第3章 第72話 任せるという強さ
街を出てから半日ほどが経った頃、護衛していた三台の荷馬車は、森に挟まれた細い街道へ入った。
依頼そのものは難しくない。近隣の町まで食料と日用品を運ぶ商隊を護衛するだけで、事前情報では危険度の高い魔物も確認されていなかった。
それでもユウトたちは、前回までの反省を踏まえ、最初から役割を決めていた。
先行して周囲を調べるフィーナ。
荷馬車の前方をアイリス。
後方をレティシア。
中央付近でエリシアとセレスが周囲と護衛対象を確認し、ユウトは全体を見ながら必要な場所へ動く。
以前のユウトなら、自分で【索敵】を使い、危険を見つけ、自分で倒してしまっていただろう。
実際、その方が早い。
けれど、それでは六人でいる意味がない。
そう理解したからこそ、今日は意識して仲間へ任せていた。
「……止まって!」
前方から戻ってきたフィーナが、片手を上げた。
白い狼耳がまっすぐ前を向いている。
「何かいる?」
「うん。前の森。五匹……たぶん四足。風下だから匂いがちょっと薄いけど、こっちに近づいてる」
ユウトはすぐに【索敵】を使いたくなる衝動を抑えた。
自分で確認すれば、一瞬で答えは出る。
けれど今必要なのは、答えを奪うことではない。
「距離は?」
「まだあるよ。走ってきても少し余裕ある」
「分かった。みんな、フィーナの情報で動こう」
「承知いたした」
アイリスが剣へ手を掛ける。
レティシアも大盾を背から外した。
「ユウトお兄ちゃん、確認しなくていいの?」
フィーナが少しだけ不安そうに聞いた。
「フィーナが見つけたんだろ?」
「うん」
「じゃあ、それを信じる」
一瞬、フィーナの耳がぴくりと動いた。
次いで、尻尾が嬉しそうに揺れる。
「えへへ! 任せて!」
ユウトは小さく笑った。
誰かへ任せるという行為に、自分が思っていた以上に慣れていないことにも気付く。
前世でも、自分で我慢した方が早い、自分でやった方が迷惑を掛けない。そんな考え方が染みついていた。
だが、仲間は迷惑を掛けないためにいるのではない。
一緒に進むためにいる。
間もなく、森の奥から枝を折る音が響いた。
「来ます」
エリシアが杖を構える。
現れたのは、灰色の毛皮を持つ狼型の魔物だった。
ユウトは反射的に【鑑定】する。
【グレイファング】
【危険度:E】
【個体数:五】
【特徴:群れで獲物を包囲する】
【弱点:腹部、火属性】
五匹。
フィーナの報告通りだ。
「アイリス、前。レティシア、右側から荷馬車へ近づけないで。エリシアは拘束優先。セレスは馬を見ていて」
「承知!」
「任せな!」
「分かりました」
「はい!」
グレイファングが左右へ散った。
アイリスが前へ踏み出す。
一匹目が跳び掛かった瞬間、真正面から斬り伏せるのではなく、刃の腹で前脚を払った。
「はっ!」
魔物が姿勢を崩す。
そこへ二匹目が横から飛び込んだ。
ユウトの身体が反射的に動いた。
右手へ魔力が集まる。
火球なら一瞬だ。
だが、その射線上へアイリスが踏み込もうとしている。
――違う。
今ここで撃てば、また仲間の動きを潰す。
ユウトは魔法を散らした。
「アイリス、右!」
「見えている!」
振り返りざまの横薙ぎ。
二匹目のグレイファングが地面へ転がった。
その間に別の一匹が荷馬車の側面へ回り込む。
「通すかよ!」
レティシアが大盾を地面へ叩きつけた。
魔物が盾へ激突する。
鈍い音が響いたが、レティシアは一歩も退かない。
「エリシア!」
「はい。【アースバインド】」
地面から伸びた土の帯が、魔物の脚へ絡みついた。
派手な攻撃魔法ではない。
それでも、荷馬車を守るという目的には十分だった。
「今だよ!」
声と同時に、小さな矢が飛んだ。
フィーナが最近練習を続けている短弓から放ったものだ。
矢はグレイファングの肩を浅くかすめる。
倒すための一撃ではない。
だが、魔物は驚いて進路を変えた。
その先にはアイリスがいる。
