第3章 第76話 罠を見つける者
低級ダンジョンの調査依頼を受けた《アカシックレコード》は、朝のうちに城壁都市を出発し、昼前には目的地へ到着していた。
入口は岩山の裂け目にあり、中へ入ると、人が三人ほど並んで歩ける石造りの通路が続いている。
このダンジョン自体は以前から知られており、出現する魔物も弱い。新人冒険者が探索訓練に利用することもある場所だという。
問題は、最近になって罠が急激に増えたことだった。
「前に来た冒険者が、帰り道で踏み抜き罠に落ちたそうです。幸い浅かったので骨折だけで済みましたけど」
セレスが受付で聞いた内容を思い出すように言う。
「骨折だけ、というのも十分大怪我でござるな」
アイリスが足元を確かめながら答えた。
「低級ダンジョンだからって油断できないね」
僕も頷く。
いつもの癖で前へ出ようとした、その時だった。
「待って!」
フィーナの耳がぴんと立った。
僕は足を止める。
フィーナはしゃがみ込み、石床へ鼻を近づけた。続いて片耳を床へ寄せる。
「この先、変な音する」
「音?」
「うん。石の下から……かち、かちって」
僕には聞こえない。
【探索上達】を持っていても、白狼族そのものの聴覚までは手に入らない。
「場所は分かる?」
「たぶん、あそこ!」
フィーナが数歩先の石を指差した。
そこで初めて僕は【鑑定】を使う。
【踏圧式落石罠】
【状態:作動可能】
【起動条件:中央石板へ一定以上の荷重】
【連動箇所:天井部固定石三個】
【設置時期:推定三日前】
「正解。踏むと上から石が落ちる」
「やった!」
フィーナの尻尾が勢いよく揺れた。
「設置されたのは三日前くらいだ」
「三日前?」
エリシアの眠そうだった目が少しだけ開く。
「このダンジョンはかなり以前から利用されています。罠が元々あったのなら、もっと古いはずですね」
「誰かが後から仕掛けたってことか?」
レティシアが壁を叩く。
「それを調べる」
僕は罠の構造をさらに見る。
固定具はない。
縄も金具も使われていない。
天井の石そのものが、落ちやすい形へ変形していた。
「工具で作った罠じゃない」
「どういうことでござる?」
「石が削られたんじゃなくて、形そのものが変えられてる」
エリシアが天井を見上げた。
「土属性か、それに近い魔力操作でしょうか」
「可能性はある。でも術式の残り方が変なんだ」
魔法を使った痕跡なら、術者の魔力がわずかに残ることが多い。
だが、ここにはそれがなかった。
「まず進もう。フィーナ、前をお願いできる?」
「うん! フィーナに任せて!」
今度は僕が先頭へ出なかった。
フィーナが数歩先を歩き、僕たちは少し距離を空けて続く。
しばらく進むと、再びフィーナが止まった。
「右の壁、変」
【鑑定】。
【矢射出罠】
【状態:作動可能】
【起動条件:壁際の糸状魔力線へ接触】
【設置時期:推定二日前】
「当たり」
「えへへ!」
フィーナは嬉しそうに胸を張る。
その先でも、彼女は僕より先に罠を見つけ続けた。
床の微かな沈み。
石壁の向こうから聞こえる空洞音。
油の匂い。
魔物とは違う金属臭。
僕なら【鑑定】を使えば詳細まで分かる。
けれど、何もないように見える場所へ片っ端から【鑑定】を使うより、フィーナが異変を絞り込んでくれた方が圧倒的に早かった。
「なるほどな」
思わず声が漏れる。
「どうしたの、ユウトお兄ちゃん?」
「いや。前だったら、たぶん全部自分で調べようとしてたなと思って」
「今も調べてるよ?」
「そうだけど、見つけるところまで僕がやる必要はないんだ」
前に出ようとして、何度も足を止めた。
そのたびにフィーナが先に異変を見つけていく。
僕が何もしないわけじゃない。
見つけてもらい、詳しく調べ、必要なら解除方法を考える。
それでいい。
「フィーナが見つけて、ユウトお兄ちゃんが詳しく調べればいいんだよ!」
「うん。その方がずっと早い」
フィーナが笑う。
後ろでは、アイリスも小さく頷いていた。
「敵を倒すだけが役割ではござらぬ、ということですな」
「罠一つで前衛の動きは大きく崩されますからね」
セレスが床を見ながら言う。
「ここで怪我人が増えていた理由も分かってきました」
エリシアは壁へ指先を触れた。
「それにしても、妙ですね。どの罠にも通常の加工痕がありません」
「気になるよな」
「ええ。ダンジョンそのものが構造を変えているようにも見えます」
その言葉に、全員の表情がわずかに引き締まった。
さらに奥へ進む。
やがて通路は狭くなり、床と壁の両方に罠が集中し始めた。
「多すぎるな」
レティシアが顔をしかめる。
「ここまで来ると、新人を追い返すどころか殺しにきてるぞ」
僕も同感だった。
その時、フィーナが突然立ち止まった。
耳を左右へ動かし、首を傾げる。
「……こっち」
彼女が指したのは、ただの石壁だった。
「通路はないように見えますが」
セレスが近づく。
「でも、向こうから風が来てる」
フィーナは壁の隅へ鼻を寄せた。
「それと……鉄みたいな匂い」
【鑑定】を発動する。
【偽装壁】
【内部:隠し通路】
【開放機構:回転式多重金属環】
【状態:正常】
【作動難度:中】
「本当に通路がある」
「やっぱり!」
壁の一部を押すと、表面の石板がゆっくり沈んだ。
その奥から現れたのは、複数の金属環が複雑に重なった仕掛けだった。
「なんだこれ」
レティシアが目を輝かせる。
「外す順番があるな。無理に引けば噛み合って動かなくなる」
僕も思わず見入った。
輪を回し、ずらし、隙間を通す。
どこか見覚えがある。
前世で遊んだ知恵の輪に似ていた。
「面白い仕掛けだな……」
「ユウト、遊んでる場合じゃないぞ」
「分かってるよ」
苦笑しながら【鑑定】する。
解除手順が表示される。
けれど、その直後だった。
かちり。
誰も触れていないはずの背後で音がした。
「え?」
振り返る。
さっきまで何もなかった床の中央が、ゆっくりと沈んでいく。
石が内側から形を変え、溝が走り、壁の一部がせり出す。
目の前で、新しい罠が作られていた。
「ユウトお兄ちゃん……」
フィーナの尻尾が膨らむ。
僕はすぐに【鑑定】を向けた。
【生成中――】
【構造再編成――】
【発生源――】
そこで表示が乱れた。
【解析不能】
次の瞬間、隠し通路の奥から、どくん、と巨大な心臓の鼓動にも似た魔力の脈動が伝わってきた。
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