第3章 第75話 六人の役割
森を抜けて城壁都市へ戻った頃には、空が茜色に染まくり始めていた。
救助した薬草採取人を連れたまま冒険者ギルドへ入ると、受付にいた職員がすぐに立ち上がった。
「見つかったんですね!」
「はい。足を怪我していますが、命に別状はありません」
「よかった……!」
職員は胸を撫で下ろし、別の職員へ治療院への連絡を頼む。
薬草採取人は椅子へ座らされる前に、何度もフィーナへ頭を下げていた。
「本当にありがとう。この子が来てくれなかったら、俺はあのまま……」
「えへへ……」
フィーナの耳が照れたように横へ倒れる。
「ユウトお兄ちゃんたちが魔物を倒してくれてたから、フィーナは探せたんだよ」
「それでも、見つけたのはフィーナだろ」
ユウトが言うと、フィーナがこちらを見た。
「俺たちが戦ってる間に匂いを追って、倒木のところまで見つけた。フィーナが助けたんだよ」
「……フィーナが?」
「うん」
自分の功績だと言われることに、まだ少し慣れていないらしい。
それでもフィーナはしばらく考えたあと、尻尾をゆっくり揺らした。
「そっか。じゃあ……フィーナ、ちゃんと助けられたんだね」
「そういうこと」
「えへへ!」
今度の笑顔には、さっきまでとは違う誇らしさが混じっていた。
報告を終えると、ユウトはブラッドエイプの魔石を受付へ提出した。
「通常よりかなり大型化していました。【鑑定】では異常成長と出たんですが、詳しい原因までは分かりませんでした」
「分かりました。過去の討伐記録も確認して、専門の鑑定士へ回します」
職員は魔石を慎重に箱へ収める。
「結果が分かりましたら、皆さんにもお知らせします。それと――」
職員が一枚の書類へ視線を落とした。
「明日から調査依頼として出す予定なのですが、近郊の低級ダンジョンで罠の作動数が急に増えているそうです」
「罠が?」
「はい。魔物そのものは低級ばかりですが、怪我人が続いています。原因調査と安全確認が目的です」
まだ正式な依頼票になる前らしく、職員は書類を束へ戻した。
「皆さんなら適任かと思いましたが、今日戻ったばかりですし、今すぐ決めていただく必要はありません」
「ありがとうございます。みんなと相談します」
ギルドを出た頃には、日はほとんど沈んでいた。
宿屋へ戻り、夕食を済ませる。
いつものように一階では冒険者たちが食事をし、片隅では宿の主人が客とリバーシをしていた。
「そこ置いたら全部ひっくり返されるぞ」
「えっ?」
「ほら」
「ああっ!」
盤を囲んだ笑い声を聞きながら、ユウトたちは自分たちの卓へ集まった。
今日の森での戦いを振り返るためだ。
「今日は、前よりかなり動きやすかったでござる」
アイリスが最初に口を開く。
「ユウト殿が全部倒そうとしなかったゆえ」
「……やっぱりそこ?」
「そこですね」
エリシアまで即答した。
「そんなに酷かったかな……」
「ユウトお兄ちゃん、敵を見るとすぐ前に行くもん」
「強いから仕方ねえっちゃ仕方ねえけどな」
レティシアが笑う。
「でも今日みたいな方が、あたしはやりやすい。自分が何をすりゃいいか分かるからな」
その言葉にユウトは頷いた。
「俺もそう思った。だから、これからはもっと役割をはっきりさせたい」
「役割ですか?」
セレスが首を傾げる。
「うん。絶対にそれしかやらないって意味じゃないけど、最初に誰が何を見るか決めておけば動きやすいと思う」
ユウトはまずフィーナを見る。
「フィーナは索敵と偵察。それから罠や隠し通路を見つける役」
「フィーナ、先頭?」
「先頭とはちょっと違うかな。必要なら俺たちより先へ行って、危険がないか調べてもらう」
「先に行くなら先頭じゃないの?」
「……確かに」
ユウトが言葉に詰まると、エリシアが淡々と補足した。
「戦闘が始まった時に最前列で攻撃を受ける役ではない、という意味ですね」