「見事!」
一閃。
残る二匹が同時に動く。
一匹はアイリスへ。
もう一匹は荷馬車の後方へ。
わずかに判断が重なった。
「後ろは拙者が――」
「いや、そっちはアタシだ!」
アイリスとレティシアが一瞬だけ同じ方向へ動きかけた。
「アイリスは前! レティシアは後ろ!」
ユウトが即座に指示する。
二人はほぼ同時に軌道を修正した。
「承知!」
「分かった!」
完全ではない。
まだ役割が身体へ染みついているわけではない。
それでも、以前のように全員が同じ敵へ殺到することはなかった。
「ユウトさん!」
セレスの声。
見ると、一番後ろの荷馬車を引く馬が激しく首を振っている。
魔物の匂いと咆哮に怯えているのだ。
「このままだと暴れます!」
「セレス、頼む!」
「はい!」
セレスが戦闘ではなく馬へ駆け寄る。
低い声で呼び掛けながら手綱を支え、落ち着かせていく。
その間にも、アイリスが前方の魔物を仕留め、レティシアが後方の一匹を盾で弾き返した。
「エリシア!」
「分かっています」
魔力が流れる。
土の帯が最後の一匹を拘束した。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナが叫ぶ。
今度はユウトが前へ出た。
「うん。これは俺がやる」
抜いた剣を一閃する。
拘束されたグレイファングが倒れた。
静寂が戻った。
ユウトは周囲を確認する。
荷馬車に損傷なし。
商人たちにも怪我はない。
馬もセレスが落ち着かせている。
「……成功、かな」
思わずそう漏らすと、レティシアが豪快に笑った。
「なんだい。あんたが一番驚いてるじゃないか」
「だって、俺ほとんど倒してないから」
「それでいいのでござろう」
アイリスが剣を納める。
「ユウト殿が全体を見ていたからこそ、拙者たちは迷わず動けた」
「途中で少し迷いましたけどね」
エリシアが淡々と付け加える。
「うっ」
アイリスとレティシアが同時に言葉を詰まらせた。
「でも、ちゃんと修正できましたよ」
セレスが微笑む。
「最初から完璧だったら、訓練する意味もありませんから」
「そうだね」
ユウトは五人を見る。
敵を倒す。
それだけなら、自分一人でもできる。
けれど護衛とは、敵を倒すだけの仕事ではない。
荷物を守る。
人を守る。
馬を守る。
周囲を警戒する。
何か起きれば、同時に対応する。
一人で一つを完璧にこなすより、六人で六つを守れる方がずっと強い。
「ユウトお兄ちゃん、今日はちゃんと我慢できたね!」
フィーナが得意げに言う。
「我慢?」
「魔法でどーんってしなかった!」
「……そこまで信用ない?」
「ないですね」
エリシアが即答した。
「ありませんね」
セレスも続く。
「拙者も、撃つと思っていた」
「アタシもだ」
「ひどくない?」
五人の笑い声が街道へ広がった。
そんな空気が落ち着いた頃、フィーナの耳が突然動いた。
笑顔が消える。
「……待って」
全員が止まる。
「どうした?」
「血の匂いがする」
フィーナは森の奥へ顔を向けた。
「魔物のじゃないと思う。人の匂いも混ざってる」
ユウトは今度こそ【索敵】を使った。
戦闘は終わった。
ここからは、不足を補う自分の仕事だ。
「二つ反応がある。少し先だ」
「行こう!」
フィーナが先頭に立つ。
街道から森へ入り、枝をかき分けて進むと、すぐに草へ赤黒い染みが見つかった。
ユウトが【鑑定】する。
【人族由来の血液】
【付着後推定時間:約一時間】
【周辺血痕量から推定:出血量は多い】
【複数地点へ連続付着】
「かなり出血してる」
ユウトの声に、セレスの表情が変わった。
「急ぎましょう」
血痕は森のさらに奥へ続いている。
フィーナが駆け出し、ユウトたちも追う。
そして、その先で彼らが見つけたものは――倒れた人間だけではなかった。
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