第3章 第80話 六人なら守れる
村の鐘が、けたたましく鳴り響いた。
「魔物だ! 北と西から来るぞ!」
見張り台からの叫びに、広場にいた村人たちの顔色が変わる。
《アカシックレコード》が護衛依頼で訪れていた村は、森と低い丘に挟まれた小さな集落だった。本来なら周辺に現れる魔物も弱く、村人たちだけで追い払える程度だという。
だが今日は違う。
ユウトは北側へ目を向け、接近してくる影へ【鑑定】を使った。
【フォレストウルフ】
【危険度:E】
【個体数:十二】
さらに西側。
【ホーンボア】
【危険度:E】
【個体数:七】
個々は大した相手ではない。
ユウトだけでも倒せる。
問題は、同時に二方向から来ていることだった。
「北側のウルフは足が速い。西のホーンボアはそのまま突っ込んでくる!」
ユウトが声を上げる。
「子どもが三人、西の畑にいる!」
村人の叫びが重なった。
ユウトの視線が西へ向く。
助けに行く。
そう考えた瞬間、隣から白い影が飛び出した。
「フィーナが行く!」
「フィーナ!」
「大丈夫! 場所は分かる!」
返事を待たず、フィーナは駆けていく。
以前なら、ユウトが先に走っていた。
だが今は、その背中を止めない。
「セレス、村人を広場へ! 怪我人がいたらそっちを優先!」
「はい!」
「エリシアは全体を見て援護をお願い!」
「分かりました」
「北は拙者が抑える!」
アイリスが剣を抜く。
「なら、あたしは村の入口だ!」
レティシアが大盾を構えた。
ユウトは一瞬だけ全員を見る。
そして頷いた。
「頼む!」
北側。
森から飛び出したフォレストウルフの群れが、低い柵を越えようとしていた。
アイリスが正面から踏み込む。
「いざ!」
一体目の突進を半歩でかわし、胴を斬る。
返す刃で二体目を牽制。
だが三体目が横へ回った。
「右!」
ユウトの声より早く、アイリスは身体を沈めた。
牙が髪の上を通過する。
「見えている!」
振り向きざまの斬撃がウルフを弾き飛ばした。
ユウトは思わず足を止める。
助ける必要はない。
アイリスなら対応できる。
その時、別の二体が柵の端へ向かった。
「そっちは俺が!」
ユウトは走り、剣を抜いた。
魔法なら一撃でまとめて倒せる。
だが村の柵も畑も近い。
必要以上の力はいらない。
一体の爪を剣で受け流し、そのまま首元へ一撃。
もう一体が背後へ回ろうとする。
「ユウト殿、左を!」
アイリスの声。
ユウトは迷わず左へ踏み込んだ。
直後、右側をアイリスの斬撃が通過する。
二人の攻撃が交差し、それぞれ別のウルフを倒した。
「助かった!」
「互い様でござる!」
一方、西側ではホーンボアが畑を荒らしながら村へ迫っていた。
「こっち!」
フィーナは畑の端で泣いていた子どもたちへ駆け寄る。
「走れる?」
「う、うん……!」
「じゃあ、あっちの石壁まで行って! 振り返らないで!」
子どもたちが走り出す。
その直後、地面を蹴る重い音が響いた。
ホーンボアが一体、フィーナたちへ向かってくる。
距離が近い。
「フィーナ!」
遠くからエリシアが杖を向けた。
「ウィンドショット」
風弾が放たれる。
だがホーンボアが横へ跳ねた。
「外れた?」
エリシアの目がわずかに細くなる。
魔物は畑の畝に足を取られ、不規則に進路を変えている。
援護魔法だけでは狙いにくい。
ホーンボアが再びフィーナへ向かう。
フィーナは逃げなかった。
周囲を見る。
畑。
柵。
積まれた木箱。
すぐ隣に一本の太い木。
「こっちだよ!」
フィーナはわざと魔物の正面へ飛び出した。
「フィーナ!?」
ホーンボアが角を下げる。
突進。
ぶつかる直前、フィーナは木の幹を蹴り、身体をひねって枝へ飛び移った。
魔物は止まれない。
そのまま木の根元へ突っ込む。
「今!」
「なるほど」
エリシアが小さく頷いた。
「アースバインド」
地面が盛り上がり、ホーンボアの脚を絡め取った。
完全に動きが止まる。
「えいっ!」
フィーナが枝から飛び降り、短剣の柄で魔物の側頭部を打った。
直後。
「危ないから離れな!」
追いついたレティシアの大盾が、別のホーンボアの突進を真正面から受け止める。
鈍い衝撃音。
レティシアの靴が土を削る。
「重いねえ!」
それでも、一歩も通さない。
フィーナは木から下りると、すぐに子どもたちを確認した。
三人とも石壁の内側へ逃げ込んでいる。
「よかった……」
そこで安心しかけた瞬間、白い耳が跳ねた。
