第3章 第71話 六人だから見つけられるもの
街道沿いの森へ入ってしばらくすると、先頭を歩いていたフィーナの白い耳がぴくりと動いた。
「ユウトお兄ちゃん、止まって」
小さな声だった。
だが、その一言だけで全員の足が止まる。
以前なら、ユウトは反射的に【気配察知】や【索敵】を広げていただろう。
今は違う。
まずフィーナを見る。
「何かいた?」
「ううん。何かがいるんじゃなくて……変なの」
フィーナは鼻先を少し上げ、風の匂いを確かめた。それから道の右手に広がる茂みへ視線を向ける。
「獣の匂いはする。でも、新しくない。なのに土の匂いだけ新しいよ」
「土?」
「うん。誰かが掘ったみたいな匂い」
ユウトには分からない。
【探索上達】を持ち、嗅覚を生かす方法も以前より理解している。それでも、人族の鼻そのものが白狼族と同じになるわけではなかった。
だからこそ、フィーナに任せる意味がある。
「フィーナ、確認をお願いしていい?」
「任せて!」
嬉しそうに尻尾を振りかけたフィーナは、すぐに表情を引き締めた。
姿勢を低くし、足音を殺して茂みへ入っていく。
ユウトは追わない。
代わりに周囲を見渡した。
「アイリスは前。レティシアは荷馬車側をお願い。エリシアは魔力の乱れを探して。セレスは護衛対象から離れないで」
「承知いたした」
「任せな!」
「分かりました。少し調べてみましょう」
「はい。こちらは任せてください」
今回受けたのは、薬草や日用品を積んだ二台の荷馬車を隣町まで送り届ける護衛依頼だった。
依頼そのものはEランク。
だが、パーティーを組んでからのユウトたちは、依頼の難易度よりも連携を意識して行動している。
強い敵を倒すだけなら簡単だ。
荷馬車を守り、御者を守り、積み荷を守りながら、想定外の事態へ同時に対応する。
それが今の六人に必要な経験だった。
やがて茂みが揺れ、フィーナが戻ってきた。
「見つけたよ。道の先に穴がある!」
「穴?」
「落とし穴。でも葉っぱで隠してある。あとね、穴の向こうにも何かあると思う。少しだけ鉄の匂いがした」
ユウトは【鑑定】を使いたくなる衝動を一度抑えた。
「フィーナなら、もう少し調べられそう?」
「うん!」
「じゃあお願い。ただし危ないと思ったら、すぐ戻ってきて」
「分かった!」
再びフィーナが森へ消える。
その後ろ姿を見送ったアイリスが、小さく笑った。
「変わったでござるな、ユウト殿」
「俺が?」
「以前なら、すでに一人で穴を調べ、罠を解除し、その先にいる者まで捕らえていたでござろう」
「……否定できないな」
アイリスの言うとおりだった。
できることを全部やれば早い。
少なくとも、そう思っていた。
けれど、それでは仲間の情報を待つという選択肢がなくなる。
ユウトは自分の手のひらを見る。
自分には【鑑定】がある。
【探索上達】もある。
罠解除も、剣術も、魔法も使える。
だからといって、自分が最初から最後まで全部やる必要はない。
「ユウトさん」
今度はエリシアが声を掛けてきた。
「向こうから、弱い魔力反応があります」
「魔物?」
「断定はできません。魔石を使った道具かもしれませんね」
「場所は?」
「落とし穴があるという方向より、少し奥です」
罠。
鉄の匂い。
魔力反応。
ユウトの頭の中で情報がつながっていく。
そこへフィーナが駆け戻ってきた。
「分かったよ!」
声を抑えてはいるものの、耳が興奮で立っている。
「落とし穴の先に細い糸があった! 木につながってる。あと、もっと奥に三人いると思う。話し声がしたよ」
「人?」
「うん。それと小さい檻がある。中に何かいるみたい」
ユウトはそこで初めて【鑑定】を使った。
フィーナが教えてくれた方向へ意識を集中させる。
木々や茂みに遮られ、すべてを直接見通せるわけではない。
だが、露出している糸の一部を捉えれば十分だった。
【簡易警報罠】
【種別:罠】
【状態:正常】
【構造:張力式】
【効果:糸へ接触すると木製警報器が作動】
【備考:周辺に複数の罠が連動】
「フィーナの言ったとおりだ。一本だけじゃない」
「えへへ!」
嬉しそうに笑ったフィーナへ、ユウトも笑い返す。
「見つけてくれて助かった」
その瞬間、フィーナの尻尾が大きく揺れた。
「フィーナ、解除できそう?」
「やってみる!」
