第3章 第83話 消えた声を追って
「こっち! まだ息してる!」
フィーナの声に、ユウトたちは崩れた岩場を駆け下りた。
岩壁の一部が崩落した地下通路。その脇にできた狭い隙間へ身体を押し込むと、二人の冒険者が倒れていた。
一人は肩から血を流している。もう一人は右足を岩に挟まれていた。
「セレス!」
「はい!」
呼ばれるより早く、セレスは負傷者の横へ膝をついた。
「意識はあります。呼吸も大丈夫です。こちらの方から治療しますね」
「レティシア、岩を頼む」
「任せな!」
レティシアが大盾を置き、挟まれた足の周囲を確認する。
ユウトも【鑑定】を使った。
【状態:右下腿部圧迫】
【骨折:なし】
【筋損傷:軽度】
【推奨:上方の岩石を固定後、右側から持ち上げる】
「その岩、真上に上げると奥が崩れる。右へ少しずつずらして」
「分かった!」
レティシアが力を込める。
アイリスも反対側から支えた。
「拙者も手伝うでござる」
二人が息を合わせ、岩をゆっくり動かす。
やがて足が抜けた。
「よし!」
セレスがすぐに治療へ移る。
ユウトは安堵しながらも、フィーナへ視線を向けた。
フィーナは喜んでいなかった。
白い耳を立てたまま、崩落した通路の奥を見つめている。
「フィーナ?」
「……違う」
「何が?」
「この人たちじゃない」
フィーナは小さく首を振った。
「さっき聞こえた声、この人たちの声じゃなかった」
ユウトも思い出す。
岩場へ入る前。
ほんのわずかだったが、フィーナは助けを求める声を聞いていた。
その声を追ってここまで来た。
途中で二人を発見したが、最初の声の主はまだ見つかっていない。
「まだ先にいる」
フィーナの尻尾が落ち着かなく揺れる。
「絶対いるよ」
その言葉は、自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
セレスが二人の治療を終える。
「歩くのは難しいですが、命に危険はありません」
「じゃあ休憩所まで運ぼう」
少し戻った場所に、崩落の影響を受けていない小さな休憩所がある。
六人は負傷者をそこまで運んだ。
ユウトが救助用の信号魔道具を起動すると、淡い光が天井近くまで上り、一定間隔で明滅を始める。
事前に決めた合図だ。
地上側の救助隊が、この光を確認すれば迎えに来る。
「これで、この二人は引き継げる」
ユウトが言うと、フィーナはすぐに立ち上がった。
「戻ろう!」
声が少し強い。
「フィーナ」
「だって、まだ――」
言いかけて、フィーナは唇を噛んだ。
焦っている。
そのことは本人にも分かっているのだろう。
「……ごめん」
フィーナは一度目を閉じた。
「急がないとって思った。でも、急いで罠とか崩れる場所を見落としたら駄目だよね」
「うん」
ユウトはそれ以上言わなかった。
落ち着け、と命令する必要はない。
フィーナ自身が考えたからだ。
「行こう。ただし、いつも通りだ」
「……うん!」
六人は再び崩落区画へ入った。
フィーナが先頭。
少し後ろをアイリスとユウト。
中央にセレスとエリシア。
最後尾をレティシアが守る。
しばらく進むと、フィーナが足を止めた。
「……聞こえない」
耳が左右へ動く。
何度も。
けれど、返ってくるのは、水滴が岩へ落ちる音だけだった。
「さっきは、この辺りから聞こえたのに」
フィーナの顔に焦りが浮かぶ。
「もっと奥かな……」
一歩踏み出そうとして、止まる。
そして周囲を見回した。
アイリスが静かに尋ねた。
「フィーナ殿。音が聞こえぬなら、ほかの方法では探せぬでござるか?」
「ほかの……」
フィーナは考える。
ユウトは黙って待った。
自分なら【鑑定】を使って周囲を調べられる。
だが、今フィーナがやろうとしているのは、自分の力で答えを見つけることだ。
やがてフィーナが鼻を動かした。
「匂い……」
しゃがみ込む。
地面を見る。
「足跡がある」
薄い泥の上。
半分消えかけた靴跡が残っていた。
一つではない。
複数。
「こっちから来て……」
フィーナはゆっくり進む。
「ここで枝が折れてる」
崩落で入り込んだ木の根の一部に、比較的新しい傷。
さらに先。
壁際の苔が削れていた。
「誰かがここを通ってる」
「しかし、通路は正面で崩れているようでござる」
アイリスの言葉に、フィーナは首を傾げた。
「……水」
「水?」
「さっきから流れてる」
細い水の筋が床を伝っていた。
フィーナは指先で触れる。
「この水、向こうから来てる」
エリシアが目を細める。
「閉じた空間なら、水も完全には流れません。どこかに隙間がありますね」
「うん!」
フィーナの表情が変わった。
「声が聞こえなくても、通った跡は残ってる」
そう言って走りかけ――今度は自分で速度を落とした。
一歩ずつ。
周囲を確認しながら進む。
やがて、崩れた壁の端に細い裂け目を見つけた。
「ここ!」
フィーナが耳を寄せる。
何も聞こえない。
その顔から笑みが消えた。
「……お願い」
小さく呟く。
「誰かいて」
ユウトも壁へ手を触れた。
【鑑定】。
情報が浮かぶ。
【崩落岩盤】
【奥部:空洞あり】
【内部生存者:4名】
【状態:衰弱・軽傷・中等度脱水】
【空気状態:酸素濃度低下傾向】
四人。
生きている。
「フィーナ」
振り返ったフィーナへ、ユウトは頷いた。
「いる。四人とも生きてる」
「……っ!」
耳が跳ねた。
「ほんと!?」
「うん。ただし、空気が悪くなり始めてる」
「じゃあ壊そう!」
フィーナが壁へ手を伸ばす。
だがすぐに止めた。
「……駄目だ」
自分で言う。
「適当に壊したら、また崩れるかもしれない」
「その通りです」
エリシアが岩壁を見る。
「内部の支え方が分からない状態で正面から掘るのは危険ですね」
ユウトは再び【鑑定】を使った。
岩盤内部の亀裂。
荷重。
崩落しやすい箇所。
ある程度までは確認できる。
だが、崩れかけた広い空洞全体を一度に完全把握できるわけではない。
【鑑定】で得られるのは情報だ。
安全に救助するには、現場を見て、その情報を正しく使わなければならない。
「正面は危ない」
ユウトが言う。
「右上の岩が支えになってる。そこを動かすと奥まで崩れる可能性がある」
レティシアが岩へ拳を当てる。
「なら、左側から補強しながら穴を広げる」
エリシアも頷く。
「私が土と岩の動きを魔力で確認します」
「拙者は崩れた場合に支えるでござる」
「私は救出された方からすぐ治療します」
役割が次々と決まる。
誰か一人が全部を決めたわけではない。
六人が、それぞれ自分にできることを選んでいる。
その時。
コン。
小さな音がした。
全員が止まる。
フィーナが壁へ飛びつく。
「今の!」
コン。
もう一度。
向こう側からだ。
「聞こえる!」
フィーナが壁を叩く。
「大丈夫! 今、助けるから!」
コン。
返事を待つ。
フィーナの耳が真っ直ぐ立つ。
だが。
三度目の音は、聞こえなかった。
「……え?」
フィーナの表情が凍る。
ユウトも壁の向こうを見る。
四人とも、まだ生きている。
けれど。
時間が残されているとは限らない。
「急ごう」
ユウトが言った。
今度は誰も、焦るなとは言わなかった。
焦っているからこそ。
六人全員が、間違えないために動き始めた。




