第1章 第7話 壊れた鍬と初めての仕事
「その農具、見せてもらってもいいですか?」
ユウトが村長の家を出ると、折れた鍬を抱えた男が怪訝そうに眉を寄せた。日暮れは近かったが、空にはまだ赤みが残っている。
「お前が直すのか?」
「直せるかどうか、まず状態を確認したいです」
できるとは断言しなかった。
森で【跳躍】を使った時も、動きの仕組みを理解しただけでは上手く扱えなかった。農具の修理も、情報を得ることと、実際に直すことは別のはずだ。
男は村長とグレンを交互に見た後、鍬を差し出した。
「見るだけなら構わん。だが、これ以上壊すなよ。予備はもうないんだ」
「気をつけます」
ユウトは鍬を受け取った。
鉄製の刃には乾いた土がこびりつき、木の柄は刃との接合部から少し離れた場所で折れている。断面はささくれ立ち、内部まで黒ずんでいた。
意識を向ける。
【名称:鉄刃の鍬】
【品質:低下】
【状態:柄の破損・刃部摩耗・固定具の緩み】
【破損原因:長期使用による柄の劣化。固定具の緩みにより接合部へ負荷が集中】
【推奨修理:柄を交換し、固定具を締め直す。使用者に合わせて刃の角度を調整】
【追加整備:刃部の研磨】
【必要道具:鋸、手斧、小刀、木槌、固定具、研磨石】
直し方は分かった。
しかし、柄に適した木材の選び方も、加工方法も、刃を取り付ける角度も分からない。
「新しい柄へ交換した方がいいと思います。刃も摩耗していますが、まずは柄を直さないと使えません」
持ち主の男がため息をついた。
「それができれば苦労しない。村に残っている木材は、柵や薪へ使う分ばかりだ。鍬の柄に向いている物を見分けられる者もいない」
「前に修理していた者は、去年の冬に腰を悪くしてな」
村長が共同倉庫を指した。
「使えそうな木材は残っておる。選べるものがあるか、見てみるとよい」
倉庫の壁際には、太さも長さも異なる木材が積まれていた。真っすぐな物もあれば、大きく反った物や、節の多い物もある。
ユウトは一本ずつ【鑑定】した。
【状態:良好】
【特徴:軽量・加工容易・衝撃耐性は低い】
【推奨用途:棚、箱、小型道具】
次に手を伸ばした硬い木材には、別の情報が表示された。
【状態:表面乾燥・内部湿気あり】
【特徴:硬質・高耐久】
【使用上の注意:乾燥不足。加工後に歪む可能性があります】
硬ければよいわけではない。
鍬を振った際の衝撃を受け止め、長く使っても割れにくい弾力が必要なのだ。
さらに調べると、奥に積まれた木材の中から、条件に合う一本が見つかった。
【名称:乾燥したラッシュ材】
【状態:良好】
【特徴:適度な弾力・高い衝撃耐性・直線的な木目】
【推奨用途:農具の柄、槌の柄、杖】
「これなら使えると思います」
ユウトが木材を引き抜くと、鍬の持ち主が首を傾げた。
「それは柵に使うつもりだった木だぞ」
「他の木より衝撃に強く、木目も真っすぐです」
グレンが受け取り、断面と節の位置を確かめた。
「確かに悪くない。枝の付け根も少ない。柄にしても簡単には割れんだろう」
「木の性質まで分かるのか?」
「見れば、ある程度は」
村人たちの視線が集まった。
グレンには【鑑定】を使えることを知られているが、表示された内容をすべて話す必要はない。ユウトは木材を抱え、村長へ向き直った。
「作業場を借りてもいいですか?」
共同作業場へ入る頃には、空の赤みが薄れ始めていた。村長の家から照明の魔道具が運ばれ、天井から吊るされる。淡い光が、使い込まれた鋸や手斧、小刀、木槌を照らした。
ユウトは折れた柄とラッシュ材を並べた。
まずは長さをそろえる。
そう考えて鋸を握ったが、木へ刃を当てたところで手が止まった。まっすぐ切るには、どれほど力を入れ、どの角度で動かせばよいのか分からない。
「鋸を使ったことはないのか?」
「ほとんどありません」
「それで修理を申し出たのか?」
「分からないことは教えてください。見て覚えます」
男は呆れたように口を開いたが、やがて苦笑した。
「妙に素直だな。最初から力任せに引くな。浅い溝を作って、その溝から刃を逃がさないように動かすんだ」
男が余った木片で見本を見せる。
肩を固めず、腕全体を前後させる。刃を強く押しつけるのではなく、同じ線の上を往復させていた。
ユウトはその動きを観察した。
【行動解析:木材切断】
【使用技術:鋸引き】
【習得判定:再現可能】
【関連補助能力:【道具制作上達】】
表示された情報と、男の動きが頭の中で重なった。
「やってみます」
最初の数回は刃が横へ滑り、引いた線から外れかけた。ユウトは力を抜き、男の肩と肘の動きを思い出す。
浅い溝ができた。
そこへ刃を沿わせ、大きく前後させる。
