第3章 第79話 みんなが続けられる仕組み
「材料費がこれで、加工賃がこれ。販売する店の取り分、それから商業ギルドへ支払う手数料も必要になります」
商業ギルドの相談席で、ユウトは机の上に並べられた数字をじっと見つめていた。
戦闘なら、相手を【鑑定】すれば弱点が分かる。
壊れた道具なら、破損箇所や修理方法が表示される。
けれど、商売はそう単純ではないらしい。
「思ってたより高い……」
ユウトが呟く。
盤一組を作って売るために必要な費用を合計すると、最初に想像していた額よりかなり大きかった。
商業ギルドの職員が頷く。
「レティシアさんが作った試作品と同じ品質なら、そうなりますね」
ユウトは隣を見る。
「やっぱり、作り込みすぎたんじゃない?」
「何を言ってるんだい」
レティシアが即座に睨む。
「売るならちゃんとした物を作る。職人なら当たり前だろ」
「それは分かるけど、子どもでも買えるくらいにしたいんだよ」
その一言で、レティシアも黙った。
値段が高ければ、買える者は限られる。
宿屋や裕福な家庭だけでなく、普通の家でも気軽に遊べる物にしたい。
フィーナが机を覗き込む。
「フィーナ、お金の計算、途中から分かんなくなった」
「俺も」
「ユウトお兄ちゃんも?」
「うん」
「仲間!」
「そこは仲間にならなくていいよ」
職員が思わず笑った。
「でしたら、製造を依頼する職人へ相談してみましょう。品質を落とすのではなく、必要な品質を見極めるんです」
「必要な品質……」
ユウトはその言葉を繰り返した。
すべてを最高にする必要はない。
安全で、壊れにくく、遊ぶのに問題がない。
そこを守ったうえで、手間や材料を減らせばいい。
六人はそのまま、商業ギルドから紹介された木工工房へ向かった。
工房では、椅子や棚、木皿、小さな玩具まで様々な品が作られていた。
職人はレティシアの試作品を受け取ると、何度も開閉し、木目や接合部を確かめた。
「よくできてる」
「当然だ」
レティシアが胸を張る。
「でも、これを何十個も安く作るのは厳しい」
「だろうね」
今度は素直に認めた。
職人が中央の金具を指した。
「まず、ここはいらないな」
「蝶番?」
ユウトが聞く。
「持ち運びには便利だが、金属部品を使うと材料費も加工の手間も増える。一枚板にして、駒だけ布袋に入れた方が安い」
レティシアが盤を見つめる。
「確かに、それで遊ぶ分には困らないね」
「溝もここまで深くなくていい。線が見えれば十分だろ?」
「はい」
「駒も一枚ずつ完全に同じ厚さへ削る必要はない。型を作って、それに合わせりゃいい」
ユウトは話を聞きながら試作品へ【鑑定】を使った。
耐久性。
加工精度。
破損しやすい箇所。
遊ぶのに必要な最低限の寸法。
木材ごとの摩耗率。
表示された情報が、職人の説明と重なっていく。
【解析上達】の補助もあり、なぜその加工が必要で、どこなら省けるのかが理解できた。
「あの」
ユウトは盤の端を指差した。
「ここの厚さ、今の三分の二くらいでも強度は足りませんか?」
職人が目を細める。
「どうしてそう思った?」
「この木目なら、普通に盤として使う力の掛かり方では割れにくいと思って」
職人は端材を取り、曲げながら確認する。
「……いけるな」
「それから駒なんですけど、家具を作った時に出る端材から取れませんか?」
「木の色が揃わないぞ」
「表と裏を塗るなら、元の色は違っても問題ないです」
職人は一瞬黙った。
それから笑う。
「そりゃそうだ」
レティシアも口元を上げる。
「いいところに気付いたじゃないか」
「でも、実際の作り方は職人さんに決めてもらいたいです」
ユウトは続けた。
「俺は木工を少し覚えただけです。何十個も同じ物を作るなら、慣れている人の方が絶対に分かることが多いので」
職人は少し意外そうな顔をした。
「細かいところまで見抜くのに、任せるところは任せるんだな」
「最近、それを覚えました」
後ろで五人が笑った。
そこからは職人とレティシアを中心に、量産用の形を決めていった。
盤は一枚板。
駒は端材を活用。
盤面は浅い溝で区切る。
駒の角は丸める。
塗料はセレスが確認した、安全性に問題のないものだけを使う。
エリシアの説明書も、長文ではなく簡単な図と短い文章に絞る。
完成した見積もりは、最初よりかなり安くなった。