「レティシア! 後ろ!」
「ん?」
畑の陰から、もう一体。
レティシアは前の一体を盾で押さえている。
振り向けない。
フィーナが駆けた。
短剣を投げる。
刃はホーンボアの足元へ突き刺さり、魔物が一瞬だけ進路を変えた。
その一瞬で十分だった。
「ライトバインド!」
セレスの補助魔法が飛ぶ。
淡い光の帯が魔物の脚へ絡みつく。
「助かったよ!」
「治療だけが仕事じゃありませんから!」
セレスはそう答えると、すぐに転倒した村人のもとへ走っていった。
役割はある。
けれど、役割だけしかできないわけじゃない。
誰かの手が足りなければ、別の誰かが補う。
北側の戦いを終えたユウトが西へ到着した時には、残るホーンボアは二体だけだった。
「俺が――」
魔法を使おうとして、止まる。
フィーナが一体の注意を引き、レティシアがもう一体の突進を受け止めている。
エリシアは次の魔法を準備し、セレスは避難した村人を確認している。
その配置を見て、ユウトは剣を握り直した。
「フィーナ、三歩右!」
「うん!」
フィーナが跳ぶ。
空いた直線上へユウトが踏み込み、一体を斬り倒す。
「レティシア、そのまま!」
「任せな!」
盾で押し返された最後の一体へ、アイリスが横から飛び込んだ。
「これで終わりでござる!」
剣閃。
ホーンボアが地面へ倒れた。
静かになった畑に、荒い息だけが残った。
しばらくして。
「終わった……?」
村人の声。
ユウトは周囲へ【鑑定】を使い、接近する魔物がいないことを確認した。
「大丈夫。もう来てない」
歓声が上がる。
泣いていた子どもたちが家族のもとへ走っていく。
セレスは怪我人を診ている。
大きな負傷者はいない。
レティシアは傷ついた柵を確かめ、エリシアは畑への被害を確認している。
アイリスは剣を拭い、フィーナは助けた子どもたちから何度も礼を言われていた。
ユウトは少し離れた場所から、その光景を眺める。
自分一人でも、魔物は倒せただろう。
けれど。
北と西を同時に守り、子どもを助け、怪我人を診て、村の入口を塞ぎながら戦うことはできない。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナが駆けてくる。
「子どもたち、全員無事だった!」
「うん。見てたよ」
「フィーナ、ちゃんとできた?」
少し前なら、その問いには不安が混じっていた。
今は違う。
確かめたいだけだ。
自分がしたことを。
「できてた。俺より先に動いたのも正解だった」
「えへへ!」
白い尻尾が大きく揺れる。
「ユウトさん」
セレスが治療を終えて戻ってきた。
「今回は、ちゃんと任せられましたね」
「ちゃんとって……」
ユウトが苦笑する。
「拙者へ北側を任せたのも良い判断でござった」
「最初は今にも全部自分でやりそうな顔してたけどね」
レティシアが笑う。
「顔に出てた?」
「出ていました」
エリシアまで即答した。
五人の顔を見て、ユウトは肩をすくめた。
「六人で来てよかったなって思ってたんだよ」
一瞬の沈黙。
「今さらかい!」
レティシアの声に、全員が笑った。
その日の夕方。
壊れた柵を直すため、村人たちが木材を運んでいた。
その端で、助けた子どもたちが余った木片を積み上げている。
「見て! お城!」
大小ばらばらの木片を重ねただけの、不格好な塔。
けれど子どもたちは楽しそうだった。
ユウトはその姿を見つめる。
「……あれ?」
何かが頭に引っ掛かった。
木片。
重ねる。
並べる。
崩して、また作る。
「ユウトさん?」
セレスが振り返る。
「どうしました?」
「いや……ちょっと思い出したものがある」
ユウトは、子どもたちの作った小さな塔を見た。
剣でもない。
魔法でもない。
冒険者の道具でもない。
ただ、好きな形を作って遊ぶためのもの。
「形を揃えた木を、何種類か作ったら……もっと色々作れるかも」
隣にいたレティシアの眉が上がる。
「ほう?」
その声には、すでに職人の興味が混じっていた。
ユウトはまだ知らなかった。
村の隅に転がっていた何でもない木片が、また一つ、この世界に新しい遊びを生み出すことになると。
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そして本日はここまで明日も5話投稿します。
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