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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第4章

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第4章 第92話 黒い痕跡

 森へ入ってから、フィーナの耳はほとんど休むことなく動き続けていた。


 王国北東部にある地方都市から届いた依頼は、近隣の森で増え始めた灰牙狼の調査と討伐だった。


 本来、灰牙狼は深い森を縄張りとする魔物であり、人里近くまで集団で現れることは少ない。


 だが、この十日ほどで家畜が襲われる被害が相次ぎ、木こりまで姿を消しているという。


「止まって」


 先頭を歩いていたフィーナが右手を上げた。


 五人が即座に足を止める。


 以前なら、フィーナは何かに気付いても、まずユウトの顔を見て判断を求めることが多かった。


 今は違う。


 白い耳を前へ向け、鼻を小さく動かしながら、自分で情報を整理している。


「前に五匹。右奥に三匹。でも……変なの」


「何が?」


「狼の匂いはするよ。でも、一匹だけすごく濃い。それに血の匂いじゃない、変な匂いが混じってる」


「瘴気でしょうか?」


 セレスが表情を引き締める。


「分からない。でも嫌な匂い」


 ユウトは頷き、木々の隙間へ視線を向けた。


「フィーナの判断で進路を決めていいよ」


「え?」


「一番詳しく分かってるのはフィーナだから」


 一瞬驚いたフィーナだったが、すぐに力強く頷いた。


「うん! じゃあ正面から行かない。少し左に回るよ。大きいのが奥にいるから、普通の灰牙狼を先に分けたい」


「承知いたした」


 アイリスが剣の柄へ手を置く。


「では拙者が前を押さえよう」


「私は右側に結界を準備します」


「後ろは任せな。抜けてきた奴は止めるよ」


 エリシアとレティシアも自然に役割へ入る。


 ユウトはその様子を見ながら歩き出した。


 六人で行動し始めた頃なら、自分が敵の位置を調べ、自分が進路を決め、自分が先頭で倒していただろう。


 今なら分かる。


 それでは六人でいる意味が薄くなる。


 森を回り込んだ先で、最初の灰牙狼が姿を現した。


「来る!」


 フィーナの声と同時に、三匹が茂みを飛び越える。


「いざ!」


 アイリスが一歩踏み込み、一匹目の爪を剣で逸らした。


 そのまま斬り倒さず、身体を回して進路だけを変える。


 そこへレティシアの大盾が突き出された。


「そっちは通行止めだ!」


 灰牙狼が盾へ激突する。


「ウインドバインド」


 エリシアの風が狼の脚へ絡みつき、動きを奪った。


 ユウトは残る一匹へ視線を向ける。


【鑑定】


【灰牙狼】


【危険度:D】


【推定生存年数:四年】


【状態:興奮】


【弱点:腹部・火属性】


 異常はない。


 ユウトは剣を抜き、狼の突進を半歩だけ横へ避けた。


 以前見た剣士たちの足運びを参考に重心を移し、最小限の動きで剣を振る。


 一撃。


 灰牙狼が地面へ崩れた。


 残った個体もアイリスたちによって間もなく倒される。


「まだ奥にいるよ」


 フィーナが森の奥を見た。


「大きいの、動いてない。こっちを待ってるみたい」


「知性がある可能性がありますね」


 エリシアが呟く。


「行こう」


 ユウトたちは慎重に奥へ進んだ。


 やがて、開けた場所へ出る。


 そこには灰牙狼の死骸が何体も転がっていた。


「仲間同士で争ったのか?」


 レティシアが眉を寄せる。


「違うと思う」


 フィーナが一体へ近づき、しゃがみ込んだ。


「噛まれた跡はあるけど……食べられてる」


 灰牙狼が灰牙狼を捕食した。


 通常なら考えにくい。


 ユウトは死骸へ【鑑定】を使った。


【灰牙狼】


【死因:頸部損傷】


【死後経過:約一日】


【捕食痕:同種大型個体】


【魔力残留:微量】


【異常物質:検出】


「異常物質?」


 さらに解析しようとした、その時だった。


 森の奥から枝が折れる。


 ゆっくりと現れた灰牙狼を見て、フィーナの尻尾が膨らんだ。


「大きい……」


 普通の灰牙狼の倍近い。


 灰色だったはずの体毛には、ところどころ黒い筋が走っている。


 前脚は不自然なほど太く、牙も長い。