ユウトは方法を教えない。
フィーナは地面へしゃがみ込み、自分の目と鼻と耳で周囲を調べ始めた。
やがて草の陰から一本目の糸を見つける。
さらに二本目。
三本目。
「……これ、一本だけ切ったら駄目だ」
「どうして?」
「たぶん、こっちが引っ張られるから」
フィーナは糸の張り方を見比べ、自分で答えへたどり着いた。
ユウトが【鑑定】する。
【解除方法:三本の張力を維持した状態で固定具を外す】
正解だった。
「その判断で合ってる」
「ほんと!?」
「うん。俺も今、確認した」
「よーし!」
フィーナは慎重に作業を始めた。
一本を固定し、次を緩める。
指先がわずかに震える。
ユウトなら【鑑定】で最適な位置を確認しながら、もっと早く解除できる。
けれど、口を出さない。
やがて。
「……取れた!」
三本の糸が音もなく地面へ落ちた。
「やった!」
フィーナが振り返る。
「できたよ、ユウトお兄ちゃん!」
「うん。完璧だった」
「えへへ!」
その笑顔を見て、ユウトはようやく理解した。
自分が先にやってしまえば、確かに失敗は減る。
でも同時に、仲間が自分で考えて成功する機会まで奪ってしまう。
「では、次は拙者たちの番でござるな」
アイリスが剣の柄へ手を置く。
三人の人間が罠の奥に潜んでいる。
街道へ罠を仕掛けている以上、旅人を狙っている可能性は高い。
「殺さず捕まえる。目的を確認したい」
「承知いたした」
「ユウト、アタシは?」
「レティシアは荷馬車を守ってほしい。別働隊がいる可能性もある」
「そういうことなら任せな」
「セレスもここで待機を」
「分かりました。でも、怪我をしたらすぐ呼んでくださいね」
最後にエリシアを見る。
「逃走経路を結界で塞げる?」
「できます。ただ、姿を見せる前に張ると気付かれるかもしれません」
「じゃあ俺たちが接触してから」
「了解です」
ユウト、フィーナ、アイリスの三人が森へ入る。
奥へ進むにつれ、微かな声が聞こえてきた。
やがて木々の隙間から、小さな野営跡が見える。
三人の男。
そしてフィーナが見つけたという檻。
中では、一匹の小型魔物が丸くなっていた。
ユウトが【鑑定】する。
【種族:フォレストラット】
【危険度:F】
【状態:衰弱・恐怖】
さらに檻を見る。
【誘導用魔物檻】
【用途:捕獲した魔物を興奮させ、指定方向へ放つための檻】
ユウトの表情が変わった。
単なる盗賊ではない。
「どうしたの、ユウトお兄ちゃん?」
「こいつら、魔物を街道へ放してる」
フィーナの耳が伏せられる。
「そんなことしたら、通る人が襲われるよ?」
「たぶん、それが目的だ」
魔物に襲わせる。
旅人が弱ったところを狙う。
あるいは、護衛を分断する。
だが――妙だった。
フォレストラット一匹では、荷馬車を襲わせるには弱すぎる。
ユウトは周囲へ【鑑定】を広げる。
そして、野営地の奥。
土で半分隠された箱を見つけた。
【魔物誘引香】
【品質:低】
【用途:周辺の魔物を誘引する】
【残量:少量】
【備考:すでに複数回使用された痕跡あり】
ユウトの背筋に嫌な感覚が走る。
「フィーナ」
「なに?」
「森の匂い、もう一度確認して」
フィーナは不思議そうにしながら鼻を動かす。
その表情が、すぐに変わった。
「……いる」
「どこ?」
「ここじゃない」
白い耳が、街道の後方へ向く。
「荷馬車の方」
遠くで鳥の群れが一斉に飛び立った。
直後。
森の奥から、低い咆哮が響いた。
「レティシアたちのところだ!」
ユウトが振り返るより先に、フィーナが走り出す。
「ユウトお兄ちゃん、行こう!」
その声に迷いはなかった。
誰かに命令されて動くのではない。
自分で危険を見つけ、自分で助けに行くと決めた声だった。
「うん!」
ユウトとアイリスも駆け出す。
後ろで三人の男たちが異変に気付き立ち上がった。
だが、その頭上にはすでに淡い魔力の光が広がっていた。
「逃がしませんよ」
エリシアが遠方から展開した結界が、野営地を包み込む。
ユウトは前を見る。
仲間のいる街道へ。
今度は、自分一人で敵を倒すためではない。
六人で守り切るために。
《アカシックレコード》の本当の連携は、まだ始まったばかりだった。
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