「これなら普通の家でも買えるかな」
ユウトが言う。
職人は頷いた。
「少なくとも、最初のやつよりはずっと現実的だ」
商業ギルドへ戻ると、今度は利益配分を決めることになった。
「職人さんの取り分は、ちゃんと多めにしてください」
ユウトが言う。
職員は書類を見ながら首を振る。
「では、考案者側の取り分が少なすぎます」
「俺たちは冒険者の報酬がありますから」
「そういう問題ではありません」
職員はきっぱり言った。
「改良にも試作にも費用が掛かります。今後、新しい物を作るならなおさらです」
ユウトは少し考えた。
第78話で聞いた話を思い出す。
利益は、誰か一人が得をするためだけのものではない。
続けるために必要なものでもある。
「……じゃあ、取りすぎない程度に」
「適正な割合はこちらから提案します」
製造する職人。
販売する商店。
商業ギルド。
考案者であるユウトたち。
誰か一人だけが得をする形ではなく、関わる者全員が続けられる配分へ整えていく。
契約書が完成すると、ユウトは【鑑定】した。
条件。
支払い方法。
責任の範囲。
不利な条項の有無。
すべて確認できる。
それでも、ユウトは一つずつ職員へ質問した。
「ここは、売れ残った時の負担ってことですか?」
「はい」
「この項目は、別の町で販売する時も同じ?」
「基本は同じですが、輸送費によって変わります」
見えることと、理解することは同じではない。
【鑑定】が答えを見せても、その意味を確かめることは必要だ。
それも、ユウトが少しずつ覚えてきたことだった。
職員が最後の空欄を指す。
「商品名を決めてください」
「名前……」
ユウトは盤を見る。
前世で知っていた呼び方が頭に浮かぶ。
「リバーシ」
「それが名称ですか?」
「はい」
一度口に出してみる。
短い。
覚えやすい。
この世界の言葉に特別な意味がなくても、一つの遊びの固有名としてなら呼びやすい。
わざわざ別の名前を付ける必要もないだろう。
「短くて呼びやすいし、他の遊びと区別しやすいので。それでお願いします」
職員が頷いた。
「では、商品名は《リバーシ》として登録します」
書類へ文字が記される。
宿屋の卓上へ線を引いただけだった遊びが、初めて一つの商品として形を持った瞬間だった。
「リバーシ!」
商業ギルドを出るなり、フィーナが嬉しそうに口にする。
「そんなに気に入った?」
「うん! なんかちゃんとした名前って感じ!」
「ちゃんとした名前だよ」
「でも、まだ売ってないよ?」
「それはこれからだね」
アイリスが真剣な表情で言う。
「正式に売る前に、もう一度公平性を確かめる必要があると思うのでござる」
レティシアが即座に返す。
「また勝負したいだけだろ」
「確認でござる!」
「昨日何回負けた?」
アイリスが目を逸らす。
「……四回」
「増えてるじゃない」
エリシアが眠そうに呟いた。
「なら今夜も記録しておきましょう」
「エリシアまで!」
セレスが笑う。
「ただし、夜更かしは駄目ですよ。明日は朝から依頼がありますから」
「依頼?」
フィーナの耳が立つ。
ユウトが冒険者カードを取り出した。
商業ギルドへ来る前、冒険者ギルドで受け取った依頼票が挟まれている。
「近くの村までの護衛依頼。荷車を守りながら行くやつ」
「村!」
「途中で一泊する予定だよ」
フィーナの尻尾が勢いよく揺れる。
「お肉あるかな!」
「まず依頼の心配をしようよ」
「もちろんする!」
ユウトは笑いながら依頼票をしまった。
冒険者として旅をする。
仲間と強くなる。
その合間に、知っている遊びを形にしていく。
どちらか一つを選ぶ必要はない。
自分たちらしく、両方続ければいい。
宿屋へ戻る途中、フィーナが前を走りながら振り返った。
「ユウトお兄ちゃん! 今夜は最初にフィーナと勝負ね!」
「いいよ」
「絶対勝つ!」
「手加減しないよ?」
「しなくていい!」
「では、その後は拙者でござる!」
「アイリスはまだやるの?」
「勝つまででござる!」
「夜更かしは禁止ですよ」
セレスの声に、全員が笑った。
ユウトはその輪の中を歩きながら、明日の護衛依頼と、工房で作られる最初のリバーシのことを同時に考えていた。
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