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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第4章

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第4章 第88話 広がる世界

 冒険者ギルドの受付台に、新しい冒険者カードが六枚並べられた。


 ユウトはその中から自分のカードを受け取り、刻まれた文字を見つめる。


【冒険者ランク:D】


「改めて、Dランク昇格おめでとうございます。《アカシックレコード》の皆さん」


 受付職員の言葉に、フィーナの白い耳がぴんと立った。


「やったー! ユウトお兄ちゃん、Dランクだよ!」


「フィーナもだろ?」


「えへへ! そうだった!」


 嬉しそうに尻尾を振るフィーナの隣で、アイリスが自分のカードを静かに眺める。


「ようやく一人前として認められ始める段階、ということでござるな」


「ようやくって言うには、ずいぶん早いですけどね」


 セレスが苦笑すると、レティシアも豪快に笑った。


「まったくだ! あたしたち、結成してからどれだけ経ったと思ってんだい」


「ですが」


 受付職員が微笑みながら六人を見る。


「今回の昇格で評価されたのは、単純な戦闘能力だけではありません」


 ユウトは顔を上げた。


「戦闘能力じゃないんですか?」


「もちろん、それも十分すぎるほど評価されています。特にユウトさんについては……今さら説明する必要もないでしょう」


 なぜか少し遠い目をされた。


 ユウトには理由が分からなかった。


 最近は帝級魔法など使っていない。上級魔法だって、周囲を巻き込まないよう威力も範囲も絞っている。


 自分としては、かなり自重できているつもりだった。


「今回、特に高く評価されたのはパーティーとしての安定性です」


 受付職員は続けた。


「索敵、前衛、魔法、治療、防御、そして状況対応。誰か一人の力だけに頼らず、六人で判断し、護衛対象や住民を守りながら依頼を完遂している。以前と比べても、明らかに連携が良くなっています」


 その言葉に、ユウトは自分の冒険者カードを見下ろした。


 最初はひどかった。


 敵を見つければ、自分が倒したほうが早いと考えた。


 実際、倒すだけならそれで終わる。


 けれど、護衛対象を守りながら戦わなければならない時がある。負傷者を救いながら魔物を止めなければならない時もある。逃げ遅れた人を捜し、避難を手伝い、そのうえで敵を倒さなければならないことだってある。