乾いた音とともに木屑が落ちていった。
「さっきとは別人みたいだな」
「見本が分かりやすかったので」
実際には【道具制作上達】の助けも大きい。
それでも、男が実演してくれなければ、どこを直せばよいのかさえ理解できなかっただろう。
木材を切り終えた後は、手斧と小刀で形を整える。
柄の先端が太すぎれば刃へ入らず、細すぎれば固定しても緩む。【鑑定】には削るべき範囲が表示されたが、その通りに手を動かすのは難しかった。
一度目は、途中で引っ掛かった。
二度目は、片側だけを削りすぎて刃が傾いた。
「削った木は戻らん。急ぐな」
男に注意され、ユウトは息を整える。
接触している場所を確認し、少し削っては差し込む。それを何度も繰り返した。
小刀を握る手のひらが痛み、指の付け根が赤くなる。木肌にも細かな傷が残った。
失敗するたび、刃を立てる角度と力の逃がし方が分かるようになった。
【道具制作上達により、木材加工への理解が深まりました】
やがて柄が奥まで入る。
固定具を打ち込もうとしたところで、持ち主の男が止めた。
「その角度では刃が立ちすぎる。固い土へ深く入りすぎて、腕を取られるぞ」
男は仮留めした鍬を持ち、自分が耕す際の構えを見せた。
足の開き方、腰の位置、柄を握る幅。鍬を振り下ろす軌道は、ユウトが想像したものより斜めだった。
道具は、壊れる前の形へ戻せばよいわけではない。
使う者の身体や動作に合わなければ、本来の働きはできないのだ。
ユウトは男の身長と腕の長さ、鍬を振る軌道を確認し、刃の角度を調整した。固定具を打ち込み、緩みがないことを確かめる。
「刃も研げればいいんですが、研磨石の扱いは分かりません。それに、今は柄の修理だけでも思ったより時間がかかりました」
「摩耗していても明日の畑には使える。刃研ぎは、町へ行く者がいる時に職人へ頼めばいい」
男の言葉に、ユウトは頷いた。
分からない技術へ無理に手を出し、使える刃まで傷める必要はない。
「試してみてください」
男は鍬を受け取り、作業場前の固い地面へ振り下ろした。
刃が土へ食い込み、乾いた表面をきれいに起こす。
もう一度振っても、柄は軋まず、刃も横へ逃げなかった。
「軽い」
男は驚いたように鍬を見つめた。
「前より腕へ響かない。これなら一日振っても楽だ」
ユウトも鍬へ【鑑定】を使う。
【名称:修理された鉄刃の鍬】
【品質:普通】
【状態:使用可能・刃部摩耗】
【耐久値:良好】
最高の出来ではない。
刃の摩耗は残り、柄にも加工の傷がある。それでも、持ち主が必要としていた明日の仕事には間に合った。
「直せました」
安堵した瞬間、新たな表示が浮かぶ。
【既存スキル【木工】の習得条件を一部達成しました】
【不足条件:複数種類の木材加工および基礎工程の反復】
一度の修理だけでは、まだ【木工】を習得できない。
だが、正しい手順で作業を重ねれば、いずれ条件を満たせる。
「助かった」
男は鍬を抱え直し、不器用そうに頭を下げた。
「礼をしたいが、今は金に余裕がない」
「食事と寝る場所をもらえるだけで十分です」
「それとこれとは別だ。息子が昔着ていた服が残っている。お前の格好よりはましだろう」
ユウトは泥と血で汚れ、裂けた服を見下ろした。
「ありがとうございます」
少し離れて作業を見ていた村人たちの表情からも、門をくぐった時の警戒が薄れていた。
「うちの桶も水が漏れるんだが、見てもらえるか?」
「壊れた椅子もあるぞ」
立て続けに声を掛けられ、ユウトは戸惑う。
「今日はもう遅い。傷もあるんだから、続きは明日だ」
グレンが止めると、村長も頷いた。
「働く場所は、すぐに見つかったようだな」
その言葉が胸へ染みた。
誰かの役に立ち、その対価として必要なものを受け取る。
与えられただけではない。自分の手で、この村にいてよい理由を一つ作れたのだ。
だが、穏やかな空気は長く続かなかった。
グレンが突然、門の方角へ顔を向けた。
「どうしたんですか?」
ユウトが尋ねると、グレンは弓を手に取り、門へ歩き出した。
固められた土の上に、赤黒い血が点々と落ちている。血痕の横には獣の足跡が続いていた。
グレンはしゃがみ込み、足跡へ指を添える。
「傷ついたホーンウルフだ」
足跡は一定の間隔で続き、左右へ乱れていない。爪痕は深く、蹴り出した土が前方ではなく後方へ強く飛んでいた。
「逃げている足跡なら歩幅が乱れ、後ろを気にして向きも変わる。こいつは傷を負っていても速度を落としていない」
グレンは血痕の先へ目を向けた。
足跡は村の門を横切り、畑沿いに続いている。
「何かを追っている。しかも、その何かは村のすぐ近くを通った」
暗くなり始めた畑の向こうから、家畜の怯えた鳴き声が響いた。




