいね!」
ユウトが振り返る。
「どうして?」
「だって、フィーナも文字だけだと覚えにくいもん」
胸を張って言い切る。
「でも絵があったら、『これがお肉!』って分かる!」
「またお肉なんだ」
「大事だから!」
エリシアが小さく笑った。
「ですが理にはかなっています。文字と意味を同時に結びつける方が覚えやすいでしょう」
「危険って文字なら危険な絵を付ける?」
「そうですね」
セレスが答える。
「薬なら薬瓶。火なら炎。出口なら扉……最初は生活でよく見るものが良さそうです」
「お肉も!」
「それは後で考えよう」
「なんで!?」
薬屋の空気が少しだけ和らいだ。
男もようやく息をつき、セレスへ深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「今度から、分からないことは必ず聞いてください」
「はい」
「薬は、効くからこそ怖いものでもありますから」
男は何度も頷いた。
店を出る頃には、女性の熱も少し落ち着いていた。
外へ出ると、フィーナがユウトの横へ並ぶ。
「ユウトお兄ちゃん」
「なに?」
「カルタできたら、フィーナちゃんと覚えるよ」
「本当に?」
「本当!」
「勉強嫌いって言ってなかった?」
「遊びなら別!」
そこで少し考え、続ける。
「それに、読めた方がいっぱい選べるもん」
ユウトは一瞬、言葉を返さなかった。
フィーナはすでに前を向き、楽しそうに歩いている。
「最初の札は『肉』ね!」
「そこから?」
「絶対そこ!」
「拙者は『危険』を入れた方がよいと思うでござる」
「私は『薬』ですね」
セレスも微笑む。
「なら、宿へ戻ったら候補を出しましょう」
エリシアが言う。
「木札の大きさも決めないとな」
レティシアが指を鳴らした。
六人の話題は、いつの間にか試作する札の話へ移っていた。
ユウトもその輪に加わる。
最初に作るのは、難しい言葉ではなくていい。
毎日の中で目にして、覚えたその日から役立つもの。
フィーナが「肉!」と譲らず、セレスが「薬」、アイリスが「危険」と主張する声を聞きながら、ユウトは宿へ戻ったらすぐに木札へ書き始めようと決めた。
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