第3章 第87話 六人でつかんだDランク
冒険者ギルドの二階にある応接室へ通された時、ユウトは少しだけ首を傾げていた。
依頼を終えて戻ってきたばかりなのに、受付で報告を済ませる前に支部長から呼び出されたからだ。
「何か問題でもあったのかな」
「問題があった者を呼び出す空気には見えませぬが」
隣を歩くアイリスが静かに答える。
その後ろではフィーナが落ち着かない様子で耳を動かし、レティシアは「説教なら酒でも出してほしいね」と笑っていた。
「それは説教を受ける態度ではありませんよ」
セレスが苦笑する。
エリシアだけは眠そうな顔のまま、
「報告内容から考えると、昇格関係ではないでしょうか」
と呟いた。
「昇格?」
フィーナの耳がぴんと立つ。
ユウトが答える前に、応接室の扉が開いた。
中には支部長と、普段から依頼の査定を担当している職員が待っていた。
六人が席に着く。
支部長は机の上へ並べられた書類へ一度視線を落としたあと、ゆっくり顔を上げた。
「単刀直入に言おう。《アカシックレコード》の六名を、本日付でDランクへ昇格させる」
一瞬。
部屋が静かになった。
「……え?」
最初に声を出したのはフィーナだった。
次の瞬間、白い尻尾が勢いよく揺れる。
「Dランク!?」
「ああ」
支部長が笑う。
「おめでとう」
「やったー!」
フィーナが立ち上がりかけ、途中で慌てて椅子へ座り直した。
ユウトも驚いていた。
Dランク。
冒険者として、ようやく新人扱いを抜けて一人前と見なされ始める段階だ。
けれど。
「もう上がっていいんですか?」
支部長の眉が動いた。
「もう、か」
「はい。俺たち、まだパーティーを組んでからそんなに――」
言いかけて、ユウトは五人の視線に気付いた。
アイリスは苦笑している。
セレスも同じだ。
レティシアに至っては額へ手を当てていた。
「ユウト」
「なに?」
「お前さん、自分らがどれだけ依頼を片付けてきたと思ってる?」
「普通に受けられる依頼をやってきただけじゃない?」
「その普通が普通じゃないって話だよ」
「む……」
支部長が堪えきれず笑った。
「安心しろ。今回は戦闘能力だけを見て昇格させるわけじゃない」
机の上の書類を軽く叩く。
「護衛中の判断、低級ダンジョンでの探索、罠への対処、負傷者の救助、装備の管理。それに、現場で予想外の事態が起きた時の対応力。どれを見てもEランクの範囲には収まらない」
ユウトは黙って聞いた。
「特に評価しているのは、六人がそれぞれの役割を理解し始めたことだ」
その言葉に、ユウトは少し目を見開いた。
支部長は続ける。
「以前のお前たちは、強い者が六人集まっているだけに見えた」
否定できない。
最初の共同依頼では、ユウトが先に敵を倒し、アイリスと攻撃が重なった。
エリシアの魔法へ割り込んだこともある。
レティシアが守ろうとしている場所へ、自分まで飛び出した。
できることが多いからこそ、自分でやった方が早いと思っていた。
でも、それでは六人でいる意味がない。
「今は違う」
支部長の声が少し柔らかくなる。
「フィーナが先に危険を見つける。アイリスが敵の正面を押さえる。エリシアが戦場を制御する。セレスが負傷者を見て、レティシアが仲間を守る。そしてユウトが全体を見て、足りない場所へ入る」
「……」
「それがパーティーだ」
胸の奥へ、その言葉が静かに落ちた。
全部できることと。
全部やることは違う。
知識があるからといって、一人で全部抱える必要もない。
むしろ、仲間がいるなら任せた方が早く、確実なこともある。
最近になってようやく分かり始めたことだった。
「まあ、本人たちはまだ完成したと思っちゃいないだろうがな」
支部長が笑う。
「当然でござる」
アイリスが即答した。
「拙者はまだ未熟者ゆえ、なお精進いたす」
「興味深いですね」
エリシアが小さな手帳を取り出す。