「あ、そっか!」
フィーナが納得して耳を立てる。
「じゃあ、危ないのを一番最初に見つける!」
「頼む」
「任せて!」
「拙者は前衛でござるな」
アイリスは迷わなかった。
「うん。特に強い敵を止めてもらう」
「承知いたした」
「私は後ろから魔法と結界ですね」
「エリシアにはそれと、魔法関係の仕掛けも見てもらいたい」
「興味深いものなら歓迎します」
「危なくない範囲でね」
「善処します」
その返事は少し不安だった。
「私は治療と補助ですね」
セレスが微笑む。
「戦闘中だけじゃなくて、怪我人が出た時はセレスの判断を優先したい。今日もレティシアの腕の状態、俺より先に判断してたし」
「……私の判断でいいんですか?」
「むしろ、そのためにセレスがいるんだと思う」
セレスは少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに頷いた。
「分かりました。無茶をした人を止めるのも役目に入れておきますね」
「それ、主に俺?」
「主にユウトです」
即答された。
「で、あたしは盾役と装備だな」
「うん。前を守るのと、武器や防具の状態を見るのはレティシアに任せたい」
「任せな!」
五人の役目は、驚くほど自然に決まった。
問題は――。
「ユウトお兄ちゃんは?」
フィーナの一言で、全員の視線が集まる。
「俺は……」
剣も使える。
魔法も使える。
索敵も治療も、罠解除も鍛冶も、覚えればできる。
だからこそ、どれか一つを担当すると決めるのは違う気がした。
今日の戦いを思い出す。
フィーナへ捜索を任せた。
アイリスへ攻撃を任せた。
レティシアへ防御を任せた。
エリシアへ魔法を任せ、セレスへ治療を任せた。
自分がしていたのは――。
「全体を見る」
「全体?」
「敵を【鑑定】して、分かったことをみんなに伝える。それから、足りないところがあったら俺が入る」
アイリスが腕を組む。
「なるほど。前衛が足りなければ剣を振り、魔法が必要なら魔法を使う」
「負傷者が多ければ私を手伝う」
「罠解除に人手が要ればフィーナのところへ来る!」
「装備が壊れたら、あたしの補助もできるってわけだ」
エリシアが小さく頷いた。
「解析し、全体を見て、必要な場所へ入る。ユウトらしいですね」
「万能補助でござるな」
「補助って言われると弱そうなんだけど……」
「なら、何でも屋だな!」
「もっと弱そうになったよ」
卓を囲んで笑いが起きる。
けれど、その笑いの中でユウトには自分の役割がはっきり見えた。
何でも自分でやるのではない。
何でもできるからこそ、仲間が力を発揮できるように全体を見て、必要な場所だけを埋める。
それが自分の《万能戦闘》なのだ。
「じゃあ、これで決まりだね」
フィーナが嬉しそうに言う。
「六人でやること、ちゃんとできた!」
「そうだな」
ユウトは五人を見回した。
ただ一緒に旅をしているだけではない。
少しずつ、本当のパーティーになっている。
その実感があった。
「そういえば」
ユウトはギルドで聞いた話を思い出す。
「明日から、低級ダンジョンの調査依頼が出るらしい。罠が増えて怪我人が出てるって」
フィーナの耳がぴんと立つ。
「罠?」
「魔法の仕掛けもあるかもしれませんね」
エリシアの目にも急に興味が宿った。
「負傷者が出ているなら、治療の準備も必要ですね」
「狭い場所なら盾の使い方も変わるな」
「拙者も、連携を試すにはよい機会と思う」
五人がそれぞれ、自分の役割から依頼を考えている。
その光景を見て、ユウトは笑った。
「じゃあ、明日の朝、依頼を確認してみよう」
「うん!」
今日決めた役割が、本当に六人の力になるのか。
その答えを確かめる場所は、すでにすぐ近くで彼らを待っていた。
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