 ユウトは迷わず【鑑定】を発動した。


【灰牙狼・変異個体】


【危険度:C】


【推定生存年数:三年】


【状態:異常進化進行中】


【通常進化到達目安:十年以上】


【推定進化まで:二十日以内】


【進化要因:高濃度魔力摂取/同種捕食/――閲覧制限――】


【体内異常:黒色魔力反応】


 三年。


 若すぎる。


 本来なら十年以上を必要とする変化が、二十日にも満たない期間で進んでいる。


「来ます!」


 エリシアの声と同時に、変異個体が地面を蹴った。


 速い。


 だが、フィーナはすでに動いていた。


「アイリス、右!」


「承知!」


 アイリスが横から斬り込み、突進の軌道を変える。


「レティシア!」


「任せな!」


 巨大な盾が正面から受け止める。


 衝撃でレティシアの靴が地面を削った。


「ったく、狼の突進じゃないだろ、これ!」


「後脚に魔力が集中しています」


 エリシアが杖を向ける。


「フロストバインド」


 地面から伸びた氷が後脚を拘束する。


「ユウトお兄ちゃん、今!」


「ああ!」


 ユウトは剣を構えた。


【弱点:腹部】


 だが、すぐには踏み込まない。


「セレス、こいつの体液は?」


「待ってください」


 セレスが視線を凝らす。


「口元の唾液が黒いです。触れない方がいいです」


「分かった」


 倒すだけなら簡単だ。


 だが、この個体には情報がある。


 ユウトは威力を絞った雷魔法を選択した。


「ライトニング」


 閃光が変異個体の身体を走る。


 筋肉が硬直した一瞬を、アイリスは逃さなかった。


「はあっ!」


 剣閃が首を捉える。


 巨体が地面へ落ちた。


 フィーナはすぐに死骸へ近づかず、鼻を動かした。


「やっぱり。大きいのから、変な匂いが一番強い」


「同種を食べて、何かを取り込んでいたのかもしれないな」


 ユウトは死骸へ【鑑定】を使った。


【灰牙狼・変異個体】


【状態:死亡】


【進化促進要因】


【高濃度魔力摂取】


【同種捕食】


【外部魔力汚染】


【汚染源:――閲覧制限――】


 まただ。


「……見えない」


 ユウトは思わず呟いた。


 【鑑定】を手にしてから、多くのものを見てきた。


 知らない魔法も、武器の欠陥も、毒の正体も。


 分からないことがあっても、そこには必ず調べるための情報が表示されていた。


 だからこそ、目の前に答えがあるのに読めないことが、思った以上に気持ち悪かった。


 知らないのとは違う。


 誰かに意図的に隠されている。


 それが、ひどく不快だった。


「ユウトお兄ちゃん」


 フィーナが隣へ来る。


「隠されてるなら、隠されてないところから調べればいいよ」


「え?」


「この狼が何を食べたかとか、どこにいたかとか。匂いも残ってる。フィーナ、追えると思う」


 ユウトはフィーナを見た。


 答えが表示されないなら、周囲から集めればいい。


 自分だけで分からなければ、仲間の知識や感覚を借りればいい。


 それは当たり前のことのはずなのに、【鑑定】へ頼ることに慣れていた自分は、一瞬忘れていた。


「……そうだな。頼むよ、フィーナ」


「うん! フィーナに任せて!」


 フィーナは嬉しそうに尻尾を振ると、変異個体が現れた方向へ向かった。


「こっち。血と黒い匂いが続いてる」


 六人はその痕跡を追った。


 しばらく進むと、小さな窪地へ出た。


 中央には、砕けた魔石が落ちている。


 表面には、墨を流したような黒い筋が走っていた。


「これが原因でしょうか」


 エリシアが距離を取ったまま呟く。


 ユウトは魔石へ視線を向ける。


【鑑定】


【変質した魔石】


【品質:判定不能】


【状態:異常】


【内部魔力:高濃度】


【黒色魔力反応:検出】


【発生源:――閲覧制限――】


 さらに調べようと意識を集中した瞬間、表示が切り替わった。


【対象情報を取得できません】


【警告】


【これ以上の解析は推奨されません】


 ユウトの背中に、冷たいものが走った。


 情報が足りないのではない。


 何かが、こちらから覗き込むことそのものを拒んでいる。


 そしてユウトは初めて、自分の【鑑定】の向こう側に――明確な意思を持つ何かがいるような感覚を覚えた。

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