「第三者から見た現在のパーティー評価として記録しておきます」
「自分の昇格くらい喜びなよ」
レティシアが呆れる。
「もちろん嬉しいですよ」
「顔に出てないんだよ」
「そうでしょうか」
「いつも通りですね」
セレスが笑った。
部屋の空気が一気に柔らかくなる。
支部長も苦笑しながら、机の端に置かれていた六枚の冒険者カードを指した。
「預かっていたカードのランク情報は更新済みだ。確認してくれ」
六人がそれぞれ自分のカードを受け取る。
ユウトも手元を見る。
【冒険者ランク:D】
確かに変わっていた。
「わあ……」
フィーナが自分のカードを両手で持ったまま、じっと見つめている。
以前のフィーナなら、嬉しいことがあれば真っ先にユウトへ飛びついてきたかもしれない。
けれど今は違った。
自分の名前が記されたカードを、自分の手で受け取り、自分の目で確認している。
「フィーナ」
「うん?」
「おめでとう」
ぱっと笑顔が咲いた。
「ユウトお兄ちゃんも、おめでとう!」
「ありがとう」
「みんなも!」
フィーナが振り返る。
「Dランクだよ!」
「承知しているでござる」
「見れば分かるさ」
「ふふ、おめでとうございます」
「記録しました」
「そこは記録より先に喜びなって」
また笑いが起きた。
ユウトは六人のカードを見回した。
一人だけが上がったわけではない。
六人全員。
それが、不思議なくらい嬉しかった。
前世では、誰かと一緒に何かを成し遂げた記憶はほとんどない。
自分のことは自分で決めて、自分でやる。
そうするしかなかった。
けれど今は。
「ユウト?」
セレスに呼ばれ、顔を上げる。
「どうしました?」
「いや」
ユウトは笑った。
「六人で上がれたのが、一番嬉しいなって」
一瞬だけ静かになったあと。
アイリスが穏やかに頷いた。
「拙者も同じでござる」
「私もです」
「フィーナも!」
「そりゃあ一人じゃパーティーランクみたいなもんは上がらないからね」
「レティシア、それは少し意味が違うと思いますよ」
「分かって言ってるんだよ」
支部長はそんな六人を眺めながら、満足そうに息を吐いた。
「Dランクになれば、受けられる依頼も増える。低級ダンジョンの探索だけじゃない。街道の長距離護衛や、複数の村にまたがる調査も候補に入る」
その言葉に、フィーナの耳がまた動いた。
「遠くにも行けるの?」
「ああ」
「知らない場所?」
「ああ」
「おいしいものある?」
「そこは依頼次第だな」
「行きたい!」
「判断基準が食べ物だけになっていますよ」
セレスが笑う。
支部長は机の上に残っていた別の書類へ目を落とした。
「実はな、お前たちの名前を指定した相談が、すでにいくつか届いている」
「俺たちを?」
ユウトが身を乗り出す。
「近隣だけじゃない。少し離れた地方のギルド支部や、村からもだ」
ユウトは書類の束を見る。
護衛。
調査。
魔物討伐。
行方不明者の捜索。
これまでより移動距離も、関わる人の数も大きい。
世界が、ほんの少し広がった気がした。
支部長はその中から一枚を抜き出したが、すぐには渡さなかった。
「休む暇もなく働けとは言わん。だが覚えておけ」
六人を順番に見る。
「これからは、お前たち自身が依頼を探すだけじゃない」
書類を机の中央へ置く。
「《アカシックレコード》に来てほしいと願う人間が、王国内のあちこちに出始めている」
ユウトは仲間たちを見た。
フィーナが目を輝かせる。
アイリスは静かに頷く。
エリシアはもう次の記録欄を開いている。
セレスは柔らかく笑い、レティシアは楽しそうに拳を鳴らした。
六人で始めたばかりのパーティー。
その名前はいつの間にか、自分たちの知らない場所へまで届き始めていた。
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