 一人で勝てることと、一人ですべてを守れることは違う。


 今なら、それが分かる。


 フィーナが見つける。


 アイリスが切り開く。


 エリシアが魔法で戦場を制する。


 セレスが傷ついた者を救う。


 レティシアが仲間と護衛対象を守る。


 そしてユウトは、全体を見渡し、足りない場所へ入る。


 六人だからできることがある。


「これからはDランク向けの依頼を受けられるようになります。活動範囲も広がりますので、くれぐれも無理はしないようにしてください」


「はい」


「特にユウトさん」


「……はい」


 なぜ自分だけ念を押されたのだろう。


 ギルドを出ると、昼前の大通りは多くの人で賑わっていた。


「あっ!」


 フィーナが突然声を上げる。


 通りの端で、二人の子どもが木製のコマを回していた。


 一人が勢いよく紐を引くと、色を塗られたコマが石畳の上を勢いよく回り始める。


「負けるなー!」


「そっちこそ!」


 その少し先では、店先の卓を挟んだ男二人が小さな盤を睨んでいた。


「そこへ置くのか?」


「ふふん。これで三つひっくり返る」


「しまった!」


 盤の上には、表裏を塗り分けられた丸い駒が並んでいる。


 リバーシだった。


 しかも、自分たちが最初に作った盤とは形が少し違っている。縁には模様が彫られ、駒も綺麗に丸く削られていた。


「ちゃんと売られているんですね」


 セレスが嬉しそうに目を細めた。


「ああ」


 ユウトは立ち止まった。


 最初は雨の日の暇つぶしだった。


 宿屋の卓上へ線を引き、表裏を塗った木片を置いただけ。


 回すコマだって、町の子どもたちを楽しませたくて木工職人に作ってもらったものだった。


 それが今は、自分の知らないところで作られ、自分の知らない人たちが遊んでいる。


「不思議な感じだな」


「何がです?」


 エリシアが尋ねる。


「俺が作らなくても増えていくんだなって」


「当然ではありませんか?」


 エリシアは眠そうな顔のまま首を傾げた。


「作り方が分かれば職人が作れます。商品になれば商人が運びます。そして、欲しい人がいれば店が売ります」


「……そうなんだけどさ」


 ユウトは笑っている子どもたちを見つめる。


 自分たちだけで広げる必要はない。


 作る人がいる。


 運ぶ人がいる。


 売る人がいる。


 そして、楽しむ人がいる。


 その全員に何かが返ってくる仕組みなら、自分が訪れたことのない土地へも広がっていく。


「商売って、こういうことなのかもしれないな」


「今さら気付いたのかい?」


 レティシアが呆れた顔をした。


「遊びでお金をもらうことに、最初は少し抵抗があったから」


「金を取らなきゃ職人は飯を食えないだろうが」


「ですよね」


「けどまあ」


 レティシアはコマを回している子どもたちを見る。


「自分が作ったもんで誰かが笑ってるってのは、悪くない気分だよ」


 ユウトも同じことを思った。


 前世では、自分が何かを始め、それが誰かへ広がっていくような経験など一度もなかった。


 そもそも、自分の人生を自分で選び始めたばかりだった。


 孤児院を出て、狭くても自分で選んだ部屋を借りた。


 これから好きなことをして、行きたい場所へ行って、自分の人生を作っていけるのだと思っていた。


 けれど、その時間はほとんど与えられなかった。


 最後の日に何があったのかさえ思い出せないまま、前世の人生は終わった。


 それでも今は違う。


「ユウトお兄ちゃん?」


「ん?」


 フィーナが顔を覗き込んでいた。


「どうしたの?」


「いや……今度はちゃんと、自分で行く場所を決められてるなって思って」


「?」


 意味が分からなかったらしく、フィーナの耳が左右へ傾く。


 けれど、すぐに笑った。


「じゃあ、次はどこ行く?」


 その言葉に、ユウトも笑った。


「それを決めるためにギルドへ戻ろうか」


「今出てきたばかりでござるぞ?」


 アイリスのもっともな指摘に、全員から笑い声が上がった。


 結局、その日の午後。


 六人は初めてDランクとして受ける依頼を選ぶことになった。


 内容は、城壁都市から離れた地方都市へ向かう商隊の護衛。


 途中にはいくつかの村があり、近頃、街道周辺で魔物の目撃数が増えているという。


「フィーナ、どう思う?」


 ユウトは依頼書をフィーナへ見せた。


 以前なら、「ユウトお兄ちゃんが決めて」と言ったかもしれない。


 けれど今のフィーナは、依頼書と地図を交互に見ながら自分で考えていた。


「フィーナ、この依頼がいい」


「理由は?」


「知らない道だから」


 フィーナは地図の上を指でなぞる。


「フィーナ、もっといろんな場所でちゃんと探せるようになりたい。森でも街道でも町でも、どこでもみんなより先に危ないものを見つけられるようになりたいの」


 ユウトは思わず笑った。


「じゃあ、これにしよう」


「うん!」


 フィーナ自身が選んだ。


 ただそれだけのことが、ユウトにはとても嬉しかった。


 数日後。


《アカシックレコード》は商隊とともに城壁都市を出発した。


 荷馬車が街道を進み、背後の城壁が少しずつ遠ざかっていく。


 これまでにも何度も通った門だった。


 けれど、今日は景色が少し違って見えた。


 誰かから行けと言われた場所へ向かうのではない。


 六人で相談し、自分たちで選んだ依頼のために、新しい土地へ向かっている。


 街道の先には、まだ知らない町や村がある。


 知らない魔法。


 知らない技術。


 知らない人々。


 まだ【鑑定】したことのないものが、いくらでも待っている。


 そう考えるだけで、ユウトの胸は自然と高鳴った。


「楽しそうですね、ユウト」


 セレスに言われ、ユウトは頷く。


「うん。知らない場所へ行くのって、やっぱり楽しみだ」


「油断は禁物でござる」


 アイリスが真面目な顔で言った。


「もちろん」


「ユウトの場合、その返事が一番信用ならねえんだよ」


「なんでですか、レティシア」


「自覚がねえからだ!」


 そんなやり取りをしながら、一行は街道を進んだ。


 日が傾き始めた頃だった。


 商隊の少し前を歩いていたフィーナが、不意に足を止めた。


 白い耳がぴくりと動く。


 右。


 左。


 後方。


 そして森の奥。


 鼻を何度か動かしたあと、フィーナの表情から明るさが消えた。


「待って」


 小さな声だった。


 だが、その一言だけで全員が即座に立ち止まった。


「何かいる?」


 ユウトが尋ねる。


 フィーナは森を見つめたまま首を横へ振った。


「違う」


「違う?」


「……いないの」


 フィーナの尻尾がゆっくり下がる。


「鳥も、小さい獣もいるはずなのに……音が少なすぎる」


 目を閉じ、さらに耳を澄ませる。


「匂いも変。何かいるっていうより……みんないなくなったみたい」


 ユウトは街道脇の森へ視線を向けた。


 見た目だけなら普通の森だった。


 木々は青々と茂り、夕方の風に枝葉が揺れている。


 けれど、意識してみれば確かに妙だった。


 静かすぎる。


 虫の音はする。


 葉の擦れる音も聞こえる。


 なのに、鳥の声がほとんどない。


 小動物が茂みを駆け抜ける気配もない。


「【鑑定】」


 ユウトの視界へ情報が浮かんだ。


【周辺環境:森林】


【植生状態:正常】


【魔力濃度:標準範囲】


【周辺生態:軽度異常】


 ユウトは眉を寄せ、さらに詳細を確認する。


【異常内容:小動物および鳥類の生息密度が推定値を下回っています】


【推定要因:不明】


【解析に必要な情報が不足しています】


「……原因が分からない」


「ユウトの【鑑定】でもですか?」


 エリシアの眠たげな雰囲気が消えていた。


「ああ。何かがおかしいことは分かる。でも、何が原因なのかまでは表示されない」


 フィーナが森の中を睨む。


「もっと調べる?」


 ユウトはすぐには答えなかった。


 護衛依頼の最中だ。


 興味があるからといって、勝手に商隊を離れるわけにはいかない。


 それに、今ここで最優先にすべきなのは原因の解明ではなく、護衛対象を安全に目的地まで届けることだった。


「いや。今は商隊の護衛を優先しよう」


「承知いたした」


「ですが、警戒は強めたほうがよさそうですね」


 セレスの言葉にユウトは頷いた。


「フィーナは索敵範囲を少し広げて。無理に森へ入らなくていい。何か感じたらすぐ教えて」


「うん! フィーナに任せて!」


「アイリスとレティシアは前後の警戒をお願いします」


「承知いたした」


「任せな!」


「エリシアは周囲の魔力変化を見てくれる?」


「分かりました。記録しておきます」


「セレスは商隊の人たちをお願いします」


「はい」


 誰もユウトの次の指示を待って立ち止まってはいなかった。


 それぞれが自分の役割を理解し、すぐに動き始める。


 ユウトはその姿を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 これが今の《アカシックレコード》だ。


 少し前までなら、自分一人で森へ入り、原因を調べようとしていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 知りたい。


 確かめたい。


 それでも、何を優先すべきなのかを考える。


 知識を得ることと、正しく使うことは同じではない。


 街道を進み始める。


 風が吹いた。


 ざわり、と森全体が揺れた。


 その瞬間だった。


 フィーナの耳が大きく跳ね上がる。


「ユウトお兄ちゃん」


「どうした?」


「……今、奥で何か動いた」


 全員の表情が引き締まった。


「魔物?」


「分からない。でも……大きい」


 ユウトは森の奥へ目を凝らす。


 木々の隙間。


 夕闇が深まり始めたその向こうで――ほんの一瞬だけ、大きな影が横切ったように見えた。


 【鑑定】を向ける。


 しかし。


【対象を確認できません】


 情報は、それだけだった。


 ユウトは静かに剣の柄へ手を添えた。


 Dランクとなり、《アカシックレコード》の世界は広がった。


 そして、その最初の道で六人を待っていたのは――これまでとは少し違う、名も分からない異変だった。

お読みいただきありがとうございます。

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